光魔大戦編 第2話
◆ ハイゼルEYES ◆
ドワーフ軍が別働を申し出てきた。
好きにするといい。荷駄を運ぶための500人だけを残し、去らせる。
西を確保すると言う。戻るのか。帰るのか。好きにすればいい。
東へ、皇都を目指す。ヒュームを消すために。
その次も、ただ東へ。魔王を消すために。
それも消せたなら、次も東へ進もう。「塵の森」へ。
どこかで消えたい。戻ることも帰ることもなく。
もはや死の安息も望めまい。この身は生命の循環を離れた。
異物だ。在ることの不自然さ。白んだ身は世界に馴染まない。
頭の中でキャラキャラと鳴り響く声。宿主。中位風霊・アエレイ。
グラシアとロケナンも同様だ。他のエルフたちには下位風霊・シュルフ。
(キャハハハオモシロオモシロきるデスきるデスきゃははダイだいキャハハ)
悪霊であればまだ救いもあった。恨みもしただろう。だが違う。
無邪気だ。現世界に長く留まれることを喜んでいる。
光主に指示された殺戮を……教わった遊びを夢中になって楽しんでいるだけだ。
これが教化なのか。
知らない者に意図的に何かを知らしめ、その方向性を定める行為。
それは教団が信徒に行ってきたことであり、信徒がその子弟に行ってきたことだ。
良かれと思ってのことだ。それが善だと。正義だと。愛だと。
これほどに恐ろしい行為だったのか。
どちらが正しいのかという域にも達していない。
風霊にとって些細な、軽い、どうでもいいことが招く、ヒュームの虐殺。
ヒュームの憎悪も、怨嗟も、譲れぬ思いも、何もかもを受け止めない。気付かない。
気付かぬままに、光都でも殺戮を繰り返すだろう。
軍人と民間人の区別などせず、ただヒュームであるだけで殺すだろう。
自分たち以外を殺すと楽しい、そんな理由で死が量産されるのだ。
狂っている。消えてしまいたい。
誰が何に対してとは限定しない。全てが間違っているのだから。
だが、敢えて言うならば、光主だ。彼女は狂っている。狂気の中心に彼女がいる。
あれは本当に人間なのだろうか。
この身を分解し、人形に仕立て上げたあの女は、もはや善悪の彼方にいる。
光国の理想と、光主の現実と、光国軍の内情。狂っている。この世界は。
誰でもいい。早く私を消してくれ。
死ねないなら消えたい。まるで存在すらしなかったように。
闇だ。この白さを見ぬためには闇がいる。光を消してくれ。
だが、願いは叶わない。わかっていたことだ。
見えてしまった。あの尖塔。カルパチア皇国皇都へ到着したのだ。
都を囲う外壁を背に、軍勢が隊列を組んでいる。3万ほどか。
数で劣る軍が城外に布陣する。それは戦の理に反している。
何か策が……ああ、分かってしまった。そういうことか。
ここは西門側だが、南門側から長く伸びる人の列が見える。
この3万は決死隊だ。民間人の退去時間を稼ぐために、出ざるを得なかったか。
ある面では正しい。我が軍の在り様を理解している。民間人は逃がすべきだ。
だが、間違ってもいる。遅すぎた。
今視界に捉えた全てが、もはや手遅れなのだ。
私は命じてしまう。人形に自由意志など存在しない。
「グラシア、5000を連れて南に当たれ」
戦闘を意識したとき、全ては風霊の遊びと成り果てる。
キャッキャとはしゃぐ声が頭に響く。より楽しむ為に、より多くを死なせろと。
無言で南へ向かった者たちも、それぞれに、中で楽しんでいるのだろう。
「ロケナン、敵右翼へ当たれ。15000を率いろ」
敵はグラシアの動きに呼応して左翼を伸ばし始めた。当然の動きだ。
「15000は中央を射撃しつつ押せ。私が合図したら突撃しろ」
残る15000を率いて敵左翼へ突貫する。ほとんど騎馬突撃の勢いだ。
何故なら、風霊を宿す誰もが脚を作り変えられている。光主による施術だ。
風霊の魔力をもって稼働する高速走行……騎馬に対抗するため、兵器とされた。
さあ、斬るか……
光主に下賜された片刃の長剣を抜く。
「《光剣》」
身中から風の魔力が湧き起こり、刀身へと伝わっていく。宿る。
