魔王消失編 第1話
◆ ギ・ジュヨンロEYES ◆
殿が消えた。
それは正に勝利の瞬間の出来事であった。
黒馬・銀星号として殿の戦にお供した我輩の、その背から、瞬時にして。
勝っていた。圧勝といっていい展開である。
敵には反撃の意思も力も残っておらず、既にあれは死刑執行の局面。
それはそうだ……殿の本気の力……我輩をして全身の粟立つ程の、あの魔力。
だが、敵は残り、殿は消えた。
その消え方も尋常ではない。
槍ならばまだわかるが、服も、雪風と雷火も、「涙」すら、残った。
殿の御身体のみが、まるで存在しなかったかのように、無く成っていたのだ。
「塵の森」を越えたときの昏睡状態とも質が違う。
殿からの魔力結合も切られた。雪風も、雷火も、灰色驃騎兵も活動を停止した。
我らとの誓約の絆も、その気になれば解消してしまいそうだ。
事実、ワット・バッスリーは魔界へと消えた。他の者も自由意志で残っただけだ。
そう、我ら意思ある魔将は、殿の生存を諦めていない。
忠義の形こそ違え、我ら魔将にとって殿は掛け替えの無い主君なのだ。
その甚大な力のみではない。殿の心意気が我らを魅了して止まない。
魔界とは寂寥の世界だ。
現世界にいるとわかる。魔界とは見捨てられた世界なのだ。
加護無く、未来無く、ただそこに在るだけの、なくなっていないだけの世界。
殿はその悲哀を言葉なく共有しておられる。
同情でも哀れみでもなく、その在り様で、魔界の哀切を受容しておられる。
その上で、殿は挑み続ける。諦観の否定。それに魅せられぬ魔界者があろうか。
殿が諦めぬのに、どうして我等が殿を諦められよう!
クヴィクの奴は早々に今を「待つ時」と位置づけた。
先の時もそうだが、奴は殿の不在時にこそ最も力を発揮するから不思議だのぉ。
万事を取り仕切り、しかもそれにそつが無い。
魔王城は従来通りに拡張整備を続け、特に魔力砲は万全を期すとのこと。
裏手施設も同様に生産力を増やす。各種小組織も何ら今までと変わりない。
……まぁ、もともと殿は執務をせぬ御方だから、当然といえば当然であるが。
常備軍としては「骨の軍楽団」の他に「鱗の兵団」を新設する。
蜥蜴人たちの部隊であるな。我輩とフォルナとで統率する。
流石は「塵の森」出身の彼ら、今や屈強な水陸両用戦士団であるぞ?
もう1隊、これはまだ調練中であるが、編成されつつある戦闘団がある。
皇国、帝国、大公国、光国、果てはドワーフ諸族やパルミュラ王権の元兵士たち。
平原の戦乱から零れ落ちてきた、この地でなければ互いを食む者たち。
何を思うてか、何を志してか、集まるのだ。徒党を組まず、個人たちが集うのだ。
クヴィクの面接を超えてきた彼らは、その1人1人が「魔王軍の人間」である。
間諜は入れん。阿る者も、追従者も不可だ。選択に責任を持つ一個人のみが超える。
超えるのだ。荒野に禊ぎ、クヴィクに面して、既知既存を超えんと欲する者たちだ。
クヴィクとレディが調練を施しておる。
未だ未知数だが、事と次第によっては、非常に強力な戦力となるやもしれん。
その人数は不定期に増加するが、今のところ150名程が在籍している。
準備せねばならん。
仮想敵などなくとも自己を見失うことのない我らだが、常に武を磨かねばならん。
何故なら、殿は挑み戦い続ける御方だからだ。
その超越の歩みに、凡百の我らが着いていくためだ。
魔王の民とは、魔王を通して世界に挑戦し、自己の在り様を究めていくのだから。
◆ マグネシアEYES ◆
兄様が消えちゃった。
でもアタシは何の心配もしていない。当然。
ある意味2度目だしね! 今度もキッチリバッチリ帰ってくるもん。
それに、アタシが生きている。それは物語が途中であることを教えてくれる。
わかる。アタシは兄様のために、兄様より先に死ぬ。殺される。
もう決まっていることなんだ、それは。だから大丈夫。兄様は大丈夫。
だから、今、できることをしておかなくちゃね。
皆は何をやっているかというと……
クリリンは参謀ってより摂政。
あいつって兄様いると仕事サボるんだよね。兄様観察で。いないと仕事の虫。
組織運営とかガンガンに辣腕振るってる。助手いらずなのが凄い。流石魔将。
お爺ちゃんは軍事面の総責任者っぽい。
「灰の騎兵団」はお休み中だからね。「鱗の兵団」を主に鍛えてるみたい。
他にも「骨の軍楽団」から旗持ち騎兵を600騎出させたり。馬も骨なんだよ。
ニオちゃんとウイちゃんは、連れ立って旅に出た。
最初はそれぞれ別に出かけようとしていたんだけど、目的が一緒だったみたい。
兄様にとって特別だった2人だけに、何か予感があるんだと思う。ちょと嫉妬。
一応保護者というか、従者としてジステアにご一緒して貰ったよ。彼女って便利。
フォルナはお爺ちゃんと一緒に「鱗の兵団」を鍛えてる。
やっぱり地に足つけて戦った方が強いね、彼女は。同兵団の兵団長内定だね。
蜥蜴皇帝とタイマンして叩き伏せてたし。超人的強さだよ。
リリルは……メイド長? お母さん? 給食のおばちゃん?
