106 人と竜
「飛竜……いったいどういうつもりだったんだ」
「くくく……どういうつもりも何も、貴様がこの世界で伝説の勇者として活躍するために、吾輩は裏で動き回っていただけではないか?」
俺は、目の前に出現した憎らしい仇敵を睨みつけた。
こいつのしていたことは、徹頭徹尾同じ事だ。
俺のステータスを散々いじくりまわして、この世界に介入してきた。
俺の戦績をごまかして、スキルポイントを異常に獲得し。
《評議会》の特別栄誉会員などという肩書を与え。
そして、立てこもり勇者たちの交渉に向かう段になれば、勇者クレゾールとまったく同じ経歴を持っているかのように経歴を詐称した。
すべて、俺がこの世界で名をあげ、活躍するための、こいつの計略だった。
「……俺は、戦わない」
「んあ?」飛竜は、俺の発言を鼻で笑った。「ここまでやっておいて、今さら逃げるというのか? 貴様も見たであろう、この暗黒の星、フィース・ワールドが直面している現実を!
今こそ、我々が手を取り、立ち上がらなければ、世界は悪の召喚師マイコフの思うがままになるはずだ! さあ一刻も早く、この世界に召喚された勇者としての運命を受け入れ、戦いに身を投じるのだ!」
飛竜は金色の尾を振るって、雪原に思い切り叩きつけた。
いや、そんな建前に惑わされるか。それでも俺は戦っちゃならない。
「……戦うかよッ! お前の狙いは分かって居るぞ、飛竜……すべてお前の武器の宣伝の為に、俺を利用しているだけじゃないかッ!
俺が戦えば、この世界に今よりもっと多くの弱い勇者が召喚される。25万人の大量召喚が必要なビヒーモス戦だけじゃない、弱い勇者の方が、コストがかからなくて、元の世界でも奇跡を必要とする弱い立場であるい以上、フィース・ワールドは強い勇者よりも弱い勇者を優先的に召喚し続ける……そうすれば弱い勇者でも十分に戦えるようになる、万能兵器として、お前は自分の武器を売り込むだけじゃないかッ!」
勇者クレゾールの肩を掴む手に、力がこもった。
弱い勇者がこの世界に召喚された所で、絶望しか待っていない。
何度も何度も死を経験し、ようやく手に入れた奇跡がいったい何だというのか。
この兄妹のように、最悪の結末を迎える者もいるというのに。
「……俺は、これ以上弱い勇者や、戦いも知らない俺の故郷の人間が、こんな世界に召喚されて搾取され続けるのを、黙って見ている事は出来ない……! 俺は最初からお前に言ってきたはずだ、俺みたいなクズを伝説の勇者に仕立て上げても、どうにもならない……!」
「くっ……はははははは!」
飛竜は、凄まじい勢いで笑い声を上げた。
風圧で舞い上がった雪煙に、息が詰まりそうになる。
「なんと愚かな勘違いを、勇者マキヒロよッ! 貴様が活躍すれば、今よりもっと多くの弱い勇者が召喚されるだとッ! 妄想も大概にするのだな、そんな証拠がいったいどこにあるッ!」
「証拠が欲しけりゃ、この世界を見ろよ……ッ! 勇者クレゾールは、昔戦っていた強い仲間が召喚されなくなって、代わりに妹が召喚されてきて精神を病んでいる……! ロコさんは、昔は戦わされてなかったコックまで前線で戦わされるようになって、自分一人、この世界に帰化しなければならなくなっている……!
勇者は確実に弱くなっている! ビヒーモス戦で戦うのに絶望して、ボイコットや立てこもりを行うような勇者が1800人ちかくも居る……!
これが証拠だ……ッ! すべてお前の飛竜のツメが、この世界に与えた『希望』の犠牲者だッ! 犠牲が多ければ多いほど、お前の武器は売れる、この旨みに、お前みたいな頭の良い奴が気づかない訳がないだろッ!」
「くっくくく……ッ! はーっはっはっはっはぁ! なんと偏狭な視野の考えだ! よくもまあ、この世界のたった一面から、そこまで想像を膨らませられる物だ、恐れ入ったぞッ!」
興に乗ったように、高笑いを響かせる飛竜。
その言い回しは、あくまで否定的なものだった。
俺はびしりと指さして、言った。
「……お前の思い通りになると思うな、飛竜……ッ! 俺の中には、お前が俺に与えた不正報酬のデータが残っている……! 《ファースト・アタック成功》のデータだ……!
