龍魔決闘編 第1話
◆ アルバキンEYES ◆
アルバキアて。
アルバキアて。
クリリンが鼻息荒く迫ってきたから許可しちゃったけどさ。
どうなのよソレ……俺の名前プッシュし過ぎじゃね? アピり過ぎてね?
そもそも、それ、何の名前? 国名なの?
アレキサンダーさんのアレキサンドリア的な?
アメリゴさんのアメリカ的な?
……あれ、割と普通なのか? 国名って人名由来普通……なのか?
いやいや、でもさ!
アルバキアって、カルパチアに響き似過ぎてね?
アルフヘイムにも何となく似てるよね? 紛らわしくね?
まあ、その、クリリンとか名付けちゃっといて「どの口が」だけどさ。
今回の遠征も妙にやる気だし。ウフウフ笑ってるし。
何というか……疲れてたりするのか? ストレス過多とかさ?
やっぱり面倒事押し付け過ぎてるかなぁ……
最近はマグも自分の部隊持っちゃって、手伝えてないだろうし。
新たな魔将の喚び時かもしれん。激しく動機が間違っている気もするが。
……あいつ、最近百科事典みたいなの持ち歩いてんだよな。
熱心に書き込んでるのをよく見るが……メモ取るような奴だったっけ?
それ見てクスクス笑ってることも頻繁だ。急ぐ必要がある……か。
さっさと済まして帰ろう。
帰って魔将召喚だ。事務職の求人ならぬ、求魔将だな。
今の俺なら等級に拘らず臣に下せる。保護者なしでも大丈夫。
随分と強くなった、俺は。
体内に循環する魔力は自分でも底が知れない程だ。
ちょっと言葉にし難いが……魔力を水だとして、ダムから海へ変わったような。
自然なんだ。だから枯渇なく管理なく力みなく、雄大で揺るぎない。
上級魔法も、禁呪すらも、魔法陣というブースターを必要としない。
苦手だった精神魔法についても、クリリンが「超越的」と言うレベル。
言葉なく魔法を発動できる。中級までなら複数を同時に使うことも可能だ。
森羅万象が身中で調和する充実感。
そして同時に感じられる……微弱ながら確固とした、閉塞感。
俺は今、『世界全体』を感じ取りつつある。
あの『屑箱』を浮遊した経験が相対的に気付かせる。ここは有限の空間だと。
『限界』に触れられる。そう、その先にはきっとまた、あの宇宙があるんだ。
この力は、もうすぐアイツへと届くだろう。
わかる。アイツは限界の向こうのどこかにいる。
アイツが告げた「夢幻の世界」がこの内側に限った話なら、勝てる。
思惑を超えて、想定を超えて、超え抜いたその先に、アイツを殺そう。
アイツが神ならば神を殺そう。在るのならば亡くすればいい。それだけだ。
……ん?
妙だな。
何だこの違和感……光都方面に不自然な存在がいる。しかも複数。
あのビーム女じゃないな。あいつはもっとこう、シャキシャキした感じだ。
あ、やば。
《空間歪曲》
閃光、轟音、衝撃、震動。
大気がささくれ立つような、放電の残り香。
おいおいおいおい。
クリリン、ドンキ、マグが血相変えて飛び込んできた。
「主よ、今のは魔法攻撃ですね!?」
「そうだ。極太の雷撃か何かかな? 超長距離から撃ってきやがった」
城を砕く威力の魔法攻撃だ。ビックリした。
前方の空間を歪めて空へ逸らしたが……そのつもりで警戒していて良かった。
上級暗黒魔法《空間歪曲》。重力系最強の防御魔法だ。
「まるであの時の再現ですな……!」
「怒るなドンキ。交渉の余地なしの今回は、単に射程の違いさ」
ドンキにとっては嫌な思い出かな、あれは。俺突如失踪的な意味で。
マグの方は興奮してるな。こいつ、何か砲撃戦フリークっぽい。
「お互い、先手必勝ってことだよね!」
「そ。負けないけどな。滅ぼさんとする者は滅ぼされるを覚悟せよ、さ。お互い様」
というわけで、こっちも負けじと砲撃だ。
やりたいんだろ? マグ。やるがいいさ。
「よーし、じゃあ、こっちもとっておきで行こうよ!」
「ほぅ、もうアレを使うのか、レディ」
「いいですね。即座の倍返し。いかにも我ら魔王軍らしい報復です」
え……と、何の話?
「ああ、主はご存知ありませんでしたか。試作品を1つ持ち込んでいるのですよ」
「え、何の?」
「わっはっは、殿! 何をそんな、素知らぬふりを!」
「は? おま、何言って……」
おい、引っ張るなって。おい、押すなって。
え、ちょ、どこ連れてく気? あ、あ、何か凄く嫌な予感がしてきた!
「さあ、兄様の凄さを見せつけちゃおう!」
押し込まれたのは、どこか見覚えのある小部屋。
わー、灰狐城にもあったんだねー、この場所。
美音城のは壊れちゃったもんねー、城の上半分ごとねー。
懐かしいよね! 俺も吹っ飛んだからね! リメンバー爆発事故!!
