103 タイムトラベラー
「……どうしてメリッサを、この世界に帰化させた」
スキンヘッド勇者こと勇者ベリタスを、俺は問いつめた。
こいつが《評議会》と繋がりのある勇者を探していて、それでメリッサに目をつけたのだ、という流れは理解している。
しかし、目をつけただけでここまでの事が出来るはずがない。なにがしかの根拠があったはずだ。
……ぜんぶ俺のせいだった、とみなして、それで終わりにするのは楽だったが。
事実を確認しなくてはならなかった。
『それはメリッサの希望だ。……すでに《評議会》には、この戦闘の最中に不正を行った可能性について、複数の容疑がかけられている。《評議会》と関係の深いメリッサを強制帰還するのは、妥当な判断だ』
「関係が深いって? 裏で《評議会》と繋がっているって、証拠はあるのか?」
『ああ、勇者クレゾールの長兄が《評議会》の役員で、以前、彼が長兄を助けた前例がある』
勇者ベリタスは、そう、ざっくりと俺の心を抉る言葉を放った。
『あの世界では以前、年少の兵士でも扱える装着型対人兵器が開発されていて、その開発テストに貧民街の浮浪児が利用され、問題になっていた。《評議会》にも社会的批判が集中していたが、それが勇者クレゾールの召喚の対価の一部で、兵器が消滅し、事件そのものがキレイにもみ消されている』
「……それって、勇者クレゾールが召喚された時の事か」
『ああ。……勇者クレゾールの望んだ召喚の対価を追っていくと、事件の全貌が明らかになった。彼は開発テストで《死の風神》と呼ばれる成績優秀者だったが、長兄が《評議会》の役員の椅子と引き替えに八百長を持ちかけられ、それに乗って彼を罠に嵌め、瀕死の重傷を負わせた。
その時の戦績が評価され、彼が勇者としてこの世界に召喚された。召喚の対価として『世界を元の状態に戻し、事件を無かった事にすること』が望まれた。対立していた6人兄妹はいずれも和睦する形になったが、今現在、国家間の戦争で散り散りになっている』
「……じゃあ、あいつの経歴は、ひとつも嘘じゃなかったってことじゃないか?」
『結果的に、長兄は再び《評議会》の役員についてしまったが、嘘はついていないだろう。だが、現在の惑星ミルフが戦争中だからこそ、召喚の対価を独占するのを、《評議会》は欲しているはずだ。
本来なら第三者であるべきフィース・ワールドが、結果的に片方の国に肩入れする事になる。勇者召喚を禁止にするのなら、《評議会》の武器使用も同時に禁止にすべきだ』
……出来る訳がないじゃないか。
それはつまり、勇者達が《飛竜のツメ》も同時に失う、という事だ。
不可能だ。
今のところ、25万人の勇者がビヒーモスと戦えるのは、《飛竜のツメ》があるお陰だ。
あと、5体だったんだ。
目の前でたむろしている、あの巨大な5体の影さえ、なんとかなっていれば。
こんな事にはならなかった。
いや、そもそも、そんな奇跡が現実に何度も、起こるわけがない。
俺はため息をついて、頭を振った。
どうやら、6人兄妹っていうのも、妹がこの世界に召喚されたというのも、全部、本当の事だったらしい。
ただ、召喚の対価として、『無かった事にされた事実』がそこにあっただけなのだ。
タイムトラベルか、それに近い事をしたんだ。
世界をリセットして、やり直したんだ。
リセットされた事を、言わなかっただけだ。
「……兄妹で殺し合ってたのかよ……」
デスゲームか……相当荒んでるな、あいつの国は。
戦争が起こったっていうのも、頷ける。
PKが出来なかったヘタレの俺に、あいつは言っていたはずだ。
家族を冷静に殺せるようになったら、勇者として正しくても、人間として終わりだ。
確か、会話ログに、その通話内容が残っていた。
『……お前は間違っちゃいない、勇者マキヒロ。
自分の事を役立たずだなんて言うな、それが普通なんだ。
