ダンジョン攻略編 第3話
◆ ギ・ジュヨンロEYES ◆
殿の様子がおかしい。
炎大蛇との激闘。
雄々しく荒ぶる戦いぶりには、我輩、手に汗を握った! 熱く暑い戦いであった!
見事、火霊を服従させた殿。しかし名誉の戦傷を負ってしまった。
ひとまずの本拠への帰還、すこぶる妥当な戦術的撤退である。
であるのだが、殿の様子がおかしい。
実験室から出てこない。
魔導書を山と運び込んでおられたから、早速元素魔法を習得しているのだろう。
だが、まるで部屋から出てこない。入れてもくれぬ。
クビの奴も、ニオ嬢すらも閉め出されておるようだ。
ううむ……もう篭られて5日が経つぞ。
「主は、あるいは新たな段階へ登ろうとしているのかもしれませんね……」
「む? どういうことだ」
「ジジィ、少しは考えろ、ジジィ」
「??」
「おお、魔炎殿。つまりこういうことです。主は霊性の調整を始めたのではないかと」
……我輩、魔法はからきしだからのぅ。よくわからん!
「全ての命には、程度の差こそあれ、6属性全てが宿っています」
「そ、それくらいは我輩m「黙れ」」
「……コホン、そしてそのバランスの偏りが、各人の得意魔法に大きく影響します」
「!」
「そうです。暗黒魔法の使い手である主は、専ら闇属性の才能を伸長させてきました」
「おお、わ、わかったぞ!」
「っせぇな……しかしここにきて火属性が主力魔法となりつつあります」
「?」
「はい、火竜の魂を糧としたことも大きいですね。明らかに火属性が強まっています」
そうか、成程、つまりは修行だな!
あの熱い戦いを経て、炎の気迫を更に強めようと!?
「器用貧乏という言葉もあります」
「クビのことだな!」
「じ、ジジィ……恐らく主は、他属性を犠牲にして火と闇に特化するつもりでしょうね」
「!!」
「はい。魔炎殿は正にそれですね。極めて攻撃的な霊性です……ふふ、素晴らしい!」
そういうことか……そういうことだったか!
流石は殿、「攻撃は最大の攻撃」ということをわかっておられる。
闘争の度に成長していかれるぞ……果たしてどこまで征かれることか!
我輩、この廊下で殿をお待ちすることとしよう!
素振りに素振りを重ね、熱い魂を鼓舞し、応援しようぞ!!
ガチャリ
と、殿!?
「何だ、準備いいなお前ら。行くぞ」
「ど、どこへ行くのですか、主よ」
「地上へに決まっているだろう。来い」
「「御意!」」
◆ アルバキンEYES ◆
この数日、炎大蛇を搾取して過ごした。
「もう無理」「怖ぇ」「寝かせてくれ」「鬼」などと聞こえた気もしたが一切無視。
魔力を絞り上げ、火霊としての職責を全うさせてやった。萎んでたな。
今の俺は中級までの全ての火霊系魔法を使うことができる。
蛇か……蛇な。
アルバキンは蛇を乗り越えた。そういうことだ。
さて。
一度踏破した階層など、ただの遠足のようなものだ。
集積した魔力の影響で魔物が湧く、といっても、それは年単位の話だからな。
外様のドラゴンなんて復活するわけもなし。
今やこのダンジョンは防衛力を半減させているわけだ。もうすぐゼロにしてやるが。
ちゃっちゃと32階まで上がり、そこからもガンガン行く。
罠だけ気をつけろ。敵は全部燃してやるから。
ボヘー! ドカーン! ドカーン! ボヘー! ドッカーン!!
火霊系は攻撃魔法として優秀だなぁ……単純明快だよ。そらタイマン好きだよ。
《火線》……初級。火が線状に飛んでって焼く。
《火球》……初級。火の球を投げる、着弾でドカン。
《火振》……初級。近距離を火で払いのける。
《火炎流》……中級。炎が太線状に飛んでって、燃す。
《爆炎球》……中級。炎の爆弾を投げる。ドッカーーーン。
《火炎薙》……中級。俺を中心に炎の竜巻が発生。
遠距離単体、遠距離集団、近距離と対応可能。
他にも火を操ったり、耐性つけたりと細かいのもあるが……上記がメインだな。
消費魔力もとってもエコ。
ってか、暗黒魔法って激しく燃費悪い上にマニアックな魔法ばかりだったのね!
何かまた魔将どもが目ぇキラキラさせてる気がするが、これも無視だ。
こいつらやっぱりよくわからん、ということがわかった。
俺を護りたいのか追い込みたいのか、どっちだこの野郎と言いたい。
クリリンは「闇と炎の魔王……ふ、ふふふ……」とかブツブツと気持ち悪いし、
ドンキは「燃える男の魂! 荒ぶる炎の戦士!」とか暑苦しくて騒々しいし、
ニオはこれまで以上にベタベタひっついてくる。まぁ、毛並み気持ちいいけども。
……良かれと思ってやってるっぽいんだ。そこが厄介なんだ。
もっと、こう、厳粛にいきたいもんだ。ギスギスしろとは言わんが。
根本的なところで価値観が違うんだろうな。
あ、そうか。
俺の目的をハッキリさせればいいんじゃないか?