「ない、これはナイナイ! これやるなら頑張って《火竜咆哮》届かす!」
「おっと勘違いしないでください。魔力砲撃ではありませんよ?」
クリリンが指し示した先には、不思議な光沢の球体が鎮座している。
精神魔法系の術式がビッシリ刻み込まれてるな……ふむふむ?
鉄製で、表面をミスリル銀の膜で覆っているようだ。ミスリル銀箔ってことか。
「じゃじゃーん! ポンデ工房謹製『魔法輸送球』だよ!」
……え?
いや、物凄くいい笑顔だけど……え? それで終わり??
ごめんマグ。もっと詳しく……お願い……
「説明しましょう!」
何その妙にカッコいいポーズ。クリリン。指立てて。
「これは先の美音城における偶発的発見を分析、昇華した画期的発明品です」
……おめーら、絶対にアレを「失敗」って言わないよな。
「事故」とも言わねー。おい。わかっててやってない!?
あ、またきた。《空間歪曲》。
「緊急の事態なので、簡潔に言います」
残念そうだな。少しと言わず、ザマーミロと思ってるぞ。俺は。
「主の魔法を込めて射出し、遠距離にてその魔法を発動させる物です」
「……何でも込められるのか?」
「理論上は。しかし上級以上の魔法は耐久度を超えるかもしれません」
「それ重要だね! 確認して超良かった!」
そういうことなら、や、やってみてもいいか……?
何かもう、皆して目ぇキラキラさせてるし、実際、防いでばかりも何だし。
やるか…………初級で。
しかも、暴発しても危なくないやつで。
うん。それがいい。そうしよう!
「じゃあ兄様、頑張ってね! 期待して待ってます!」
あ、うん……見ててくれるわけじゃないんだ。ふ、ふーん……
何でクリリンが腕まくりしてるんだろね? 扉も閉めてくしね?
《施鍵》は止めろよな!? やるから! 《魔力壁》までにしとけよな!!
◇ WORLD・EYES ◇
アルフヘイム光国、光都。
暴風の壁に囲われた白き都は、今、暗黒の力に掌握されつつあった。
地から、壁から、屋根から。
ありとあらゆる場所から、黒い触手が伸びて人々を縛り付けている。
まるで闇が繁茂して都を呑み込んだかのようだ。何人も逃れられない。
そう、人ならば逃れられない。
しかし人に在らざる者はこれを逃れていた。
都の空にそれはいる。
巨大な蛇のような身を宙にくねらせ、艶やかな鱗は鋼の擦過音。
ドラゴンを思わせる顔には流麗に髭がたゆたう。龍だ。
それが3匹、まるで王城を護るかのように旋回している。
最も大きな龍が何事か唸り声を上げた。
他の2匹が小さく唸り、3匹は揃って身を寄せ合った。
たちまち渦巻く大魔力。弾けるような空裂音が多発していく。
ゥグワァオオオオォォオォオオオ!!!
大龍の凄まじい吼え声が轟く。百の雷が同時に鳴ったかのような。
いや、違う! 正にそれが発生し、放たれたのだ。
龍の前方に生じた魔力塊、それが百雷を束ねた一撃となったのだ。
それはこの空を裂く3度目の雷だ。
しかも最大だ。これまでの数倍もの規模で空間を劈いていく。
その先には城だ。城が……奔っている! 盛大に土煙を立てつつ。
城を消滅させんばかりの大雷撃は、狙いを過たず命中した。
無数の電光が乱れ飛び、音と光が直視不可能の嵐を巻き起こす。
大地を穿ち、草木を焼き払い、流れて上空の雲をすら貫き散らした。
濛々たる粉塵はまるで山だ。
これが龍なのか。龍という、この世と理を異にする生物の力なのか。
圧倒的だ。奔るとはいえ城など。人界の建造物などが耐えられるはずもない。
ドゴゴゴゴゴゴンッ!!!
衝撃音と共に、煙の山脈から何かが飛び出してきた。
魔力砲だ! それは魔王軍の破壊力の象徴、魔力砲ではないか。
6発も同時に放たれたそれらが狙うは、無論のこと、龍!
空中に爆発の連続。衝撃波は地上にまで及ぶ。
2発は空へ。4発が命中したようだ。
時をおいて、地上に鱗の欠片と血とが降り注ぐ。
相打ち、だったのだろうか?
いや、両者とも健在だ。
傷こそ負うも、龍は3匹とも空にあって唸り声を上げている。
城の方は……何と、何と無傷ではないか!
周囲の大地を削られ、進むことこそ困難になってはいる。
それはむしろ自然な姿だ。城は本来、動くものではあるまい。
泰然として強固なものだ。正に。あの雷でも傷つかない、その威容!
