魔王消失編 第3話
◆ ディヤーナEYES ◆
ウチは闇エルフ。「滓の谷」のディヤーナ。
エルフに産まれ、ドワーフに売られ、邪神への供物として谷に投じられた者。
南西の果て、魔界に隣接したその魔境で生きてきた。独り、戦いながら。
恨みも憎しみも既に超えた。
親、種族、性別、才能、環境……世界は自分で選んでいないものばかり。
畢竟、この世は理不尽でできているのだ。何をか恨もう。
唯一にして最大の自由領土、それはこの心。
これだけはウチのものだ。誰の自由にもさせない。
ウチ以上にウチを知る者はなく、ウチ以上にウチを愛する者もない。
この自負こそが自尊心。ウチの誇りだ。
そんなウチが唯一興味を惹かれる者……魔王。
絶対的強者であるがゆえ、万物の価値を再評価する存在であると聞く。
彼の前には全てが平等に無価値であるなら……それならば、彼自身の価値とは?
魔王とは世界にとって、ひいてはウチにとってどんな価値があるのか。
光国の誕生が1つの答えを導いた。
万物の在り方を定め、枠に押し込めようとする、その許し難い侵略的国是。
断固として拒絶だ。ウチの価値はウチが知る。ウチの在り様もウチが決める。
そして気付く。魔王とは「問い」なのだ、と。
そのままでいいのか? それがお前なのか? それで満足なのか?
そう在りたいのか? そう決めたのは誰だ? 本当にそれでいいのか?
既に在るあらゆるものから、未だ在らざる何ものかへの飛翔……
あらん限りの力で羽ばたくその姿を評価しようではないか。
何、誰に遠慮も気兼ねもいらぬ。我こそは魔王、絶対者であるゆえに。
……どこまでが真実で、どこからが妄想なのかはわからない。
けれど、ウチにとっての魔王の価値は定まった。霧が晴れたかのように。
遠く東の果てにあるという魔王城……ウチはそれを幻視すらした。
確信がある。ウチと魔王との間には見えない繋がりがある。
もしかしたら……ウチは魔王と出会う為に生まれてきたのかもしれない。
だから、光主による魔王討伐なんて信じない。
あの戦いの勝者は魔王軍だ。少し考える頭があるのなら、誰でもわかる。
その虚報を許すことに僅かな心配が募る。初めてウチは誰かを心配した。
心配だから、谷を出た。
大陸を横断して、死の荒野を越えて、やって来た。魔王城へ。
そこで初めて見た。会った。魔将に。
「貴方は何をしに来たのですか?」
少年の形をしたその恐るべき魔物は、長い沈黙の後、そう問うた。
自分の答えには自分で驚いた。いつの間にか、そう決心していたらしい。
「ウチは魔王に嫁するために来た」
そこから不思議な日々が始まった。
百人単位での戦闘訓練。「塵の森」への探索訓練。参謀殿との魔法訓練。
待遇としては妹殿の部下になる。この訓練を越えれば魔王と会えるのだろうか。
「ディヤーナ、ちょといい?」
日課の瞑想訓練を終えた頃合いに、妹殿が来た。
エルフの少女。とても可愛らしいが、その目は戦士のそれだ。凄味がある。
訓練には常に同行し、部下の間を分け隔てなく話して回る人だ。
「構いませんが」
「良かった! ちょっと特別任務についてほしいんだよね!」
連れていかれたのは中央宮殿の一室だ。出城が専らだから初となる。
既に5人も先客がいた。ウチは最後だったようだ。
参謀殿。見知らぬ剣士風の男と魔術師風の女。あとの2人は訓練仲間だ。
「揃いましたね。まずは特務班の人員を紹介しましょうか」
参謀殿が簡潔に説明していく。
剣士風の男の名はジャン。金髪で冷たい印象。元騎士で長剣を使うそうだ。
怪我のためその体組織の殆どを人造魔物技術で補っているとか。
道理で魔力の流れがおかしいわけだ……やはり魔王軍は凄まじい。
魔術師風の女はランベラ。菫色の髪が怜悧な印象。ヒュームの魔術師だ。
彼女は魔王軍の人間ではないが、今回の任務について協力関係にあるそうだ。
かなりの魔力を感じる。火霊系と精神魔法を得意とするとのことだ。
訓練仲間の1人、ドワーフのガンドレット。銀の髭、銀の髪。斧を使う戦士。
もとはドワーフ軍で勇名をはせた将軍だ。達見で信頼の置ける人物と見ている。
実力のほうも凄腕だ。種族の例に漏れず器用で、猟兵としての技術も高い。
訓練仲間のもう1人、ビオランテ。薄桃色の髪、小躯。戦槌を使う神官戦士。
種族は奇妙で、妹殿に言わせるとエルドラだそうだ。寡聞にして聞き知らない。
エルフの光霊教ではなく、ヒュームの光神教会の信徒。色々と複雑な来歴だ。
そしてウチが5人目。参謀殿の紹介の仕方を聞くのは興味深かった。
参謀殿に言わせれば……
武具については刺突剣と弓、魔法については闇と風を使う魔法戦士。
それだけでも班中最強。それ以外を含めると全員掛かりでも勝てませんね。
……ということだ。
高く評価されたと受け止めるべきか、見抜かれたと恐れるべきか。
