14 3ターン目 あなたのファースト・アタックは、どのくらいダメージがありましたか?
俺は勇者クレゾールに助けられ、瓦礫の中から立ち上がった。
ビヒーモスの鎧のような体に、無数の勇者達が群がっていくのが見える。
何であいつらはあんなに体力があるんだろうか。
ひょっとして体力という概念があるのは俺たちの世界だけなんじゃなかろうか。
死力を賭して戦う姿を見ながら、俺はそんな事を考えていた。
戦慄を覚えざるを得ない。
「おい……見ろよ……」
勇者クレゾールに促されて見ると、
瓦礫の中から誰かの上半身が突きだしていた。
銀髪から細いエルフ耳がつきだしていて、
背中には誰か別の勇者が負ぶさっている。
「こいつ、足をくじいた仲間を見捨てられなかったんだ……」
「なるほど……」
何十回も死ぬこの世界でそんなアホな、と思うが、
彼らはなまじ強いだけに、確立した自分のキャラや、
自分の世界の生き様を捨てきれないのだ。
「勇者マキヒロ、こういう時、本物の勇者って不便だよな……」
「うん、プライド高いから、見捨てたらその事を延々と悔やんでそうだよな、コイツ……」
「シビアだよな、この世界……足をくじいた仲間を負ぶって走ったとか、身を挺して庇ったとか、俺も元の世界でよくやってたパターンだけどさ、ほぼ間違いなくリアルに共倒れするんだぜ……」
「勇者クレゾール……俺、お前に助けられたけどさ、ぜったい恩返しとかしねぇから……」
「ああ、ありがとう。というか、うん、それが言いたかっただけなんだ」
俺たちは、うん、うん、とうなずき合った。
ビヒーモスは尻尾を東京タワーみたいな高さまで大きくふりあげ、
前屈みになって地面の勇者達を手でなぎ払おうとしていた。
まだミッションは黄色く点滅している。
どうやらこれが3ターン目らしい。
「じゃま、そういう事で」
「ん」
俺たちはどちらからともなく、剣を構えた。
そして特に合図もなく、同じ方向に駆けだした。
そこに存在する空気の共有感は、友情なんて陳腐なものよりもよほど大事なものっぽい気がした。
そもそも、この世界に友情は存在しない。
俺たち勇者にあるのはただ絶望だけだ。
遥か遠くに見えるビヒーモスの足を目指し、
ひたすらダッシュで近づいて行く。
あるとき、宙に浮いた尻尾が大きくうねった。
俺たち目がけて途轍もない速さで振り下ろされる。
前方の勇者達は2000人まとめてなぎ払われ、
大量の土砂とともに空高く舞い上がっていった。
俺たちは、そこで『詰み』だった。
陽動も不可能ならば、
この尻尾も、向こうが意識的に止めない限り、もはや避けようもない。
隣にいた勇者クレゾールが、ぼう然と立ち止まる。
彼は同じく隣に立ち止まった俺の方を向いて、
思い切り俺の肩を掴み、言った。
「先に死ぬ!」
……この場合、先に生き返る、という意味だ。
この世界では、先に死んだ奴が順番的に先に生き返る。
2人居て、どうしても『詰み』である場合、
使える奴は先に仕切り直せるよう、使えない奴が生き残る。
勇者クレゾールは、凄まじい怪力で俺を空高く放り投げた。
いや、俺の体を風が包み込んで、その力で飛ばしている。
竜巻を操っているのか。
振り返ると、俺を空に投げ放ったのを確認した勇者クレゾールが、
巨大な尻尾の下敷きになって、ぐしゃっと潰れた所だった。
俺はうめき声を漏らした。
生き返るんだ、生き返るんだ、と何度も頭の中で繰り返しても、
それはさっき食べた料理とまた同じ料理が出てくる、というのとなんら変わらない気がした。
ついさっき俺の目の前にいて、
変な共有感を覚えた、脱色にしか見えない金髪の
勇者クレゾールは、死んだ。
俺は飛竜のツメを落とさぬよう、ぎゅっと握りしめた。
うめき声を漏らして、すぐそこに見える、ビヒーモスを睨む。
肩の高さを通り過ぎ、
よく見るとぞっとする目の高さまで飛び上がった。
届きそうで届かない巨人の背中目がけて、
真っ直ぐにダッシュしていった。
空中を飛竜のツメで移動する方法は、
無限ループを落下している間に少しは慣れていた。
分厚い装甲は、いったい何という物質で出来ているのか。
近づいただけで、体温を肌に感じ、ぴりぴりする。
まるで岩山みたいだ、
そいつの体の周囲だけ、
気温差による乱気流が生まれていた。
だが、俺は体勢をくずさず、
コントロールし続ける。
俺の体には、スキンヘッドがかけていった金色の光と、
狼がかけていった青い光が、
それぞれ機動力と防御力を高めていた。
そして、勇者クレゾールのくれた高度から攻撃する。
俺は風圧を物ともしないほど集中していた。
陽動はもはや不可能、
俺の事など虫どころか、落ちてくる枯れ葉程度にしか感じていないだろう。
単騎で出来る事と言えば、
一撃でも多く攻撃することだけだ。
目標を首の後ろの鱗の一枚に定め、
俺はそいつの分厚い装甲に、
飛びついていった。
遠目につるつるして見えた装甲は、
近くで見ると溶けて、火星の表面みたいにゴツゴツしている。
俺は岩のような感触を足の裏に覚えながら、
大きく剣を振りかぶり、
まっすぐに、飛竜のツメを突き立てた。
だが、
最初の一撃は、
1ポイントにはならなかった。
0ポイントにさえならなかった。
ダメージ数の表示さえなかった。
「……なんだ、こりゃ」
俺は凍り付いた。
俺の剣は、鱗に挟まったまま、ぴくりともしなかった。
抜こうとしても、まったく動いてくれない。
「……どういう……おい」
おい、ちょっと待て。
攻撃と同時に爆発するという噂の、
付与魔法《ブレイズ》はどうした。
皆使ってたアレだよ、アレ。
なぜ発動しない。どうして俺だけ。イケメン限定なのか。もう少し待ったら発動するのか。
つまり、あれか、そういう事か、俺の攻撃は、ビヒーモスどころか、
この剣にすら、攻撃だと認識されなかった、という事か。
そのくらい俺の攻撃は脆弱だった、というのか。
これが世界の違いなのか。
巨大な剣は、鱗に挟まったまま、
いまだにしゅわしゅわと金色の光を纏っている。
どう考えてみたところで、
俺は目の前の現実を覆しようがなかった。
要するに、数千人の勇者達の死を背負って、俺が全身全霊を込めて放った最初の攻撃は、
『ミス』だったのだ。
この世界には、絶望しかない。
俺は、もう帰りたい、という気持ちで、
再び召喚された時と同じ姿勢になり、
ビヒーモスの背中の上で、ごろんと寝転がった。




