22 ボスドロップの資格
武器回収の2週目の終わりはあっけなかった。
格納庫Aに入った途端、辺りは灼熱の炎に包まれていて、俺は訳もわからないまま消滅していた。
どうやら今度は俺のよく出現する転移門の辺りに、極大化炎放射を放たれていたらしい。
こんなもん、どう考えたって防ぎようがない。
俺はまだ加速状態だったので、ポーションを飲まないままだった。
俺の手の中のポーションの瓶はばりんと破裂し、中身がじゅわっと蒸発した。
飲んどけばよかった、と後悔するが時すでに遅し。
俺たち勇者はうめき声をあげながら、その場に虫けらのようにうずくまって仲良く死を迎えた。
初心者殺しとか分からん殺しとかいう奴を食らった気分だった。
「3週目! 回転速いよあんた!」
俺が店に入った途端、何か聞く前にロコさんはスピードポーションを投げてきた。
絶妙なコントロールで投げているらしく、よく回転している筈なのに、炭酸が吹き出るような事はない。
俺はその場でスピードポーションを飲み干し、空き瓶と3枚目のコインを置いて、そのまま転移門にダッシュする。
状態:加速魔法付与(1/10分)→(10/10分)
どうやら加速時間は10分が限界らしい、それ以上に増えることはなさそうだ。
加速時間がいっぱいの時に飲んだら限界値が増えたりしないのだろうか。
過去に遊んだゲームの知識から、ふとそんな事を思いつきつつ、俺は3度目の武器回収に突入した。
普段使っていた格納庫Aへの転移門は、入られなくなっていた。
入り口が木の板で塞がれている。
どうやらさっきの極大火炎放射の影響らしい、転移門の向こう側が崖崩れか何かで、通行不能になっているのだ。
勇者達は忌々しそうに舌打ちしつつも、隣の窪に緊急用に生み出された転移門へ突入していく。
さすがフィースワールド、こういう時の対応策も抜かりはないようだ。
タイムラグもほとんどないまま、俺たちは格納庫Aに突入できた。
しかし、このままでは徐々に押されてしまうのではないのだろうか。俺はそう思い始めていた。
すでに高台を2つほど潰し、暴れまくっているビヒーモス。
俺の出て来た高台も、道を塞いでいた岩を強引に脇に退かしただけで、あとは粉々になった瓦礫の道になっていた。
こんな間に合わせじゃ、修復なんて、とても言えない。
そのうちビヒーモスが岩壁を削りきって、召喚門を露わにし、そして破壊する。
そうすれば、修復さえ出来なくなる。
そんな姿がリアルに想像できた。
そうなれば、俺たち勇者の負けだ。
いずれ戦えなくなるのも時間の問題だろう。
新しい高台の近くには、飛竜のツメ以外にも白く光る点があった。
どうやら、すぐ近くに『ビヒーモスの鱗』が落ちているらしい。
でかい。
あまりのでかさに言葉を失った。
全体的に楕円形だが、一部が欠けているために、ぶきっちょな三日月状になっている。
本当に俺が剥いだ鱗だろうか?
それとも、俺の鱗はすでに回収された後で、
あれは誰か別の勇者が落としていったものなんじゃなかろうか。
なんだか急に、不安になってくるんだが。
「跳んだぞ――――――!!」
どうやら、俺はまたしても悪いタイミングに出て来てしまったようだ。
気づくと、ビヒーモスは天井辺りから俺たちを見下ろしていた。
しかも、真っ直ぐこっちに跳んでくる。
やばい。狙われている。
今まで勇者達が出てくる召喚門は4箇所、狙われる確率も4分の1だったのが、出現箇所が2箇所に減ったのだ、
俺の出て来たあたりに跳んでくる確率だって、格段に増えるだろう。
ちくしょう、またリスタートか。
ビヒーモスが跳ばないタイミングで出てくるしかないが、そんなもの俺に分かる筈がない。
運に任せるしか方法はないのだろうか?