かつてのモノとは違う。しかし勝るとも劣らない威力の、この刃。
敵の表情も分からぬこの距離から、横薙ぎに一閃。
空間を裂くが如くに、下弦の月の剣風。
鉄をも断ち斬り、武装兵をも吹き飛ばし、陣を裂き乱す……人を殺す。
頭の中が喜ぶ。もっと振れ。もっと出せ。コロセコロセモットモットコロセ。
ああ、外壁にも届いた。大きく傷跡がついた。
アゼクシスを思い出す。遠くなってしまった。今の私を彼はどう評すだろう。
ハイロウはどうか。兄とも呼ぶまい。彼らには色がある。私にはもう無い。
散々に屠ってから突入する。死体の海だ。
このまま敵右翼側へ突き抜けよう。それで終わるだろう。
その矢先、馬が刺された。
槍か。死体の下に潜んだ者がいる。殺める。
地に降り立つ。足首を掴まれた。断つ。虫の息のその女を殺める。
「おおおおおおおををを!!」
吶喊してくる者がいる。大男だ。全身に刺突剣を刺したままだ。
その両手にはエルフ。首を圧し折ったか。こちらへ投げつけてきた。
跳ぶ。男の頭上へと。
この身はそんな曲芸じみたことも容易く実行できる。
もう化物なのだと実感する。頭上から股まで一刀両断にして殺める。
決死兵と評した敵軍だが、それにしても強悍だ。
こちらに被害が出始めた。崩して蹂躙するはずが、こうも粘られるとは。
中央への突撃合図を早めよう。剣風連閃。しばらく放てんが、崩した。
無傷の15000が整然と突撃してくる。ロケナンも圧してくる。
半包囲の完成……はしないか。城門が開いた。後退していく。しぶとい。
この後は籠城か。ロケナンの回復を待ち、《光砲》で終わるだろう。
グラシアはどうしただろうか。戻ってこないが。
◇ WORLD・EYES ◇
血を踏むビシャリ。死体を踏むグニャリ。
必死の撤退戦を繰り広げる大公国軍をエルフが追う。風のように。
「ここは任せろ」と1人。「私に構わないで」と1人。
全を守る為に個が犠牲を繰り返す。命が命をつなぐ壮絶な後退。
市街地はもはや狩場だ。このエルフたちは跳ねる。
宙を舞い、屋根を走り、ただの1人も残さず刺し貫いていく。血が煙る。
だが、崩れない。
夥しい出血にのたうちながらも、軍は軍として城を目指す。
壊走しない理由は何だ。意地か。執念か。その理由の1つは指揮官だろう。
草臥れた重鎧の騎士が、中央にあって常に指示を飛ばしている。
そら、エルフの一部が回り込んで退路を断とうとすれば……
「ディオちゃん、あれ止めてくれるか?」
「了ぉ解。今日まで楽しかったですよ、ゴルの旦那。お先します!」
行くぞと声をかけ、15人ほどを引き連れ走り去る。
身長の低い、童顔の戦士だった。目を細めるような笑顔だった。
彼らは全滅する。3倍を超える敵を遅滞させて、本隊のための時間を稼いで。
次も、その次も。
その中年の騎士は部下たちを死地へ送り出す。困ったように微笑んで。
部下たちも笑う。口々に何かを告げて、死ぬために駆けていく。
その光景は南門にも見られる。
南へ避難せんとしていた民たちと、護衛の為についていた5000の兵。
彼らもまた転進し、城を目指している。支えあい、戦いながら。
そこに護られる者などいない。
民たちはまばらに武装すらしている。死んだ兵たちの遺品だ。
多くは老人だ。壮年の男女も見られるが、子供は誰一人いない。既に殺されたか?
否! 彼らは戦うために居残った民なのだ!
見るがいい、その決意の眼差しを。命を支払って何かを遂げんとする気概を。
何故、その表情は誇りに満ちる。死の恐怖に震えつつ。
何故、その手足は走り戦うを止めない。手傷を負っても、深手を負っても。
勝つためだ。
彼らは敗走などしていない。彼らは今正に勝ちつつある。
聞け! 外壁の鉄門が閉まる音を。
見よ! 外壁の上に忽然と現れた魔術師たちを。
嗅げ! 血の匂いに紛れる油臭を。
そして感じるがいい。城に高まりつつある火霊の属性力を。
城の大露台に独り立ち、詠唱を続ける老婆が在る。それは上級魔術ではないか!