そうすれば、少しは秩序というものが生まれるかもしれない。
「直に地上へと出る。当面の目的の達成だ。その前に俺の大目的を言っておく」
2人と1匹……ひっぺがして目線に持ち上げて……に言い渡す。
「俺の真の目的。それは他世界への影響力を……!?」
その言葉は途中で止まり、二度と続きを語ることはなかった。
先行偵察させている雪風からの緊急コール。僅かに逡巡し、撤退を許可する。
「殿?」
「非常事態だ。推定だがドラゴン級の脅威度の奴が現れた」
「「「!?」」」
現在、地下9階。
その侵入者は7階から8階へ降りてきたところだ。
行くか? いや、ここは待ちだろう。可能な限り準備をしておくべきだ。
雪風の脅威度判定でA~Sクラスの奴とか、どんな化物だ。
人型のようだが、正体など知れたものではない……まぁ、お互い様だがな。
◆ クヴィク・リスリィEYES ◆
9階は上層と下層と2本の回廊で結んだ、立体的な構造となっています。
アルバキン様はその空間的ゆとりを退路として背負うことにしました。
8階への階段から続く長い廊下の出口付近に陣取る形です。
狙いは明らかですね。
この廊下の狭さなら、相手がどんな行動をとっても≪魔力壁≫などで遮断できます。
ジジィも肉壁として大いに役立ちそうですしね。使い様です。
一方で、主の≪火竜咆哮≫は回避不能の攻撃となります。
例によって≪魔力隠蔽≫を用いて迎えるようですが……しかし……
先ほどの主の言葉が耳に繰り返し響いて止みません。
「俺の真の目的。それは多世界への影響力」
それは想定を超える大望。
我々の今在る現世界、私の元居た魔界、属性ごとに4つから成る精霊界。
更には聖神や邪神が住まうとされる天界までも視野に入れておいでなのでしょうか?
正に、魔王。
森羅万象の理を超えて、万物をその影響下に置かんと欲するとは……ふふ、ふふふ!
未だかつて聞いたこともないような規模の、その野心。
出会ってから僅かの間にも見せつけていただける、その成長速度。
強大な力に慢心しない怜悧、魔炎殿をすら魅了するカリスマ、ジジィをすら許す度量。
私としたことが、主の美点を挙げ始めると切りがありませんよ!
おっと、お出ましですね。
遠目にも力の波動が確認できます。荒れていますね。手負いでしょうか?
一見すると剣士か何かのようですが……いや、何かの変化でしょうね。間違いない。
「ケガをしているのですか?」
主が大きく声を掛けました。
彼女、ギョッとしていますね。当然と言えば当然。
しかしわかっていますよね? それ以上不用意に近づいてくるな、という真意を。
「……冒険者、なのか?」
◆ アルバキンEYES ◆
第一印象は、何とも懐かしい言葉になるが、武士。
甲冑の上に着流しみたいのを羽織っていて、腰に帯びているのは2本差し。
黒い長髪を一本結いにしてあるのは巫女さんっぽくもある。これまた懐かしすぎる。
「……冒険者、なのか?」
そういう職業があるのか、やはり。
そして断言しかねるだろうな、どうしたって。
「ええ、そうです。そちらはお1人で探索されているのですか?」
「探索……か。そうだな、一応そういうことになるのか。その通りだ」
はっきりしねー奴だな、このねーちゃんは。
単独のはずだ。雪風はギリギリまで偵察してから帰ってきた。
今は影の中。すぐにでも≪魔力撹乱≫を打てるように臨戦待機だ。雷火も同様。
「警戒しているのですか?」
しているのは、俺もなんだけどな。
「いや、些か驚いているのだ。まさかここで誰かに出会うとは思わなかったのでな」
「ははは、それは俺も同じです。しかもお1人とは。お強くていらっしゃる」
「……本当に強ければ、ここまで降りては来なかったのだ。耳が痛い」
どういうことだ? 強くなきゃ低階層だって突破できないだろうに。
っていうか偉そうなねーちゃんだよな、身分でもある奴なのか?
