表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/54

光魔大戦編  第1話

◇ WORLD・EYES ◇


 風が吹いていた。

 強い北風だ。奇妙に背筋を怖気させる。埃が目を苛む。

 風下に布陣したロンバルキア大公国軍4万は、防護柵の中で身を竦ませていた。


 動けないのだ。

 光国軍6万は見事な横列陣を敷いている。隙が無い。

 エルフもドワーフも長槍を揃えて隊伍を組んでいる。

 騎馬隊によって撹乱する定石は、おいそれと打てない。

 

 さりとて射撃戦、魔法戦も不利だ。

 エルフは弓に関して天賦の才がある上、風霊系魔法でこちらの矢を阻害する。

 魔法に関してもエルフの方が強力だ。持って生まれた魔力量が違う。


 接近戦だ。こうなれば接近戦しかない。

 幸い光国軍は光主の親征ではない。陣地ごと滅ぼされることはない。

 

 接近戦に滅法強いドワーフが、6万の内に1万しかいない。

 そのことが大公国軍をして陣地での防御戦闘を決意させた。

 もとより兵力は劣っている。東から援軍が来るまで耐え、停滞させればいい。


 しかし、遠い。

 光国軍は矢も届かぬ距離で堅陣を組んだままだ。


 6万といえば今の光国にとっては全軍に等しい兵数。

 大軍ではあるが、援軍のない孤軍でもある。時間が掛かるほどに不利だろう。

 こちらに都合が良すぎる……指揮を執るレオノーラは不安に駆られていた。


「第一、第二騎兵隊を出すわ。用意させなさい」

「機動防御でしょうか?」

「攻撃する必要は無いわ。後方へ回って揺さぶりをかけるのよ」


 こちらの狙いをぼかすためにね、と付け加える。

 敵の意図が読めない以上、こちらの意図を読みづらくしなければ。

 把握される不利を嫌ったのだ。彼女は負け方を知る。


 2000騎ずつの軽騎兵が東西へ進発した。

 戦場を大きく迂回し、6万の後方へ回ろうというのだ。

 エルフ、ドワーフは騎馬を運用しない。平原における速度の差は絶対的だ。


 いや、違う。

 いるではないか、光国軍の中に騎馬が。

 白馬に跨った人物が3人、装備も揃って白尽くめだ。


 ハイゼル、グラシア、ロケナン。

 真っ先に光国軍へ攻撃を仕掛けた3人が、今、光国軍を率いてそこにいるのだ。

 これを数奇と言わずして何なのか。表情もない。ただ白く風に吹かれている。


 東へはがグラシア、西へはロケナンが。

 それぞれ500人のエルフ兵を率いて迎撃に動いた。


 速い!


 その500人と1騎は疾風のような速さで直進する。

 騎馬が速いのは馬の質で解釈できよう。しかし人は? エルフは徒歩兵だ。


 人ではないのだろうか?

 その両足は残像すら生じて地を蹴る。上半身は微かも揺らがない。顔は虚ろだ。

 不死属性アンデッドですらまだ怨念という感情がある。では彼らは? 彼らは何だ?


 軽騎兵たちは更に速度を……上げられない!

