21 回収地獄の始まり
気が付くと、俺は勇者たちが怒涛の群れを作って流れていく洞窟に戻っていた。
俺が立っていたのは、洞窟の奥まった所にある、《市街地入り口》の転移門である。
幼女軍師の声が響く。
『戦場に落とした武器をすみやかに回収しろ! 武器の位置はマップ上に白の点で表示されている!』
勇者達はどれもダッシュ機能全開で走り回っている。
あの流れの中に飛び込む前に、今のうちにポーションを飲んでおく事にした。
緑色の液体をぐいっと飲むと、喉を炭酸のぷちぷちが刺激して行く。
炭酸の強烈な乳製品、といった味だ。
魔法の液体が俺の体中に浸透してゆき、全身が熱くなっていった。
状態:通常→加速魔法付与(10/10分)
『ふぅーははははぁー! どうだ、俺様の特製ドリンクの味はー!? しびれるだろぉー!?』
気味の悪い声がした気がした。
びっくりして辺りを見回すが、それっぽい存在は見当たらない。
ひょっとして、ポーション類を飲むと毎回こんなエフェクトかかるのか。
余計なサービスだった。
早く設定をいじってオフにしたかったが、今は我慢する。
一気に飲み干すと、両手に光が集まって、ふわふわと軽くなる。
無重力空間や、月面浮遊とは少し違う……と思う。
上にだけ向かって行くのではなく、体を傾けると、そちらに向かって全身が進んで行く。
体が飛竜のツメになったような感じだ。
試しにジャンプするとすごい距離を飛べた。
空中で方向転換するのは無理そうだったが。
飛竜のツメを持っていた時と、操作感覚はさほど変わらない。
ダッシュ機能を手に入れた俺は、そのまま勇者達の群れの中に飛び込んで行った。
剣を携えている勇者たちの中で、俺だけが徒手空拳であった。
両手が光っているし、黒髪だし、なんだかそういう勇者がいてもおかしくない気がする。
喧嘩なんてまるで出来ないが、対ビヒーモス戦で武器を失えば、みんな同じようなものだろう。
次は絶対に落とさないようにしなければならない。
格納庫Aの転移門に飛び込むと、
今まさに、5000人の勇者達による一斉攻撃が繰り広げられていた。
あまりに激しい攻撃のせいで、ビヒーモスの体がライトエフェクトに包まれ、まぶしくて見えない。
今までにない、すさまじい勢いで攻撃している。
勇者達はこれまで本気を出さず、力をセーブしていたのか、それとも連隊が違うと実力も違うのか。
ともかく、俺はすみやかに武器を回収しなくてはならない。
マップで飛竜のツメの位置を確認した。
俺の飛竜のツメは、格納庫Aの中央付近に落ちていた。
幸いにも、ビヒーモスはそちらに背中を向け、高台の魔法勇者部隊に向かって歩き始めた所である。
今のうちだ。
迷っていても仕方ない、俺は格納庫の床に降り立った。
ビヒーモスの破壊活動で生まれた瓦礫は、自然に出来た岩山みたいな荒々しいフォルムをしていた。
大小様々な瓦礫が所狭しと敷き詰められ、元あった竜達を閉じ込めていた魔法陣は、どこにも見当たらない。
遠くでビヒーモスが地面を踏みしめる度に、
凄まじい地鳴りが巻き起こり、足元がぐらつく。
その度に、微妙に飛び跳ねる瓦礫に注意しつつ、俺は素早く瓦礫の間を駆け抜けていった。
どうにか近づけそうだ、後もう少し。
そう思った時、
「跳ぶぞ――――――!」
聞き覚えのある叫び声に、俺は蒼白になった。
周囲の勇者達は、わき目も振らずに退却を始めている。
俺はぼう然として、そちらを見た。
ビヒーモスが、宙に浮いている。
空高く跳び上がったのだ。
ドラゴン・ハントの時とは違って、視線は明らかに眼下に群がる数千人の勇者達に向いている。
どうやら、踏みつけるつもりだ。
勇者達の連隊のど真ん中に、ビヒーモスの両脚が着地した。
その瞬間、死亡数が一気に1000人膨れあがった。
……ふ、踏みつぶしやがった。
そう言えば、ビヒーモスが着地した瞬間を俺はまだ見たことが無い。
その前に俺は死んだ。これが初めてだ。
ビヒーモスの体を中心にして、周囲の瓦礫が円環状に吹き上がっている。
その衝撃波が凄まじい勢いで外に広がっていく。
ジャンプ機能を使って跳ぼうとする勇者も見えたが、波が高すぎる。タイミングが遅れた奴は、そのまま吹き上がる瓦礫の嵐に飲み込まれてしまった。
ひょっとしてこれ、格納庫全体に広がっていくんじゃなかろうか。
攻撃範囲の外にいた俺も、慌てて逃げ出したが、時すでに遅し。
足元の巨大な瓦礫が吹き上がり、俺は宙を舞った。
地面が遠くに見え、やがて近づいてくる。
空中での姿勢制御ができないまま、俺は地面に頭を打ち付けて即死した。
***
気が付いたら、俺は円形広場に立っていた。
武器を落とした勇者のスタート地点はここと定まっているらしい。
状態:加速魔法付与(4/10分)
どうやら、死んだら完全に元の状態にリセットされる、という訳ではないらしい。
まだ加速状態は4分残っている。
……だが、4分では足りない。
ここに来て、とうとう俺も感覚がおかしくなってきたらしい。
死に対する恐怖よりも、ゲーマーとしての意地が上回った。
じつは、密かにパーフェクトさえ狙っていたのだ。
俺はぷるぷると腕をわななかせ、目の前の宿屋に突入し、大声で怒鳴った。
「スピードポーション!」
カウンターのロコさんが、待ち構えていたようにぐるっと振り返って、迫力のあるバストをぶるんっと震わせながら、スピードポーションの瓶をこっちに投げつけてきた。
すげえ剛速球だ、瓶を受け取り損ねたが、丈夫な素材で割れることはなかった。
「2本目!」
ロコさんが2本の指を立てて合図した、まあ、その意味は大体わかる。
俺は床を転がった瓶を拾い上げると、腰の革袋のコインを1枚、その辺のテーブルにおいて、そのまま転移門へと駆けだしていった。




