アルバキア宣言編 第1話
◆ マグネシアEYES ◆
凄い! 兄様、凄過ぎ!
城攻めって色々な戦術があると思うんだけどさ?
「立つ」って前代未聞だよ! 立っただけで、光都落としちゃったよ!?
凄い凄い! ちょっともう、無敵とかそーゆーレベルじゃないよ!
一番強い龍に完封勝ちしちゃうのも勿論凄いよ?
でも、もうそれって、兄様にとって大事なことじゃない気がする。
戦う必要がないっていうか、戦うまでもないっていうか……次元が違うよね。
だから殺さなかったんだね。龍を。
前までの兄様なら、絶対に3匹……というか3人というか……を皆殺し。
敵対する全てを排除してたもん。微塵の容赦なく、後顧に憂いを残さないために。
でももう、その必要が無いんだ。
兄様が憂うような、そんな敵なんて存在しない。
誰も邪魔できない。何も恐れるモノなんてない。
兄様にとって、世界はもう、穏やかに見守るモノなんだ。きっと。
はーぁ……おっかしーなー?
アタシ、こんなに幸せでいいのかな? ここまで見れちゃって、いいのかな?
この胸に今も消えない予感。
兄様の結末に立ち会えず、殺される。無残に。
それが定められている確信。覆るわけもない絶対条件。
ん?
ってことは……そっか。うん。
なーんだ。やっぱりね。そんな気はしてたもん。
兄様はこの世界を越えていくんだ。
ずっと遠くを見てるもんね、兄様。
最近は振り返ってくれることも多くなったけど、でも、身体は向いてる。先へ。
アタシたちが想像もつかない、どこか遥かを、兄様は目指し続けてる。
その旅のどこか途中まで、殺されちゃうその日まで、アタシはついてく!
大丈夫、怖くないもん。わかってるもん。
大好きだから平気。好きって凄いパワー。自分より大事な人がいるって素敵だよ。
ニオちゃんも、そうだったんでしょ? アタシも頑張るよ!
まずはね。
この美男美女の群れを防ぎきってみせるよ!!
「だから言ってるでしょ! 謁見とかないから!」
凄いよ。エルフって何でこんなに見目麗しいのばっかりなの。
あ、これって自画自賛? えへ。ってコラ、飛ぶな! そこの子エルフ!
クリリンこれ失敗だよ。兄様を城に入れたの、絶対失敗だよ!
参拝者が押し寄せてるんだ。言葉間違ってないと思う。これ参拝だよ。
ドワーフも少しいるけど、大半は若いエルフ。全員兄様目当て。
気持ちはわかるけどさ? お家で大人しくしててよ、もう!
「『青の旅団』総力戦だよ! 各員挫けないで! 飛ぶ者へは魔法を許可!」
「「おおおお!!」」
何なのー、これー!
そりゃさ? 灰色驃騎兵じゃ警備とか無理だよ?
でもこんな初陣聞いてないよぅ。対エルフってのは想定してたけどっ。
「団長! 敵右翼に綻びが見えます!」
「よーし、横列からコの字へ変化するよ! 中央扉から……押し出せえええ!」
皆、わかるけど帰って! ね!?
ちょっとこうなるかもって思ってたから! でも駄目だから!
兄様が地に降り立った後ね、そのまま光都に徒歩で入ったんだ。
クリリンが「このままに」とか言うからさ? 門も全部開いてるし?
お爺ちゃんが留守番してくれて、アタシとクリリンだけお供したんだ。
いやー、あれはもう、何て言ったらいいかわかんないよ。
道端に平伏してるとかじゃないの。祈ってるの。兄様の姿を仰いで、涙流して。
しかもついてくるの。ずっと。全員がだよ?
城は城で、武装解除とか、そーゆーの超えちゃってるしね。
だって全員で迎えに来てたもん。役職も何もかも投げ出しちゃってさ?
扉開ける人もいないし。雪風ちゃんが開けてたし。
不安、だったんだろうなぁ……。
そうでなくても、あの兄様見ちゃったら凄いことになっちゃうけどさ?