ウチが自らの影の内に飼うものども……それを察知されているとは。
暗黒魔法には召喚術という秘術がる。技術、資材、星の配置……至難の技だ。
上手くすれば魔物を下僕にできるが、下手をすれば魔物に殺される魔術。
「滓の谷」という地がそれを可能とする。
あそこは現世界で最も魔界に近い。召喚術が最も発動しやすいのだ。
「ですから班長はディヤーナにやってもらいます。副班長はガンドレットです」
頷く。周囲も異論は無いようだ。
強さが全てではないだろうが、恐らく困難な任務なのだろう。
ウチほどの激烈な環境で生きてきた者はそういまい。判断力が問われる。
「では特別任務について説明しましょう」
参謀殿が説明は以下の通りだ。
平原南東にある古代遺跡に入り、その最深部へ到達すること。
そこには何らかの魔法装置があるはずだから、それを用いて海中へ行くこと。
海中を東進して伝説の海底神殿へ至り、その最深部へ到達すること。
……中々に壮絶な任務であるようだ。
「これは簡潔に言うなら、お出迎えです」
一様に眉根を寄せた我々に、参謀殿はさらりと言った。
次なる言葉で、ウチはこの任務に命を賭けることを決めた。
「そこに魔王様が現れる手筈ですから、努々、遅参などしないように」
◆ バゼタクシアEYES ◆
龍王八仙の母たる我、バゼタクシアは地の龍なり。
我が前にあるシディーソは末男にして山の龍。
共に地属性なれば、その性質の似通うことも道理。
我も、シディーソも、その顔は喜悦。
「長生きはするものじゃの」
「同意。同席するだけで栄誉」
「であろうの。わからぬ者にはわからぬようじゃが」
目の前には『魔炎』。
彼奴の力に次ぐとすら言える、世界の理に直接作用する力。
意志ある呪力であるソレが望むは、魔王の復活。その為の助力。
この特殊なる状況。
我らはその望みを叶える術を知る。
故郷世界で編まれた神秘の魔法体系。世界の理を操る術……即ち陰陽術。
「父上の反対は予測済。予定通り。けど兄たちは何故?」
「アルテイシアの敵であることが気に食わんのじゃろ。フルイ好みの話じゃ」
「……理解不能」
シディーソにはわからぬか。
あの娘は男の理想の1つを体現しておるのじゃが。
純なる処女性、聖なる母性、邪なる淫蕩性……それらの最初の1つぞ。
「……でも術式の成立は可能」
「であるな。我らの故郷は五行の理であったが、ここは四大元素の理」
「地は母上、水はクアート、火はフルイ姉上、風はキュザン姉上」
「そして最後の1つは闇。これは『魔炎』が十二分に果たすであろうの」
これから実施しようという術は、神秘の五芒星を利用した大魔術。
本来ならば木火土金水の五元素の力を引き出すものだが、ここでは違う。
地火水風の四元素を身体に、闇を頭に準えて、人間存在の指標として用いる。
「5つ『A』の秘術……間近で見るの初体験。興奮」
「我もこの世界では初めてじゃ。腕が鳴るの」
《五A星》。我の行使できる最大最強の儀式魔術。
夫が八仙の総力を纏め上げる《八卦陣》には及ばぬが、極めて強力。
『魔炎』の視る運命虚空に花火を上げることなど容易いことよ。
釣り上げて見せようぞ、魔王。
そして我に齎すべし。彼奴めの力の秘密を。その対抗策を。
「術の実施は何時?」
「用意させい。即行う。結果が出るまでには時間がかかるであろうし……」
ちら、と『魔炎』を見やる。
保たんの。既に意志と呪力のみの存在と化しておる……もはや長くあるまい。
そうまでして取り戻したいか。魔王を。
……魔王か。
シディーソが持参したあの首飾り。我ら龍を模った逸品。
件の工作に利用したマーマルが制作したものということだが。
運命を感じざるを得ん。
魔王の目覚めを促し、シディーソの興味と保護を誘い、術の成功を高める道具。
龍が切っ掛けとなり、魔王に贈られ、龍の秘術に用いられて消滅するのだ。
術の成功は間違いないの。
しかしそれは魔王の復活を確約するものではない。
道は作れても、それを歩むのは魔王自身じゃ。
恐らく……魔王は今、あそこにおる。
「夜」の中に消滅しておらんのなら、流れ着くのはあそこきりじゃ。
彼奴が自らの被造物を廃棄するゴミ処理場。在るを否定された万物の吹溜まり。
即ち、『深淵』。
我が故郷の残骸も、未だ欠片くらいは残っているのかもしれんの。
場合によってはそれすら新参物かもしれん。推し量りきれん。ただ畏るべし。
彼奴を神とは言わんが、神の如き力だ。そこは否定できぬ。
しかし、我ら龍王八仙が在ること自体が彼奴の不完全を証明しておる。
我らは『破界』を超えた。2度もな。そして3度目を座して待つつもりなどない。
必ず阻み、いつかはこの手で……仇を討つ。必ず、の。
その為にも、魔王よ。
戻ってみせい。蘇ってみせい。我らに魔王の何たるかを見せつけてみよ。
彼の地より帰還することは、正に彼奴への反逆。魔王の真骨頂であろ?
