マサク・マヴディル編 第1話
◆ アルバキンEYES ◆
宇宙、だよな?
全方位星空というか、全方向に落ちれるというか。
気付けばそういう空間にいた。重力も無いな。上下感覚が無い。
飛ぶのも無重力も慣れちゃいるけど……それでも……
ここは……怖さを覚える。
何なんだ、この「終わってる」感は。
寂しいとか孤独とか今更な話だが、ここはヤバイ。ちっぽけ感が凄い。
無自覚で自分を触ってたよ。輪郭を確かめないと消えちまいそうで。
心の弱ぇ奴なら発狂するな、こりゃ。
無限大の空間に浮遊ってのは寒すぎる。絶対的に孤独で絶望的に寄る辺が無い。
超越的過ぎるんだ。アイデンティティへの衝撃だ。強制体感の「悟り」だ。
受け止められない甘ったれは、自死あるのみ。
だが、俺はアルバキンだ。
この程度で動揺するほど「俄か」じゃない。
俺が俺である理由は、俺の中に泰山の如く在って揺ぎ無い。
今気付いたが、装備もない。黒い影みたいの着てる……雪風たちみたいだ。
あいつらを呼び出したいところだが、本体のダガーが無いからな。
下僕魔物も召喚できない。まずいな。そりゃまずい話だ。
……俺、死んだか?
下僕は基本的に俺の肉体に宿ってるモノだ。
それを使役できないっつーのは、つまり、肉体の喪失を意味する。
こうなる前を思い出すと……あの女との対決だ。
オーバーキルを承知で《存在抹消》をお見舞いしてやったが。
……まさか、俺まで巻き込まれたとか? そんなこと起こり得るのか?
意識は在るんだ。
最悪のことを想定しつつも、最善を尽くすべきだな。
突飛な現象は、池袋からこっち、慣れてるんだ。
「《夜大翼》」
魔法が発動しない。魔力は……あるな。
そうか、ここは属性加護が何もないんだ。
んじゃ精神魔法は使えるはずだろ。あんま得意じゃねーけど。
「《魔力感知》」
よし、オッケーィ。ビバ因数分解。
やはり属性魔力を感じないな。何とも空虚な空間だ。
何にも無い……というか、広すぎて超拡散してるって感じか?
「《魔力風》」
……進んだ感じもしないなぁ。作用反作用的に移動したはずだが。
さて、どうしたもんかね?
星は見えてるわけだから、あの内の1つにでも近づいてみたいが。
お、おおお!?
近づいたよ。移動感皆無だから、カメラがズームしたみたいな変化だよ。
何だ、星じゃねーんじゃん。
これは……何と言うべきか……公園だか庭園だかの切れ端?
レンガだかの舗装、刈り込まれた芝生、蓮の葉が浮く池。
それがカレーライスみたいに一皿、八畳くらいの広さで浮いていた。
……ええと? と、とりあえず座ってみるかな?
パズルの1ピースに乗っかってる気分だ。
見上げても見渡しても見下ろしても宇宙。
……シュールだね。
ん? 水の中に何かいる。蛙だ。蛙だぁ!?
日本ならともかく、こっちの世界に蛙なんていたっけ? いねぇだろ!
おいおいおい、ここどこだよ。いよいよもって尋常じゃねえぞ。
……しかもこの蛙、水霊だよ。
ウンディネーでもニュンファも女性形だから、奇妙感半端ねぇな。
折角だから下僕にしたいところだが、今の俺のそれができるのか?
とりあえず抱っこしてみた。
でけえな、この蛙。猫形のニオくらいあるぞ。何ともふてぶてしい面構えだし。
ん……何だ? 今俺を呼ぶ声がしたような?
ゲコゲコッ!
