ダンジョン攻略編 第2話
◇ WORLD・EYES ◇
妖気なる静謐。
そこには一切の生命活動が無い。
胞子の一欠けら漂わない、完全なる無機質世界。
人の形をしたものは、しかし無数に直立している。
「骸骨英雄騎士」。
2メートルの巨体を厳かな重甲冑で武装した、スケルトン系最強の戦士である。
その近接戦闘能力は人界における万夫不当。
痛みも疲労も無く、ただ無言で殺し殺す、悪夢のようなアンデッド兵器だ。
階層を制圧するのに軍隊を当てるとして、どれ程の戦力が、犠牲が必要であろうか?
いや、きっと無意味な想定だろう。
ここは神殿に違いない。
そもそも生者の訪れはないのだ。死に敬意を表すために。
「《漆黒群狼》」
そこで、ここで、あそこで。
唐突な破砕音が連鎖していく。
ほぼ同時に、いや、ある地点を基点として迅速に広がるように……
時間にして15秒にも満たぬ間に。
全ての骸骨英雄騎士が残骸と化していた。
静かなる死が、暴なる死によって圧倒された瞬間であった。
◆ アルバキンEYES ◆
「残敵を探れ。掃討しろ」
雪風、雷火、虎、獅子を放つ。
全て不意打ちの上、相性抜群の攻撃をお見舞いしてやったんだ。問題ないとは思うが。
今のは《漆黒群狼》。
中級の暗黒魔法だが、闇属性ではないという変り種の攻撃魔法だ。
初級の《影狼》も同様だが、魔力を狼の形に物質化して放つ。
超高速で飛来するそれは、無属性の質量兵器となるのだ。
溜めが長いし、誘導性能が微妙なので当て辛い魔法なのだが……
雪風のステルス先行索敵が大当たりでした。
何しろ敵は微動だにしないからな。
正確な位置を把握した上、感覚共有で常時の着弾調整ができたのもデカい。
これを外したら、まぁ、俺がノーコンってこった。
「一撃で一掃ですか。配した術者も割に合いませんね」
「違いない。知ったことではないけどな」
さ、次の階層だ。
◇ WORLD・EYES ◇
薄暗い隘路に隊伍を組むのは、奇妙な4人組だ。
先頭には老騎士。
白髭と長剣こそ立派だが、鎧も盾もどこかくたびれている。凹みや色褪せが酷い。
元は真紅であったろうマントも、もはや茶色に近く、裾もボロボロだ。
中程には2人。
1人は軽戦士だろうか。ローブのフードを目深に被り、その人相は窺い知れない。
魔術師の杖のように右手に持つのは長槍。腰にもサーベルを提げている。
1人は、魔術師だろうか。黒い何かをまとった少女の、その髪は燃えるような赤。
何も所持していない様子だが、その所作は驚くほど隙が無い。
最後尾に1人。
非武装の上品な少年が、軽い足取りで一行の後を追っている。
それはあまりに場違いで危うい行為だ。ここは人に害為すダンジョンなのだから。
そら、化物が命を奪いにくる。
床石の隙間から怪しげな煙が音も無く、狂気の人型を形成していく。
「呪怨霊」だ。
生者の魂を貪り啜るに止まらず、その肉体を部位毎に醜悪な魔物と化すという。
少年は背後の異変に、迫り来る死に気づく様子もない。
振り向きもせず、ただパチリと、指を鳴らした。
圧殺。
怨霊は無形の何かに挟み込まれるかのように圧縮、そして消滅した。
「……《魔力壁》の応用か」
「はい。主のお手を煩わせるほどでもありませんので」
「やり方が洒落てるな。真似するとしよう」
「ふっふっふ」
「でもお前が使うとさ、デカい図鑑か何かでこう、ページをバチンと閉じたみたいだな」
「なっ!?」
◆ アルバキンEYES ◆
いや、実際、鉄壁の布陣ではなかろーか。
雪風で先行偵察、敵の視界外から魔法攻撃or下僕強襲。
それを抜けてきた正面の脅威にはドンキ対応。
流れ弾的なものは雷火が神速で叩き落とす対応。
後背からの奇襲には、何気に精神魔法の巧者・クリリンが対応。
ちなみに。
背中には西表山猫が張り付いている。それが妥協点らしい。
暑いとか重いとか言わないことで「魔炎」を確保……そういうことなのだ。くそぅ。
……どうしたらニオを完全に支配できるんだ?
それとも、これが最高の状態なのか? 微妙に爪立ててるのに?