 むしろ段々に遅くなる。落馬、転倒する者も出た。どうしたことか。

 馬の不調だろうか。それもありそうだ。しかし、馬上の人もまた青褪めている。


 彼らはその原因を自問する時間を与えられなかった。


 東において。


「《光雨》」


 徒歩兵たちの矢筒から独りでに1本の矢が飛び出した。ゆえに、その数500本。

 ふわりと浮いたのも束の間、爆発的な初速でもって空中に放物線を描く。

 狂猛なる隼の飛翔。響く風切り音はその鳴き声か。


 この矢は曲がる。

 避けようとしても曲がり、打ち落とそうとしても曲がる。刺さらずにおかない。

 この矢は貫く。

 肉を刺し骨を削り突き抜ける。そして更なる目標へ。初速のままに。


 折れ、落ち、静まった。その次の瞬間には。


「《光雨》」


 第二波だ。命を刈る風だ。死を刻印する雨だ。

 それでも、それでも息をする者たちへ、刺突剣。エルフ兵だ。

 まるで騎馬突撃のような……いや、彼らもまた矢の1本と見るべきか。


 全滅だ。

 2000人が死に、2000頭の馬が痺れる体に苦しんでいる。

 そう、痺れているのだ。馬ほどの体格の生き物が走れなくなる量の……毒。


 西において。


 「《光砲》」


 動きを鈍らせる2000騎の頭上で、何かが炸裂した。

 馬ごと地に叩きつけられる。衝撃波か。だがそれだけだ。致命傷には至らない。

 よろめきながらも体勢を立て直さんとして……驚愕の表情を浮かべる。


 そこでは音がしない。息ができない。身体も何かがおかしい。

 何かが自分から漏れていく感覚。そして、目と口内とが熱く泡立つ。

 

 パタリ、パタリと人と馬とが倒れていく。まるで糸が切れた吊り人形のように。

 誰も起きない。狩人は来るというのに。そら、来てしまった。


 1人頭、4つの首。

 無音の内に作業を終えた頃、辺りを風が吹き荒れた。音も戻る。

 無かったのだ。先ほどまでそこには空気が無かったのだ!


 恐るべし。


 《光砲》。それは特定範囲に持続的な真空状態を生じさせたのだ!

 空気無くば音も無い。呼吸もできない。気圧無くば涙や涎すら沸騰する。

 息を止めるのとも違う。肺の空気すら奪取される。意識など保てないのだ。


 風霊系魔法とはかくも傍若無人であったか。

 地上とは即ち空気満ちる世界。海に水が満ちるように。

 風を、大気を掌握されたのなら……この地上に生きる誰が抗えよう。

 

 そう、抗えなかった。


 勝敗は光国軍が布陣したその瞬間に決まっていたのだ。

 風を操り、麻痺毒を徐々に送り込む。風を操り、毒を散らせず陣地に対流させる。

 待つばかりだったのだ。害虫を駆除するように、ただ遠巻きに、何の痛痒も無く。 


 大公国軍の陣地は屠殺場と化していた。

 動けず怯えるヒュームたちを、エルフたちが迅速に殺めていく。

 これが種族の違いによる無慈悲というものか。無感情に、ただただ処理していく。


 否。やはりそれはこの世界の常識に非ず。


 その天幕を見よ。

 物資集積のためのものか、陣の片隅に設営されたそれへ、1人のドワーフが入る。

 戦棍には血の一滴もついていない。兜と髭との間に覗く双眸は怒りに燃える。


「駄目でござる。もはや貴軍は全滅を免れぬ有様」


 彼の視線の先、うず高く積まれた木箱の影に隠れるように、誰かがいる。

 武装もなく、苦悶の表情で荒い呼吸を繰り返す。女性だ。橙色の髪。

 震えるのみで動かない。いや、動けない。眼光は業火の如く。


「身代わりの方も討たれ申した。もはやこれまで」


 ちらりと後ろを見る。天幕の入り口には何名かのドワーフ戦士が集まっている。

 その表情は憤怒。敵への恨みだろうか。違う。この怒りは何かしら気高い。

 彼らは歩哨なのだ。警戒している。味方であるはずのエルフたちを警戒している。


「拙者どもは荷駄隊。ここの物資を接収するだけでござる。よろしいな?」


 虐殺は終わったのだろうか。

 荷車が運ばれてきた。ドワーフたちが渋面で作業していく。

 死体は集めて焼く。戦死者は不死属性アンデッドと疫病、二重の災いを招く。


 その横を、呆けたようにエルフが行く。手伝いもしない。

 血まみれの身体。その肩に、背に、頭上に、透けて見える妖の存在。

 風霊だ。クスクスと笑うように揺らめく。笑う? この惨劇の中で?


