99 Yes/No分岐
Yes/No
ついに出現した、最終クエスト『勇者クレゾールとの邂逅』。
軍に疑いをかけられ、現在逃亡中の勇者クレゾール。
そいつと会って、話をするチャンスが、俺に訪れた。
――受けるか、受けないか。
――こんな重大なクエストを、俺が受けて良いのか。
俺に交渉スキルが無い事は、実際に魔力炉であいつと話し合った時に、露呈してしまった事だ。
あのとき俺がやったのは、ただの説得だ。結局、あいつの兄妹を人質に取って、兄妹の為に戦闘を継続しろ、兄妹で力を合わせて戦えばいい、妹の思いを無駄にするな、などと説得する事だけだった。
後は妹を助けると言って、勇者リリーに協力を仰いだぐらいだが。
結局、その時にはもう手遅れだったのだ。
メリッサは軍によって《評議会》との繋がりを疑われ、この世界に帰化してしまっていた。
あとはダラダラと関係ないことを話して。時間切れになって。
最後には一人で勝手に焦って、感情にまかせて交渉の種を全部ぶちまけてしまった。
そうして、けっきょく勇者クレゾールを説得出来なかった思い出は、記憶に新しい。
それが俺の交渉の実力だ。
そんな俺が、今さらあいつと何を話せるっていうんだ。
No
俺は静かに指を持ち上げ、クエスト拒否を選ぼうとした。
……いや、待て。
勇者マキヒロ:あいつと話せって、具体的には何を話して、どういう風にして貰いたいんだ。
勇者マキヒロ:あいつに軍へ投降するよう説得するのか。
勇者マキヒロ:お前が本当にしたいのは、そうじゃないだろう。
勇者マキヒロ:軍と掛け合って、勇者クレゾールにかけられた疑いを晴らして欲しいんじゃないのか。
勇者マキヒロ:だったら先に言っておくが、俺にそんな勇者みたいな真似はできないんだぞ。
けっきょく俺は、いつもの卑怯な正論に逃げた。
どういう風になれば正しく収まるのかなんて判断を、相手に迫っている。
勇者リリーのように、少ない情報で相手のやって欲しいことと、自分に出来る事を一瞬で見極め、あいわかったと返事をして、即座に行動に移すことが出来ない。
相手の思い通りにならなかったときの為の保険。責任逃れ。弱者なりに、そんな最低限、身を守る術だけは心得ている。
……俺はあの時、どうして勇者クレゾールに、本当の事を伝えなかったのだろう?
勇者リリーが、戦場にメリッサを見つける事が出来なかったと報告してきたとき。
メリッサが軍に囚われている可能性に気づけたのは、俺だけだった。
どうしてそれを、勇者クレゾールに直接伝えるのは酷だとか、そんな上辺だけの生ぬるい気遣いで、自分の中だけで片付けようとして、まだ最悪じゃない可能性も残されてるなんて、ずるずると『希望』にすがりついて。
それで結局、全てのチャンスを、台無しにしてしまったんじゃないのか?
結局、あいつも1人で、問題を抱え込む事になってしまった。
たったひと言、俺があいつに言ってやればよかった。
ひょっとしたら、あいつは救えたんじゃなかったのか。
あの時、通るはずのない提案が通るのをぼんやり待っていた勇者グルツも話に加わって、メリッサについて助け出す方法を一緒に考えていたんじゃないのか。
少なくとも、立てこもり勇者達が特殊勇者になって、誰の目も届かない所で、もう何もかも手遅れになっていたなんて、こんな結末だけは、本当は避けられたんじゃないのか。
どうして俺は、あいつの仲間になってやれなかったんだ。
俺はたった一人、あいつの仲間として、円卓会議に選ばれた勇者じゃなかったのかよ。
RYU-08920:結果はどうなろうと構いません。ただ、もう一度だけ、1対1で兄と話してあげて欲しいんです。
結局、俺はメリッサから、その譲歩、言質を、引き出すことに、成功した。
成功した……だからなんだ?
ここは、俺がほっと胸をなで下ろす場面なのか?
話し合うだけでいいなら、俺にも出来そうだって喜べばいいのか?
俺が責任を取る必要がないと分かったから、俺は安心して行動できるのか?
おまえはそれでも勇者か。
しっかりしろ、勇者マキヒロ。
指が……指が、ふるえる。
Noを選ぶだけなのに、どうして迷う。どうしてそんなに躊躇っているんだ。
RYU-08920:今の兄は自分のしたことを酷く後悔しています。自分で自分を追い込んで、さらに苦しい思いをしています。
RYU-08920:だけど、この絶望の世界で兄に何をしてあげれば良いのか、私にはよく分かりません。それでも、最低でも話を聞いて、出来る事なら道を示してあげられる人が側にいて欲しいんです。
RYU-08920:私には、貴方にどうしろなどと、命令することはできません。本当は私がやるべき事の筈なんですが、ただ、いまは貴方を信じる事しか私にはできないんです。
RYU-08920:お願いします、勇者マキヒロ。兄をこの絶望の世界から救ってください。私に戦う『勇気』をくれた貴方なら、きっとできるはずです。もうこの世界には貴方しか、頼れる人はいないんです。
Yes
俺の持ち上げた手は、ぶるぶる震えていたせいか、Yesの方をうっかり押してしまっていた。
……ついうっかりだ。
……操作ミスで押しちまったよ、ちくしょう。
これで、俺は逃げ道を完全に失ってしまった。
自らの手によって、この道を選んでしまった。
『ふっ、共犯関係せいりつですね』、なんてメリッサが突然豹変するという、俺が脳内で描いていた最悪の未来予想図は……。
次に送られてきた未完成のひと言で、打ち消された。
RYU-08920:ありが
向こうも操作ミスをしていた。
勇者マキヒロ:まともに打ててねぇよ?
RYU-08920:なん
RYU-08920:ないっです
RYU-08920:よがっ
RYU-08920:あり
RYU-08920:ありが
RYU-08920:ありがとう
RYU-08920:ます
勇者マキヒロ:もちつけ。もう少し落ち着いてから送って来い。
俺はため息をついた。
本当に、俺に任せるとどうなるか分からないからな。
俺みたいなクズニートが何かやろうとしても。
この世界には絶望しかないんだから。
勇者マキヒロ:お前は、あいつに会ってやらなくてもいいのか。
RYU-08920:兄が私を呼び出した理由は分かっているつもりです。
RYU-08920:だから、私では兄の呼び出しに応じる事が出来ません。
なるほど。ちゃんと自分の立場をわきまえているらしい。
あいつは妹と一緒に、召喚師を脅迫し、元の世界に帰還するつもりだ。
そうする為には、勇者クレゾールはどこにいるか分からないメリッサを王宮から呼び出して、どこか安全な場所で落ち合わなきゃならない。
その為に通話で呼び出したのだ。
すでに兄妹で上下関係がはっきりしているメリッサを、のこのこ連れて行ったりしたら、ダメだろう。
……俺が行くしかないか。
そう、こればっかりは、どんなに絶望的でも。
どんなに沢山の優秀な勇者が、この世界に召喚されていても。
俺がどうしようもないクズ野郎でも。
俺が行くしか、ないのだった。




