27 チートを使って入手したスキルは
ビヒーモスの背中を目指してダッシュしていた俺は、
洞窟全体に響き渡る奴のおぞましい咆吼に身を竦めた。
見ると、通路の入り口から、まるで大砲のように凄まじい砂ぼこりが吹き出してくる。
デカすぎて遠近感がよく掴めないが、400メートルほど先にビヒーモスの背中が見えた。
異様に長い腕を大きく振りかぶり、凄まじい破壊力で壁を殴りつける。
ドラゴンハントだ。
ドラゴンを一撃で撲殺した驚異的な破壊力の攻撃。
それを壁に向かって、左右の手で交互に放っている。
その度に、筒状の通路が大砲のように唸って火を噴いているのだ。
追撃していた2000人近くの勇者達も、風圧によって押し出されてしまう。
岩の直撃による死者はいなかったが、
さすがにこのままでは近寄れない様子だ。
「隣の格納庫まで穴が貫通した……! もうすぐ壁を破るぞ!」
砂ぼこりにまみれた勇者達が、口々に言っていた。
洞窟の奥から、微かにドラゴンの咆吼のような物が聞こえてくる。
どうやらビヒーモスはそのせいで食欲が刺激され、ペースアップしたらしい。
凶悪な牙の端から工業廃水みたいなよだれが垂れていた。
まだ食うつもりか、こいつ。
「穴熊状態だ、こちらからの攻撃は難しい! 格納庫Bに先回りして、正面からの攻撃に切り替えるぞ!」
勇者の一人が、突然そのような事を言った。
こんな雰囲気の中で堂々と発言できるなんて、さすが勇者だ。
だが、すぐに別の勇者から反対意見が出される。
「いや、まだ途中で動きが止まる可能性がある! 何人かはここに残るべきだ!」
ビヒーモスの溶岩色の鱗には、うなじのあたりに一箇所だけ白い部分がある。
現状、鱗が剥がれているのはそこだけだ。
どうやらより高いダメージを与えるために、正面よりも後ろからの攻撃に集中したいらしい。
だが、このまま壁を通過されてしまえば同じだ。
正面に回って出てくるのを待ち構えていた方が、より接近した状態から戦闘に入られる。
「効率を優先する、速攻ができる者が背後に残る! ジャンプが2本以上ある勇者以外は、正面側からの攻撃に切り替えろ!」
「くそッ……俺たちは正面に回り込むぞ!」
ほとんどの勇者達は、全力のダッシュで通路から遠ざかっていった。
残ったのはわずか100名たらずの勇者達。
……俺はどうすればいいんだろう。
一応、俺もジャンプが2本ある勇者に入るんだろうか。
ジャンプは飛竜のツメにデフォルトで備わっている機能だ。
それが『2本以上ある』、と言うのは、たぶん俺の視界の左右にあるメーターが、2本分ある、という事だろう。
ついさっき飛竜のツメがレベルアップした際に増えたばかりだが、大丈夫だよな。
つまり、俺はここに残るべき勇者の一人で間違いない。
……だが、飛龍がチートで手に入れた能力だ。
前線で戦い続け、実力でスキルを獲得したトップクラスの勇者たちの間で、俺の場違い感がはなはだしい。
残された勇者の中には、俺と同じ第五十勇者連隊のスキンヘッドとエルフ耳もいた。
……ひとつの連隊に5000人もいるのに、ホントよく会うなこいつら。
そのとき、壁を殴り続けていたビヒーモスの動きが、不意に止まった。
向こうの視界が開けて興奮状態から覚めたのか、首が通るくらいの穴から顔をのぞかせて向こうをしきりに観察している。
「行くぞッ!」
勇者達は鳥のように一斉に飛び立ち、
通路の奥へと身を躍らせていった。
まるで訓練されたような動きだ。
いや、俺が訓練されていないだけなのかもしれないが。
不覚にも俺は、他の勇者より出遅れてしまった。
自分の体をジャンプで飛ばすのははじめての事だったため、多少まごついてしまったのだ。
どっちの石だったか。
攻撃がRで、移動やその他がLだ。
操作を練習している間に、そういう風に覚えればいい事に気づいたのだった。
ゲームのコントローラーと同じだ。
【スキル石(L)、アンロック】 そう念じると、飛竜のツメから感じる浮力が一瞬、さらに軽くなった気がした。
前方にダッシュする要領で刀身の向きを決めていると、俺の体は瞬間的に前へ飛んでいた。
「うおおおおぉッ!?」
どうやら、従来のダッシュ機能が瞬間的に速くなったものと考えていいだろう。
ただ、地面を軽く蹴るとしばらく足が地面につかないという、恐ろしい仕様であったが。
発掘作業で生まれた大小の巨岩の隙間を飛んで行った。
風圧が凄まじく、俺の体は右に左にぶれまくって、まともに飛べなかった。
ゲージ1本分が燃え尽きるまで5秒、100メートルは飛んだ。まだ1本残っている。俺の三半機関がヤバいことになっている、吐き気がした。