 これは「滅事」ではない。

 繰り返し強調しよう。これは「滅事」ではない。

 2つの点でこれは異なっている。


 1つ。全滅ではない。

 積まれ運ばれていく物資の中に、木箱に身を潜める生存者がいる。

 彼女が生き残るならば全滅ではない。だから「滅事」ではない。


 2つ。笑った。

 大量殺人の後に、その過程を反芻し、その数を数え、笑った者がいた。

 例えそれが元素精霊であってもだ。笑ったのだ。殺したことを喜んだのだ。


 「滅事」とは、魔王という人の形をした災厄が起こす現象だ。

 手を出した者が滅ぶ。殺されるのではない。自らの非力に滅ぶのだ。

 そこに勝者はいない。優越感も達成感もない。そういうものだ。笑うなど。


 光国軍。

 彼らは果たして英雄の軍勢なのだろうか?


 戦後処理を終え、すぐに東進を始めたその6万。

 黄金天使の戦旗は常にはためき、軍の先頭を行くものは白馬に白装束。

 エルフの美しさも相まって、それは神聖な光景ですらあるはずではないか。


 だが、この白色は血風を帯びる。


 無念の怨嗟で血色に染まる彼らには、その自覚も覚悟も垣間見えない。

 兵士の、戦士の目ではない。人でなしだ。人形だ。綺麗な人形たちの行進だ。


 それに追随するドワーフ軍の、その表情。

 怒りだ。怒りしかない。彼らは未知を恐れない。奇怪に怯えない。巌の精神。

 そして多くが武人だ。武人は武を尊び暴を蔑む。彼らの目に映るエルフは?


 次第に開いていく、エルフ軍とドワーフ軍との距離。

 それはそのまま表してやしないか? 両者の溝は埋められたはずでは?


 アルテイシアが居ない。

 光主は光都に在る。軍の進発を見送りもした。

 だが、アルテイシアが居ない。居ないのだ。


 鉱山の暗がりに頑固として、世界に半ば背を向けて生きてきたドワーフ。

 彼らが感じた眩しさを、希望を、光明を、今の光主は発していない。

 あれは何か違うものだ。そしてエルフたちも変わってしまった。


 静かに不和を育てつつ……

 光国軍はカルパチア皇都を目指す。光国の領土を回復するために。



◆ ゴルトムントEYES ◆


 やってくれちゃったな。

 やってくれちゃったよ、エルフ。いやもう、やってくれちゃうからさ?


 おじさん、手前らを皆殺しにするわ。


 怒ってないよ? ただね、ちょっと本気になっちゃっただけなんだ。

 戦争ならね、適当にやるんだ。疲れるし。勝つと殺すは同義じゃないしね。

 程ほどにして、敵にやっつけにくいと思わせればいい。それは勝ちなんだ。


 だがよ、手前ら、ヒューム舐めてんだろ?


 確信しちゃったよ。敵とも思ってない。

 虫けらか、下手すりゃ雑草、最悪じゃ石ころくらいの認識だろう。

 アルフヘイム? 全ての種族の融和と協調?


 ふっざけんじゃねえぞ、コラァアアアッ!!


 「減らしました。残ってるでしょう。この席座りなさい」ってか、コラ。

 舐めくさりやがって。てっぺん来たわ。同じ空仰げんわ、手前ら。

 殺す。二度と森に帰れると思うな、この外道どもが。絶対に殺したる。


 手前らはやっちゃなんねぇことをやった。

 魔法も毒も、手段としちゃ下種だが、戦争じゃ仕方ねぇだろう。

 勝つためにはいくらでも汚ぇことをやるもんだ。そこに貴賎はねぇや。


 だがな!

 無力化し、抵抗できない敵を皆殺しにするってのは違ぇぞ!!

 手前らがやったのは「駆除」だ。「撤去」だ。「削除」だ。


 同じ人間がやっていいことじゃねぇっ!!!


