102 探偵勇者
夢でも、悪夢でも、見間違いでもなんでもよかった。
目の前に立ちふさがった現実は、俺の推定していた最悪の許容範囲を遥かに上回っている。
ドラゴンを食いまくるために、地下の格納庫に侵入したビヒーモスをビヒーモスAとすれば。
ビヒーモスBCDEFがすぐ外に待機して居た。
5匹の陸に上がった怪物が、鯨みたいに身を寄せ合って、何をするでもなくたむろしている。
出待ち状態だ。
地下に降りてきた、たった一匹と戦う為に、25万人の勇者を召喚して40時間も費やしているのに。
一体どうなってるんだ、この世界は。
――さすがに、やばい。
――これは知らせないと。
俺は震えながら、通話機能を発動した。
こんな事態は、予想だにしていなかった。
もう勇者クレゾールがどうとか、俺がどうしてこんな所に居るとか、言い訳を考えている余裕もなかった。
このまま連中が地下に降りてしまえば、地下世界そのものが壊滅する。
元の世界に帰る方法が完全に消えてしまう。
円卓会議の勇者なら、誰でも良かった。
この事態を真剣に受け止めて、なおかつ迅速に行動してくれる勇者。
俺の呼びかけに応じたのは、スキンヘッド勇者だ。
『どうした、勇者マキヒロ』
「外に……すぐ外に、ビヒーモスが5体も集まっているんだが」
ああ、それはこの世界のデフォだよ、と言って欲しかった。
えさ場の周りに同類が集まってくるのは、きっと良くあることで、普通は1匹ずつしか地下に降りてはこないんだよ。
などという、それっぽい世迷い言がスキンヘッド勇者から発せられるのを、俺は心のどこかで期待していた。
スキンヘッド勇者が、長い、長い、沈黙を守っている。
『5体……? それは、本当か?』
「ああ……デカいのが、5体……」
『なるほど……5体しか、いないのか』
予想外の反応が返ってきた。
5体、しか、いない?
俺は目を凝らして、ビヒーモスの影を数えてみた。5体。それ以外には、俺の目では見えない。
……ひょっとして、もっと居たっていうのか?
『ふっ……ははははははははははははは……!』
むしろ、喜んでいるとも取れるスキンヘッド勇者の反応に、俺はぽかんとしていた。
これってピンチじゃないのか? どうなっているんだ?
「なあ、一体どうなってるんだ? 俺はガチで分からない素人だから、詳しい説明を頼む!」
『ふっ、そこまですっとぼけていられると、いっそ清々しいな、勇者マキヒロ……これでお前が本当にただ事件に巻き込まれただけの、ずぶの素人だったら、俺はあと1年は丸坊主のままでいてやるぞ』
「誰も喜ばないから。ていうか、ひょっとしてお前のスキンヘッドって、賭に負けた罰ゲームかなんかだったのかよ? ……いやいや、そんなん良いから、これどうなってるんだよ!」
『つまり……。この世界のビヒーモスの食糧が尽きて、飢え死にをし始めている。そういう事だな?』
……食糧が尽きて、飢え死にしはじめている。
第八宇宙から召喚された異世界の怪物……その主食はドラゴン。
主食があるくらいだから、食糧を食べ続けなければ、いつかは死んでしまう。
彼らも勇者と同様に、召喚師が食糧を与え続けなければ、生きていくことが出来ない。
彼らを召喚したのは……悪の召喚師マイコフだ。
じゃあ、そいつは今、ビヒーモスの食糧を、どうしている?