迫り来るビヒーモスの影を見上げつつ、俺はすでに次の戦いの事を考えていたが、
マップを見ると、緑色の歩兵勇者達が、複数、『ビヒーモスの鱗』に集まっているように見える。
どうやら、バリケードにするつもりらしい。
厚みは相当あって、身をかがめれば隠れられない事は無いが、
あんなもので防げるはずがない、一体何か意味があるのか。
考えている暇はなかった、俺は彼らに倣って、鱗の影に隠れた。
その直後、凄まじい揺れが俺を襲った。
しかし、他の勇者達は頭を低くして、じっと身構えている。
俺も息を潜めて待つ。
間もなく衝撃波が地面を伝わって襲ってくる……そのはずが、
驚くべき事に、ビヒーモスの鱗はびくともしなかった。
表面はわずかに剥がれていたが、どろどろした岩の塊がこびりついていただけらしく、その下に、銀色の分厚い金属の層が浮かんで見えた。
一体どんな強度の物質で出来ているというのか、金属の層には傷ひとつない。
どうやら、衝撃波を全て吸収してしまったのだ。
ただ強度が高い、と言うのとは違う、俺の世界の常識では計り知れない防御力を持っているらしい。
そうでなきゃ、こんな怪物の鱗はやっていられないだろう、すぐにボロボロになってしまう。
「第一勇者連隊の連中か、暴れてるな」
勇者の1人が、鱗の向こうの様子を見ながら言った。
すぐそこのビヒーモスの体を、爆炎や雷撃が襲っている。
出せる全ての技能、全ての魔法を駆使した、
凄まじい猛攻撃だった、人間で2ポイントのダメージなんて初めて見た。
けれども、他の勇者を巻き添えにして攻撃する理由はあるんだろうか?
1000人で叩いた方が効率いいような気がするんだが、俺の考え間違ってる?
「もう、かれこれ30時間ちかく戦ってるからな……あいつら、テンションがやばくなっているんだ」
どうやらただの祭り状態らしい。
もういい加減休憩しろよ……。
「どうやら、召喚されて3時間の初心者勇者が鱗を剥いだらしい」
「ああ……それであいつら、吹っ切れて全力攻撃をはじめたのか……」
「他の連隊も連鎖的に全力攻撃を始めてるな……一桁連隊はもうダメだ、しばらく出て行けそうにないな、これは」
……俺のせいだった。
……どうやら、俺が剥いだ、とは絶対に言い出せない状況のようだった。
「ようやく鱗1枚か……」
見ると、俺の隣は見覚えのあるスキンヘッド勇者である。
一度加速魔法をかけて貰った覚えがあるが、
相手は俺の顔なんて覚えてもいないだろうので、俺は黙っている。
「死者数が嫌な増え方をしている。また陽動が必要になるかもしれない」
そう言ったのは、エルフ耳勇者だった。
一緒に居るところを見ると、やっぱりこいつらは仲間みたいだ。
他に顔見知りの勇者はいない。
俺は視界の隅の情報で、いまの状況を確認する。
総プレイ時間 29時間15分13秒
死者数 1万2900勇者
最初の鱗が剥がれてから、約30分。
ようやく1本目のライフゲージが、5割を切っている。
……やはり鱗を剥ぐと目に見えて減りが違うみたいだ。
「剥いた奴は相当運がよかったな、俺もまだビヒーモスの鱗を剥いたことは一度もない」
「俺もだ……」
2人の勇者は笑いかわしていた。
こいつらは本当にいい勇者のような気がする。
俺みたいなただのクズが、彼らみたいな『本物の勇者』に先んじて鱗を剥いだと分かったら、たぶん失望させる事だろう。
彼らは何度も死んで、何度も体当たりの攻撃をしてきた。
けれども、俺はたった一度しか攻撃していないのに、当たりを引いてしまった。
本当は彼らのような勇者こそ、鱗を剥いだ功労者としてねぎらわれなくてはならないはずだ。
背中の鱗が、静かに熱を放っていた。
ビヒーモスのうなじを走り回っていた時の事が、鮮明に思い出される。
あのとき、かすかに感じた希望が、徐々に絶望に切り替わりはじめるのを感じていた。
結局俺は何も言い出せずに、黙って彼らの話を聞いていたのだった。