滝のような汗が流れている。瞬きすらしない両目は既に焦点も定かでない。
西からは軍が……今や五百余りとなった軍が、城へ走り込んだ。
南からは民が……今や百数十となった民だけが、城へ走り込んだ。
エルフたちが城へ群がろうとした、その時であった。
「《苦魂煉獄》」
城の囲うように魔力光が発生した。石畳が裏から光っている。
上級火霊系魔法の為の大規模魔法陣。
かつて聖神教団が皇国国教に認められた際、危急時の為にと敷設したものだ。
円周上に高密度の火炎が噴出した。城の尖塔よりも高く。覆い隠すかのように。
巻き起こる熱風・火花の凄まじさ! 周囲の可燃物が次々と延焼を始めた。
それどころか、石造りの家屋まで炎上を始める。油だ。油が散布されている。
おお、倒れる!
火炎の城壁が倒れる。全方位へと。逃れる場所なき炎の大津波だ!
火の海、とはコレか。
家屋を屋根まで飲み込む、まるで大海のような火炎潮流だ。
その火勢は随所で爆発的に跳ね上がる。油壷が仕掛けられていたのだ。
死んでいく。風など捻じ伏せる炎の世界で。死んでいく。エルフたちが。
心無くヒュームを殺め続けた彼らは、やはり心無く死んでいくのか。
絶叫が木霊する。悲鳴が狂い咲く。
何ということか……エルフたちは泣いている。
火炎地獄の中で、身を抱きしめながら、彼ら彼女らは泣く。泣いて死んでいく。
解けたのだ、憑依の呪縛が。この炎獄に風霊は全て滅ぼされた。
どうして、この日この場所この時なのか。
取り戻した自分は、既に死ぬばかりの炎の中。
人として死ねることを喜べと? 馬鹿な、誰がこんなことを望む!
こんなはずじゃなかった。違う。何かが間違っている。違うんだ。
失われた森を蘇らせるため。木を植え、守り育てるために戦ってきたのだ。
アルテイシア様。光を。アルテイシア様。何も見えません。ああ……!
死んでいく。死ばかりの世界だ。どうしてこんなことに。
この灼熱の海原に、城もまた無事には済まない。
術者である老婆は既に跡形もない。術発動の代償に灰となり、散った。
城内に駆け込んだ人々も蒸し焼きだろう。ここは火霊の世界と化している。
やがて、地上に現れた火の世界は消えた。
広がるのは、皇都であったはずの黒色の廃墟だ。
全てが火葬され、黒煙に煤けた城だけが、中央にぽつねんと残っている。
外壁もまた残るが、そこにも死が転がっている。
魔術師たちだ。この大魔術は人1人が灰になるだけでは済まないものか。
死だ。死の園だ。
誰もいない。誰もが焼けて消えた。誰も彼もが。
10万の消滅。その意味するところは絶大な喪失。
1つの命が産まれ、育まれ、この地に立つまでの来し方。
この先を生き、何事かを為したであろう行く末。
それが10万。膨大な、膨大な、何かが失われてしまった。
しかし終わらない。
地上を死が支配するその間にも、決着は地下でつけられようとしていたのだ。
◆ ゴルトムントEYES ◆
やーれやれだな。
やっぱ、ぶっつけ本番じゃこうなるかあ。
婆さんも本気だったが、練習もできねぇ代物だしな。これ以上は望めんぜ。
術の発動、少しばかし遅かったな。火の壁が立つまでに間があった。
お陰で俺らも全員で地下道へ逃げ込めたが……敵も入れちまった。
あいつ等、ホントによく走りよく跳ぶよな。30人くらいか。
流石にこっからは軍人の仕事だ。民は逃がさにゃならん。
そう思って殿軍やってるわけだが、うん、強ぇわ。やっぱり。
また随分と死なせちまった。
100人で残って、今や俺を残すのみだもの。
甥っ子まで死んじまったし……ま、俺の番ってことだわなぁ。
目の前には白いのが3匹、気色悪ぃ無表情で立ってやがる。
