魔王討伐編 第3話
◆ アルバキンEYES ◆
死ぬかと思った。
繰り返す。
死ぬかと思った。
光属性超怖い。だって光速だよ。避けらんないよ。
照準照射的な魔力を察知してなきゃ消し飛んでたぞ、俺の上半身。
咄嗟に出した《光盾改》で逸らせて良かった、ホント良かった!
人が穏便な妥協点を探してやろうってのに、あの女……殺す!!
「《火炎流》」
◆ アルテイシアEYES ◆
まさか、私の光を曲げるとは。
瞬間的に闇属性の盾のようなものを出しましたね?
それも光に対して角度をつけ、軌道を逸らす形で。
なるほど、彼は魔王のようです。
今ならば分かります。彼から可視段階にまで至った魔力が吹き出ています。
何とおぞましい、汚らわしい波動であることか! 浄化しなければなりません。
「《猛風撃》」
◇ WORLD・EYES ◇
光主と魔王。
その対決は光主の不意打ちを魔王が弾く形で開幕した。
次いで、それぞれが大船をも飲み込む太さの風撃・炎流を放つ。
ぶつかり合い、拮抗し、たちまち周囲に被害を拡大していく風と炎。
熱風が荒れ狂い、魔力の波動も乱れ飛ぶ……それはもはや災害だ。
「《聖光矢》」「《光雨改》」
光主が無数の魔力矢を放てば、ほぼ同時に魔王も同様の術を放っている。
2人を取り巻く空間のそこかしこで、光と擬似光とが互いに互いを打ち消しあう。
余りにも美しい光景だが、その一筋一筋が致命的であることを知れ。
「《光裁楼閣》」
やや押したのか、次の魔法ははっきりと光主が先んじた。
極細糸のような光が無数に発生し、魔王を中心に何かを構築していく。
それは裁判所兼処刑場、光の封滅建築物……ああ、天井ドームが完成……しない!
「《重力変化》」
光をも捻じ曲げ、吹き飛ばし、魔王は上空へ飛んだ。馬ごとだ。
術の完成を確信していた光主の反応が遅れる。
僅かに滞空、そして落下しながらも魔王は大破壊魔法を放った。
「《爆炎球》」
3万の軍など一撃で滅ぼすだけの爆発力を秘めた攻撃呪文である。
「《光壁泡容》」
周囲の地形を激変させる大爆発が収まったる後、そこには巨大な光の泡があった。
光主による光属性の防御魔法である。
その内部に守られた将兵たちは無事……ではなかった。
大多数が火傷や怪我に呻いている。何故?
それらが《爆炎球》以前の怪我だからである。
《火炎流》と《猛風撃》の余波が大きい。
魔法は1度に2つ使えない。光主が攻撃魔法を放つ時、彼らを守る術はないのだ。
そしてそれを考慮する必要が、魔王にはなかった。
では出すか、あれを。《火竜咆哮》を。否。
光主に同等の《雷竜天昇》があることを既に知る。
ならばどうする? こうするのだ!
「《漆黒群狼》」
千を超える魔力の牙狼が上空に放たれた。
その1匹1匹が家屋を一撃で倒壊させる威力を秘め、牙を鳴らして旋回している。
「その膜を解いてみろ、面白いことになる」
魔王はそう告げると、上級魔法の……いや、禁呪の詠唱に入った!
彼の周囲にいつの間にか魔方陣が展開しており、明滅し、回転を始めている。
その中心は馬上から地面に突き立てた槍だ。それこそがその槍の力なのだ。
光主は動けない。
今、無防備な魔王を攻撃するのは容易いはずだ。
しかしそれは《光壁泡容》の解除を意味する。
その瞬間に上空から千の衝撃死が全軍を襲うだろう。
だが、このまま推移したとして、防げるのか?
魔王からは彼女をして恐怖を感じるほどの魔力が吹き上げている。
恐怖……そう、恐怖だ!
光主アルテイシアは、輿の上で、初めての震えに戸惑っていた。
彼女の中で揺るがなかったはずのものが、今、不可逆的に変質していく。
彼女を護るものは彼女以外にない。
そんな当たり前の事が意識に上る。魔王の殺意がそうさせる。
殺す。お前を殺す。お前の存在を許さん/何故? 何故そんな酷いこと言うの?