もともと、不安で不安で仕方ない人たちだったんだよ、きっと。
だっていなかったもん。光主のアルテイシアって人。
『青の旅団』にいる元光国人の団員たちが言ってたよ。
光主に希望の光を見出した人々こそが、光国人なんだって。
女王への不信と恐怖にかられたエルフ。
進歩しない洞穴の逼塞に息がつまったドワーフ。
どちらも若者たちが、絶望を嫌って、光主の大望へと身命を捧げたんだってさ。
それなのに、こんな大事な時に、光主がいない。
ううん、違う。
ずっと前からいなくなってたんだ。龍の人が言ってたよ。
今の光主は、エルフの女王に身体を乗っ取られてるって。
どうにかしなきゃいけない。
行方不明のままにはできないよ。危険だからとかじゃなくて。
だって光主と女王は……兄様にとって……「団長危ない!!」
え?
わ。
あ……あーあ、もう。
「だから言ったでしょ。次飛んできたらお尻ペンペンだよ! 帰んなさい!」
「ご、ごめんなさい……」
《風飛行》で警備の壁を越えようとした子エルフを叱ったよ。
団員の張っていた《魔力壁》に頭をぶつけたみたい。涙目で頭抱えてる。
か、可愛いけど、駄目なものは駄目なの!
「さあ、しっかりばっちりご帰宅させるよ! 総員、突撃いいいい!!」
「「うおおおおお!!!」」
た、例え相手が何十倍もいたって、負けないんだから!
帰ってよ、ホントに! クリリンもさ、何で正門開放しちゃったのかな!?
◆ アルバキンEYES ◆
良くない予想ほど、よく当たるってな。
やっぱり紛れ込んでたよ。女王の工作員。
風霊の影響がまだ残る光都。
《魔力感知》は論外として、他の精神探査系の感知魔法も効きが悪い。
何とも強烈な感情が渦巻いてて……夜通しだろうなぁ、これ。
そんな城下を見下ろして。
俺とクリリンは密談などしているのだった。
「正門の混乱を助長して正解だったな。マグには悪いが」
「はい。一網打尽に近い結果でしょうね。御姫には後ほど」
「俺から伝える。敵の《感情感知》を警戒したとはいえ、騙したわけだしな」
拘束した工作員は、現在のところ18名。
城の裏手からってのも少々いたが、多くは正門の押せ押せの中から。
強引な突破を図る奴を精査して洗い出した。子供もいやがった。
全員、女王の《風霊憑依》の被害者だ。
性質の悪いことに、敵意じゃないのな。風霊は突破を唆してるだけ。
突破後は「魔王に魔法を見てもらえ」的にテロるって寸法だ。狂ってる。
いや、正気のままに歪められてるのか。この風霊たちは。
よくよく気持ちの悪い女だなあ、女王。これ洗脳じゃねーか。
風霊を洗脳し、それを人間に憑依させて操るとか、悪趣味にも程がある。
《風霊憑依》ってのはさ、本来はメルヘンな魔法だぜ?
こう、脳内お花畑に妖精さんが常駐して、空を歩き風に舞い踊る的な。
要はあれだよ、空中千鳥足魔法だよ。それを暗殺者仕立てる魔法に変えるとは。
「これで女王の敵意及び抵抗戦術は明白となりました。主よ、どうしますか?」
「探して始末。それしかないだろ」
普通にめんどくさい。
言い方悪いけど、部屋の中に蚊がいる気分だ。
脅威ではないけど気が散る。それに、俺以外に危険が及ぶ可能性がある。
「龍王の嘆願がありますが」
「それって身体の方についてだろ? 憑き物だけ滅ぼせば文句もないはずだ」
「出来るものが限られますね。私と……精々、ディヤーナでしょうか」
「俺も出来るさ。因縁もあるようだしな。俺がやる」
クリリンもわかってて言ってやがる。目ぇ笑ってるし。
だってあれだろ? 龍王に言わせりゃ、俺の母と妹だ。
それがセットで1つになってて、しかも俺の命狙ってるとか。何だかなぁ。
母も妹も、俺は既に得ている。
そもそも今の俺は、地下に目覚めた頃の俺と肉体的に異なっている。
恐らく、あの『炎の回廊』を歩く過程で……新たな肉体を得た。
母さんの歌を聴きながら、俺は真実、産まれ直したんだ。
そうでなくとも知ったこっちゃねーのに、今更過ぎる。
悪趣味女とビーム女。どちらも前の俺なら塵も残さず殺してるな。
でも、それすら今更なんだ。龍王が望むのなら、片方くらい助けてみるさ。
龍王には天界を探索して貰わなくちゃならない。
世界を壊し、創るというその神の如き存在……『無空』とやら。
その在りや無しやを、またはその痕跡を、天界において探してもらう。
『無空』。『無空』ね……『無空』か。
お前なのか?