 手前らは死ななきゃなんねぇ。生かしておくこたぁできねぇ。

 そのお目目にヒュームっちゅうもんを見せ付けて、殺さなきゃなんねぇ。

 

 怒ってねぇよ? ドタマに来てるだけ。本気で殺すだけ。

 さぁて、どうやって殺すかな? おじさん、本気だから色々やるよ?


 まずドワーフは味方につける。

 というか、もう味方だ。こっちの諜報員に向こうから接触してきたんだから。

 流石に潮時だもんな。聖神教団も追放されたし、何の問題もない。

 

 光都に篭ったところでドワーフがいれば落とせる。

 全部だ。エルフが平原に築いた全てをぶち壊してやらにゃならん。

 

 次に婆さんだ。

 あの陰謀婆を戦力として扱う。何が隠居だ。何が相談役だ。韜晦しやがって。

 ヒュームで唯一、火霊系の上級魔法を使えるじゃねーか。死ぬまで火ぃ出せや。


 ありとあらゆる方法で焼いてやるぞ、エルフ。

 そっちが毒ならこっちは罠だ。火計だ。焼いて畑の肥やしにしてやる。


 最後に、魔王。

 やっぱり生きてやがったな、そうだろう思ってたぜ。流石は魔王ってもんだ。

 アンタにゃどーあっても出張って貰うぜ? アンタはある意味希望なんだ。


 エルフ女王を滅ぼしてくれや。


 ありゃあ化物だ。俺たちにゃあ殺せねぇし、そもそも死なねぇ。

 だがアンタなら違うだろ? アンタなら、アンタならどうにかできる。

 

 並び立つでもいいと思ってたが、アンタ1人でいいことになった。

 アンタなら、いい。俺ぁアンタになら頭を下げる。

 化物のような力を持っていても、アンタは、人間なんだ。

 

 生きるってのは死ぬってこった。

 生き物ってのは産まれた瞬間から死に始めるんだ。

 それが生きるってことだ。死なねぇアイツは生きてもいねぇ。化物だ。


 アンタは、違う。

 アンタは多分死ぬ。今も自分の死を建設し続けている。俺たちと同じだ。

 だからわかるんだ。生きることの価値がわかる。命の意味を知っている。


 強かろうが弱かろうが関係ねぇ。

 ヒュームだろうがエルフだろうが、実は関係ねぇ。

 

 だが、生物と化物は対立する。

 駄目だ。生きない連中と共に生きれるわけがねぇんだ。

 

 光国軍を名乗り戦旗をひけらかすエルフたちよ。

 手前らは化物側についたんだ。それがハッキリしたんだ。本気にもなる。

 化物の軍が平原を行く……許せるはずがねぇ。許しちゃ人間じゃねぇ。


 あらゆる手段を用いて、殺す。殺し尽くしてやる。


「あら、男爵。もう出発したのかと思ったけれど。どうしたのかしら?」


 婆さん。口調も表情もお見事だが、眼光は隠せねぇぜ?

 アンタもわかっちゃいるんだろ? こりゃあ、戦争を超えちまったってよ?


「使者を立てていただきたく」

「光国に交渉の窓口があるかしら?」

「魔王へ降伏してください」


 言葉遊びしてんじゃねぇって。勘違いすんな。試されてるのは婆さんだぞ?

 アンタの返答次第じゃ、俺はアンタを殺さなきゃならねぇ。大公もな。


「……本気ね?」

「無論」

「わかったわ。全て任せて頂戴。男爵もわかってるわね?」

「遅滞戦術。離間。火計。そこへ至る過程も説明しますか?」

「いいわ。貴方も私も、自分のやることをわかっていればそれで十分よ」


 よし、いい子だ婆ぁ。こっちは任しとけ。

 美姫でも宝物でも大公の首でも、何でも贈って頭擦り付けてこい。

 俺も何でもやるつもりだ。部下も死ぬし、俺もどっかで死んでくる。


 やってやんよ。ゴルトムントおじさんの本気の殺しをな!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