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魔境踏破編  第3話

◆ シディーソEYES ◆


 龍王八仙の末男、「山のシディーソ」。それが僕のこと。

 嫌いな言葉は年功序列。

 両親も数えると上に6人。下に1人。お察し。

 

 いつも誰かの失策補填。


 今日は大陸最東部へ来訪中。

 新年の定時連絡もしない姉の行方捜索とか、憎むべし年功序列。

 馬齢を重ねる愚をここに見る思い。


 「塵の森」。魔境。超絶危険地帯。

 まさかと思う。まさかそこまでは、と思う。

 ここに単独侵入はしていないと信用。信用できることを希望。


「……≪存在隠匿≫」


 生気エーテル星気アストラルも一切合財を隠す秘術。禁呪とも言う。

 それでも深入りはご免。無理。命あっての年功序列。


 不満と緊張。


 数刻。


 それが、まさかの、驚愕と興味に。



◇ WORLD・EYES ◇


 灰色の1000騎が疾走する。

 瘴気に煙る丘陵をほうき星のように。


 前方には歩兵たちが堅陣を組んでいる。槍と盾とが密集した壁だ。

 その数、6000余り。

 肉もなく双眸空虚な、不死属性アンデッドの軍勢である。


 激突する寸前、1000騎は美しい弧を描いて左へカーブした。

 肩すかしをされた形の歩兵たちは、自然、それを追うように僅かに変化した。

 風に吹かれる草原のように……刹那の隙を生じたのだ。

 

 100騎が恐るべき速度で前線を喰い破った。

 カーブの最中に分かれたのだ。

 瞬く間に中央部まで到達し、更には渦を巻き広げるように掻き乱していく。

 巨獣のはらわたを喰い散らかす凶暴さだ。


 やがて元来た方角へ突破してきたが、その先頭を駆ける黒の騎兵には目を見張る。

 右手に剣、左手に斧。そして脚のみでの馬術。

 暴力の象徴のようでいて、冷徹合理な武を見せる万夫不当の強者だ。

 人か? いや、それはあるまい。鬼であろう。


 突き抜けていった100騎を、乱されながらも、追い打つ姿勢を見せる歩兵たち。

 その後背から敗北が来襲した。先の900騎だ。


 もはや陣ですらない。

 散り散りに分断され、各個に撃破されていく。

 黒い鬼まで反転・参加しての殲滅戦だ。徹底的で、合理的で、隙がなく、速い。


 全てが、文字通り全てが打ち滅ぼされた頃。

 丘の向こうから追っ付け現れた一団がある。

 不死属性アンデッドの重騎兵、4000騎だ。

 かつては壮麗であったろう兵装は、朽ちながらも、どこか心を打つものがある。


 先の歩兵と合わせて10000の騎士団。

 その主力であるだろう重騎兵たちは、なぜ戦場に遅参したのか。


 仇という概念があるとも知れないが、4000騎は1000騎へ襲いかかった。

 しかし、激突しない。

 1000騎は即座に逃げ出していた。相対的に軽装だ。速い。


 逃げる1000騎。追う4000騎。


 小高い丘と丘の合間に進んだとき、新たな一団が姿を見せた。

 双方合わせて5000騎を見下ろすのは、灰色の1000騎。

 率いるのは美しい少女だ。青空のようなマントが瘴気の風にたなびいている。


 掲げられ、振り下ろされた繊手。それは死の宣告。


 1000騎は逆落としに急襲、重騎兵4000騎は長く伸びた横腹を撃ち抜かれた。

 勢いのままに反対の丘を駆けのぼり、反転、今度は500騎ずつでの逆落とし。

 派手で獰猛な攻撃だ。

 更には100騎ずつに分かれ、隊列を乱しに乱す。


 騎士槍ランスは混戦で威力を発揮できない。速度が必要だ。

 しかし、重騎兵のうちで速度をもっているのは先頭付近の数百にまで限られた。

 

