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35 勇者クレゾールの解答

 やはり俺は、この世界が望む勇者にはなれない。

 なれるとか、なりたいとか、そんな希望は最初から抱いてなかったが、

 俺は自分がこの世界で、ここまで役立たずであるというその事実に絶望した。

 つまり、またしても俺は、余計な希望を持ってしまったらしい。


 仲間を殺すことぐらい、俺にならできるんじゃないか、

 クズの俺になら、普通の奴には出来ないことも平然とできるんじゃないか。

 そんな甘えた希望を俺は持っていた。


 出来る訳がなかった。

 どんな状況に陥っても、クズはしょせんクズにしかなれない。

 そう言ったのは、たぶん、俺だったはずだ。


 俺たちの周囲で、ふわりふわりと光が空を漂いはじめた。

 辺りに散らばった死体から、光が出ている。

 どうやら、ようやく蘇生が始まったのだ。


『格納庫Bへの蘇生魔法効果範囲の移行が70パーセント完了した、格納庫Bでの蘇生が可能だ!』


 遠くからビヒーモスの咆吼が響いて、

 血のにおいが漂ってきた。

 俺たちはしばらく固まっていた。


 俺は自分のヘタレ加減に疲弊して、その場に座り込んでいた。

 なんで俺、こいつを助けてしまったんだろう。

 けっきょく自分の手では何もできないくせに、

 何でコイツをわざわざ苦しませて死なせるようなルートを選択したんだろう。


 バカか俺は。

 あのまま地上に落下するのを見届けて、落ちたところに近づいて、まだ息があるか確認して、それから殺した方がよっぽど確実だったはずだ。

 そのとき、きっとこいつは今よりももっと切羽詰まった苦しげな状態で、俺を焦らせて、ついでに呼吸困難になっていて、俺に口答えもできなかっただろうから。

 いや、それもしょせん俺の頭の中のシミュレーションでしかない。最初は死体やゾンビに剣を突き刺す方が、気が楽かもしれないという、ただそれだけの違いだ。

 それなら俺にもできる、なんていう甘い希望。

 俺には基本から何も出来ないと疑ってかからなければならない。


 勇者クレゾールの血はますます止まらなかった。

 白かった顔が、ますます青ざめていく。

 俺の事を恨んでいるだろうか、表情からは窺えない。

 恨んでいて当然だろう。

 俺が余計な事をしたせいで、楽に死ねなかったんだ。


「……マジでごめん、俺は役立たずだった」


 堪えていた言葉が、とうとう口から出てしまった。

 勇者クレゾールは眉をしかめ、首をうごかさなかった。

 瞬きもせずに、じっと空を見ていた。


 キモウザイだけで中身のない謝罪だと感じたのかもしれない。

 視界の隅でうじうじするだけなら、もうどっか行けよと言いたかったに違いない。

 こいつは勇者だ、俺だったら壁ドンか床ドンしてる。


 やがて俺の視界に、連絡が入った。


 通信要請:勇者クレゾールから通信要請が入っています。

 通信しますか? Yes/No


 どうやら、もう喋れなかったらしい。

 俺は【Yes】を選択した。


「……勇者マキヒロ、いつか俺の妹に会うことがあったら、伝えてくれ……死亡フラグって、こういうのでいいか?」


「ああ……」死亡フラグ流行ってんのかよ。


「俺には前の世界から一緒に来た仲間がいるんだ……妹だよ」


「しかも妹も勇者かよ」


「……お前さ、家族が苦しんでたらお前の手で殺せると思うか。家族を冷静に殺せるようになったら、勇者として正しくても、もう人間として終わりだろ。他の勇者とは違って、この世界だけの関係じゃないんだからな」


「そうか……そういうもんか……」


 確かに、妹を何度も殺すはめになるのは辛すぎる。

 少なくとも、死にそうになっている所と何度も遭遇するのも、精神的にダメージが大きいだろう。


「……あいつ生真面目だから、俺が少しでも苦しまないようにって気を配るようになって、しまいには俺の怪我に過剰に反応するようになってな……この間、岩の破片で少し腕を切って、血が出ていたら、斧振りかぶって俺の首を刎ねに来たよ……」


