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19 A.拾ってきてください。

「拾ってきてください」


 宿屋のコック兼店長のロコさんは、ひと目で気むずかしい人だと分かった。

 赤い前髪は目を隠すぐらい伸ばしているし、

 両手の握り拳を腰に当て、細い肘を左右にぐっと張りだしている。

 英語でアキンボという姿勢らしい。マジでどうでもいい話だが。


 先ほどの俺の質問に、彼女ははっきりと答えた。

 俺は自分の耳が信じられなかった。

 だから、もう一度尋ねた。


「……え?」


「だーかーら、『ツメ』落としたんでしょ? 自分で拾ってきなさいっての」


 あの……戦場へ?

 ビヒーモスの足元らへんに転がった剣を拾いに?

《飛竜のツメ》がないんですよ?


「あ、てか、俺、走るの全然早くなくて……せめてダッシュ機能がないと、あそこに戻るのはちょっと難しい気がするんですが……」


「じゃ、買ってけ。スピードポーション」


 ずいっと、緑色の液体が入ったシャンパンみたいな瓶を突き出してきた。


「……中に泡が入っている、炭酸なんだ」


「第五宇宙の連中は炭酸がないと水を飲んだ気がしないらしいわ」


「なるほど……」


「1本1リブラで10分はダッシュできる、どう?」


 この世界の通貨なんて初めて聞いた。リブラって言うのか。

 俺は両手を広げて、降参のポーズをする。


「……いや、お金、持ってない」


「あ?」


「……そんな恐い顔しないでよ。俺、つい3時間前に召喚されたばっかで、何も分かんないんだから」


「なんだ、ニュービーかよ……」


 ちっと、舌打ちをする店員さん。

 ……見えないところで『うっし、カモがやってきた』、というしたり顔をするのは止して貰いたい。

 目を隠してても、分かるんだから。


「あー、ごほん、初心者ならなんでも許して貰えると思うなよ? 金がないんだったら、クエストかなんかこなして稼いできなさいよ」


「え、10分で出来るクエストってあるんですか?」


「なに、あんた、10分でクエストこなせる自身あんの? 早漏?」


「早漏ちゃうわ。いや、今、最初のクエストこなしてる最中で、10分くらいで復帰しなくちゃならないんですけど……ビヒーモスと戦ってるんです」


「はー……最初のクエストがビヒーモス討伐ってついてないねー。最低でも60時間拘束されんでしょあれ、それってリタイアできんの?」


「いえ、よく分かんないです。俺、このビヒーモスと戦う為だけに呼ばれてて……戦い終わったら返して貰うって約束されてるんですけど」


「もう、末期だね、この国……」


 ロコさんは、首をぶんぶんふった。

 どうやら、打つ手無し、といった感じだ。


「召喚師さまにお願いするしかないねー。勇者がなにかやらかしたら、ぜんぶ召喚師さまの責任だからね。武器の調達くらい頼んでみれば?」


「いや、それはなんかマズイっていうか……まあ、それしかないですよね」


「なによ、なんかあんの?」


 特に理由があるわけでもないが、バージリーに負担をかけるのは気が引けただけだ。

 希望を抱かれるのが嫌いなのは、裏返せば、失望されるのが嫌いだからでもある。

 特に具体的な解決方法があるわけでもない現状では、彼女に頼るしかあるまい。


 ふと、先刻視界に《ビヒーモスの鱗》というアイテム名が浮かんだ事を思い出した。

 少なくとも、この世界には敵と戦ったときにドロップアイテムを手に入れられる事がある、という事だけは確かだ。

 ああいったアイテムを拾い集めればいいのではないか。

 物々交換……とまでは行かないだろうが、珍しい素材なら、買い取ってくれる場所があるはずだ、と、俺のゲーム脳が告げている。


「あの、すみません、さっきの戦いでビヒーモスの鱗剥いだんですけど……」


「なんて?」


「ビヒーモスの鱗、剥いだんですけど、拾ってきたら、換金とかできますか?」


「ふーん、鱗剥いだんだ……へー、運がいいねーお前……」


 ちらっ、ちらっと、獲物を品定めするような目つきで俺を見てくるロコさん。

 ……しまった、この人に漏らしたのは、早計だったか。

 これはカモられる。こういう場所の良い店だからこそ、俺みたいな初心者の扱いにはずいぶん慣れているはずだ。

 こっちはもう時間が無いのだから、時間をかけて値踏みしないで欲しい。


「しかたないねー、よし、なんかあんた可哀想だから、信用払いで買ってやるよ、その鱗!」


「腹黒さしか感じねぇ!」


「いーっていーって、ほら、これが代金だ、受け取りな」


 そう言って、ロコさんは、じゃらっと音を立てて、革袋をカウンターに置いた。

 中に入っているのは、『ロコの宿屋』と書かれた、特製コインのようだ。

 その内の1枚を持ち上げて、俺に見せた。


「私の店の特製通貨だよ。ウチの店の商品をなんでも1本1枚で売ってやる。……こいつを10枚やる」


「……う、『裏金』……ッ」


 ネトゲで、通貨の代わりに古銭などのアイテムで取引する事がある。

 これを通常の取引に使うお金に対し、『裏金』と言ったりする。


「あの、もっと公正な通貨での取引をしたいんですが……!?」


「あんた、10分で公正な値段の取引ができると思ってる? 私はコックだよ、肉なら分かるけど鱗なんて持ってこられても分からないっての」


 ロコさんは、両手を広げた。

 ……コックさんだから鱗の値段分からないって、詭弁にしか聞こえない。


「あんたこれは特別なんだよ、分かってる? アイテムの換金はウチでやってやるよ。面倒な手続きもぜんぶやってやる。本来なら手数料を取るんだが、初回だから手数料抜きの金額を、コイン10枚と換金してやる。10枚持ってきたら、10割お前のもんだ、9枚持ってきたら9割。……計算はできるな?」


 ……口調から女らしさが消えているんですが。

 ……これはひどいぼったくりだ。

 つまり、あまりアイテムに頼りすぎるとどんどん買い取り価格が減っていく。

 下手をすると最低価格10リブラでの買い取りになる、と。

 これは、まずいな、早く飛竜のツメを手に入れないと……。


 勇者達が慌てている理由が分かった。

 召喚門の近くで買い物をすると、足元を見られてぼったくられるのだ。

 あと8分あるし、もっと良心的な店を探せばなんとか見つかるんじゃないか、と思っていた俺は、あわてて引き返そうとした。


「あ、い、いや、いいです、やっぱ他の店行きます!」


 ドアに手をかけようとすると、

 パンプスを履いた白い足が、ずがっとドアを押さえつけた。

 腕踏まれた。マジでいたい。

 女の子なんだから、ちょっとは躊躇しようよ、スカート履いてるんだよ?

 ロコさんはそんな事お構いなしだ。

 赤い前髪の向こうから、目がらんらんと光って俺を観察しているのが見える。


「まぁまぁ、待てよ勇者。よく見たらあんた、私の弟に似てるんだ」


 弟さん、さぞ恨まれてるんだろうか。


「よし、じゃあ特別に20枚にしてやるよ」


「いやです!」


「25枚!」


「もういいです、分かりましたッ! それでいいですから足離して!」


「その代わり、絶対取って来いよ? 鱗」


 にこっと、ロコさんは笑った。

 ……なんだか、この人とは長い付き合いになりそうな予感がする。

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