表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/54

大魔王君臨編  第3話

◆ アルバキンEYES ◆


 俺が居なくとも発展する魔王軍。

 ちょっと見ぬ間に、また色々と充実していて驚いた。

 

 まず魔王城。

 北から順に白馬城、美音城、灰狐城と出城があるわけだが。

 日々、その中身もそうだが外身的に「砲」が増えていたけどさ。


 帰ってみたら、城が1つ消えてた。


 うん。何言ってるか、わからないよね?

 でも言葉のまんまだから。南向きの灰狐城がさ、無いんだよ。影も形も。

 跡地は溜池、水生植物園、リリル幼稚園用プールなどの水利施設になっていた。


 解体したのかなーとか思ってたら。

 荒野を移動していた。地響き立てながら。

 ……キャタピラで。


「戦艦とか母艦的な城だと便利でしょ? で、試作するならまずタンクかなーって」

「いや、嬢ちゃんの発想にゃ驚かされるわ! ワシも胸が躍ったわい!」

「海への備えは必要なくなりましたからね。結果的に最良の改造でした」


 マグ、ポンデ、クリリン。超ドヤ顔。

 お前らさ……何を、どこを目指してるのかな!?

 しかも、灰色驃騎兵グレイユサールが跳び出してきたからね!


「やっぱ揚陸強襲は基本だよね!」「うむ」「その通りです」

 

 狂技術者マッドテクノロジストの目にはどんな世界が見えてるんだろうね?

 俺の力を利用すれば空中戦艦も……とか言い出した辺りで逃げた。

 リメンバー爆発事件。あれを失敗と認識してない奴らに何を言っても無駄だ。


 そう、俺は魔王軍の技術部門に恐怖を感じて止まない。


 深海からゾロゾロと潜気服に分乗してついてきたアイツら。ハイパー。

 魔王城が内陸にあると知るや、ごく少数だけを残して海に戻っていった。

 帰ったんじゃない。海底トンネルを掘るつもりなんだ。魔王城まで!


 残った奴ら……あの甲冑人形と、5着の潜気服。

 それぞれ中身がハイパー1人分なわけないからね。アイツら不可算名詞だからね。

 前者は護衛のつもりなのか常に側にいる。後者は……交流してる。狂なる3人と。


 混ぜるな危険! 混ぜるな危険!


 発想が軍事に偏りまくってるのが、割と本気で心配だ。魔王軍だけど。

 そりゃ、地球でも軍事技術が先ずあって、それが民間に下りてくる的だった。

 けどなぁ……この世界って全てが軍事色に染まっている気がするんだ。


 「生きること」を考えた途端、そのことが奇妙にひっかかる。

 政治、経済、魔法技術、魔法外技術、宗教……全てがいくさを重視していないか?

 乱世といえばそれまでだが、この大陸に乱世じゃなかった例があるのか?


 この世界は……どこか狂ってやしないか?


 考えれば考えるほどに、正直、背筋が寒くなる。

 まさかと否定したい。それはさすがにと否定したい。

 違うよな? 違ってくれるだろう?



 俺は、新たな2000万人戦を戦ってるわけじゃないよな?



 震えるな! 怯えるんじゃない、アルバキン!

 生きようとした途端に何を怖気づいてるんだ。シャンとしろ!

 これが「投げ出さない」という強さの代償なんだ。この不安こそが!


 今まで俺は迷わずに走ってきた。それは、復讐以外の何も望まなかったからだ。

 その一意専心は強くもあるが、硬すぎる。脆いんだ。砕きやすく砕けやすい。


 柳のしなやかさも必要なんだ。それを知ったからこそ、今が在る。

 全ては「どうでもよくない」んだ。身軽さに逃げるな。無視せず克服しろ。

 

 剛よく柔を断つ。

 柔よく剛を制す。

 どちらも必要なんだ。両足で歩け、アルバキン。進む勇気を持て!


