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101 更新される最悪の想定

 視界の隅にあるマップは、いくらドラッグしてもなにも映し出さない。

 どうやら戦闘範囲外になると、今までのマップ機能は役に立たないみたいだ。


 このどこかに、勇者クレゾールがいる。

 どこからか、風に吹かれて飛んできた新雪が、靴の上にひらりと乗っかる。


 勇者マキヒロ:メリッサ、勇者クレゾールから何か新しい連絡は来ているか?


 RYU-08920:いえ、来ていません。


 メリッサは、勇者クレゾールに、格納庫Aを通って外に出てくるよう指示されていた。

 なら、この近くに勇者クレゾールはいるはずだ。


 もう出てくる所を見張っていて、俺を発見しているかもしれない。

 あるいはメリッサから、外に出て来たという連絡があるのを待っているかもしれない。

 軍に追われている立場の勇者クレゾールなら、たぶん後者だろう。


 俺は雪の砂丘の間を歩いて行った。

 白い息を吐きながら、声を張り上げた。


「勇者クレゾール……ッ!」


 南極で声を出したら、こんな感じなのだろうか。

 胡乱げな風の唸りに、全ての音がかき消されている感じしかしない。


 ひょっとしたら、全てが罠なのかも知れない。

 最悪のパターンから先ず考える俺の悪い癖が発動した。


 怪しすぎる。

 どう考えても、今の俺は、怪しすぎる。

 勇者クレゾールの裏に《評議会》が絡んでいるのなら。

 当然、あいつは俺が不正報酬を受けている事を知っていたはずだ。

 だから、立てこもり勇者達の中で、俺の不正がバレないように庇ったのだとすれば。

 それが善意から、だなんてどうしてバカ正直に考えられるんだ。

 脱出のために、俺を利用するために、生かしておいたと考えるのが普通じゃないか。


 こうやって、メリッサの名前を使って俺を外に連れ出せば……軍の目を、怪しい動きをしている俺の方に向かわせれる事ができる。

 メリッサを騙る謎の人物は、勇者クレゾールの脱出をサポートしているだけだ。


 さらに……もし俺がメリッサの期待を裏切って、軍に勇者クレゾールと外で出会う事を報告するほど薄情な奴だったら、それこそ儲けものだ。

 軍の目は、俺の背中に集中するだろう。確実に、軍は勇者クレゾールが外に居る、と思い込む。

 まさか《評議会》と裏で繋がっている俺が、利用されていて、このままこの世界に置いてゆかれる事になるとは思わない。


 そのすきに、地下のどこかに潜んでいた勇者クレゾールは、王宮へ潜入する。

 王宮に居る、メリッサかどうかさえ分からない、謎の人物の手引きによって。

 ……完璧だ。

 ……まったく、本当に、世界は美しくなんて無い。

 太陽の埋め立てられたこの世界では、みな自分が生き残る事に必死だ。

 ガチで絶望しかない。

 弱者はこうして強者に利用されるだけだ。


 俺は、勇者フリッツや、スキンヘッド勇者に通話する事を思い立った。

 この事を、あいつらに伝えれば、少なくとも《評議会》の目論見を潰す事はできる。


 俺は不正報酬を受けて、《評議会》に利用されている。

 王宮に勇者クレゾールの脱出を手引きしている奴がいる。

 勇者クレゾールは大嘘つきのペテン師だ。

 そう告白しさえすれば、俺はこの事件の全てを解決することが出来る。


 俺は通話申請を念じる事が出来なかった。

 これでもまだ、あいつの言った事を信じたいと思っているのか。

 だから俺はどこまで行ってもクズなんだ。

 何度生き返っても、何度異世界にトリップしても、しょせんクズはクズにしかなれない。


「……勇者クレゾールッ!」


 俺は樹氷の林間で、再び声をあげた。

 氷漬けの裸の木々が、音叉みたいにみぃーんと静かに響いた。


「……来てやったぞ、勇者クレゾール!」


 どんなにこの世界が醜かろうと、自分の心だけは清く正しく、なんて自己満足が、この世界の運命をどんどん悪化させていく。

 悪巧みをする強者の思うつぼ、まんまと罠にはまってやっている。

 ひょっとして、自分の身勝手な行為で、あいつを救えるとでも思っているのか。

 とんだ『希望』だ。何を勘違いしているんだ俺は。


「……頼むから、俺にお前を、信じさせてくれ! 俺は、お前を……信じている! 疑ったりしない! だってお前みたいな勇者は、なんだかんだ言いながら、最後には味方になってくれるもんだって、そういうツンデレなんだって、相場が決まってんだよ! 俺にはそう分かってるんだよッ!」


 本当に誰も居ない虚空に吠えていたのだとしたら、バカみたいだ。

 樹氷がみんみんと音を立てている。

 最悪、ここに勇者クレゾールなど居ないはずだった。

 一体どんな脳天気なシナリオを想定していれば、こんな言葉が口から出てくるのか。

 我がことながら、上っ面すぎて吐き気がする。


「……勇者クレゾールッ! 居るんだろ、出てこいよッ! 俺はお前をPKできなかったのに……お前は、いとも簡単に俺をPKしてくれやがって! ふざけんな、俺はお前を助けられなかったのに、どうしてお前は俺を助けたんだッ! マジで苦しかったんだぞ、ふざけんじゃねぇッ! 出てこいよ、勇者クレゾールッ! 居るんだろッ! 分かってるんだよ、お前が俺を助けてくれたんだって事ぐらい……ッ! 分かってるんだよ、お前が……お前がそこに居る事くらい……ッ! 俺には、ぜんぶ分かっているんだッ!」


 こんな上辺だけの言葉で、腹の奥では最悪のパターンを恐れていて。

 ……どうしてあいつが俺を信じてくれると思っているのか。

『俺も一緒に戦う』とさえ言えないような奴を、どうしてあいつが信じてくれる。

 1800人の立てこもり勇者達が言った事を、今さら俺が言った所で、何になるというんだ。


 俺は『希望』が嫌いだ。『希望』を憎む、『希望』を破壊したい。

 それは同じくらい『絶望』が嫌いだからだ。


 人は多かれ少なかれ、『希望』を抱かなければ生きていけない生き物だ。

 不幸から目をそらし、『希望』によって常に騙されていなければ、前に進むこともできないのだ。

 どんなにあがいても、『希望』から逃れる事は俺たちには出来ない。


 そして、それが『絶望』へと転化するのは、もはや逃れようがない事実だ。すでに分かっている事なのだ。


 俺が黙った後も、樹氷はしばらくみーん、という音を響かせていた。

 暗闇に人の気配はまったくない。

 しばらく肩で息をしていると、やがて、樹氷がみーん、ともう一度高く鳴った。


 樹氷の林が、ビリビリと音を立てて震えている。

 一体何が起こっているのか。

 振り返ると、星明かりの中に、大きな影が浮かびあがっていた。

 3つ、4つ、5つ。

 足音で樹氷を共振させながら、次第に数を増してゆくその影に、俺は寒気を覚えた。


 ……そんなバカな。

 いったい、どうしてこんな事が起きるというのか。

 この世界の絶望は、常に俺の最悪の想像を上回ってくれるものらしかった。


 ビヒーモスの影が、5体。

 どうやら、すぐそこでたむろしていたらしかった。

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