「魔炎のお陰さまで魔将軍団を統括ワーイ」作戦は実現不可能なのか……うぅむ。
さておき。
いいペースでダンジョン攻略が進んでいる。
懸念事項だった罠や仕掛けについても、予想以上に楽勝だ。
もともと完全攻略本的な設計図を持っている上、ゴール側からの攻略だもの。
ああ、うん、これ上の階から降りてきてたら大変だよねー的な仕掛けが多いのだ。
段差を生じさせる大掛かりな仕掛けなんかも、ロープ1本で事足りちゃう。
つか、俺、飛べるしね。魔法で。
《夜大翼》で外聞の悪い魔力の翼を背負うもよし、
《重力変化》で跳んだり、舞い降りたりするもよし。
下級の下僕使って斥候、トラップ発動させる消耗品戦術ってのも考えていたけども。
どこにブービートラップあるか設計図に書いてあるからね。
わざわざ引っかかることもないわけで……雪風と雷火が上手に解除してくれます。
油断してるなぁ。
考えてみれば、ドラゴンより強い敵がいるわけないしね。
絶望的なスタート地点だったけど、その先は進むにつれてイージーになるんだよ。
ゲームだったらどうかと思う仕様だ。
最初で心へし折られて、乗り越えたとして、モチベーションが加速度的に下がる仕様。
いかんいかん、ぼーっとしてたら矢が来たよ。
雷火ありがとう。良い仕事してるね。
「ぬりゃあああああ!!」
ドンキもいい突撃してる。
「帝王豚鬼」の集団相手にダンジョン無双してる。
強いんだよ、この爺さん……それに頼りになる。どこかカッコがつかないんだけどさ。
「《暗黒弾》」
闇属性の弾丸……というか弾頭をぶっ放し、矢を放っていた奴を吹き飛ばした。
魔法は級等が上がると消費魔力が跳ね上がる。
脅威度が低い敵相手には節約して対処しているのだ。頑張れドンキホーテ!
「わっはっは、我輩の前に敵はなし!」
「なしになってなかったら終わってねぇよ。ジジィ。終わってるから誰も聞いてねえよ」
「む、クビ、何か申したか!」
「矢が1発、主に届いたの知ってんのか、ジジィ? 反省しろ、ジジィ」
「なんと!? いや、まさか……さては伏兵か!」
この2人はとても元気だ。
それがまた緊張感を削ぐんだよな……魔将がビビるような魔物なんて早々いない。
いや、それはいいことなんだが。なんだかなぁ。
「よし……少し休憩するか」
「「御意のままに」」
ちなみに。
魔将たちは食事をしない。俺も栄養薬をひと舐めで1日分は足りる。
これがアルバキンの普通だ。アルバキンは物を食べない。
◇ WORLD・EYES ◇
星空を飛翔する長大な巨影がある。
速い。
翼さえ持たない身の上で、その長いものは、とてつもない速度で飛んでいた。
龍である。
竜、即ちドラゴンではない。
それがある意味においてトカゲの化け物であるとするならば、これは蛇の化け物だ。
長い体躯を重厚かつ艶美な鱗で覆っており、髭や鬣も豊かで美しい。
竜族を指導する立場にある龍王家八仙。
その一仙にして長女、「風のキュザン」こそ彼女の名である。
彼女は今、父の命により魔境を目指していた。
全知に最も近いとされる父の察した異変、それはこちらの方角より感じられたものだ。
小さき者どもの国家群から見ても辺境にあたる。
それは奇しくも、彼女の父をして英雄と言わしめる大魔導師の本拠がある地方だ。
(人間……エルフ……いや、ハーフだったか、あの者は)
キュザンにとっても大魔導師は印象深い存在だった。
規格外で慮外、常識外れで羽目外し……僅か十数分の会見は圧倒されるばかりだった。
魔術師として強大であることは彼女にもわかる。
次男と三女が2人掛かりでないと封印していられないのだから、とんでもない。
しかし、不思議と、好感が持てる。
言っていることの半分以上は理解しかねる彼女なのだが。
(「黒髪ろんぐすとれえともえ」とは、一体、どういう意味の言葉なのか……)
弟妹に問うてみてた結果は苦笑い。
聞けば父もまた把握しきれず苦労しているとか。
もう一度、会見の機会を貰ってみようか……
それは日常を思うという隙。
龍は無数の化け物に囲まれていた。
夜闇の結晶のような光沢の身体、のっぺりと卵のような首、蝙蝠を思わせる翼。
「黒色人造天使」。
狂気の錬金術師が作成し、それを悪魔が量産したとされる魔物だ。
(流石は魔境、並ではない。だが……)
大気が轟音を孕む。
「無礼者どもが! 誰の断りを得て、人形如きが空を舞うか!!」
暴風が嵐となり、嵐が竜巻となり、竜巻が大殺戮の刃となる。
千切れに千切れ、四散に四散を重ね、黒い豪雨のように撒き散らされて……なお襲う。
水滴が集まるように、それらの材料たちは新たな天使となり、千切られる。繰り返す。
そこには1つの循環が成った。
恐るべきは龍の風か。
あるいは人形たちの無常と無情か。
月下の魔戦はいつ終わるとも知れない。
◆ アルバキンEYES ◆
現在、地下32階。
もうすぐ半分。中階層へと至っている。正味8日くらいの道程か。
万が一の用心として魔力回復を欠かしていないから、遅い。
コンテニューなんてないんだ。
常に《火竜咆哮》を放てる状態でないといけない。
まぁ……気は緩むんだが、そこだけはね。
そして。
この階層はちょっと厄介な魔物がいる。
中級火霊「炎大蛇」だ。
火の精霊として知名度の高い「火蜥蜴」の上位種で、2点が厄介だ。
1点目。
何というか、考え無しだったというか……俺、水属性の攻撃手段がない。
そもそも闇属性って火に効きにくいんだ。
だから火纂虎には不意をついたし、ドラゴンには上級魔法で挑んだ。
その苦労の結果、俺も火属性の攻撃手段を手に入れたわけだが……
その力で、水属性の魔物を下僕にしとくんだったなぁ。
2点目。
俺、蛇だけはちょっと……
アルバキンとして弱気は禁物だが、苦手ってのはさ……
そういう俺の気持ちも知らずに、この2人はさぁ?