 黒の騎兵が動いた。

 1000騎を4つに分け、しかもそれぞれが凄まじい弧を描いて転進した。

 250騎ずつによる同時側面攻撃。

 そのたった一撃で、もはや「戦い」は「処理」へと変貌した。

 処理。否、高速処理か。


 一方的ながら混戦の様相を見せる後続。

 黒の騎兵率いる1000騎が駆け付けたなら、それで終わりだ。

 少女の指揮も見事だが、この殲滅力を前にしては霞んでしまう。圧巻だ。

 

 2000の騎兵団と、10000の騎士団との対決。

 それを完勝で飾った者たちには、しかし勝ち鬨の1つとてなく、場を去った。



 彼らの駆けゆく先には、何がある?

 勝利よりも重要な何か。それが何なのか知りたい。知るべきだ。


 まるで世界から隠れるように……

 奇門遁甲の秘術をもって戦場を観察していた小龍、シディーソは騎兵を追った。



◆ アルバキンEYES ◆


「随分と強いな。見事だ」


 報告に来た2人を労う。

 いや、実際、ここへ来て更に強くなってきてないか? 我が「灰の騎兵団」は。


「嬉しいけど……反省はしてます。逸っちゃった」

「ほぅ?」


 マグは本気で悔しそうだ。

 大事な感情だ。本気の奴にだけ許された、昨日を乗り越えるための燃料だ。


「最初の逆落とし、アタシはもう二呼吸、待つべきだった」

「ああ……ほぼど真ん中に突っ込んだからな。あれじゃ敵を留めすぎるか」

「うん。危なかった。お爺ちゃん戻ってくるの遅かったら、被害もっと増えてた」

「65騎か。まぁ、許容範囲だと思うが」

「お爺ちゃんは歩兵も全滅させてるのに、損害、7騎だけだもん」

「年季が違うだろ。精進すればいい」


 一生懸命な奴だ。悪くない。

 妹宣言はどうかと思ったが、向上心の強さに通ずるものを感じている。

 その目的が俺の手助けだってんだから……本当なら心強い話だ。


「ドンキはどうだ?」

「概ね、満足のいくものでありましたな」


 久々に人型のドンキだ。ここんとこ本性続きだったからな。

 いつもの熱血爺さん、今は滋味に溢れる笑みを浮かべてやがる。


「歩兵相手とはいえ、6倍の敵を一蹴した奴の台詞じゃないな」

「レディの陽動・遅滞戦闘が機能していればこその戦果。我輩だけの力では」

「ああ……その間はマグが重騎兵を翻弄していたな」

「騎兵の追撃とはえも言われぬ恐怖を感じるもの。レディは心胆も見事ですな」

「褒めるね。同意するが」


 お前だって追われたじゃん、とは敢えて言うまい。

 こいつは基本的に褒めて伸ばすタイプの奴だ。人型の時は。

 本性の時は……まぁ……寡黙で執拗、とだけ言っておこうか。


「これで終わりか……」


 見渡す。

 ここは丘陵の影に設営された本陣だ。

 久しぶりに、本当に久しぶりに、長いこと地面を踏んでいる。

 

 本格的な集団機動戦になるとわかっていたからな。

 俺、クリリン、ニオ、雷火および荷駄隊はここに隠れていたんだ。

 直援は270騎のみ。森にあっては少なすぎる数だが、ここでは適量。

 

 ドンキを主将、マグを副将として送り出した2000騎は勝利した。

 帰還した灰色驃騎兵グレイユサールは1927騎。

 不死属性アンデッドエノク騎士団10000を全滅させて、その損耗率。

 十分に勝ちすぎていると思うんだがねぇ……武人の世界ですな。


 ゆっくりと報告を聞いている。

 もう駆け続ける必要は無い……あと3日も進めば、危険地域を抜けるんだ。

 