何か台所作業も一手に引き受けちゃって、その存在感・影響力が増大中だよ。
獣人たちからの人気もあるし……間違っても「アイドル」とは言わないけどね!
トットちゃんは凄い。歪みねえトットちゃん。
現状「骨の軍楽団」はウチの最強部隊なわけだけど、その運用がぶっ飛んでるよ。
兄様への賛美歌やら何やら作曲しまくって、演奏しまくって……それしかしない!
なのに、楽団の人数がどんどん増えてるのどういうこと!? 無意識防衛戦!?
2度程、光国からそれなりの規模の威力偵察があったっぽいんだけど……
報告に上げるまでもなく平らげちゃったのね……恐ろしい軍団っ!
ポンデちゃんは……突き抜けてきた。こう、狂科学者的な意味で。
魔王城全体の改良もそうだけど、今ちょっと面白い研究があるというか……
何気にアタシも「初号着」所持者として参加したから、ちょと詳しく説明するよ。
フランベルク帝国ってとこの帝王さんがね、運ばれてきたんだ。ちょと前。
そりゃもうボロボロで、体組織半減って感じ。それも虫の息ときた。
クリリンが《記憶知得》したから用済みっちゃ用済みなんだけどさ?
運んできた子たちが必死の表情で言うんだよね。
「身体でも、命でも、全て差し上げます。どうか助けてください!」
「その心意気や良し! 任されよう!!」
任さっちゃったのはポンデちゃん。
でもアタシは気付いてた。わー、レア素材見る目だよー、遊ぶ気満々だよーって。
やろうとしているのは、簡単に言うと、改造人間作成だね。
既に基礎が完成していたポンデ式強化外骨格「弐号着」。
その核として帝王を埋め込み、感覚器官を一体化させて、生体融合させちゃう。
ヒュームとしての魂はそのままで人型人造魔物になるって感じだね。
外見については、既に骨格が出来ちゃってから、当人通りってのは無理。
なるべく雰囲気は似せる方向で調整して……金髪クール系に仕上げたよ。
オールバックにするとシャーナブル……垂らすとライハルト……あ、名前の話ね?
ま、本人の意識が回復してから決めるけどさー。
ちなみに、運んできた子たちは五体満足のまま、アタシの部下となった。
その子たち以外にも、各国の脱走兵だの元冒険者だのが何だか集まってきててさ?
ヒューム、エルフ、ドワーフ。騎士、戦士、魔術師、中には僧侶も。150人位。
アタシとクリリンで色々面倒みてるんだけど、これが結構楽しい。
人種も来歴も年齢も多種多様の上、腕に覚えのある人が多い。刺激的だ!
いつか兄様と会える……そんな暗黙の了解、というか誤解があるのも面白い。
どの人の心の中にも魔王像みたいのがあって、それと自問自答してる感じ?
人材の畑、そうクリリンは言っていたな。
1つの戦闘集団としては勿論、特性や必要性に応じて抽出もするつもりみたい。
色々いるからねー。特にユニークな人たちを以下に紹介してみよっかな。
ドワーフのガンドレット。銀のお髭が勇ましい元将軍。
っていうか、こないだの魔王討伐軍でドワーフ隊を指揮していた人だ。
「返すのが筋だと思うてな」って兄様の卍剣を持ってきてくれた。いい人だ!
兄様の魔法攻撃があったのに、よく生きてたねって言ったらさ?
「ワシも同感じゃ」とウンウン頷いて、だから色々馬鹿馬鹿しくなったとぼやく。
いつでも死ねるよう潔く生きることにして、その第一歩として来たんだってー。
次、ディヤーナ。種族が凄い、何と闇エルフ! 銀の長髪で褐色肌の超美人!
エルフから極稀に産まれる、先天的に邪神の強い加護を受けた子、闇エルフ。
そもそも少産のエルフ、しかも闇なら殺すか捨てるし……超絶レアだよね。
「魔王へ嫁するために来た」って発言は、まあ、聞かなかったことにしてー。
この人超強い。暗黒魔法、風霊系魔法、剣術、弓術と隙無し。アタシ勝てない。
クリリンたち魔将には敵わないけどね。でも別格。ちょっと尊敬しちゃうし。
次、ビオランテ。薔薇の化物じゃないよ? でも、種族的にはこの子しかいない。
だって父がエルフ、母がドワーフだって言うんだもん。え、エルドラ?
