20 採集クエスト「ビヒーモスの鱗」
ロコさんが「手続きをする」と短く言って、しばらく俺の方をじっと見ていた。
特に何をする様子もない。
ごあああ、とビヒーモスの怒声が遠くから響いてきて、棚の瓶がかちゃかちゃと揺れていた。
やがて休憩時間が残り5分を切ったころ、視界に文字が現れた。
通信機能:待機→新規サブクエストの受信
【詳細】
採集クエスト「ビヒーモスの鱗」の依頼を受けました。
分類 サブクエスト
依頼主 ロコの宿屋
納入品 ビヒーモスの鱗×1枚 納入先 ロコの宿屋
【備考】
報酬は、ロコの宿屋のクエスト・コイン(25/25枚)と引き替えに受け取れます。
ロコの宿屋で1QCを支払う事で、お好きなドリンクを1本買えます。
※ただし、クエスト・コインは1枚使うごとに報酬の25分の1を失います。
このクエストを受けますか? Yes/No
クエスト・コインなんて名前がついているのか。
どうやって発注したのか聞く余裕はないが、便利な機能である。
視界に浮かび上がった召喚言語の案内にしばし目を通して、
俺はYesを押した。
ここでNoを押せたら面白いんだけどな。
俺がゲームの勇者だったら迷わず試しているんだが、リアルの俺はそういう勇者じゃない。
「よし、じゃあこれとこれ持ってけ」
ロコさんは特製コインの入った革の袋と、
緑色の液体が入った瓶を俺に押しつけた。
「たぶん、表の転移門から入れば戦闘復帰できるはずだよ。
召喚されて間もない勇者は行き先が選べないようになってるから、迷うことはない」
「……ああ、結局逃亡はできなかったんだ」
ぶつくさ言いながら受け取る。
所持品:クエスト・コイン《ロコの宿屋》0→25
所持品:スピードポーション0→1
クエスト・コインが25枚になっているのに気づいた俺は、袋の中を探って、代金を取り出した。
「いいって、サービスだよ」
「いいんですか? えっ、もし俺が飛竜のツメ1回で拾ってこられたら、損しちゃいますよ?」
「なんでそんなに驚いてるんだよ? ていうか、なんで『これは何か裏があるぞ』みたいな目してんだよ?」
「だって俺、このクエストが終わったら帰るんですよ? こういうサービスって、普通はお客にまた来て貰うようにするもんじゃないですか?」
「そういうの頭でっかちって言うんだよねー。
拾ってこられること前提で話してるけど、あんたが鱗を拾って来られる保証なんてどこにもないんだからね。そうなったらこっちはどのみち大損なんだよ。
そもそも、あんたの鱗だって売り物になるかどうかさえまだこっちは分かんないんだからな?
25リブラ以上の価値がなきゃ、儲けるのはあんたの方だよ」
あ、なるほど。
俺は当然、流通に詳しい商人ならば、鱗の価値を知っているものと勝手に思い込んでいたが、たまに商人にも相場がよく分からない取引、という事もあるのか。
もしも、俺が25本もポーションを利用して、そのうえ鱗がその辺の石ころと変わらない価値しかなかったら、ロコさんの利益はゼロという事だ。行きがかりの俺に25リブラくれたも同然である。
逆に、もし俺がポーションを1本も使わずにこのクエストをこなしてしまうほど腕の立つ勇者なら、ロコさんは最初の1本を俺にくれたうえ、取引の手数料を全額支払ってくれる事になる。
つまり、これは俺のような初心者の勇者への救済措置であると同時に、投資でもあるわけだ。
……うそくせー。
……どういうカラクリがあるのか知らないけど、こんな立地条件のいい場所に構えてあるほどの名店が、そんな事業を続けて居けるはずがないだろ。
……まあ、どのみち初心者をカモるつもりなのは間違いないか。
……だって、あの怪物の鱗がポーション25本分って事はないだろう、25本って言ったら冒険の最初で初心者に渡されるポーションセットぐらいじゃないか。
……よし、ポーションセットは転売がセオリーだ。余所で売ろう。
……ネトゲなら、ここでポーション25本まとめてもらっといて、鱗と一緒に市場に流しているところだが、この世界に市場ってあるんだろうか?
「止めておいた方がいいよ? そういうのこの世界でやると、この辺の店に近寄れなくなるから」
「うっ……!? し、しまった、俺、今の腹黒いセリフ、口に出して言ってたのか!?」
常識知らずを見るような目で言われた。
まあ、常識知らずなのはあながちハズレではない。
金貨《ロコの宿屋》 所持品→携帯品
腰帯に革袋を結わえ付けていると、視界にまた新しい表示が出ていた。
『携帯品』という扱いになっている。
すぐに取り出せるアイテム、という事だろうか。
ということは……『携帯』する以外にも、アイテムを手に入れた時の持ち運びの仕方があるんじゃなかろうか?
それをしばらく眺めて、尋ねてみる。
「アイテムボックスとかアイテムストレージみたいな、こういった物を収納できる……」
「あんた、本当に初心者かよ? 初心者サギじゃないの?」
目を剥いて驚かれた。やっぱりあるのか、そういうの。
……やはり、俺の勇者としての唯一のアドバンテージはネトゲ知識のようだ。
……偏りのありすぎる知識で困るが、この世界で生きていくには、これを活用するしかないだろう。
「そういう便利な道具を作る技術はたいてい、第六宇宙の連中が持ち込んでくるもんだよ。あと、特殊技能として最初っから持ってたりする勇者もいるけど……それより、もう時間なんじゃないの?」
「あっ、やばい……」
俺が礼を言って、頭を下げると、なんか追い払うみたいな仕草をされた。
「いいから、早く行けって」
どうやら日本人の律儀さは肌に合わないらしい。
時刻はちょうど1分前。
慌てて宿屋から出て行き、すぐそこの円形広場にある転移門を目指した。
ビヒーモスの鱗を手に入れた場合、転売の出来そうな店がないか、ちらりと横目で確認していたが。
……今回は止めておこう。
ロコさんは恐すぎる。




