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到神飛翔編  第2話

◆ マグネシアEYES ◆


 草を踏みしめて、走る。走る。

 白いのをかき分けるように駆けて、突き抜けた。

 

 開ける視界。


 青い空。キラキラする湖面。緑の草原。白樺の森。

 雲が波頭のように、あちらにもこちらにも流れていく。

 何か……絵画のような風景だよ。天界ってどこもかしこもこんな感じ。


 あ、いた。

 緑の絨毯に寝そべるようにして、黒い人影がポツリ。


「兄様!」

「んー?」 


 小走りに近寄って、その隣に腰かけた。

 兄様は眠そう。でもそれは見かけだけだ。整然と魔力が動いてる。

 こうしている間にもアレをやってるんだ。この世界とお別れしちゃう、アレを。


「……今って、どれくらいなの?」

「ん。4分の1くらいかな」


 あの夜のお引っ越しから、もう100年ちょっと経った。

 それで4分の1ってことは。

 あと100年くらいで……兄様の意識は向こうへ行っちゃうの?


「どうした?」

「ううん。何でもない」


 本当は何でもなくない。一杯ある。

 一杯、一杯あるよ。だって慣れてないんだ、アタシ。

 いっつも途中退場だったから……こういうの慣れてない。考えちゃう。


 お引っ越しの時にお別れした人たちのこと。

 現世界で今も続いてる、兄様の血統のこと。

 魔界でずっと行われてる、混沌討伐のこと。


 たっくさん、考えてる。ずっと考えてる。

 でも一番考えてるのは、兄様のこと。

 兄様はこうしている1秒毎に、どんどん、お別れしてるんだもん。


「マグは綺麗になったよな」

「……え!?」

「前は可愛かったけどさ。今は綺麗だよ。嬉しいな」


 そ、そんなに優しく微笑むなんて反則だよ……嬉しいけどっ!

 そりゃあ? アタシだってもう、ヒュームでいう二十歳的外見だし?

 なーんて、兄様を前にして勝ち誇れるわけないんだけどね! 


 それに「嬉しいな」とか……何か泣けちゃうよ。

 だってそれ、見れない時点でバイバイだったかもってことでしょ?

 何なのもう……どうしてこんなに寂しいの? どうしてこんなに悲しいの?


 髪を手櫛されてたよ。

 兄様の綺麗な綺麗な指が、アタシの青色の髪を撫でてく。


「生きるって素敵だな、マグ」

「……うん」

「産まれて、成長して、老いて、死ぬ。それは素晴らしいことだ」

「……老いたり、死んじゃうことも?」


 ウイちゃんを思い出す。

 彼女と会えなくなって、もう随分と経った。

 天界までついてきたウイちゃん。一緒に探険したよ。たくさん。


 でも、ある日、亡くなった。

 寿命なんだ。兄様はわかっていた。その日はずっと側にいて、一緒に遊んでた。

 遊び疲れて、兄様に抱っこされたまま、眠るように……。


 凄く長命なんだよ?

 マーマルの生物としての寿命って30歳くらいだもん。

 それが、ウイちゃんは100年近く生きた……でも、でも!


「生きることは死ぬことだ。始まりがあれば終わりもある」

「でも……!」

「悲しいし辛いさ。けれど思い出せる。次の命が芽吹いている。順番さ」

「永遠に続いちゃ……駄目なの?」

「駄目になるだろうな。自分を確立し続けることは……とても疲れるから」


 フォルナを思い出す。同じようなことを言っていた気がする。

 「生きるだけ生きて、どこかで、死ぬの。いいでしょ」って言ってた。

 天界には来なかった彼女。もう生きてはいないよね。


 ジステアも、ランベラも、ビオランテも……もう死んじゃったのかなぁ。

 兄様のいなくなった後の世界で、生きて、老いて、死んだのかなぁ。

 きっと皆、笑顔だったよね? 兄様との子が、看取ってくれたよね?