「2つほど尋ねても良いか?」
「どうぞ」
まだお互いの距離は離れている。どちらも近づかない……油断は死を意味する。
ドンキは即座に俺の盾となれる位置に。クリリンも≪魔力壁≫を用意しているだろう。
「1つ。お前たちはどこから入ってそこにいる? 上から来たとは思えん」
「もっと地下からです。とある洞窟から潜って、ここまで6階層ほど登ってきました」
ま、聞かれる質問だよな。上の方は魔物もどっちゃりいたんだろうから。
そして俺の返答は否定できまい。下を知らないんだから。
嘘だと分かるのなら、こいつはイリンメルの関係者ってことになる。際どいところだ。
俺にとってイリンメルは、家主であり師匠もどきであり、仮想敵だ。
俺を、俺たちを嵌めやがった「アイツ」……その名前がイリンメルでも驚かない。
60階を調べた結論としては、まぁ、違う可能性の方が高いのだが。
……召喚術が使いたくても使えなかったっぽいんだ、イリンメルさんとやらは。
「そうか……もっと地下を目指さなかった理由を聞いていいか?」
「もっと地下があるのですか?」
「恐らくな。私も詳しくないが、最奥には若いドラゴンがいるはずなのだ」
おいおいおい、何だその微妙な情報は。関係者なのか否か判断つかんぞ。
しかも、何だその「若い」ってな表現は。意味わからん。
「会ってはおるまい?」
「はい。ドラゴンと戦うなど、命が幾つあっても足りませんよ」
「む? いや、冒険者とはそういうものか……」
冒険者ではないのか、このねーちゃん。
しかも世間知らずっぽい雰囲気が漂うな。そのくせ強い、と。
「2つ。どうやってここまで来たのだ?」
「質問の意味がよくわかりません。1つ目と違うのですか?」
「違う。それとも洞窟とやらはとてつもなく長大な代物なのか?」
「ええと……」
「どうやってあの魔境を……いや、違うな……お前は嘘をついている」
ちっ、ばれた。
地上のことは何も知らないんだ、もともと騙しきれるもんじゃなかったか。
それにしても魔境って何さ?
「謝罪します。退路を知られたくなくて嘘をつきました」
という嘘を、今またつきました。
「ですが、貴方の正体が知れない以上、当然の警戒だとご理解ください」
「……ならば単刀直入に聞こう」
あくまでも自己紹介はしない気かよ、このねーちゃん。
隠しているって風じゃないんだよな。多分、素だ。
この女は人に傅かれ、様々に便宜を図ってもらうことに慣れきっている。
「貴様は人か、それとも魔か」
チャキリ……
「……鯉口をきったな、お前」
「それが素か。そしてよく知っていたな、物知りな奴だ。返答はいかに?」
刀の鯉口をきって重心を落とす、それは撃鉄を起こして銃を構えるのと同義だ。
つまりそれは準戦闘行為だ。
それを俺が理解していると知っていて、なお、そう問うのか。
「……お前は俺の敵か?」
「質問を質問で返す無礼、1度だけ見逃してやる。急ぎ返答せよ」
なんだぁ?
俺の、アルバキンという国土の王にでもなったつもりか?
人が折角、穏便に済まそうとしてるっつーのに……わかってんのか?
居ることが……それだけで迷惑というのが……わからないのか?
最初からずっと、お前は、俺が地上に出ようってのを、邪魔しているんだぞ!
「名乗れ、女。敵でないのなら」
「……話にならんな」
抜いた。
決まりだ、こいつは……敵だ!
◆ キュザンEYES ◆
わけのわからん奴らだ。
とはいえ殺すのも忍びない。聞きたいこともある。
戦闘能力だけ奪ってやろう……一足で間合いを侵略し、各々骨の1・2本を折って。
「疾っ!」
む、これは《魔力壁》か。
いや、1枚目はまだしも、何だこの2枚目は! 厚く堅い……私が抜けない!?
「な、何ぃっ!?」
凄まじい魔力が空間を支配している!?
何て陰惨で呪わしい雰囲気だ! 全方位から殺意が……平衡感覚すら狂いかねん!
背後から魔法だと!? 断ち切る! 今のは暗黒魔法か!?
「ぬおりゃああああああ!!」
年寄りの冷や水というものだ、甘いわ!
ちっ、助太刀がいたか、どこから湧いた……速い!! しかも分身だと!?
凄まじい攻撃だ!
この私が防ぐより他にできない!!
長剣、大盾、魔力剣、そして暗黒魔法の宿った貫手か!
風を使うよりない。
人型では威力も半減だが……攻勢が退いた!?
「《火竜咆哮》」
◆ アルバキンEYES ◆
消費魔力、数珠12個分。
上手に焼いてやったぞ。
それなりに装飾されていた壁も床も天井も、今やガラス混じりの洞窟だ。
生きている、か。
風か何かで直撃を避けたようだ。
だがそれだけだ。例え真空を作ったとして、魔力の超高熱を遮断はできない。
随分とボロボロになったなぁ、ねーちゃん。
「ぐ……き、貴様……まさか、今のは……!」
「《影縛》」
影の触手で雁字搦めにしてやる。《影幽閉》の初級版だ。
「封印する前に聞く。我に従うか、女」
「こっ、ころ、せ……!」
「偉ぶる割には安い命だ。地下でゆっくりと尋問してやる」
陣槍を展開する。
スライムたんの代わりに登録しておいた魔方陣を敷設した。
《影幽閉》の上級版をお見舞いしてやるよ。
「《魔鍵封印》」
闇が溢れ、それ自体線画となって、球形の立体魔方陣を展開していく。
2重、3重と重なるそれらは、蠢き、幾何学的な暗黒の秩序を構築していく。
「と……とう、さ、ま……!」
急速なる収斂。
そこには手のひらサイズの黒い金属球が残った。拾う。
父様、か?
早急に情報収集が必要だ。事態は悪化している。
中々に地上は遠く、そして安穏としていない。
だが負けない。敵対者は滅ぼす。妥協はしない。弱く在ることは許されない。
「最下層へ戻るぞ」