これさえあれば、お前の陰謀は全て軍に露呈する……ッ! 大量召喚が必要なビヒーモスは、あと5体だけだ、いつまでも軍が《評議会》に対して、下手に出ていると思うな……ッ!」
不正の証拠とするために、このままダメージ0ポイントの状態を維持する。
それが俺に出来る、《評議会》に対する最大の攻撃だ。
飛竜は余裕の笑みを崩さず、さらに俺に詰め寄ってくる。
エンジンみたいに熱い額を寄せてきて、鼻息が周囲の雪をぶわっと吹き飛ばした。
「くくく……なるほど貴様、そんなムシケラのような『希望』にすがって、戦わない、などとほざいているのか……。いい加減に気づくのだ、貴様は『絶望』に目が淀んで、己が享受している目映い幸福から目をそらして居る、ただの青二才にすぎん……!」
「その幸福ってのは、いったいなんだ……ッ! 非力な俺でも、人の上に立つ英雄になれるって事かッ! そうして俺と同じ弱者に戦う『希望』を振りまいて、俺もお前と同じ搾取する側に回れるって事か……ッ!
……そんなもん願い下げだッ! 生憎おれみたいなクズは、どこにいってもクズにしかなれないんでねッ! ていうか、『戦ったら負け』だと思ってるッ!」
「なんと貴様は無欲を通り越して、よほどの傲慢だな……死に急ぎめが。吾輩の言う幸福とは、この吾輩と共に戦えるという、栄誉ある幸福なのだぞ? わざわざそれを無碍にするとはな。吾輩を敵に回すと言うことがどう言う事か、無論、それすら覚悟の上で言っているのだろうな、勇者マキヒロ……!」
「俺を消そうったってそうはいかないぜ、王宮には《評議会》の陰謀を暴くために、動き回っている勇者がいる……! そいつらが、俺の他にも不正報酬のやり取りをした元勇者を見つけているんだ……!」
「ほほう……それはひょっとして、メリッサとかいう名ではないのか?」
飛竜の呟いたその名に、俺は一瞬怯んだ。
しかし、俺は構わず言葉を続ける。
「ああ……そいつは勇者クレゾールをこの世界から脱出させるために、俺を罠に嵌めて、こんな所まで呼び出したんだ。
あいつかなりのヤンデレだからな……彼女が《評議会》の味方につくか、軍の味方につくかは、今から俺が送るメールの内容次第だってことだ。
どうする、彼女は勇者クレゾールの現状を知ったら、まずこいつの解放を望むはずだ。どっちを優先するんだろうな? お前らにとってどんな言っちゃまずい内容を軍にぶちまけるか、俺も知らないぜ?」
「くっくっく……はっはっはっはっはっは……ッ! ふわーっはっはっはっはっは!」
俺は、これで王手をかけたと思った。
だが飛竜は、腹を抱えて笑っている。
本気で笑いが止まらないみたいに見えて、俺は眉をひそめた。
しばらくむせかえるように笑った後、飛竜はトカゲみたいな目に涙を浮かべながら。
「ずいぶんとハッタリも上手になったものではないか、勇者マキヒロよ……ッ! くくく、よかろう、ならば教えてやろう、恐らくは貴様にとっての、絶望的な真実を……ッ!」
飛竜は、ぐいっと胸を張って、炎を吹く鼻を膨らませ、親指で、自分を指さして。
「吾輩が、6人兄妹の長兄、飛竜ラストラだ」
そう、名乗った。
なにか、とてつもなく、奇妙な単語の組み合わせのような気がした。
ぞわっと、背中が総毛立つ。
つまり、《飛竜武器開発評議会》の関係者どころか……。
『飛竜』が、勇者クレゾールの兄貴だったって事か?
「あれの情緒不安定なところなど、とうに知っておる。お前の目論見など、吾輩のひと言で片がつくわ」
「やけに自信満々じゃないか……試してみるかよ? お家のドラゴンと、兄妹と、どっちが大事か」
「それを言うなら、メリッサもドラゴンだな……メリッサは、吾輩と血を分けた実の妹である」
俺は、脳がショートして、しばらく、ぼうぜんと、していた。
なに、メリッサ……が、ドラゴン……?
「貴様はまだ己の幸福さに気づいておらんな。……メリッサのような知性あるドラゴンは、ビヒーモスを長時間地下に引き留めるためのエサとして、この世界に召喚されているのだ……。
元の世界では天敵と遭遇したことない我らにとって、耐えがたい苦痛だ。あれが精神を病むのも当然のことである。『希望』を抱ける自由があるだけ、貴様は幸福なのだ。メリッサには、最初からその自由すら与えられていないのだからな」
俺は、飛竜のツメを取り落とした。
確かに……俺は戦場で、ドラゴンと出会っていた。
暴走している奴もいたけれど、知性のあるドラゴンは、自分がエサになる事を理解して、動いていた。
勇者クレゾール、お前、兄妹と血が繋がってないって、まさか……。
種族を超えてるじゃん?
……んなもん、分かるかよ、なんてクソゲーだ。
あと5回……300時間戦えば、この苦しみは終わる。
この苦しみから、解放される。
けれど、目の前の飛竜はそれでは終わらないのだ。
妹をビヒーモスのエサとして召喚されたこいつは、それでは収まらないのだ。
飛竜の目には、決意が籠もっていた。
ある決意だ。
それは、この世界に対する――復讐だった。




