26 飛竜のツメLv5
高台を焼いていた炎は小さくなって、あたりは薄暗くなっていた。
俺は急な立ちくらみに襲われた。
いきなり大声で叫んだせいだ、
長年引きこもりをやってたから、大声で叫んだのは久しぶりだったのだ。
心臓の動悸がやばい、俺はその場に座り込んで、飛竜に声をかけた。
「もう正直に言ってくれよ……飛竜。俺の実力は、本当はお前が一番よく分かっているはずだろ?
俺の成績を誤魔化したって事は、本当の俺の事をずっと側で見ていたんじゃないのか。軍とか評議会が納得するための成績には関係なく。
初心者の俺でも無難に点数を稼げるようなミッションを与えてた軍師だって、そのうち俺があたりまぐれの無能者だって気づけば、自分が馬脚を顕す前に、さりげなく俺を厄介払いするに決まってる。
そうなったら俺はもう素直に帰ってネトゲでもやって死んでるよ。特殊能力どころか特殊でない能力でさえゼロの俺が、この世界で俺が活躍するような希望は、万が一にもないんだからな……」
『くくく……ふわーっはっはっはっはっは!』
飛竜は、なんかしらんが不気味な声で笑っていた。
空中に浮かんだ四角いウィンドウに、ワイングラスを片手に愉悦に浸っている竜が映っている。
ぷちぷち泡立っている。シャンパンだ。
『どうした? さっきから責任逃れの戯れ言しか聞こえてこんぞ、青臭い奴め! この世界に召喚された以上、貴様は戦い続ける運命にある。それがディステニー! 勇者の使命だ……!』
なぜ、言い直したし。
俺はあまりの話の通じなさに、一瞬愕然とした。
勝手に召喚しておいて運命とか使命とか、ホントなんなんだこの世界の連中……。
「運命ってなんなんだよ……いちおう俺はこの世界で戦ってるけど、来たくて来たわけじゃない、もともとは運命とかじゃ無くて手違いなんだけど……」
『おお、勇者よ、己の運命を否定するとは情けない! ふははは、どうせ運命を否定するのなら、負ける運命を否定すればよいではないか! 貴様はしょせん青二才なのだからな!! 吾輩のツメの所有者になった以上、貴様にそんな戯れ言は二度と吐かせん!! なぜならお前は、この私と共に戦う運命なのだからな! これからお前は、この飛竜様の、アメェージングな加護を得るのだァー!』
「……まるっきり強者の理論だな。
運命を打破しろだの、諦めずに努力すれば何とかなるだの、そういうのは強い者だから語ることの出来る理想じゃないか。
何が運命だ。飛竜、そう言うことを自信を持って言える奴は強いんだよ。俺みたいな弱い人間にどうしてそれが出来ないのか理解できないくらいに、俺とは次元の違う天性の強さを持っているから、そういう事が言えるんだ。
そしてけっきょく何故こんな簡単な事ができないのか理解できないまま、最後には俺の事を諦めて、途中で捨てていくんだ。
一緒に戦うだのなんだの、口では何とでも言えるんだよ……!」
『はぁーっはっはっはっはぁ! なんと、貴様の次元で吾輩の「強さ」のほどを推し量られようとはな! 恐れ入ったぞ勇者よ!』
俺は、四角いウィンドウに浮かんだ飛竜の顔を直視した。
……ああ、そうか。こいつ『ドラゴン』だったんだ。
俺は何を勘違いしていたんだ。
なんでコイツのことを俺の狭い人間基準で考えていたんだ。
ここは異世界……俺の世界じゃない。
この世界の広さを、俺は計算に入れていなかった。
『では、貴様に与えられた機能を紹介するぞッ!
各スキル石の溜められるエネルギーの限界値はゲージ2本分にまで上昇!
さらに召喚石(R)は吾輩の小指と薬指、いずれか片方のツメを選べるようになったぞ!
そしてランク5になったお陰で、召喚石(L)は吾輩のもう一つの機能を召喚できるようになった!
その名も《ブリーズ機能》だ!
ツメの攻撃力を格段に高め、攻撃と同時に敵を吹き飛ばせるぞッ!