見た目はさぁ……その、アタシが、一部立派になったっていうか……ロリ巨乳?
「ま、魔王様にっ、どうしてもお聞きしたいことが!」。内容教えてくんないし。
アタシをして変わり者と思わせる両親は、どちらも光国建国戦で戦死したみたい。
結構激戦だったんだね。天涯孤独となった娘は、魔王軍へ。数奇だよねー。
この3人が特に印象強かったかな。
他にも色々いるよ? 光神教会ってとこの神父とか、名うての冒険者とか……
まあ、挙げていくと、それこそ枚挙の暇がないので割愛割愛。
アタシの当面の仕事は、そんな彼らと過ごすことかな!
下手に大陸中を周るより、その方が色々と情報収集にもなるんだよね。
何しろ皆して一家言持ちだからね。そーゆー人が集まってる。曖昧な人がいない。
……これが、魔王たる兄様を頂に見る風景なんだろうなぁ。
自立した様々が混沌としていて、皆違っているのに、どこかで和している社会。
在るべき形なんて何にも無くて、でも、皆何かを目指してる社会。
意味なんてそれぞれ。公園よりも原野を尊ぶような……そんな社会だね。
兄様、なるべく早く帰ってきてね。
皆は兄様っていう天の下で生きたいんだからさ!
◆ キュザンEYES ◆
嘘だ! アルバキンが死んだだと?
嘘に決まっている! あれが殺されて死ぬような男か!!
「素敵に情熱的ですけれど、姉上、落ち着いて?」
「落ち着けるか! どけ、私は魔王城へ行く!」
「うわぁ、素敵! でも落ち着いてくださいな、お願いですから」
フルイを振り払おうとするも、こいつ、実は力が強いぞ。
くそっ、風の力をもって……!
「やめい、見苦しい。お前は最近そればかりよの」
「は、母上……」
「入れ込んだものじゃが、であればこそ気付くがよい。事の異常性を」
「……アルバキンの用いた魔術、ですか」
「その通りじゃ。フルイの見たものが確かならば……彼奴の術じゃ」
私にも内緒でアルバキンとアルテイシアの対決を見てきたフルイ。
その最後に見た、アルバキンの恐るべき魔術。即ち《存在抹消》。
世界を破り、壊し、滅ぼすための力……そんな力の一端だ。
私たちの生まれた世界は、今はもう跡形もない。
全てが無に帰し、その後に新たな世界が創造された。今は魔界と呼ばれる世界だ。
その魔界も次元の片隅に追いやられ、結果、今の現世界が存在する。
世界を壊し、創る、神の如き彼奴……口にするも呪わしいその名を『無空』。
アルバキンが行使した力は、『無空』の破界力を連想させずにおかない。
世界の理を破壊して「夜」を現出させるなど、人の領域を遥かに超えた行為だ。
龍王八仙の総力をもってしても一刻と存在を保てない空間……「夜」。異常だ。
「魔王の消失は、その異常なる力で『己の存在根拠』を消し去ったからじゃ」
「存在根拠……」
「言うたであろ? アルテイシアには2人分の存在力があったと」
「その内の1つが、アルバキンがこの世界に在るための力だったと?」
「そうじゃ。中身はどうあれ、その肉体が理の中に在ったのは、その力の為じゃ」
正確にはその力の影じゃがの、と少し言いにくそうに付け加えた。
思い当たる節がある、悲しいほどに。
アルバキンはその内面に比べ、肉体的な存在感は極めて薄弱だった。
彼は食べない。飲まない。1日に薬を数滴舐めるだけだ。
彼は寝ない。目を閉じて横になっても思考が止まない。考える姿勢の1つに過ぎない。
彼は恋もしない。自らの美貌など気付いてもいまい。性欲などあるわけもない。
生物としての在り様が何もない。意志と行動、そして魔力だけだ。
だから、魔力を隠しただけで、その存在までもが見えにくくなってしまう!
影なのか……影だったのか、あいつは。
あれほどの苦しみの果てに肉体を得たというのに、それすら不完全!
これを不憫と言わず、何を不憫と言うのだ!? あいつが何をした!!
涙がこぼれた。
何百年、いや、千を超える年月を超えて、私は泣いた。
悲しい。憤ろしい。悔しい。苦しい。そして……愛おしい。
ああ……祝福を。
どうかあの泣き虫の魔王に祝福を。
誰でもいい、祈ってくれ、アルバキンの為に祈ってくれ。
哀悼は駄目だ! あいつはまだ在る!
私が在ることを祈る、願う、信じる!
アルバキンよ、アルバキンよ……在れ。在れ。在ってくれ……!