「長かったなぁ……」

「殿」

「ああ、わかってるさ。油断はしないよ」


 そう返した俺だが、きっと緊張感を失っていたんだろう。

 習慣のように周囲を警戒し、仮に警戒が甘くとも周囲が、雷火が守ってくれる。

 そんな状況が俺を腑抜けにしたのかもしれない。

 危険と安全との落差が、思い上がりを生んだのかもしれない。


 忘れていたんだ。

 現実を見ない奴がどうなるかを。世界の理不尽を。

 だから……その時、俺は「アルバキンであること」を休んでしまった。

 それは致命的な形で、俺を打ちのめすこととなる。


 心が、心だけが最後の王国。

 心は、心だけは自らで護らなければならない。

 ならないというのに。



◆ マグネシアEYES ◆


 魔境を踏破して1ヶ月ちょっと。

 アタシたちは今、古代の城塞跡を仮拠点として駐屯してる。

 灰色驃騎兵グレイユサールは全騎休眠状態。倉庫跡に隠した。


 兄様は今日も目覚めない。


 あの日、いつものように雷火ちゃんに支えられて仮眠をとった兄様。

 もう難所もないし、ちょっと長めに寝ても平気だなって話してた。

 そうだねって、アタシも答えたよ。


 でも、それから一度も目を開けてくれない。


 呼吸はしてる。騎兵や雪風ちゃんたちへの魔力結合も正常。

 本当にいつも通りの眠り。今にも目を覚ましそうなのに。


「過負荷、かもしれません」


 クリリンは言ってた。


「主は急速に魔力量を成長・増大させ、他方、膨大な魔力を消費してきました」


 「灰の騎兵団」を休みなく駆けさせてた。


「それは前代未聞の『魔力の空白』を生じさせることとなります」


 最大容量が増える。中身は消費し続けて回復しない。広がる空っぽ。


「何しろ桁が違いますから……何らかの問題を引き起こしたのかもしれません」


 仮定や推測ばかり。でも真剣だ。

 兄様の異変がわかってからずっと研究してる。膨大な知識を使って。

 面白がってもいなかった。

 クリリンもきっと兄様のことが好きなんだと思う。


「不謹慎な言いように聞こえるかもわからんが……」


 お爺ちゃんは、全く不謹慎じゃない表情で言ってた。


「しばらく眠ることも必要なのかもしれんぞ、殿には」


 辛そうに、兄様を思っていた。


「あの地下60階で目覚めて160年以上、殿は常に戦ってきたようだ」


 実際の戦闘と、戦闘に向ける準備という戦闘。


「殿には『闘争以外の何か』が無い。気を抜き、身を休め、魂を慰撫する何かが」


 お爺ちゃんもきっと、最初は無くて、どこかで見つけたんだろうね。


「何もかも忘れて眠ること……それは何にも優る薬になるかもしれんのだ」


 そうだね。だからお爺ちゃんも少し眠るといいのに。

 兄様の寝所となった部屋の前で、ずっと不寝番をしてる。

 いくら魔将だからって、疲れないわけじゃないんでしょ?


「どお?」


 いつものように尋ねる。

 ニオちゃんがいつものように首を横に振る。

 アタシは、いつものように、寝室の中の細々を片付ける。

 花を代えたり、水拭きしたり……全部そーっと、音も立てないように。


 ニオちゃん、今日は人型だ。

 いつ見てもドキドキしちゃうくらいに綺麗。裸だから良くわかる。

 俊敏で、豊富で、艶やかで、細やかで……きっと生物としての優美さなんだ。

 ずっと兄様に寄り添っているけど、ちっともヤラシくない。

 

 彼女は兄様の守護者ガーディアン

 母でも恋人でもなく……けれど誰よりも強く、慎ましい。そんな存在。

 その加護がある限り、兄様はきっと大丈夫。

 

 ……誰にも言わない1つの予感がある。


 きっとアタシは殺される。何かの結末を見ることもなく、途中で、惨たらしく。

 いつなのかはわからないけど、もう決まってしまっている気がする。

 「順番だよ。そういう番なんだよ」と、アタシの知らないアタシが囁く。


 でも、大丈夫だ。兄様は大丈夫なんだ。

 アタシがいなくなっても、彼女が護ってくれる。隣にいてくれる。

 だからアタシは、どんな死だって、笑って死んでいけるんだ。


「大丈夫だよね」


 思わず口に出しちゃった。

 ニオちゃんが不思議そうに首を傾げる。


「大丈夫なんだよ」


 もう一度しっかり言い直す。これは信頼? これは遺言?