「若いうちはさ?」


 兄様が上半身を起こした。手を拳にして、ギュッてしてる。


「自分は他とは違う。大自然の中で、異なって存在するんだって、力を込める」


 その手を見つめる表情。

 キリッとしてて、眉根を寄せてて、少し苦しそうで。

 「塵の森」を踏破していた時の、馬上で休む兄様の顔を思い出した。


「ある時から、その力を抜いて、自分を大自然へとほどいていく。消していく」


 拳が開かれていって、手の平になった。

 兄様はホッとしたような、穏やかな表情をしてる。

 今度は……光都遠征を終えた後からの、あの賑やかな五十年を思い出した。


「老いるってそういうことさ。最後には、消えるんだ」


 パサリと、手を草の中に落とした。

 兄様の目は閉じられてる。でも笑顔だ。満足そうに笑ってる。


「美しいよな。生きて、そして死ぬことは……本当に美しい」


 そういう……ものなのかな?

 アタシがまだわかんないだけ? 我儘なだけなの?

 だってアタシ、まだ……ニオちゃんのことを受け止めきれてないもん。


「生きることは難しい。難しいけれど素晴らしい」

「うん」

「死ぬこともさ、堪らなく難しいけど……でも素晴らしいんだよ」


 ニッコリと笑って、アタシの目尻の涙を、指ですくった。


「どちらも泣けるよなぁ」


 何だ……兄様も少し涙目だったよ。

 絵空事みたいに綺麗な風景の中で、兄妹で泣いてるんだ。アタシたち。

 アハハ。これも素敵なことなのかもね。


 ……死って、色々だよ。


 軍としても、戦士としても、アタシはたくさん殺してきた。

 たくさんの死を作ってきた。でもそれは、アタシを少しも悲しくさせない。

 この死は数でしかない。名も知らぬたくさんの死は、他人事。


 アタシ自身の死も、実はちっとも怖くない。

 だってわかってることだし。何故かここまで来ちゃったけど。

 無残に殺されたって、死んだら、痛いのもわかんないもんね。


 怖いのは……大切な人たちの死。

 これだけがアタシを悲しくさせる。辛さがずっと続く。今も。

 だって終わらないもん。アタシが生きてる限り、ずっとだもん。


 ……うん、終わりも必要なのかも。

 終われることって、実は優しいことなのかも。

 1日中起きてるのって辛いもんね。眠ることも……贅沢だもん。


 でも、じゃあ、兄様は?


 兄様はまだまだ、ずーっと、ずーっと、死なない。死ねない。

 皆が死んで、アタシも死んで……それを全部覚えたまま、生き続けるの?

 誰もいない『深淵マサク・マヴディル』って所で、敵を探しつづけて?

 

 それって……拷問だよ……!


 ギュって抱きついた。

 緑色の中に倒れこんで、2人して、空を見上げたよ。

 青い青い空。あの高い高い遠くに行くのかな、兄様は。


「アタシは……一緒に行けないの?」

「連れても行けるが、1万年かかっても不思議じゃない上に、敵が敵だ」

「アハハ、そうだよね……」


 そっか……そーゆーことか。

 わかっちゃった。こんな形で残酷なんだ、今回は。


 最後までついていけないんだ。

 ついていけば、アタシの死を間近で兄様に見せ付けることになっちゃう。

 だから……バイバイしなくちゃいけないんだ。兄様と。


 無残だよ。残念無念だよ。残酷だよ。

 殺されるようなものだよ。身を切られるよ。心が辛くて辛くて死んじゃうよ。


 アタシは兄様の妹なのに。

 それなのに、一緒にいられないんだ。

 一緒にいないことを選ばなきゃ駄目なんだ。今回は。


「大丈夫。俺もきっと、いつか……」


 遠くを、アタシじゃ見えないくらいの遠くを見ながら。

 そう呟いた兄様の、その先の言葉をアタシは言わせなかった。

 しがみ付いて、甘えた。涙が流れた。悔しかった。



 それから100年が経って。


 リリルを看取った数日の後に、兄様は眠りについた。

 すぐにも起きそうで、けれど起きることのない、静かな静かな眠り。

 兄様はここにいるけれど、もうここにはいない……目覚めない。


 皆で、代わる代わる、兄様の身体のお世話をすることになった。

 