「うわぁ……」


 ヤンデレ化してるなぁ……妹。


「もうHP全快でなきゃ、あいつと会うのすら恐いんだ。この世界なら笑って許せるが、現実に戻ったときの事を思うとな……」


 だから、この世界ではもう、お互いに意識して、なるべく近づかないようにする事になったそうだ。

 きっとそれが正しい選択だろう。

 そうでなければ、元の平和な世界に戻ったとき、元の関係に戻るのに苦労してしまう。

 妹も、この25万人の勇者のどこかにいて、今も斧を手に、ずっと戦っているのだろう。


「……お前は間違っちゃいない、勇者マキヒロ。自分の事を役立たずだなんて言うな、それが普通なんだ。相手を殺せるぐらい強い絆が、本当の仲間だとか、理想の仲間だって、どうしても俺は思えないんだよ……。どう考えたって異常なんだよ、それは」


 この世界が俺たち勇者に要求していることは、つまりはそういう事なのだ。

 様々な異質な世界のすり合わせでしかない。そこには当然、軋轢も生じてくる。

 お互いに譲れない点も生まれてくる。

 勇者クレゾールは、どうしても仲間の在り方が譲れなかった。


「……現実に理想の仲間なんて、居てたまるかよ」


 理想は理想、現実は現実だ。

 そう言って、勇者クレゾールは、かすかに笑った。


「……ただ、お前が間違ったのは、俺を中途半端に助けて、無駄に苦しませてしまった事だけだ……まったく、妹と同じヘマしてくれやがって」


「……マジでごめん」妹、どじっ子キャラだったのか。


「……まあいいや、お前が側にいて、ちょっとは気が楽だったよ。ようやくあいつが俺から離れてくれて、せいせいしたと思ってたのにな……。あいつ、俺の意識が遠のきかけてる時に、『兄さま~、兄さま~』とか言って延々と泣いてるんだぜ、もう勘弁してくれよ」


「……マジで、ごめん」


 あれ、なんでこんな硬い口調なんだ俺。

 さっきとは俺の発言にこもるニュアンスの違いに俺はびっくりした。

 羨ましいのか。

 ヤンデレ妹の居ることがそんなに羨ましいのか。

 落ち着け、妹に首刎ねられるんだぞ。

 いやでも、俺だって毎回普通に死ぬよりかは毎回トドメをさしに来てくれる妹がいた方がいいかも知れない。

 朝だって毎回普通に起きるよりかは毎回起こしに来てくれる妹がいた方がいいはずだ。

 やばいやばい、確実に感覚がおかしくなってきてる。

 勇者クレゾールが分かってて俺に『自慢している』ように聞こえるなんて、そんな訳が……。


「……離れて戦うようになっても、気がついたら俺の後ろからついてきてさ、俺の動きをじーっと観察してんの。俺が怪我しないか見張ってんだよ。冷や汗でたわ、もう勘弁してくれよガキかよっての」


「ガキで済まなかったな、今度からは離れて戦おうぜ」


「別にお前の事なんか言ってないだろ? あー、ホント妹ってウザイ生き物だよな……いたた、なんか死ぬほど痛くなってきた……。マジで恨むぞ、勇者マキヒロ……」


「ああ、次こそはちゃんと見捨てるから……早く逝けよ」


「お前こそ早く食われに行けよ」


「俺の事はいいから、ここは俺に任せて、早く先に逝けよ」


「お前が先にビヒーモスに食われて逝ってから逝くよ……あー、なんかようやく痛み無くなってきた。……」


 勇者クレゾールの通話が途絶えた。


 しばらくして、彼の身体は柔らかな光に包まれた。


 ……なんか最後は、ただの罵りあいに発展してしまったな。

 こんな世界にいるうちに、いつか俺も他人をPKできるようになるのかも知れない。

 そのうち、どうしても避けられない場面に出くわすかもしれない。

 けれども、こいつとだけは最後まで、お互いを殺せるほどの仲間にはなれない気がした。

 その道はもう絶望した。


 天井に消えていくライトエフェクトを見届けてから、俺は飛竜のツメを握り直して、もう一度ビヒーモスに向き直った。

 ようやく1匹目のドラゴンを飲み下したビヒーモスが、尻尾を大きく旋回させ、2匹目を探してぐるりと振り返る所だった。

 地面のあちこちから舞い昇る燐光に赤黒く照らされ、迫力が2割増しだった。両目が不気味に光っている。


「……安心しろよ、ビヒーモス。お前はゲームの的だ」


 俺は地面を蹴って、その巨大な影に突進していった。

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