『悪の召喚師マイコフは、この世界からすでに撤退して、異世界に逃げている……他の召喚師総督が、奴のこの世界への召喚や転移を拒んでいる限り、ビヒーモスに食糧を提供することは出来ない』
……なるほど、そうか。
大量の悪夢を解き放たれ、死の星にされたフィース・ワールド。
その死の星になったこの世界における、起死回生の方法。
ビヒーモスの巨体を維持するだけの食糧を与えない。
この星を、死の星のままにしておく。
召喚魔法は、自分のいる世界に、異世界から物資や生き物を召喚する魔法だ。
翻せば、自分のいない世界に物を召喚することはできない。
ビヒーモスが劣勢を建て直すには、悪の召喚師マイコフが、のこのことこの世界にやってくるしかない。
『50勇者が召喚された10数年前は、地上の物資をあらかた食い尽くすほどの魔物たちやビヒーモスがひしめき合っていた。
中でもビヒーモスは巨大な上に長命で、何年も飲まず食わずで生きられる。召喚師総督はビヒーモスを倒すために、食糧となるドラゴンを一箇所に集め、それを巡って集まったビヒーモスたちの同士討ちを誘っていた。
次第に数が減った奴らは同士討ちをやめて、生存確率を高めるためにいくつかのグループに分かれて世界中に散り散りになっていった。地下格納庫を発見しても、グループ間では争わず、1体ずつ地下に入って食糧を食いあさり、食いだめするだけして出てゆくのを繰り返していた。残りは自分の番が来るまで、大人しく地上で見張りをして待つ、という戦術を取るようになった。
地下に降りてきたビヒーモスを退治する事が可能になったのは、3年前からだ。今までは同じ地下格納庫で待ち受け続けて居ると、その周囲に何十体も群れ集うようになっていた。それが今、5体しかいない。
もし、その5体が最後のビヒーモスならば……召喚師総督による強制帰還で、一気に解決することも夢ではなくなる。我々の戦いは、確実に実を結んでいる……』
……どうやら俺は、またしても『希望』を与えてしまったらしかった。
……雲の上の話すぎて、ちげーよ、と素直に言えない。俺1人の情報を鵜呑みにして、判断を誤るような奴でもないだろうのに、いったいどうなってるんだ。
「つまり、ビヒーモスは、この世界に召喚された勇者たちの最悪の末路を辿っていた……そういうわけか」
俺が召喚された時に想定していた、最悪のパターンのひとつ。
召喚師が勇者達を戦わせている間に、逃げる、というものだ。
その選択肢は、ありえないのだ。
召喚師達がやっていたのは、すでに死んだこの星を巡る、持久戦。
マイコフの負の遺産と、どちらが先に燃え尽きるかの戦いだ。
ビヒーモスは、悪魔でも、天災でも、何でもない。
ちゃんと寿命の存在する、怪物だ。敵の召喚した、敵の勇者だ。
大量に召喚するだけ召喚して、この世界から、逃げたのか。
……さすが悪の召喚師マイコフ、考え得る限りの悪だ。まさに容赦がねぇ。
『地上から、ビヒーモスの脅威が取り払われれば、大量の勇者を召喚する必要がなくなる……数の戦いが終わる』
スキンヘッド勇者は、さらに続けた。
『ビヒーモスが、外に5体しかいない。この事実を持って《飛竜武器開発評議会》への依存から脱却するよう、軍を説得しろと。……弱い勇者を召喚し、戦わせるという、この世界が辿ろうとしている、異常な未来を食い止めろと……俺にそう、言っているのだな? 勇者マキヒロ』
数の戦いが終わる。
終わる。
さっきから、ずっと脅威にしか見えていなかったビヒーモスの影を、俺は見た。
5匹居る。
たったの5匹。
あと5回。
300時間の戦い。
ビヒーモスは、どこか不安げにいなないている。
その度に、雪がぶわりと、舞い上がる。樹氷がみんみんと音を立てる。
不意に涙がこぼれた。
……お前ら、どうしてビヒーモスAと一緒に戦ってやらないんだ?
……ひょっとして……お前らも弱いからか?
『……勇者マキヒロ、ひょっとして、この俺にビヒーモスも助けろと言い出すんじゃないだろうな?』
「いや、俺はそこまで言ってないというか……」
俺は、ちいさくうめき声をあげた。
そうだ……確か俺は、こいつに言った事があった。
この世界が辿る未来について。
MPゼロ勇者が召喚され、戦わされる未来。
それに対してどうすべきか、『お前が考えろ』と俺は言った。
こいつは、自分なりに考え、そして行動した。
その結果が……今の状況だったのだ。
名探偵ってのは、大体、何気ないひと言からヒントを得て、行動して……。
誰も思いつかない事件の真相へとたどり着き、事件を解決へと導いてしまう。
「なあ、ところでお前……名前、ひょっとして、勇者ベリタスって言わないか」
スキンヘッド勇者は、驚いたような声をあげた。
「……まさか本名の方を言い当ててくるとはな。ふっ、なるほど、やはり貴様はただ者ではなかったわけだ。それはもう、俺が丸坊主にする必要は無い、という事だな」
いや……。
もう、こいつにツッコんでも無駄だと思ったので、俺は心の中でツッコミを入れた。
なんでお前、それが分からないの。
……お前はもう1年間、丸坊主で確定だよ、スキンヘッド勇者。