その城の露台に現れた人影がある。
炎のような赤色の外套。その胸に覗く黒い甲冑。
腰に佩くは卍の飾り持つサーベル。そしてその無二の美貌。
その佇まいはそれだけで既に神話だ。
都と龍と城と、大なるモノたちの中で極小であるはずの彼。
彼が世界の最大であるとわかる。夜空が地上の全てを包み、存在するように。
魔王だ。
彼こそは魔王アルバキン。
バサリと、その背から大きな翼が出現した。
漆黒の優美なるその両翼。周囲の空間すら滲む魔力の発露。
フワリと、その身を宙に浮かせる。舞う。黒鳥の美影。
ああ……魔王よ。それは姿による《魅了》か。
旗のままに。赤地に黒く、竜を討ち倒す王鳥の如くに。
舞う。そして討つのか。今度はその龍を。
「城を庇いあうのはよさないか? 埒が明かない」
魔王が言葉をかける。それすら美しい。
月が、星が、夜空に秘め事を語っているとしたならば。
その声だ。その響きこそが相応しい。
しかし内容はどうか。
龍と城との遠距離戦闘……その非現実性はともかくとして。
埒が明かないだろうか? 双方の損害は拮抗していただろうか?
城は無傷だ。
対して、龍は負傷している。特に大龍でない、2匹の龍。
苦しげに身をよじらせているではないか。これが互角とでも?
「場所を変えないか? 周りを考えずに済むようなら、どこでもいい」
時間にして僅かな、そして龍にとって苦々しげな間をおいて。
大龍はその顎で人語を返した。朗々と響く重低音。
「自惚れるな、魔王よ。我等を一度に相手取れるつもりか」
「できないと思うのか。自惚れているな、龍王」
怒気が風と雷を伴って大龍を包む。
魔王は微笑んでいる。威圧的な何物も発していない。
だが、何という微笑みか! その裏に何を秘める、魔王よ!
「……決闘だ。私が1人で折伏してやろう、魔王よ」
「そうか。ならばこちらも2人用意しよう」
魔王の声に呼応して、城の露台に現れた2人。
1人は、黒い全身鎧に身を包む重装の戦士だ。
兜の奥に妖しく灯る赤光は、彼が人外の武士であることを示す。
纏うは百戦錬磨の恐るべき鬼気。魔将ギ・ジュヨンロ。またの名をドンキホーテ。
1人は、小奇麗な文官服をキッチリと着込んだ少年だ。
その顔には笑み。身を包む魔力は寂。複雑細微な何かに裏付けられて滑らかだ。
狂おしいほどの殺意を隠して。魔将クヴィク・リスリィ。またの名をクリリン。
「魔将か。どこまで道徳を踏みにじるのだ、魔王!」
「笑止。返す言葉に困るぞ、龍王」
「自責の念があるとでも申すか」
「馬鹿につける薬はないと言っているんだ」
怒りが周囲に雷の小蛇を乱舞させた。
その内の数匹が魔王へと向かう。魔王は動かない。当たるのか。
否、同量の炎の蛇が現れ、全てが空中に絡み合い、打ち消しあう。
外套だ! 魔王の外套から無数の蛇が生え、鎌首をもたげている。
魔法ではない。外套はそれ自体が生き物のようだ。自ら主を護っている。
「これはな、火の精霊王の分身だ。封じられてここに在る」
恐るべし。その外套は火霊の頂点、火の精霊王であると言うのか。
凄まじきはそれを涼しい顔で支配し、駆使する魔王であるか。
それとも……精霊界の破壊王を、その一部とはいえ封印してのけたあの種族か。
偉大なるハイパーイース。
水の精霊王をすら凌駕する彼らは、火をもまた凌駕したか。
「何という冒涜だ……やはりお前は、この世に存在してはならん存在だ」
「ならばお前が消えろ。俺が在ることを否定はさせない。例え神であっても」
申し合わせたように、上空へ。高きへ。
大龍と魔王とが登っていく。余人の及ばぬ領域に在ることを体現する飛翔。
さもあろう。神々の戦いとは雲海に争われるものだ。
残されたのは、2匹の傷ついた龍と、2人の魔将。
龍たちが下降していく。地表に触れるなり、変化して人型をとった。
「一応説明しますとね?」
龍であった男。糸のような細目の、秀麗な青年が申し訳なさそうに言う。
水のガイク。龍王八仙の中男たる者だ。
「さっきので怪我しちゃいまして。龍形でいると痛くて仕方ないのです」
もう1人の龍、短髪を逆立てた男が、嬉しげに続ける。
雷のデイ。龍王八仙の長男たる者だ。
「ま、おめーらブッ倒す分には問題ねーから! やろーぜ! 俺ぁお前がいい!」
ビシリと指差したのは黒き重戦士。抜剣をもって返答する。
それを見やり、軽くため息。そして自分の相手になった者を見る。
残った2人の動作は鏡のように同じであった。気付き、軽く微笑み合う。
天には龍王の長と魔王の対決。
地には2人の龍王と2人の魔将の対決。
この地上における頂上決戦とでも言うべき魔闘が……始まる!




