15 見過ごしていたチュートリアル
ビヒーモスの背中で横たわっていると、
幼女軍師の声が、どこか遠くから聞こえてくる。
『3ターンの足止めに成功した! 転移門は3基復活、通常通り運行を再開する!』
緊急クエスト「敵を足止めする(3ターン)」の点灯が消え、
Conquest
成功!
の文字が浮かんだ。
さらに、
死亡数 7500勇者
3万勇者ちかくあった死亡数も、
第四十連隊と第五十連隊、計1万人の勇者が引っ掻き回している間に1万勇者ずつ復活し、
どうにか3ターンで1万勇者以下のラインに落ち着いている。
格納庫Aに、ドラゴンの姿はもうない。
すべてのクエストは解除され、戦闘はようやく次の局面へと移った。
『これより、通常戦闘に戻る! 各勇者は順次攻撃を再開しろ! 1ポイントでも多くのダメージを与えるんだ!』
見渡すと、周囲に低く見える高台のあちこちから
どこからともなく現れた勇者達がときの声をあげて、雪崩のように、こちらに迫ってくる。
それらに対し、
ビヒーモスが首をゆっくり巡らせて、
凶悪な眼で見渡している。
俺は全身でその荒々しい動きを感じながら、鱗の間に挟まった剣を見つめ、ぼう然と考えていた。
この世界はクソゲーでもない、ムリゲーでもない。
なぜなら、俺はゲームの参加者ですらなかった。
この剣を取っても、『攻撃』ができない。
つまり俺はただ……ダッシュ機能を手に入れてその辺をうろちょろしていただけの、ただのモブキャラでしかなかったのだ。
「……はは、は、そうだ、よな、いつから、『俺が攻撃できる』と、錯覚していた?」
乾いた笑いが漏れてきた、
もう笑うしかなかった。
なんか適当なモーションをつけて、剣を力一杯ぶつけたら『攻撃』になると思っていた。
だってそれが俺の世界での『攻撃』の当たり前の形だったじゃないか?
どこの世界でもそういうもんじゃないのか?
それが出来ないとなると……じゃあ、一体どうやって『攻撃』しろっていうんだ?
「……そうか、ゲームだ」
俺は今までのことを思い返していた。
通話機能があったり、マップがあったり、
なぜか俺の世界のゲームの機能と、よく似た共通点があるじゃないか。
だったら、ネトゲの知識から、
この世界の仕組みを推理することだってできるはずじゃないか?
くそっ、思い出せ、思い出せ。
ネトゲの知識がこの世界で唯一の俺の武器じゃないか。
こういう時、ネトゲじゃどういう事をしてた?
チュートリアルで攻撃の練習をしていたときの場面を、いくつか思い出す。
普通のネトゲは、そう、画面にコントローラーの映像が浮かんでて、
このボタンを押すと攻撃、このボタンを押すとダッシュ、
それぞれ専用のボタンがあって、その機能を解説していた。
コントローラーでキャラの動きをすべて操作できるタイプで、
どれか1つボタンを押せば、攻撃が発動する。
そうでないネトゲは、メニューから『攻撃』を選択する。
もしくは、画面上のカーソルで攻撃する敵を定めてから、
メニューの『攻撃』コマンドを押して、攻撃を開始する。
むろん、俺の体を動かしているコントローラーなんてものはない。
となると……さっきから俺の視界に映っている、不思議な文字。
これを利用するのではないか。
ひょっとすると、これを利用して、どこかから『攻撃』コマンドを呼び出す必要があるんじゃなかろうか。
ためしにビヒーモスを指さして、念を込めてみる。
『たたかう』、『メニュー』、『開け』と念じてみるが、
何も起こらなかった。
焦りばかりが募っていく。
マジで『攻撃』ってどうやるんだ?
そうこうしているうちに、
ビヒーモスが大きく首を振って、
俺の体は一瞬、地面との接点をうしなった。
一面の鱗が眼下を凄まじい勢いで流れてゆき、
《飛竜の爪》の突き刺さった鱗が、俺からどんどん遠ざかっていく。
アレを失って死ねない。
あせった俺は、
全身を打ち付けてごろごろ転がりながら、だだっぴろい背中になんとかへばりつく。
少しでも気を抜くと吹き飛ばされる、凄まじい風圧に、
一体ビヒーモスが今、どういう動きをしているのかさえ把握できない。
おちつけ、ネトゲでもチュートリアルなんか何度もかっとばしてきた。
適当に試してもダメで、操作方法が分からなかった時の事を、
考えるんだ。
攻略法の乗っているサイトを見て、
ダメなら、掲示板の初心者スレを覗いて、
やっぱりチュートリアルを見て、
ダメだ……どれも、現状じゃ不可能じゃないか。
もう、それでもダメなら……。
隣のプレイヤーがやってるのを、見るしかねぇな……。
鉄板のような鱗の一枚の端に、指をひっかけていると、
じゅうッ! と、
その指から焼けるような音がした。
「……ッ!」
鱗に触れている部分が、火傷するように熱い。
風圧にあらがいながら目を見開くと、
ビヒーモスが、大きく直角に伸び上がり、
天井に向けたその口腔に、息を吸いこみ始めている。
口から漏れる光に、見覚えがある。
《極大火炎放射》だ。
2万8000人の勇者を一撃で葬り去った。
鱗ごしに、どくんどくんと、凄まじい勢いで、エネルギーが流れているのが分かる。
一点に集まっている。
体の中の熱源が、
どんどん膨張している。
この体を保護しているシールドがなければ、俺はもうとっくに焼け死んでいたはずだ。
まるで火山を覆っている、中途半端に熱の冷めた、どす黒い溶岩の上に寝そべっているような心地がした。
どこか遠くから、ぼんぼん、という爆発音が聞こえる。
攻撃は、勇者達の先制攻撃からはじまった。
素早さの順で攻撃がはじまる。
今にも炎を吹かんとする、圧倒的な怪物に四方八方から果敢に飛びかかり、攻撃を繰り出している。
俺は、俺と同じ《飛竜のツメ》を使っている勇者を見やった。
軽い宇宙、いい加減な文明の多いと言う意味でも、軽い宇宙、第五宇宙の素材で出来た、巨大な剣。
傾けた方に浮いていくので、進行方向を定め、ダッシュができる便利な剣。
それらを持った勇者達が、手前で妙な動きをしているのを見た。
攻撃をする前に、何か柄の所をいじっている。
柄の所には、岩石のような丸い物体がくっついている。
それに片手を添える。
すると、その勇者は遥か高くまで飛び上がってきた。
俺のいる場所にはまだまだ届かないが、それでも巨大な体の腹や背中などの高い部分に、
そのまま、直接斬りかかっているではないか。
いまの、あの動きは、
ダッシュ機能ではない。
ジャンプ機能だ。
俺は、首が痛くなるぐらい遥か上の方になってしまった、
《飛竜のツメ》を見上げ、
その柄が同じように、岩石が複数集まったような構造になっているのを見た。
次の瞬間、
俺のネトゲ知識が、
そこからとある答えを導き出した。
いままで何気なく握ってきたけど、
ひょっとして、あれは『剣の柄』じゃない、別の物なんじゃないか。
ああ、そういう事か。
だから、そもそもあれは『剣』ではなくて、《飛竜のツメ》という物なのだ。
なるほど、そうか。
『柄』のついた『ツメ』なんだ。
腑に落ちた途端、怒りがこみ上げてくる。
……最初っから『コントローラー』って言えよ。