途中でビヒーモスがまた動き始め、壁を殴りつけた。
砂ぼこりが大きく舞い上がって、煙に巻かれる。
俺は方向を見失って、上下も分からないまま、砂の上に墜落した。
台風の中で自転車を走らせてるみたいだった。
こんなもん、どうやって操作するんだ。
焦るな、落ち着け、こういう時は、他の勇者達の行動をよく観察するんだ。
失敗を次に活かせ。
経験から学ぶんだ。
俺は、他の勇者達がどうやっているのか確認する。
他の勇者達は、涼しい顔をしてどんどん先に進んで行った。
向かい風にも負けず、体幹を真っ直ぐに保ちながら飛んでいる。
首をしっかり固定し、真っ直ぐに進行方向のみを見つめ、
ときおり空気を蹴るなどして微調整しながら、剣を構えてビヒーモスのうなじにそのまま斬りかかっていった。
5ポイントや4ポイントの数字が、敵の弱点を中心に乱れ飛ぶ。
さっそく、俺も真似しようとしてみる。
だが、強風の中で同じ事ができない。
体幹の左右へのぶれは激しく、特に前方に視線を真っ直ぐ固定するのは困難だった。
砂風のせいで、目も開けていられない。
しばらく飛んだだけで、またしても俺は、砂の上に横転した。
いったい何が違うのか? もう一度勇者達の姿をよく観察して、自分の体をよく見て、そして、俺はある事実に気づいた。
それは異世界だから当たり前のものとして、今まであえて意識の外に出してきた、もう、どうしようもない事実である。
戦争経験が違うのだ。
体格も、全然違うのだ。
みんな欧米人なみにデカい。
少なくとも、俺のような低身長はいない。
……ああ、そうか、俺の筋力が足りてないだけか。
……そりゃ、どうしようもないや。
差はあれど、他の歩兵勇者の体は軍人やアスリートのように鍛え抜かれている。このトップクラスの勇者達は、前の世界でも軍人として戦ってきたエリートなのだろう、積み上げてきた物が確実に生きているのだ。不思議な事に、体が大きければ大きいほど安定して飛んでいるような気さえする。
だが、俺の体格は日本人高校生から見ても平均以下だった。徴兵経験すらない。それどころか、長年引きこもりをやってきた俺の基礎体力は、すっかり衰えていたのである。
……まあ、そりゃそうだよな。
……そもそも、こんな状態の俺が、本来なら手に入れられるはずのなかったスキルじゃないか。
ゲームじゃ無いんだし、手に入れた途端に状況に応じて使いこなせるようになるなんておかしい。そういう飲み込みや応用力は、天性の運動能力を持っている勇者の方が高いに決まっている。
100人の勇者達は、次々と鱗の剥がれた点に攻撃を仕掛け、4ポイントや5ポイントのダメージを蓄積していく。
彼ら精鋭はビヒーモスの休憩中に、ダメージを稼ぎまくっていた。数が少ない分、弱点を狙いやすい。次のスキルアップも彼らは他の勇者に先んじて早くなる事だろう。
……実力が最初から違う両者が同じスキルを与えられれば、差が出来るに決まっている。
持てるものは、さらに持つ、の典型的な構図がここにあった。
それは絶望的だが、公平で平等な真実だった。そうでなければ、勇者たちがこれまで積み上げてきた努力や、本来の能力が正しく評価されず、まったく無意味と言うことになってしまう。
「よし! 今の攻撃で総ダメージ300ポイント到達だ! 100ポイント到達が早い!」
「やはり鱗が1ヶ所剥がれていると違うな! 0ポイントで無駄になる攻撃がないのも大きい!」
俺の上空で交わされる声は、楽しげでさえあった。
……彼らが荒稼ぎしている間も俺は、いまだ総ダメージ0ポイントのまま。
砂の上に両膝を突き、もはや長物と化したツメの傍らで、がっくり項垂れているだけだった。
向こう側に大穴が空いて、流れが分散したせいか、少し和らいだ衝撃波に打たれている。
届きもしなかったビヒーモスの尻尾が、目の前でゆらゆら揺れていた。
……正面に回っていればよかった。
それが素直な感想だった。
……おい飛竜、見てるか、これが現実だ。お前の与えてくれた、希望の末路だぞ。
どんな立派なスキルを与えられても、人より優れたチート能力を手に入れても、俺に今までの積み重ねがない時点で、それ以上のものは望めないんだよ……。周りの勇者達と同じ事でさえ出来やしないんだ……。
絶望的な事実を突きつけられた俺は、もういっそ、せいせいしてしまうのだった。
やはり希望なんて、持つべきじゃないな。そいつはいつか、絶望に転化するのだ。
……まあ、俺はそんな高望みなんて最初からしてないしな。
……伝説の勇者とか言ってたの、飛竜だけだし。
俺はツメを握ると、素直に通路を引き返していった。
今度は正面に回って、攻撃の機会をうかがう事にしたのだ。