 そうだ、慌てるな、俺よ。

 生きることに関しちゃド素人なんだ。結論を急ぐな。

 俺はまだ世界をきちんと知ってもいないじゃないか。自惚れるな。

 

 だから、まず、スープを飲もう。


 ……食事をしようとしたんだ。魔王城に戻って割とすぐに。

 けど、胃が受け付けない。それ以前に鼻が。匂いで吐くかと。

 160年とか170年とか、拒食してたからね。薬漬けでね。駄目絶対。


 食事もしたことなくて、世界は語れないよなぁ。

 大事だよ、食事。食べることは生きることだ。生命の循環に参加するんだから。

 それも出来ない癖に悲観とか自重しなきゃ。ネガティブになるのは簡単なんだ。


 でも、さぁ。

 

 そのことで一部が妙に盛り上がってる気がするんだよな。

 リリルを筆頭に、こないだ迎えに来た『涎』とか『ましゅ』とか、あとウイも。

 どうしてかスープ競技会になるらしいし。発案はランベラ。余計なことを。


 余計なことと言えば、トットちゃん。

 俺が選んで召喚したんだけど、それは不死属性アンデッド担当の為で。

 音楽担当じゃなかった。でも本人はそう思い込んでいる。

 

 10日に1度の定期演奏会は、確かに、聴き応えも見応えもある。

 幼稚園に合唱歌を提供し、それが俺への賛美歌でも、耐えよう。止めまい。


 だが、盛るのは止めろ。いや、盛らせようとするのは止めてくれ。

 毎晩毎晩、俺の寝室に聞えよがしにメロディが流れてくるんだ。

 ムーディな管弦楽、求愛歌、恋歌……手を変え品を変え、あの馬鹿鳥は……!


 止めれば泣くし、寝室を防音の魔法で覆えば打楽器で攻めてくるし。

 何だか知らんが周りも止めないんだよな!

 クリリンやドンキ辺りが断固阻止しそうなもんだが……どういうんだ?


 そんなことを考えながら歩いていると、中央宮殿の下層でマグと出くわした。


「あ、兄様!」

「例の部隊の訓練か。ご苦労だな」


 鎧や斧で武装し、少し埃に塗れている。いつもマグは一生懸命だ。

 これがマグだよな。思わず頬が緩む。城走らせる子には見えないよね!


「あの、兄様に1つお願いしたいことがあるんだけど……」

「ん? 何だ、言ってご覧?」


 何でも言ってご覧、とは言えねぇ。油断するなアルバキン。

 マグはいい子だが、同時に、俺に城を飛ばそうとする子でもあるんだ。 

 それが失敗して城が降って来ても……何かを発見して喜んじゃう子なんだっ。 


「私の部隊を、閲兵してください!」

「いいよ。なんなら今から行くか」


 はっはっは、何を怯えていたんだアルバキン。

 どうにも不安癖があるよな、最近の俺は。水属性も関係するのかね?

 あ、今の俺って水霊系の上級まで使えるからね。蛙美味。はっはっは。


 マグに案内された先は、練兵場ではなく美音城。

 謁見の間付きの「骨の軍楽団」団員が、トランペットを高らかに吹き鳴らす。

 中では150人余りの人間たちが整列し、跪いていた。


「訓練ご苦労。励んでいるようだな」


 我ながら偉そうな物言いだね。一応、魔王だからね。

 格式は面倒だが、軍には規律や威儀も必要……ってクリリンが言ってたし。

 それに約束事は挨拶や定型文みたいなもんだ。あった方がスムーズに進む。


「一同、面を上げよ」

 