うぉ、鳴いたよ。蛙の鳴き声なんてのも随分ぶりだ。小学校以来かもしれん。
あの頃は夏休み中田舎だったからな。夏の音色は色々と思い出させる。
そういや、東京と違って夜空も綺麗だった。
「……いい時代だったよね?」
即座に《魔力壁》を展開した。
いつの間にか目の前に1人、立っている奴がいる。
少年……少女……どちらとも判別がつかない。黒髪黒目。日本人に見える。
攻撃してくる素振りは無い。武装も皆無だ。
壁を消して《魔力看破》をかける。雑魚レベルだ。魔術師ではなさそうだ。
《魔力感知》。周囲に伏兵もない。こいつ1人だ。
「気が済んだ?」
「何者か名乗ってもらいたい。俺はアルバキンという」
情報収集が全てに優先する状況だ。
なるべく敵対しない方向で話を進めないと……《記憶知得》とか使えないし。
だが、そいつは不思議そうな顔で、とんでもないことを言いやがった。
「君が……アルバキン? そうなの? 有馬勤じゃなくて?」
俺の記憶をどうこうされた気配はない。
少なくとも俺が目覚めて以降にはなかった。
何者だコイツ……くそ、なんつーか、印象が定まらない容姿が鬱陶しいぞ!
「確かに随分と変わっちゃったみたい。別人みたいだ。でも有馬勤だよね?」
「否定はしない。名乗れ、敵対したくないんだ」
「敵対なんてできるわけないじゃん。僕は君のニノザなんだから」
「気持ち悪い言い様だが、ニノザというのが名前でいいんだな?」
「うん。否定はしないよ……なんて言ってみたりして」
イラっとさせるな、この野郎。
ニノザ、ニノザか……聞いたこともない名だ。日本人風でもない。
服装も俺と同じで影をまとうだけ。判断材料がない。顔立ちも捉えにくいんだ。
「色々と聞きたいことがある。まず……ここはどういう所だか分かるか?」
「屑箱。挫折したり、払い落とされたりして来る所だね」
「随分な場所だな。俺は何かに払い落とされたのか……?」
「やあ、君らしいな。挫折とは考えず、そもそも自分のことにしか興味がない」
「……見透かしたような物言いだな」
くすくすと笑いやがる。
何だコイツ……人の心理にグイグイ迫ってくる感じだ。不快だぞ。
差し詰め、コイツ自身は何かに挫折してここに居るってとこだろ?
「正解だよ。そういう穿ったところは変わらないんだね」
「……何が正解か、一応確認していいか?」
「全部。君は払い落とされたし、僕は君を見透かせるし、僕自身は挫折者さ」
「そりゃ確かに名推理だったな……ホームズ級だ」
「そこでコナンとか金田一って例えないところも、君らしい所だよね」
カマ掛けに堂々と答えやがる。コイツ……本当に何者だ?
あるいはこれは夢か? あの「白」ん時と同じような現象なのか?
「自分で確認しといて混乱されてもね。僕はニノザ。君を助けることは喜びさ」
「じゃあ助けろ。間怠っこしいこと抜きに、俺を元の世界へ戻せ」
「思索の放棄は君の人生の否定だろ?」
「事の軽重判断を誤ることは人生の失態なんだよ。今は復帰が優先される」
「そんなこと言われても……そもそも、元の世界って、どっちのことさ?」
そう来るか。
見た目といい、物言いといい、俺の逃避欲求の具現化とも思ったんだが。
「全てを無かったことにして、あの池袋のホームへ戻りたい……」
そんな虫のいい、被害者意識しかないガキの発想の擬人化じゃなかったか。
「あはは、本当、変わるところは変わったんだね! 随分勇ましいや!」
「可能性として問うが、お前は俺を日本へ戻せるのか?」
「頑張れば、もしかしたら……ね」
コイツ……アイツか?
事情を知りすぎている。俺自身の分身でないなら、アイツでしかあり得ない。
挫折者と名乗っているところに違和感はあるが……滅ぼすべきアイツなのか?