この力をスキル石に溜め込めば、《ストーム機能》を解放し、重たい岩でも簡単に吹き飛ばすことができるッ!』
飛竜ェ……。
そうか、こいつ、誰かから与えられる俺のスキルポイントをちょろまかすことで……。
この世界にご都合主義的介入をしようとしてやがったのか……。
俺の視界のパラメーターはめきめきと上昇していった。
左右のゲージは2本ずつに増え、土中の輪郭がずずっと伸長していく。
「お、おい、いくら自分のツメの事だからってやり過ぎだろ?
俺なんかをそんなにパワーアップしてどうすんだよ!
リソースの無駄遣いだろ、バレたらやばくないのか?」
『はぁーっはっはっはぁ! バレないように帳尻あわせできるからこその吾輩なのだぁー!
さあ、どの機能も視界に現れた石を指で選択することで、カスタマイズが可能となったッ!
さっそくやって見るがいい!』
飛竜がチュートリアルを言い終わる前に、俺はもう召喚石(L)を指で押し、
現れた2つの機能、ダッシュ機能とブリーズ機能のうち、ブリーズ機能を選択していた。
姿は見えないが、召喚石(L)の放っていた風の気配がわずかに変わる。
ダッシュとは違う。風が渦を巻いているのだ。
俺は一方で、スキル石(R)を指で押しっぱなしにし、『攻撃機能』を解放する。
飛竜のツメの眠る岩の中で、竜巻のようなうねりが起こり、がりがりと岩が削られていく。
それと同時に、スキル石(L)のエネルギーを示すゲージが、徐々に溜まっていった。
『攻撃機能』を指で押している間は、安全装置も常時アンロックになるようだ。
俺はもう一本の指を伸ばし、スキル石(L)の力を解放する。
すると家の壁ぐらい巨大な瓦礫が空高く舞い上がり、
その中から、緑色の光を纏った飛竜のツメが、ようやく姿を現した。
『吾輩の出番はここまでだ! では……グッドラック!』
……ちくしょう、俺はどうかしている。
飛び散る砂礫の中、僅かにすらりと伸びたそのツメが放つ鈍い光を、俺は瞬きも忘れて見つめていた。
《飛竜のツメLv5》
攻撃力 5→350
その熱い柄を握った瞬間、俺の背筋に、得体の知れない高揚感が走った。
心臓が熱いのだ。
……まただ。
……一時成功した奴が、そのうち潰れて不幸になるのは分かっているのに。
……希望なんてみんな嘘っぱちで、
……どうせ最後には絶望に転化すると分かっているのに。
……ていうか、この世界で成功したら、その後はさらなる絶望的な未来の始まりが約束されているじゃないか。
ビヒーモスは、すでに空洞の奥へと姿を消している。
壁の向こうにドラゴンのにおいでも感じるのか、突き当たりの壁にしきりに頭突きを繰り返している所だった。
あるいは、軽い腹ごなしにツノを研いでいるのかもしれなかった。
その度に、洞窟はぐらぐらと揺れる。
召喚石(L)をダッシュ機能に切り替えると、両脚がぶわりと浮かんだ。
そのとき……幼女軍師の顔が視界に浮かんだ。
なぜか目に涙を浮かべて、何かに耐えるように、歯を食いしばって見える。
『ぶ、武器を、回収したか……』
あっ、やっべ、泣かせたっぽい。
やっべ、さっきの悪口聞かれてたのか。どうしよう、聞かれてたとは思わなかったんだけど。
まさか泣かれるとは思わなかった、この世界プライバシー薄いのな。
「あ、えーと……」
『さっさとビヒーモスと戦ってくるのだ!』
幼女軍師の指示に従って、俺は慌ててビヒーモスの背中を追った。
もちろん、そこに希望などあるはずがない。
俺がレベルアップした《飛竜のツメ》を抱えても、巨大な背中に見えるのは、今でも絶望だけだ。
……ちくしょうめ、飛竜、お前はとんでもない絶望を俺に与えてくれたな!
……それでも、こんなもん渡されたら……もう試してみるしか、ないだろうがッ!
俺は飛竜に渡された希望の重さにふらつきながら、怪獣の背中にうなり声をあげた。