相手を殺せるぐらい強い絆が、本当の仲間だとか、理想の仲間だって、どうしても俺は思えないんだよ……。
どう考えたって異常なんだよ、それは。
……現実に理想の仲間なんて、居てたまるかよ』
ようやく分かった。
どうして俺が、いつまでも勇者クレゾールの中に消えない希望を抱いていたのか。
こいつは人を殺すのは簡単だと言っておきながら、俺のダメな所を容認して、死に至る苦痛でさえ、仕方ないと受け入れて。
自分を裏切った長兄とさえ、仲を取り戻そうとして。自分一人、死ぬ思いをしながら少しずつ世界を良くしようとして。ダメな妹を、自分を犠牲にしてまで助け出そうとして。
それはつまり、こいつがまったく世界に『希望』を抱いていなかったという事じゃないか。
自分が空っぽだったんだ。
自分の世界に対しても、この世界に対しても、兄妹に対しても、仲間に対しても。
容認しているんじゃない、諦念しているんだ。
勇者クレゾールの護ろうとしていた物は、この絶望の世界に来た地点で、もうとっくに終わっていたんだ。
勇者クレゾールが今まで語っていたのは、絶望の事実の上から、上書きされた新しい既成事実でしかない。
『事実』を語っていたつもりで、こいつの中では、『ぜんぶが嘘』だったんだ。
俺は、へっ、と笑った。
……なんだ、じゃあ、居るはずじゃ無いか。
この暗黒の太陽の下、雪の砂漠のどこかで。
あいつはバカ正直にメリッサが来るのを待っているはずだ。
世界に対して絶望している勇者クレゾールが、今さら《評議会》に操られて、自分の小さな利益にしがみつこうとするわけがない。
……メリッサが腹黒で、独断で俺を罠に嵌めたんじゃないことを祈ろう。
さすがにそこまでは分からない。
俺も会った事がないのだから。
……いや、戦場で何度か見かけた、というから、見たことはあるのだろうが。
「勇者ベリタス、軍が俺の事を捜すかも知れないけど、いちおうメリッサから目を離さないでおいてくれ……」
『ほう……もう自分の立場を隠すつもりはなくなったか』
「ああ、もうメンドイから、いいよそれで。……俺は勇者クレゾールを捜してくる」
『ふっ、いいだろう。私の出来る事ならば、全力を尽くそう』
勇者ベリタスとの通話を切った俺は、再び樹氷の中を歩き出した。
冷たい空気を吸い込み、大声で樹氷をキンキン震わせる。
「勇者クレゾールッ! お前がほむほむポジだってのはネタがあがってんだよッ! 手間かけさせんな、隠れてないで、とっとと出てこいッ!」
遠景に見える5体のビヒーモスを無視して、声を張り上げる。
地下で戦っている奴とあわせて、あいつらもちょうど6人兄妹だろうか。
確かビヒーモスは、人間だと5000人くらい纏まっていないと、何をしてもスルーするという、高度なスルー能力を兼ね備えたモブだった。
なので、俺がどんなに大声を出しても、うっかり足元に近づかない限りは大丈夫だろう。
しかし、どんなに大声を出しても、勇者クレゾールが来てくれないのでは困る。
「……くそっ、どこに居るんだ」
樹氷の間を当てもなく歩きながら、やっぱり、これはメリッサの罠かもしれないと考えた。
さっきの文章のやり取りで思ったのだが、あの妹、意外と知能が高そうだ。
勇者クレゾールもあれだけ迷惑顔をしておいて、召喚の報酬で妹の残念な頭をどうにかして貰いたいと思わないのはおかしい。バフで知力とかあげてもらってそうだ。
「勇者クレゾー……ッ!」
そう思って、大声をあげた時。
不意に、背後で雪を踏む音がした。
振り返ると、樹氷の間に、誰か居た。
二足歩行、毛むくじゃら、首がなくて、肩の間に頭が挟まっている。
少なくとも、勇者クレゾールではない。
しかし、こっちを、じーっと見ている。
……弱い魔物?
どうやら、ビヒーモスの他に、居たらしい。この絶望の世界の生き残りが。
弱いって言うか……いや、どう考えても、生き残ったのなら強い魔物だと思うのだが……。