「ちょ、殺気立つとか勘弁してよ。僕は君をどうにかしたことなんてないよ?」
「信じさせてみろよ」
「うわ、傲慢。でもそれって調子に乗りすぎじゃない? 逃げたくせに」
「何のことかわからん。挑発しているつもりか?」
「そっちの世界に行ったことがだよ。逃げただけじゃん」
逆鱗ってもんがある。
爆発しちまいそうな怒りを必死で止める。殺し慣れると歯止めが利かない。
この野郎……言うに事欠いて、それを言いやがるかよ……!!
「逃げた先が超悲惨だったからって、その事実は変わらないんだよ?」
落ち着け、落ち着け、落ち着け。
今コイツを殺したところで何も解決しない。軽重判断を誤るな。
冷静に、狡猾に、慎重に、賢明に……怒りは秘めろ。賢しくあれ。
「ふふ、そこら辺がアルバキンなのかな? 立派だね」
コイツは俺の心を読めるわけじゃない。かなりの精度で推察できるだけだ。
それに、アルバキンとして過ごした期間については詳しくないようだ。
あくまでも有馬勤としての、あの池袋までの俺を把握しているに過ぎない。
ならば、言わせておけばいい。
コイツは過去からの残照のようなものだ。
ノスタルジックな気分に浸ったことで生じた、気の迷い程度に捉えよう。
「あらら、随分と冷たい目で僕を見ちゃって……嫌われちゃったかな?」
「どうでもいい。俺に協力しないなら去れ。協力するなら脱出方法を教えろ」
「はいはい。ま、本当に協力するために来たんだからね。教えるさ」
ため息なんてつきやがって、ニノザは人指し指を立てた。
「この廃棄物処理場に、このところ鳴り響いている音がある。聞こえるかい?」
「……聞こえない」
「それじゃ脱出できないよ。耳を澄ませて、聞き取ってみなよ」
そう言われても困る。
音らしい音なんて、コイツの声じゃなきゃ蛙の鳴き声くらいだった。
……いや、もう1つあったか。誰かに呼ばれたような、あれのことか?
蛙を抱えた時に聞こえた、あの声。
確か……そうだ、ニオのことを考えたときに聞こえたんだ。
……お? おお!?
「これは……聞こえたぞ……ニオの声じゃないか!」
「そりゃ良かった。それがそっちの世界での母親の名前なのかい?」
何……何だって?
今、コイツ、変なこと言わなかったか?
「君を待ち望むこの声……これは受胎せし母の歌声だね。うん、聖なるかな」
「ちょ、それは……どういう……」
「この声の導くままに進めばいい。それがアルバキンの生まれる道だ」
トンっと押された。不意をつかれた。虚空へ投げ出された。
蛙を抱えたままジタバタする俺に、ニノザは笑顔で手を振っている。
「僕は有馬勤のニノザ。君が日本へ帰るとき、また会おう」
「なっ、それはどういう……!」
「全ては君の物語さ。 良い旅を !」
切れ端公園は一気に星になった。
再びの全方位星空はまるでワープのようだ。
星々が放射状に光の軌跡を描いていく。
ニオの歌声に導かれて、俺は、虚空を切り裂いて飛翔していく。
◆ ビオランテEYES ◆
古代遺跡はとっても怖い所です。
地表部分なんて飾りなのです。問題は地下なのです。真っ暗なのです。
文明とは暗闇を払うことで発展したです。光あれです。なのに。
「灯りはいらんな?」
ディヤーナ班長は言ったです。
ご本人とランベラさんは魔術に長けてますので、《邪眼》で問題なしです。
ジャンさんは「暗視機能」というのがあるそうです。ヒューム……ですよね?
ガンドレットさんはドワーフですからもともと闇視力がありますです。
わ、私は……種族特性なんて無いので……神官としての「霊視」しかない……。
これ超怖いのです。幽霊的視界なのです。
害の有る無しに関係なく、全部見えちゃうですよ……ひっ、また地縛霊ですっ!
この遺跡は、過去の人も最近の人もたくさん過ぎますぅ!
