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34 ネトゲ弁慶

 まだ格納庫Bの勇者達の蘇生は始まっていなかった。

 俺が勇者クレゾールを殺した後も、死体はしばらく、ここに残るだろうが。

 ……大丈夫だ、殺せる。

 人の形をした、トカゲかなんかだ。

 トカゲはキモい、人体模型かなんかだ。よく似た模型だ。

 問題なのは、俺に一撃で殺せるかどうかだ。


「……うまく出来るのかよ、お前、人殺すの初めてだろ」


「うっ……な、なんで分かるんだ?」


「……わかるよ、バカ。俺が前の世界で、人殺しの目をどれくらい見てきたと思ってるんだ?」


 勇者クレゾールは、やはり前の世界でもそれなりの勇者だったようだ。

 やはり、俺みたいな平和ボケした人間は、この世界には珍しいみたいだ。


「お、お前こそ、俺がゲームの世界で、何人人を殺してきたと思ってるんだ? きっと天文学的な数字だぞ」


「……ゲームと現実は違うぞ。的のついた看板を撃っても、誰の血も流れねぇだろう」


「……どんなレトロゲームだよそれ。……俺の世界のゲームは、すげぇリアルなんだよ。慈悲を請う奴殺すし、血も出るし、体も壊れるし、臓物まき散らすし……」


「……どんなにリアルになっても、本物じゃなくてゲームなんだろ。リアルとのギャップを想像で補っているんだ、想像は想像でしかないさ……」


「知ったこと言うなよ……俺の世界じゃ、リアルなゲームが現実の殺人を誘発するとか言われてるんだぞ。たかがマンガの真似事が外国で何件も問題起こして有害図書指定受けてんだぞ、もうたかがマンガじゃねぇよ。そのくらいリアルとバーチャルの境目は曖昧なんだよ」


「……じゃあ、お前も俺を殺せるよな。……早く殺してくれよ」


 勇者クレゾールは、まつげの長い目をそっと閉じた。

 ああ、殺せる。

 人の殺し方は分かっている。

 俺はFPSでも上位ランクに入っていた廃人だ。

 リアルでは初体験でも、たぶん大丈夫だ。


 問題なのは、ネトゲとこの世界のギャップだ。

 様々な違いがある。


 手の平に伝わる、飛竜のツメのグリップの感触とか、

 コントローラーとは違う、微妙に手にしっくりこない握りにくさとか。

 その後感じるだろう、肉の繊維を断つ感触とか、骨の引っかかりとか、ガスか水が吹き出る音とか。


 確かに目の前に横たわっている勇者クレゾールの体温とか、流れている血のぬめりとか質感とか、存在感とか、それが失われていく感じとか、

 やつれた頬に落ちている影とか、汗とか。

 どのくらい跳ね散るのか、吹き出るのか、予測できないけれど皮膚の下で今も確かに循環しているだろう血とか、


 その後のうめき声が聞こえるとか聞こえないとか、吹き出る汚臭とか、顔について取れなくなる血の臭いとか、こいつの長い手脚が痙攣する様子とか、そのとき目はどこを見ているのかとか。

 俺の着ている、この暑くて重くて動きづらい安物の鎧とか、汗まみれで気持ち悪い下着とか、俺はヘタレだから、万が一、失敗した時に俺に向けられるだろう非難とか。


 その他の予測できない、勇者クレゾールという人間から感じられる、ありとあらゆる物さえ無視してしまえば、後はもうネトゲと一緒だ。


 こいつは俺のようなニュービーとは違う、本物の勇者だ。

 苦しさも、痛みも飲み込んで、もう自分の死を受け入れている。

 一刻も早く、殺して素早いリスタートをさせるべき相手だ。


 つまり、こいつの再生は、全体の利益になる事だ。

 こいつだけじゃない、スキンヘッドもそれを望んで、それを俺に託したんだ。

 そう、後は俺が勇者クレゾールの体に飛竜のツメを突き立てて、復活を後押ししてやるだけだ。

 これは、復活させる行為だ。


「……早くしろよ」


「……今やろうとしてた所だよ」


「……はじめてゲームの的を殺した時ってさ、どんな感じか、覚えてるか?」


「……そういや全然覚えてねぇな」


「……そいつと自分の繋がりや思い出が、頭のなかをぐるぐる回るんだ。言ったら、走馬燈みたいなのが浮かぶんだよな。

 相手がどんな悪党でも、初対面の人間でも、ここに来るまでに苦労した思い出とか、漏らしちまいそうになる感情とか、こいつ殺したら俺は英雄だーとか、失敗したら死ぬーとかさ、そういうのがあっただろ。

 それで頭の中がぐちゃぐちゃになって、手脚の感覚がじんじんして、殺したって気にはならないけど、後になってようやく殺したって事実がぼんやり分かってくる。そんな感じだったろ」


「……いや、俺、そのとき物心ついてなかったから、よくわからん」


「……はじめて人を殺すときはさ、とにかく、自分が世界の中心になって、自分との繋がりでしか世界を捉えられなくなるんだ。

 相手そのものだとか、これは国のためだとか相手は悪だとかいう建前とか、そういうメタな思考は吹っ飛んでしまう。吹っ飛んでも相手を殺すという繋がりが残ったときに、はじめて人を殺せるもんだ。

 ゲームの的には魔物とかよく使う、最初から自分との繋がりとか、そういうの見えない奴を使うんだ。だから簡単に殺せるんだ。だから、俺の事はゲームの的だと思えばいい、簡単だろ」


「……今、やろうとしてたところだよ、頼むから、的がぺらぺら喋るな」


 そういやこいつ、元の世界でどんな事をやってきたんだろうか。

 どんな勇者で、その世界で一体どんなゲームやってたんだろうか。


 俺の取るべき行動は、こんなにも明白なのに、

 こいつの中にも取るに足らない、小さな予測のできない変化が、いくつも存在するという事実。

 そのひとつひとつがあたかも重大な事のような気がしてきて、俺の覚悟をそいでいった。


「……首、狙えよ。その武器ならたぶん一撃で死ねる」


 俺は目を閉じて、グリップを握りしめ、思い切りツメを振りかぶった。

 ガシッと岩を突いた感触がして、勇者クレゾールののんびりした声が聞こえた。


「……外れたぞ」


「……外したんだよ」


「……なんで?」


 ……言わせるなよ。


 ……殺せなかったんだ。

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