お前こそが、俺が捜し求めて止まない、アイツなのか?
あの2000万人戦を創出し、アルバキンをこの世界に生じせしめた、アイツ。
アイツなのか、『無空』よ。お前が。お前こそが!
「主よ……お気をお鎮めください。城が壊れます」
「んへ!? お、おう。悪ぃ悪ぃ……」
《魔力隠蔽》緩んじまってたか。危ない危ない。
何とも変な話だが、常時使ってないとまずい仕様となっちまった。
特に感情的になるのは良くない。こう、さっきみたいのはマズイんだ。
俺の中に変わらずに燃える、この血色の復讐心。
秘めたるコイツが表に出てくると……最悪、世界を滅ぼしかねない。
破壊という意味じゃない。影響してしまうんだ。この凶気を。
今でも、その気になれば……できるだろうなぁ。
この都の人口くらい、一息に、気を狂わせちまえるな。多分。
魔王だね、我ながら。アルバキンは神じゃない。俺は魔王なんだ。
この世界に対して、俺は強大になり過ぎたのかもしれない。
今日の騒動を見てもわかった。
魔王軍にいる連中とは違う、そして大多数であるだろう人間たち。
自らよりも強大な何かに全部を委ねちまう、およそ普通の、一般的な人々。
俺は連中と一緒にいたいとは思わない。
連中は悩むべきだと思うんだ。
魔王軍がどれだけのエルフを、ドワーフを、ヒュームを殺したと思ってる。
全てが迎撃とはいえ、仲間を失ったことに違いはないはずだろ?
本当にいいのか? お前たちの光主様とやらの敵だぞ、俺は。
それでいいのか? 俺はお前たちに楽土を与えるつもりなんてない。
後悔しないのか? お前たちのこれまでは今を責めていないか?
考えろよ、人間だろ!
全てを肯定することと、全てを否定することとは同じだ。
同じに無思慮だ。そこには考察がない。判断がない。自分がない。
やめるなよ、考えることを。投げ出すなよ、曖昧の不安を。
世界は正解と不正解で出来ちゃいない。
あらゆる価値の乱立する中で、どちらも正しい選択肢の中で。
より良い方を、より大事な方を、自らの責任で選び取っていくもんだろう?