「いや、ジジィにしては良いことを言いましたね。納得です。不本意ながら」
「クビの同意などいらんわぃ。我輩は殿を思って進言しているまで!」
「?」
「いやいや、ニオ嬢、これは殿にとって良き機会であるぞ? 幸い、雪風もあるゆえ」
「邪神との交誼上、精霊王との会見は望めませんからね。幸運にも雪風がありますし」
暗黒魔法の使い手たる俺は、事の初めに邪神と加護の契約を交わしている。
そのため聖神や各精霊王との契約はできない。前にも話したと思うけど。
だから神聖魔法や元素魔法は習得不可能なわけだが……ちょっとした裏技があるのだ。
精霊王を介さずに、元素精霊を下僕にしちゃうこと。
精霊界以外で中級精霊以上と遭遇することは殆どない。
けれどもここにはいる。チャンスでございましょう、と来た。
何しろ精霊王から引き抜く形になるわけで、相応の態度で臨まなくてはならない。
火霊の好む態度ってのは暑苦しくて……要はタイマンらしい。
氷雪の属性剣として雪風がある。いよいよチャンスでございましょう、と来た。
蛇と近接戦闘とか、何それ、どういうことなの……
そりゃチャンスかもだけどさ、もう要らなくない? 火属性。
火簒虎いるし、そもそも《火竜咆哮》って火属性だよ?
あの蛇、アナコンダみてーだよ……むしろティタノボアだよ……
ちょっと、雪風、何その目……
何で少し誇らしそうなの……雷火は何で落ち込んでるの……
馬鹿2人はキラキラした目ぇしてるしよぉ!
ニオは……あれ!? 服着てる! ラムちゃんみたいなビキニだけど!
これはアレか、支配度アップにつながる儀式なのか!?
その「心配だけど信じてる」って感じが、未来の魔将軍団を約束してくれるのか!?
……はぁ。
やる、かぁ!
◆ 炎大蛇EYES ◆
おーおー、随分弱っちそうなのが来やがったぜぇ?
そんなダガー1本で俺様とやろうってか? 阿呆なのかぁ??
あ”!?
おいおいおいおい、まっじかよ!! タイマンかよぉ!?
うはぁ、こりゃあ俺様、ちょっと男気感じちまうぜ。
後ろの奴らも手ぇ出さない気みてーだし、何だよ、ちょっとカッコいいじゃねぇかよ!
よーし、ならやってやんよ。
魂の炎ってもんを見せてやんよ!
おりゃ、炎の息だ、避けてみろや!
「《魔力壁》」
おおお!?
避けねえよコイツ! 魔法戦士ってやつか、力比べでもしようってかぁ?
……ん?
何かゾクゾクしやがる……何だ……何の気配だこりゃあ……?
コイツか!
コイツの魔力か!
なんちゅう業の深さだよ、こりゃあ……碌な死に方しねぇぞコイツ……哀れな……
パチンっ
何だ?
うおっ、この野郎の魔力壁、天井近くまで高かったのか!
それで押しつぶそうってか? 甘ぇ、甘ぇよ……ならば俺様の尾を喰らえ!!
へっへっへ、巻きついてやったぜぇ。
熱いだろぉ? 苦しいだろぉ? もっと熱く苦しくしてやんよ!
……しかし凄ぇ魔力だな。
回復系の指輪っぽいが、無理やり増強して、焼ける側から回復してやがる。
服も鎧も魔法の品か……燃えねぇどころか、こいつの魔力で強度上がってやがる。
だ、が!
いつまで耐えられるかな! そこんところに男気ってなぁ、あるんだぜ?
あいたっ
ちょ、てめ、そのダガー、すんごく痛いぞ!?
あてっ、ちょ、おま……あたぁっ、うう、くそ、負けねぇ……いたっ、うわっ、ちょ!
速っ! 手が分身して見える! あたっ、いたっ、ちょ、わっ、このっ、いてえっ!!
……ま、まぁ一度仕切りなおしをしてやんよ。
俺様も少し疲れたからな。別に痛かったからじゃないんだぞ?
そこんところを……って、うわぁっ!?
何この野蛮人! め、目が怖い! 何このオーラ!
痛いっ、ちょ、俺様燃えてるのに……ぎゃっ、うわっ、おわっ!? 噛み付いた!?
ちょま、ちょ、ちょっと待って……う、うわああああああああ!!!
◆ アルバキンEYES ◆
下僕にした。
一端60階に帰る。断固として帰る。
しばらく1人になりたい。止めるな。《火竜咆哮》見舞うぞ。