 笑顔で言えたアタシに、ニオちゃんは笑顔で頷いてくれたんだ。嬉しかった。



◆ バゼタクシアEYES ◆


 我は龍王八仙が1仙、「地のバゼタクシア」。

 6仙の母にして1仙の伴侶なり。

 我が前にあるは末男、シディーソ。そのかんばせは喜悦。


「父上は何と申されたか」

「僕の任務外。まず任務を遂行するのが筋、と再捜索を下命」

「相も変わらず融通の利かぬことよの。それで我へ言上か」

「はい。僕でなくとも監視が必要。推奨は八仙」


 コレは我が子の中で最も我に似る。

 深謀遠慮にして臨機応変。智を尊ぶ。好奇心旺盛である点は若さゆえ。

 他の兄弟姉妹、そして我が伴侶にとっては理解し難き者であろうの。


「仙は無理じゃな。いとまがあるは長兄くらいのもの」

「……殺害は最も下策」

「時には剛良く柔を断つがの。下賤の密偵では困難かえ?」

「不可能。可能なら監視不要」


 そしてかんばせには喜悦。あな珍しきこと。


「それ程か」

「はい」

「あの素っ頓狂女と比べるとどうじゃ?」


 幽閉した大魔導師を思う。あれは傑物なり。

 1個にして世界を変え得る者、即ち英雄。いや、現状では元英雄じゃな。


「未来において勝るとも劣らず」


 驚いた。

 唯一、我を滅ぼし得る者と見た女、それを超え得ると?


「……あるいは、キュザンは囚われたのかもしれぬの」

「可能性は有り。でも低確率」

「まぁ、そうじゃな」


 キュザンの風を操ること、かの精霊王の如し。

 直情傾向はあれど人の子の対抗できるものではない。軍など塵芥じゃ。

 しかも大層誇り高い。

 万が一敗北したとして自害するの、アレなら。

 それを屈服させ虜囚とするなど、もはや人の領域を超えておる。


「やはり遭難か。ま、それはそちの解決すべき任務だそうじゃて、良いとしよう」

「激しく不満」

「監視が無理なら、いっそ素朴に接触してはどうかの?」


 慮外の顔。

 「策士策に溺れる」という言葉があるが、コレはその傾向があるの。

 無手が万手に勝ることもあるのじゃぞ?


「……エルフ?」

「位置が悪いの。ドワーフも同様じゃ」

「ヒューム? それこそ無謀。いずれ我々と敵対する可能性、大」

「マーマルじゃよ」


 再び、慮外の顔。

 コレは「強きを挫く」のみで「弱きを助く」の視点は無いのぅ。

 無い点は我も同じだが、弱きの存在をすら忘れるでは、危うきこと。


「良案」

「で、あろうの」


 この世界に生きる人間・・は4種。


 火霊の祝福受けしヒューム。短命ゆえ活動的、そして強欲なる種族。

 風霊の祝福受けしエルフ。長命ゆえ保守的、そして傲慢なる種族。

 地霊の祝福受けしドワーフ。頑強ゆえ閉鎖的、そして頑固なる種族。

 水霊の祝福受けしマーマル。貧弱ゆえ隷属的、そして無知なる種族。


「そち、魔境へ赴く前に海へ寄れ。小村の1つもあろ?」

「委細承知」

 

 そういえば、あの素っ頓狂女はヒュームとエルフとのハーフじゃったの。

 いかにもな話じゃ。象徴的に過ぎていて、却って分からんわ。



 この世界の行く末……其は未だ闇の中。

 此度の一石が吉と出るか凶と出るか。いずれにしても我らは制するのみじゃ。

 我が世界の仇をとる、そのために。

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