絶対の真理なんて早々あるかよ。
批判しろよ。省みろよ。迷えよ。自分の足で歩けよ。
そんなだから、人を支配したい奴に、利用されるんだよ……。
「それで、どのような方法で女王を見つけましょうか。私が考えますか?」
「ん? ああ……魔将ピゴー・セミコルを召喚しようと思ってる」
「ほう! それは妙案ですね。では探索は『青の旅団』で?」
「ああ。補佐として何かつけたいところだが……」
実は俺、下僕魔物の一切を失っている。
火簒虎も霊雷音も、何もかもだ。
それは俺が一度肉体を失ったことを示唆する。《存在抹消》は危ないな。
広く情報を収集する目的に叶うとなると、どんな魔物がいるだろう。
虫系か小動物系か……風や影というのもいいか。数も欲しい。
「魔将でもいい。推薦はあるか?」
「では魔将ファイ・フィステンを」
思わずクリリンを見つめてしまった。
魔将ファイ・フィステン。
魔界の東方全域を支配し、66の軍団を統べ、猫と蜘蛛とを眷属とする魔将。
その序列は上位すら超えて……特位12将の中の、その筆頭。即ち魔将の頂点。
クリリン、お前は俺に、最大最強の魔将を喚べというのか。
「探索の目的にも叶いますし……」
「魔界を統べろということか、俺に」
「主の真の目的を果たすためにも必要かと」
「まあ、そうだな。魔界も広く探索しなけりゃならんしなぁ」
そう、俺の目的。
今のところ、『無空』を探すことが「真の目的」ということになっている。
そして場合によってはそれを打倒することも告げた。
現世界はおろか、魔界や天界、果ては精霊界までを創ったかもしれない存在。
神という言葉を当てはめるなら、『無空』こそが神だろう。
それを探し、それが俺の追い求む相手であったなら、殺す。
……『魂の蟲毒』や『白』については話していない。
わからないことが多すぎるし、日本についての説明も難題過ぎる。
追体験したキュザンですら、結局、よくわかってなかったしな。無理だろ。
キュザン……キュザンか。
あいつも龍だったとはな。っていうか、俺、あいつの親父さんボコったのか。
怒られそうな気がするな。落ち着いたら挨拶に行ってみるか。
ニオのことについても礼が言いたい。
詳しくは説明されなかったが、俺が戻るための儀式があったらしい。
ニオの要請を受けて、キュザンら龍の女性陣が協力してくれたそうだ。
今は深山の奥に隠れているとのことだが……挨拶に赴くのが筋だろう。
「忙しくなってきたな……」
だが、前進だ。
アイツである可能性が最も高い奴を知れた。『無空』。
その正体を詳らかにし、その所在を明らかにしなければ!
落ち着け、まだだ。早まるなよアルバキン。
秘めろ。大事なものは秘めなけりゃ駄目だ。その威力を研ぎ澄まし、蓄えろ。
確信に至るその瞬間に、全てを爆発させるために。
……あ。
「そうだ、忘れてた。クリリン。補佐要らないか?」
「補佐……ですか? 一体何の?」
「政治とか経済とか、そういうヤツのだよ。面倒事が多いだろ?」
今回のこともかなり大変そうだからなぁ。
光国は事実上滅んだわけだが、どうにも国民が居座る気配だ。
占領するつもりもなかったんだが……せざるを得ない気がするんだよなぁ。
って、心配してんのに、クリリンはウフウフ笑ってるよ。
そ、そりゃあさ? 今更かもだよ? 自分でもわかってるよ?
魔王っても何もしてなかったからね、そっち方面。君臨すれどもってやつでさ?
「では……そうですね。ハルド・ロクシィを」
「特位の下から2番目の魔将か。わかった。そうしよう」
力には責任がある。
強大になった俺には、本来であれば強大な責任があるはずだ。
けどそれは、その世界に生きることが前提だろ?
俺はこの世界を去る。
今回のエルフ女王探索はいい機会だ。現世界を広く調べよう。
天龍エイエンの回復を待って、龍王たちには天界を調べてもらおう。
筆頭魔将ファイ・フィステンを臣下に下し、魔界も調べさせよう。
精霊界については……これだけは未定だな。でも方法はあるはずだ。
『無空』について見つかるものはそう多くないだろう。
『無空』は恐らくこの世界にいない。
いや、違うな……この世界にいる程度の存在なら、アイツじゃない。
だから、確実に、俺はこの世界を去ることになる。
アイツを探しに。あの宇宙を越えて、無限のどこかへ。
そんな俺が、世界に何かを定めるなんて、できない。
今もまだ伸張し、拡大していく魔力。限界を感じない。
俺の生はこの世界に発したが、俺の死はこの世界を超えてしまった。
早く出て行かないと……いずれは世界を内側から壊してしまうかもしれない。
誰もついてはこれない。
この世界の人間は、この世界を越えないほうがいい。
旅立つのは、そう遠くない、いつか。
だから、その日が来るまで、やれることをやっておこう。
あの虚空でふと故郷を思うとき、そこが幸せであると信じられるように。