色はともかく、知った顔だってのが因果だね。『六鍵』のお歴々かよ。
「あんた等も大概、不幸だよな」
まだ剣は抜かねぇ。まずは言葉だ。剣は最後だ。
少しでも息を整え、少しでも長く生きて、少しでも遠くへ逃がす。
「随分白いけど、しゃべれんの?」
「……ゴルトムント男爵か」
「そういうアンタは本当にハイゼル殿かい?」
左右のグラシアちゃん、ロケナンちゃんは動く様子がねえな。
命令なしじゃ動けねぇの? 人造魔物の類かよ。
「男爵に私を消せるか?」
「挑発なら受けるし、降伏勧告ならその後の待遇や何かを説明してくれや」
「……抜くといい」
「業物だな、その剣。光主様からの贈り物かい?」
「抜かぬまま斬られるか」
お口はここまでか。後はお手々でどんだけやれるかな。
「サシでやってもらえるのかぃ?」
「生前、貴方には世話になった。これくらいは通す」
「色々聞き捨てならないこと言うよなぁ、全く」
抜く。ゆっくりと。
鞘もわざわざ端まで持っていって、丁重に床に置く。
首を回し、手首を回し、屈伸なんてしたりして……はいはい、ここまでね。
構える。両手持ち正眼。
「いくぞ、男爵」
「来なくてもいいぞ、白いの」
一足跳びに間合いを侵略された。
左肩から斬り下ろそうとしてくる。一歩下がりつつ合わせる。そら、右手甲へ一撃。
鋭く突いてきた。貫く勢いだ。
一歩下がりつつ萎し込む。限界点に合わせて半歩突き。ほれ、右肩口に一撃。
左腹を狙って薙いできた。両断する気か。
一歩前に出つつ上から押さえ込み、その勢いのまま右肩で体当たり。動きを封じる。
「いやぁ、流石に強いなあ、ハイゼル殿は」
「なぜ攻めてこない。どうして斬撃が軽い」
「わからんうちは俺に勝てんよ?」
大きく後ろに退かれるも追わない。ほら、一気にまた攻めてくる。一歩前へ。
一合、二合、三合。少し話しかけ、更に剣撃を重ねること十数合。
表情が険しくなってきたか。駄目駄目、もう少し踊ろうや。
「ハイゼル殿の剣は金剛理剣流だろう? 皇国の騎士階級だったんだし」
「……」
「知ってたかい? 俺、開祖の直系。剣術やらんと飯食わして貰えなかったのよ」
一転、攻める。一撃必殺なんて要らない。目くるめく虚実の剣。
「ほら上だ。ごめん下だった。そら突くぞ、ほら突いた」
おっと攻める気になったか。下がる。
悠然と構えなおして、ニヤリと口元を曲げてやる。よしよし、目がマジだな。
どうだい、苦戦してる気になるだろう? 燃えるかい?
俺の剣しか見えなくなってきたろう? 俺を倒したくなってきたろう?
いい子だ。その調子でもっと踊ろう。そう……俺が失血死するその瞬間まで。
2回も刺されたからね。もう腹ん中不快感すんごいのよ。
力も入らねぇんだわ。でもそう見えないっしょ? 俺ぁ上手いからな。
十合、二十合。
「時間稼ぎ、だったか」
「ん? 違うよ? これから必殺技出すよ? もう見たいの?」
「もはや語るまい」
あ、《光剣》もどき。やべぇって、それは捌けねーって。
……ほらー。右腕とれちゃったじゃないの。もー。
「ひいいいいい、助けてくれええええ! 頼む! この都の秘密しゃべるから!」
「……」
「お願いだ! 靴でも舐める、何でもする、お願いだからああ!!」
って頑張ってんのに、背中刺すかなぁ、普通。
あ、でも脚目の前。うりゃ、おじさんの抜け歯なしの噛み付きを食らえ。
冷たいな、これ。普通のアンヨじゃねぇ。そりゃそうか。
あー、首切っちゃうのかー。噛み付いたままでいるコツがわからん。
……連中は上手く逃げれっかな?
宣言通りのことはやってのけたんだ。後は頼んだぜ、魔王さんよ。
光主を。エルフ女王を。アンタのちk/