「……罠があるようだな」とジャンさん。
「そのようだ。ガンドレット殿、頼む」と班長。
「事前にわかっていれば容易い話じゃの」とガンドレットさん。
「便利よねー」とランベラさん。
皆して私を見ます。うう……。
幽霊がいる所、即ち致命的な何かがあった所。
魔物の気配がなければ、それは罠があるという判断。
十度を越した辺りからは、息を飲むだけでさっきの通りです……ううう。
そ、そりゃあ、私は皆さんほど強くないですよ?
戦槌の技術は護身が精一杯ですし、神聖魔法だって初級しか使えません。
けど、けど、この扱いはですね、私の意気込みとのでっかいズレがですねぇ!?
「これでよし。見ろ、石畳の隙間から回転刃が飛び出す仕掛けじゃ」
「周囲に遺骸がない。すぐ奥に何かいるのだろう」
「そうみたいねぇ。しかも数がいそうな雰囲気よ?」
班長に意見が集まります。早い段階で出来た仕組みです。
急ごしらえの班ですから、意思決定の流れを相談して決めたのです。
わ、私は、その……あんまり、意見することがないですけど……。
「ウチが偵察する。ランベラ、見ておいて」
班長が何事か唱えると、その体が沈むように消えて、影だけが残りました。
暗黒魔法の《影潜》ですね。そのまま奥へ消えます。
ランベラさんが《魔力感知》でその様子をじっと見ています。
無事に偵察できれば、影のまま戻ってきて、その後の行動を班長が。
何かあればランベラさんがそれを察知し、副班長のガンドレットさんが判断です。
これも定着しつつある形式です。わ、私だけが員数外じゃないですよ?
「心配するな、班長の実力は我々の内で最強だ。勘も鋭い。無理はしないだろう」
「え、は、はい。そうですね」
ジャンさんをじっと見たら、何か勘違いされたです。
うう……何か、凄く悪い子だったような気がしてきました。懺悔気分です。
あ、班長が戻りました。
何度見ても、影からすっと立ち上がる姿が綺麗過ぎてドキリとします。
褐色の肌にかかる銀の髪が神秘的で、班長の美しさを引き立てまくってます。
「奥は広間になっている。骸骨戦士が十数体、大牙蝙蝠が多数。それだけだ」
え……それだけですか? この奥にいるのが?
「数だけは多いわねぇ……骸骨には光、蝙蝠には風が有効としても」
「罠のお零れ目当てということかのぅ。前衛はワシとジャンでいいか?」
「骸骨を早急に片付けるべきだな。散漫な戦い方だと思わぬ苦戦を……」
ジャンさんが言葉を途中で止めて、私の方を見ました。
ど、どうしたことです? 班長もじーっと私を見てますです。
「ビオランテはどう思う?」
と班長。そ、そんなに見つめられるとドキマギしちゃいます。
でもでも、思ったことはキチンと言わないと駄目です。命に関わります。
「とっても強い霊力を感じます。執拗で、嫌な感じがします、です!」
い、言いました!
皆さんは、ビックリしたような顔をしています。へ、変だったでしょうか。
「凄いわね……見るだけでなく、強度や印象まで分かる『霊視』なんて」
ランベラさんが嬉しそうに言いました。え? そうなんですか?
え? 『霊視』ってそういうものじゃないのですか??
「何が隠れておるやもわからんということか。厄介じゃの」
「潜むものを暴くのなら、俺が囮を志願する」
「上手く誘導できる相手ならそれもいいかもだけど……正体不明じゃねぇ?」
班長は少し考え、結論を出しました。
それは、私たちの能力を一気呵成に発揮して、わかっている敵を撃破する作戦。
見えない脅威については……「ウチが対処する」とのこと。
参謀さんの言っていた言葉が思い出されます。
班長の、剣でも魔法でもない「それ以外」の力……それを使うのですね?
まだ一度も出してないそれ……ちょっとドキドキします!
戦槌を握ります。た、戦いの時なのです!