「《高速飛行》」
それが答えか。防げないと見極めたか。
光主は風を纏ってあらぬ方向へと飛んだのだ。
自らを囮にして、魔王の魔法を軍から逸らそうという狙いか。
それとも……ただ逃げたのか。
そして最悪の結果を招くこととなる。
魔王はただ軽く顎を引いただけだ。
たちまち急降下する狼たち。
光主は即座に飛行を停止、軍へ向けて《光壁泡容》を……
いや、《光壁泡容》で自分のみを守った。
千の狼は半分は軍に、もう半分は光主の方へ殺到したのだ。
音だけで人を殺せそうな重衝撃音が辺り一帯に千回も響き渡る。連続で。
軍は壊滅状態となった。
8千は死んだろうか。それ以外も重傷者が多数おり、無傷の者など誰もいない。
光主もまた無傷ではない。
急に飛行を止めたため、地面へ着地した際に足を挫いたのだ。
何よりも、1つの事実がアルフヘイムという玉璧に傷をつけた。
一連の魔法合戦による結果は、つまり……
魔王は3万を無事に撤退させる案を申し出たが、光主は不意打ちで返答した。
そして自らの魔法で自軍を傷つけ、更には自軍を見捨てて自分だけを守った。
……ということなのだから。
結果論である。経過に情状酌量の余地はあるだろう。
しかし悲しいかな、彼らアルフヘイムとは経過を軽視する国なのだ。
動機さえ崇高であれば、その目指す結果へはどのような経過も許される……
逆を言えば、経過はどうあれ結果さえ良ければ、その動機も認められるということ。
光主はその結果をもって、動機にも疑惑を生じたのである。
そして、その魔法は完成する。
魔王が魔方陣を用いて、長い詠唱を経て、それでようやく発動が可能という魔法。
重力系の研究の中で、世界の壁を超える実験中に習得した闇属性の禁呪。
今や魔王の周囲は、そこだけが夜空のような有様だ。
あまりの魔力に世界が壊れているのだ、そこだけ、破れてしまっている。
ならばその夜空は別世界の光景なのか?
違う!
それは世界のための反世界。存在のための非存在。在るための無し。
実数空間のための虚数空間。真なる真空。波立たぬ星海。零。
「《高出力光線》」
光主の放った破壊の光条は、しかし呆気なく「夜」に呑まれた。
連射するも同じだ。魔王を包む「夜」は微動だにせず、全ての吸引する。
「《高出力光線》」
どうしたことか、光主は光を放つことを止めない。
まるで暗闇で僅かな火花を絶やすまいと火打ちを繰り返すように、放ち続ける。
道理を知らない幼子が錯乱したかのように。
ああ、何たることか。
光主は……アルテイシアは、泣いているではないか!
正しく彼女は錯乱しているのだ。
光が溢れる世界、それだけが彼女にとっての「この世界」だったのだ。
人の親が幼児を躾けるときに呟く闇の存在がある。お化け、人攫い、鬼……様々。
それすら無かった彼女の目に、魔王と「夜」とはどう映る?
恐怖だ。恐怖だ。理解し難い恐るべきものだ。
そしてそれは自分を害そうと、殺そうと、滅ぼそうとしている!
「《存在抹消》」
魔王が光主を指差す。
世界がその方向へ壊れていく、破かれていく、「夜」が迫り来る!
光の泡などしゃぼん玉だ。児戯だ。消え去る。いつだって「夜」は止められない。
「いやぁあああぁっぁあぁああああAaa...
絶叫すら飲み込み、「夜」は消え去った。
まるで何事も無かったかのように、荒野に一陣の風が吹く。
終わったのだ。神話のような光と闇の戦いは、こうして幕を閉じたのだ。
総負傷兵となったアルフヘイム光国軍が荒野に見たものは……
倒れ伏す光主アルテイシア。
そして主を失ってうろたえ彷徨う、屈強の黒馬の姿であった。
◆ バゼタクシアEYES ◆
我は龍王バゼタクシア。
地の龍であるがゆえ、故郷たる世界を最も深く愛していた者なり。
我が前にはエルフ・パルミュラ王権の女王、エスメラルダ。
その顔は、虚無。表情有るをついぞ見たこと無し。
ま、我も同じようなものじゃが、の。
「それで……今更、私にそれを問うのかしら? 結果があるというのに?」
「アルテイシアという天才の創り方、確かに聞くのが遅すぎたかのぅ」
「私が手を加えたのは最後だけ。それ以前のことは大魔導師にお聞きなさい」
「その最後が知りたいのじゃ。思いがけぬ結果が出ているからの。知っておろ?」
微かに小首を傾げる。似ておるの。
エルフ……否、オーバーエルフとでも言うべきじゃろうな、この者は。
風の精霊の加護が強すぎたがための、不老不死たる存在。人間性も希薄じゃ。
「魔王。アレはどうして動いているのかしら?」
「少なくとも大魔導師の仕業ではないそうじゃ。まずは話せ、よいな?」
エスメラルダが語った内容は、簡潔にして残酷無比なもの。
その冷厳な夢想者のような瞳で語るは、魂の蟲毒にも類する邪法。
初め、2人の赤子が在った。
風の精霊王の強い祝福、光の精霊王の弱い祝福。女王の魔力。
それらを大魔導師が秘術をもって絡め編み上げた、エルフの双子。
どちらが先とも言えないが、大魔導師は兄と妹であると宣言した。
拍動を確認し、成功を喜んだ大魔導師は去る。
しかしそれは始まりに過ぎなかったようじゃの。
エスメラルダは子が欲しかったのではない。兵器を欲していた。
兵器。
対ヒュームなどという小さな兵器ではなく。
世界の根幹原則を握る、彼奴……世界そのものへ対抗するための兵器。
この世界に完璧な存在などない。
あらゆるものが何かしら欠けておる。当然じゃ。それが理というもの。
しかし彼奴めは完璧……世界の枠内に生きる我らに対抗手段は無い。
ならば、完璧に近い存在を仕立て上げたらどうか?