 表情は一様に緊張していて……あの深海の門前を思い出すな。

 っていうか、いないじゃん。あの5人。

 あそっか。3人はスープコンペ。ドワーフは実家、改造人間はドンキ預かりか。


「俺が魔王アルバキンだ。我が妹に信認された者たちを、俺もまた信認しよう」


 マグが俺に出張れってのはよっぽどのことだ。

 まあ、こいつらの顔を見れば分かる。こういう連中は好きだ。


 自分が自分であるために、自分を誇らしく自認するために、戦う者の目だ。

 自律し、自立する者の顔つきだ。自分を追及することに果敢な者の表情だ。


 自分なんだ。自分が全てなんだ。

 魔王を前に自己を尊ぶってのは覚悟だ。俺を利用して在り方を練磨する気概。

 それは尊い。尊く在る奴は、強く在ろうする奴は、気高い。誇り高い。


 つまり、魔王軍の人間だな。 

 国とは国民に義務や責任を規定し、それを果たす者へ権利を与える機構だ。

 ここは違う。そもそも魔王「国」じゃない。義務も責任も権利もない。


 全ては自分次第。自主的だ。自己増殖していく機構だ。

 俺が君臨する。クリリンが調整する。だから思うままに進むといい。

 俺に護ってもらうつもりもないお前たちを、俺は認め、見守ろう。


「兄様、今日という日の証に、部隊名をいただけないでしょうか」

「ふむ……では『青の旅団』とする。空は見上げる者のためにある。励むといい」

 

 一層強まった視線を受け止める。

 これ以上の言葉は野暮だよな。お前たちは俺に教えを欲しているわけじゃない。

 在れ。在るがいいさ。魔王軍とはそういうところだ。


「兄様、ありがとうございました!」


 中央宮殿に戻ると、マグか小走りで追ってきた。

 嬉しそうだ。あいつら……『青の旅団』にとって良い日となったかな。


「青ってのは、マグの髪の色も掛けてるんだぜ? これからも大切にな」

「うわ、やっぱりそうだった。ちょっと気恥ずかしいかも! でも大事にします!」


 うん、大切にしてくれ。大事おおごとにはすんなよ?

 変な実験の犠牲とか、人造石巨人ストーンゴーレムのパイロットとか言って潰すなよ?

 俺じゃないんだから。俺だって死ぬまであるんだから。な?


「兄様はこれから実食会?」

「あー……そうか、それがあったか。何なら一緒に食べるか?」

「兄様が食べるなら、アタシも食べます!」


 それいいかもな。何か幼稚園とか小学校の昼食時の既視感あるけど。


「よし、なら一緒に行こう。兄妹して人生初の食事だ」

「あはは! 皆気合入ってるだろーから、楽しみ楽しみ!」

「そうなんだよ。スープって偉大だな。錬金術的な深奥があるのかもしれん」


 台所から始まったって言うしな、錬金術。

 牛乳をシチューにすることを練成に例えた話もあったっけ。あれ漫画だっけか?

 ふと見るとマグがきょとんとしている。へ? 品目ってスープだよな?


「皆、兄様に元気になってほしいからだよ?」

「元気って、別に俺は……」


 あ。

 あーあー、はいはい。

 わかった。そういうことか。はいはい。わかりました。


 連日の妙な忙しさも、変な活気も、それが理由だったか。

 気を使わせてたのか。いやでも、トットちゃんのは余計なお世話だが。

 1人で寝る夜くらい越えられるさ、大丈夫なのに。


「……ありがとう。俺は随分と愛されてたんだな」

「当たり前だよ! そして今こそチャンス!!」


 ガバッとマグが抱きついてきた。む、鎧脱いでたか。用意周到?