用意が出来たようだの?
では参るぞ。
我、地のバゼタクシアの大秘術……篤と御覧じろ。
◇ WORLD・EYES ◇
大陸北東、霊威ある山林の最も奥深い処。
そこには聳え建つのが、エルフ・パルミュラ王権の王城だ。
光輝に満ちた高貴なる白亜の城……今、そこに主はいない。
だが畏怖すべき存在はいる。龍王八仙だ。
この世界のあらゆる権威の上位にある彼らは、この百数十年、王城に住まう。
奥の間の一画を自由にし、パルミュラ王権の相談役として過ごしてきたのだ。
その龍王も、今は3仙がいない。
天のエイエン、雷のデイ、水のガイクの身はアルフヘイム光国光都にある。
エルフの女王・エスメラルダも同じく。その意図は不明だが、容易ならぬ事態だ。
残る5仙もまた、奥の奥にあって諸人とは隔絶している。
そこでは今、世界の趨勢を左右する大魔術が行われようとしていた。
広間の床に不可思議な文様が描かれている。
同心円と五角形、六角形を組み合わせたようなものの中心には5角の星形。
その5つの「A」の三角形の中には4人の女性と、1つの炎。
中央の中心には1つの首飾りが置かれている。
その場に渦巻く魔力。
それは魔術師が見れば驚きで即死しかねない光景であった。
地水火風闇という5つの属性魔力がとてつもない力で噴出している。
四大元素にあっては各々が精霊王級であり、闇もまたそれらに匹敵している。
互いに絡み合い、調律し合い、調和して力を高めていく。
有り得ないことだ。
特に、打ち消し合うはずの地と風、火と水とが併存しているのは異常だ。
それを可能としているこの術式の凄まじさよ。異常極まる魔術だ。
「《五A星》」
高みに達した魔力の中、1つの宣言が為された。
中央の星が閃光を放つ。五色の魔力が1つの形に融合したのだ。
床を離れ、その魔術の星は天井近くへ上昇した。
それが理であるかのように、微動だにせずその場に在り、発光している。
大魔術はここに完成した。
1人、また1人と女性たちが膝をついていく。
龍王と呼ばれる彼女たちですら、この魔術における消耗はとてつもないのだ。
回復するまでには……数十年という時を要するだろう。
4人は「星」を見上げ、やがて視線を戻し、欠けた一角を見る。
そこに燃えていた黒い炎は、既に跡形も無い。
『魔炎』はその運命を遂げた。
魔将ニオ・ヨエンラ、死す。
◆ イリンメルEYES ◆
凄いもん見ちゃったね。
水牢から出してくれるってから、何かと思えば陰陽術かよっていう。
いやー、異世界来て「清明紋」を見るとはねー。世界観どうなってんの?
なーんか龍王たちも変な仲違いしてるしぃ?
ワッタシ帰っていい系? それどこじゃない系?
なぁ、どう思うよ、チビ助。
「自由」
「それだけかよ! もっとしゃべれよ! 真実はいつも何個だよ!」
「意味不明。帰宅を推奨」
「やだよ! 今更独りとか嫌だっつーの! 大魔導師は寂しいと死んじゃうんだぞ!」
「……世界情勢には興味皆無?」
うわぁ、こいつ担任かよー。時事問題とか面倒の極みじゃん。
ワッタシがどんだけ受験から逃避したかわかってねーな、このガキ。
思わず異世界来ちゃうくらい逃げたのに、何でここで真面目ぶるよ?
神様は自由に生きろって言った!
だから、ワッタシは、自由に生きるのだはっ!
うっはははははははは……はぁ。押して駄目なら引いてみっかな?
「うーん……帰るかなぁ?」
「お達者」
「止めろよ! 止めるとこだろ! 上島流までやれってか!?」
「意味不明。帰宅を強く推奨」
「強めんなよ! 泣くぞ!? 女の子泣かしたらいけないんだぞっ!?」
と、散々騒いだのに帰宅することになった件。
……いいよいいよ、どーせワッタシは引き篭もりだもーん。
クアートちゃんに刺激を受けたし、和風人造人間つーくろ!
そんでキャッキャウフフするんだぃ! デュ、デュフッフフフ!!
そーいやドラゴンちゃんとか元気してっかねぃ?