 トットちゃんはヴァイオリンを弾いてたよ。


 キュザンは額をくっつけて、祈るように目を閉じてたよ。


 フルイは情熱的に抱きついてたよ。


 クアートは優しく頬を撫でて、微笑んでたよ。


 ディヤーナは手を胸に抱いて、じーっと兄様を見つめてたよ。


 地上に残った人たちも含めて……皆、兄様を愛した女性たち。

 女性としての喜びを得て。子を授かって母親としての幸せを得て。

 子らが大人になり、更に子を産むまでも見届けて。満ち足りて。


 兄様の命を継いでいく。その幸福を得た人たち。


 何気に、兄様ってば子育て上手だったんだよね。

 オシメ変えられたり、お風呂入れられたりしてた、あの子たち。

 もう全員が生きているわけじゃないんだ。全員、地上に残ったから。


 天界って、そんな死をたくさん受け止めなくちゃいけない場所だよ。

 でも幸せでもある。アタシは、あと200年、兄様にギュってできる。


 200年が経った。

 ディヤーナが眠ったよ。兄様はまだいる。


 更に200年が経った。

 アタシもだんだん眠くなってきたよ。


 でも、だけど……兄様はまだいるんだ。どうしてだろう?


「魔王め、味なことをしたのぅ」


 バゼタクシアさんが言ったよ。龍王って不老なんだよね。


「全部を向こうへ持っていけない、それはわかっておったからな」


 だから?


「いっそ器にして残したのじゃ。無限の先に、いつか帰還を果たすために」


 え……そうなの? 

 兄様、また戻ってきてくれるの? この世界に?


 嬉しい、なぁ……アタシたちのことを忘れないでいてくれる、証拠だもん。


 悲しい、なぁ……アタシたちが居なくなっちゃったことを、見ちゃうもん。

 

 暖かい、なぁ……アタシ、諦めてたけど……兄様をギュってしながら眠れる?


「よう頑張ったのぅ、マグネシア。眠るがいい。我らが後事を任されたゆえ」


 うん、そうする……疲れたもん……あ、でも、最後に、1つだけ。

 今までずーっと我慢してたことを、1つだけ、やってから眠るよ。



 アタシは……


 そっと……

 