 何か楽しくなってきた。そのまま抱き上げてグルグル回ってやる。はっはー。


「さ、飯だ飯。スープか。今なら食べられそうだ!」

「うんうん、どんなのが出てくるか楽しみだよね!」


 母さん。ニオという名の、俺の母さん。

 俺は大丈夫だ。母さんのお陰で、この世界で生きていける。

 涙を流せた。楽しく笑えた。たまに不安になったりもするが、それすらも新鮮だ。


 胸に暖かく宿る力がある。

 これは……恐らくこの世界に存在しなかった属性力。

 火と水の相克の狭間に、闇に包まれて育まれた神秘の力……命の力だ。

 これは母さんからの贈り物だ。誕生日のプレゼントだ。


 癒す力。治す力。光属性ゆえに俺とは無縁のもの。

 育み伸ばすこの力は、それらに似て非なるものだが、それでも生命の力なんだ。

 励まし、生かし、進ませる力だ。光が死ももたらすように、闇もまた生をもたらす。


 ありがとう母さん。

 まさかね。その力をね。すぐ使うことになるとはね。


「兄様ぁぁぁああ、うぷぅ、は、吐いちゃうぶぅぅぅ」

「我慢するな、出しちまえ! 《生命強化プラーナアデプト》」

「!? ごっふぁああああああああああ」

「うわあっ、マグぅぅうううう!!」


 スープの形をした恐るべきものたちに、災いあれ。

 怖い。善意って怖い。そして着てて良かった病毒遮断の着物。まじ良かった。

 おい、逃げんなランベラおい。行け雷火。


 生きるって賑やかだな、オイ!



◇ WORLD・EYES ◇


 光に満ちたその空間で。

 女は目覚めた。真白の髪、肌、服。

 瞳の赤色だけが唯一の色彩だ。妖気の光彩。


 人間だったときの名を、グラシアという。

 聖神教団の重鎮『六鍵りくじょう』として在り、光国建国戦で刺し殺された。

 その死者が立つ。不死属性アンデッドではない。しかし立つのだ。


「お前の名はグラシアだ。覚えてくれ」


 表情とてない女に、男が言葉をかけた。

 彼もまた白い。目だけが赤く赤く際立つ。哀しげだ。


「彼女はロケナン。覚えてくれ」


 男の後ろには小柄な女が控えていた。外見の色は同様で、表情はない。

 ロケナン。聖神教団の『六鍵りくじょう』として、やはり光国建国戦で戦死した。

 その彼女もまた立っている。この光の間は、つまるところ死後の世界なのか。


 男の言葉がそれを否定する。

 悲哀と諦観と絶望とが綯い交ぜになり、乾ききったかのような、その声音。


「俺はハイゼル。2人の上司になる。よろしく頼む」


 そう、ハイゼルだ。

 光国建国戦で虜囚となった男。聖印騎士団の象徴。『六鍵りくじょう』。光剣。

 彼は死んでいない。奇異な術を使う者として、少なくとも殺されてはいない。


 だが、彼もまた白いのだ。

 愁いの結晶のようなその瞳からは、妖気を赤く赤く発しているのだ。

 

 そして3人に共通するものがある。

 純粋で強烈な魔力。他を排し澄み切ったる、風の属性力だ。

 その雰囲気は彼女に似る。エルフ・パルミュラ王権の女王、エスメラルダに。


「光雨、という言葉に反応するものがあるか? この矢を持ってくれ」


 ハイゼルはグラシアに、かつてもグラシアと呼ばれていた女に、3本の矢を渡した。

 最小限の動作で受け取る。見てすらもいない。


「《光雨》」


 たちまち沸き立つ「風」の魔力!

 矢はそれ自体が猛禽のように飛翔して壁に激突、その半ばまで身を埋めた。

 3本とも同時にだ。深すぎるほどに突き刺さっている。もはや抜けまい。


「そうだ。それでいい。それだけできれば、もういいんだ」


 これが、末路なのか。

 かつて信徒たちの信仰対象ですらあった3人の、懸命に戦った結果の姿なのか。

 人形だ。そこにいるのは、風霊に憑かれた白い人形たちに過ぎない!


 この場に立たない『六鍵りくじょう』は幸いだ。

 ハイロウも、アゼクシスも、カーディフも、その死体を回収されていたのなら。

 勿論立っていたのだから。風を宿し、風を凶器とし、戦うためだけに。


 光魔大戦とはかくも無残なのか。

 干戈を交える以前から、かくも酷薄なのか。

 ならば結末など知れているではないか。栄光などあり得るはずがない!



 しかし、幕は上がる。上がってしまう。

 


 その日、アルフヘイム光国は布告も無く軍を発した。

 黄金天使の戦旗も高らかに、ハイゼルを大将とした6万の軍勢が進む。

 目標は光都から見て南西。「女傑」レオノーラ伯爵の守る地域だ。


 大陸の人口を半減させる大戦は、ヒュームの虐殺という形で幕を開けるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