人1人の存在でそれが叶わぬのならば、2人分で1人を補って。
どちらを?
娘にしよう。
兄よ、部品となれ。
属性力を、魔力を、器を、加護を、全て抽出し、娘へ。
性にまつわる偏りも、丁度いい、全て抽出し、娘へ。
魂も、存在するための何もかもを、全て抽出し、娘へ。
娘よ、完璧たれ。その存在力をいや増しに増せ。
龍よ、見るがいい。そして祝福を。娘を完璧なるものに近づけよ。
全て無き、抜け殻たるソレ。誰ぞ捨ててくるがよい。
もはやソレから抽出できるもの無し。意味も価値も無きものなり。
兄の側から考えれば、それは惨いとしか言えん話よのぅ。
「……そして大魔導師が拾い、彼奴が魂を込めた、ということか」
「どういうことかしら?」
「魔王に宿っている魂には、随分と曰くがあっての」
魂の蟲毒。
陰惨極まる負の結集・蒸留・純化行為。
それはあるいはエスメラルダの「完璧」と正対させる狙いがあってのことか?
全てを過剰に与えられ、祝福の光輝に満たされた存在。
全てを剥奪され、怨嗟の暗闇に堕とされた存在。
絶対値の等しい正と負を加算する目的か?
しかし片手落ちな話じゃ。
それならば、魔王はアルテイシアには絶対に勝てん。
何故なら、その存在の根拠はアルテイシアにあるのじゃからな。
魔王の宿る肉体は、所詮、アルテイシアという2人分の存在の影に過ぎん。
アルテイシアを滅ぼすことは、自らを滅ぼすことと同義じゃ。
いや……むしろもっと悪いか。
魔王の「1人分」を滅ぼしたところで、アルテイシアの「1人分」だけが残る。
ただの自殺じゃ。アルテイシアの天才を奪うことはできるかもしれんがの。
彼奴め……何を意図したことぞ?
◆ レオノーラEYES ◆
この場合、勝利者は私たちということになるのかしら?
光都こそ落とせなかったものの、旧フランベルク帝国領の南半分を占領。
防衛線の構築にも成功し、今も有利な形で軍を展開できている。
僅かの間に、アルフヘイム光国はその領土を半減だものね。
あの日、光主アルテイシア率いる討伐軍は光都へ帰還した。
まともに歩けるものとてろくにいない、ズタボロの態ではあったけれど。
それでも軍として魔王領入りして、戻れたのだから凄いわ。
でもそれは勝利者として?
一応、公式発表としては「光主は魔王を討伐した」ことになっているけれど。
とてもそうは思えない。あれは敗走した姿。勝者は怯えを持ち帰らないもの。
事実、光主はそれ以降姿を見せない。
我々への反攻作戦はおろか、公式行事にすら出席しないのだから徹底している。
魔王との戦いで負傷でもしたのかしら? それとも、実は生きていない?
どちらにせよ、既に統率力すら発揮していないことは明らかね。
ドワーフ軍が順次撤退しているもの。1万くらいはまだ留まっているけれど。
現状、アルフヘイム光国はエルフ・パルミュラ王権の出先機関と成り果てたわ。
では、魔王軍は?
こちらはいつも通りの沈黙。
もともと純粋迎撃組織なのよね、魔王軍って。
攻めてこないくせに、攻め寄せると完膚なきまでに打ち倒される。
こう、野生動物みたいよね。熊の巣。虎の穴。荒野という縄張り。
だからわからない。
魔王の生死すら伝わってこない。外交の通じる相手でもないし。
統治象徴や不死属性の話は聞くから、正に従来通り。
強いて言うなら、新たに蜥蜴人の部隊が目撃されたくらいかしら。
むしろ、今回のことは魔王軍への印象を好転させたかもね。
詳細不明にしろ、居丈高な光国の鼻っ柱に一撃を加えたのは確かだもの。
ロンバルキア大公国としては修好条約を結びたいってのが本音よ。
聖神教団も『六鍵』が誰もいないという有様だし。
少なくとも魔王を敵に回す理由も利点もないわ。男爵なんて魔王贔屓だしね。
さあ、この後はどうなるかしら。
どうせ完勝なんて出来ない性分なんだし、現状維持は悪くないのだけれど。