 兄様に…………キスをした。



 えへへ……おやすみなさい、兄様。

 また、次の夢で会えたら……いいなぁ…………




◇ WORLD・EYES ◇


 無限に広がる、その虚ろなる空間に。

 無数の光点が星々のように明滅している。その全てが欠片だ。

 かつては世界だったものの、その欠片。漂い光る、神の所業の塵芥。


 音もなく飛翔する何かがあった。


 その形状は名状しがたい。固形の何かではないからだ。

 しかも、見ようによっては何にでも見える。強いて言うなれば……星空。

 見上げる者によって意味を変える星座のように、それは、全てを内包している。


 人の形をとっていたとき、それはアルバキンと呼ばれていた。


 時に分化し。時に合流し。時に広がり。時に縮まり。

 際限の無い世界の全てを洗うかのように、飛ぶ。神速の進撃。


 遮るモノがあった。


 同様に不定形の、しかし荒々しい、印象の違う何かだ。

 巨大な……星や惑星系を覆いつくすほどの……雷雲とでも表すべきか。

 明白な敵意をもって、飛翔する星空・アルバキンと激突した。


 無音を裏切る轟き。

 それは力そのものが波動となって放射されていることを示している。

 余波の1つで100の世界が壊れるような……『破界』の応酬。


 その戦いは、やがて星空が雷雲を呑み込む形で終結した。

 かかった時間は……彼の故郷世界で換算すると、ざっと6千年程か。

 比較的に短期決戦だ。時として3万年以上を戦うこともある。


 この虚空は戦場なのだ。

 新参のアルバキンが参戦して早100万年以上。

 無限世界の随所で同様の戦いが起こり、勝者は敗者を吸収し続けていた。


 そら、また。

 分化したアルバキンの1部が、虚空の果てで、新たな敵と対決している。

 危うい……しかし別のアルバキンが救援に赴いた。挟撃し、勝利し、併呑する。


 アルバキン……かつてアルバキンであったモノよ。

 お前は何になった? これは何だ? どこへ向かっているのだ?


 これはそれぞれが神だ。

 それぞれが、かつてそれぞれの世界に在って破格の存在となった者たち。

 世界を養分とし、世界を破壊して、この虚空に誕生した者たち。


 宇宙諸神エグコスミオイ


 世界という「卵」から孵った、神のひな鳥たちだ。

 それらは無限を飛翔し、超越の何かを目指して競い合う。

 真に恐るべき戦い……これこそが、神々の戦争。


 その中にあって、アルバキンであったモノは異端だった。


 彼は唯一、己の故郷世界を保持したモノなのだ。

 孵化する際に殻を破られ、虚空の塵とされる運命のソレを……壊さなかった。

 それどころか、己の分身をもって「卵」を包み、今も守護し続けている。


 しかし、強い。


 初め弱小だった彼は、今や神々に知らぬモノとてない強大な1神となっている。

 もはや1対1で勝てる相手などいない。数多に分かれた分身でさえ百神を屠る。

 包囲を打破し、合力を粉砕し、逃亡を急襲して……勝ち続けていく。


 いや増しに増す、アルバキンという星空。


 対アルバキンという目的をもって、残存の神々は糾合した。異例のことだ。

 諸神連合とでも言うべきそれは……見るもおぞましい外観となった。

 筆舌し難き対流を繰り返す極彩色の渦。赤色光が血管のようにのたうつ。

 

 アルバキンもまた、合流した。

 無数に散っていた分身が全て集合し、絶大な規模の星空となって瞬く。

 ……正確には全てではない。故郷世界を護る、大きな一欠片が足りない。


 最終決戦が始まった。


 有形無形の力が放射され、投擲され、絡み合い、喰らい合う。

 虚空全体が震動するかのような、規模の測れない『破界』の応酬。

 それは拮抗し、互いに譲らない数万年が続いていく。


 ……ああ!

 余波の大きな1つが、アルバキンの故郷世界に迫る。

 守護するはアルバキンとはいえ、所詮は分身の1つだ。


 しかし護るのだ。

 そして強い。むしろ勢いを増して、怒涛ように敵を圧倒していく。


 彼の強さの理由を……そこに見出せないだろうか?

 自分のためだけに戦うことの虚しさよ。それは強いが、どこか寂しい。

 彼は違う。彼には掌中の宝石の如き、大切な大切なモノがある。


 自らの親であり、自らの子でもある、ソレが在る。

 しぶとさを、不退転の決意を、熱い想いを喚起するソレが在る。


 アルバキンは……負けない!



 悠久の時を越えて続く神々の戦争。

 それが、終わる。


 虚空はその全てが星空となった。


 満たされた。


 満ちるということは、それは即ち、限界を示している。



 外側・・があることを示している。



 アルバキンであったモノの、その核とも粋とも言うべき何かが、へ出た。

 それは少年の姿をしていた。美醜の判断はつかない。比較対象がない。


 彼をで待っていた者もまた、同じ外見をしていたのだから。


「やあ、お久しぶり。また会えたね」


 気さくに手を上げた者に対し、出てきた者は静かに言葉を返した。



「お前か……ニノザ」 

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