魔王討伐編 第2話
◇ WORLD・EYES ◇
光主アルテイシアによる魔王討伐。
後世に知らぬ者とて無きその戦いは、第三滅事をもって開幕した。
使者の未帰還をもって軍派遣に踏み切ったアルフヘイム光国。
先発隊はエルフ・ドワーフによる混成軍5万である。
荒野に散在する「統治象徴」を破壊しながら東進、兵站を築いていく。
そこへ飛来したのは、魔王城からの魔力砲撃だ。
全軍をして誰一人逃れる所無き、圧倒的なまでの飽和攻撃である。
地形が変わるほどの破壊が止んだその時、戦場へ聞こえてくる楽曲があった。
骨の軍楽団である。
辛うじて生き残った誰も彼もが、笑みを浮かべ、動けぬ者へ止めを刺していく。
その「誰かへの親切」は、やがて「お互いへの親切」へと変わる。
笑って刺し違えあい、そして誰もいなくなった。悲喜定かならぬ調べが流れゆく。
全ては半日としない間の出来事だ。
10人が帰らず、今度は5万人が帰らなかったのだ。ただの1人として。
光主アルテイシアは即座に親征を決断。
既に進発していた後発隊5万を留め、自らの率いる3万で合流、東を目指した。
およそ8万、それは先の建国戦における残軍全てを出したということだ。
光輝と栄光の進軍。
邪を断ち魔を払う、それは正に光の軍勢である。
その様相は奇しくもあの聖印騎士団の相似形であった。
しかし、その行軍は目的地へ至る前に止まった。
ロンバルキア大公国が動いたのである。
レオノーラ伯爵の指揮する3万がサイギス市跡を経由して平原西から。
ゴルトムント男爵の指揮する3万が皇都を経由して平原中央から。
それぞれ北上して各地を占領、旧帝都即ち光都に迫る。
アルフヘイムは揺れた。
彼らからすれば、ヒュームはその軍事力を半減し、恐懼しているはずである。
光国の威光の前におさおさ身動きもとれないと見ていたのだ。
ドワーフによる懐柔外交の感触も良好であったと聞く。
しかし、大公は慎重であっても怯懦ではなかった。
ヒュームにとっての千載一遇の好機と捉えたのである。
光主と魔王との対決は予想されたものであり、双方に被害が出るのは必定。
光主が討たれるなら良し、そうでなくとも損耗したその瞬間こそが好機なのだ。
その英断を後押しするものとして、密かに届けられた書簡があったという。
詳細は明らかにされていないが、大公の漏らした言葉が伝えられている。
「生きておられたか」と。
結局、光主は後発軍5万をそのまま光都防衛へと転進させる。
自らは3万を率いて東進を続け、魔王を討ったる後に大公国軍を討つ算段だ。
魔王軍は動かない。
その代名詞ともいえる「灰の騎兵団」も1騎たりとて姿を見せない。
先のような砲撃もなく、荒野は不気味なほどの静寂を保っている。
この上は華々しい会戦及び勝利をもって飾りたい光国軍は焦れた。
しかし斥候をすら放てないのだ。
光主の力が無ければ、いつ何時、全滅させられるとも知れない。
侵攻するものに生還者なし……魔王領とは大陸最凶の死地なのだから。
見上げれば一羽の禿鷲が、一行の死を待ち望むように旋回している。
今や足元を流れる妖気を感じないものとていない。
それはそうだ。この荒野は死の畑。
この地面の裏側には、彼らに倍する骸が、彼らの生を呪っているに違いない。
たまらず、誰かが空に矢を放った。
流石はエルフ、禿鷲に過たず突き刺さるはずのそれは……嘴で銜えられた!
ここはもはや魔境なのだ。飛び去っていく禿鷲を見上げ、呆ける面々。
光主は窘めもしない。
彼女は不断の警戒を強いられていたからだ。
いつ不意をついて来るとも知れない大魔法攻撃……防げるのは彼女のみだ。
また、出征を前に気がかりなこともあった。
彼女にとって母以上に家族を感じさせる存在、即ち龍王八仙。
それが誰1人として姿を見せない。常に誰か1人は側にいたというのに。
不思議だった。寂しいわけではない。そうではないのだが。
そして何より。
誰にとっても不安を醸すのは、やはり光都のことだ。
敵は6万。果たして5万で防ぎきれるのだろうか。
倍以上の戦力差であっても、帝国軍は戦術を駆使して勝って見せたではないか。
もっと残すべきだったのでは?
むしろ魔王討伐など後回しにすべきだったのでは?
そもそも何故討伐する必要があるのだ?
長い準備を経て、アルフヘイムは確かに成立したではないか。
それが一月も立たず揺らいでしまっている。
魔王領への派兵を決定した、その瞬間から!
時間が彼らに敵対していた。
光の陶酔は覚めゆき、不安は醸造されつづける。
迷わず走ってきた彼らにとって、今や歩み考える時間そのものが苦痛だった。
焦れつつ怯え、恐怖しつつも憤懣やるかたない行軍。
ジリジリと進んでいく3万は、攻めているのか、引き込まれているのか。
その歩みは、たった1騎が現れたことで止まる。
寂寞たる丘に立つそれは、大柄で筋骨逞しい、威風漂う黒馬。
乗るはローブも真深い男。手には槍を、腰にはサーベルを佩いている。
魔王アルバキン。
彼はたった1人で3万の討伐軍の前に現れたのである。
◆ アルテイシアEYES ◆
あれが……魔王?
黒馬の方からはとてつもない威圧を感じますが……
それとも馬の方が魔王なのでしょうか?
「光主様、いかがいたしましょう」
「確認しなければなりません。どなたか……いえ、私が赴きましょう」
「そんな、光主様自ら足下へ行かれるなど!」
「ならばどなたか確認に赴いてください」
「それは……」
私が行くのも駄目、他の誰かも駄目ならば、どうしようもありません。
それとも確認の必要がないということでしょうか?
あの者が魔王であるや否や、とても大事なことだと思うのですが。
「じ、自分が行きます!」
従者の1人、エルフの青年が名乗りを上げました。
どうしてそこまで大事となっているのでしょうか……ああ、わかりました。
「ここから私が見ていますから、何ら危険はありません」
「い、いえ! 光主様におかれましては、全軍の安全にのみご警戒を!」
皆が感心したように頷いています。
少しわかりません。どうしてそこまで慎重になるのでしょうか。
ここには私がいるのですが……?
青年はゆっくりと丘を登り、黒馬に近づいていきます。
周囲には警戒すべき魔力の高まりもなく……ただ黒馬のみが異彩を放ちます。
あの馬、何かの化生でしょうか? 尋常のものとも思えません。
馬上の者が何事かしゃべり、腰からサーベルを抜き放ちました。
周囲がざわつきます。私もよく観察します。
あの剣は……何か魔力を秘めているようです。
剣を逆手に持ち、その柄を青年に向けました。
どうやら剣を渡す意図のようです。周囲がザワザワします。
ゆっくりと、とても緩慢な動きで、青年は受け取りました。
馬上から促され、これもまたぎこちない歩みで、戻ってきます。
「言葉と選択を預かって参りました」
青ざめた顔で言うその言葉を、私は不思議に思いました。
「どういうことでしょう?」
思わず首を傾げる私に、青年は一生懸命な様子で話しだしました。
「言葉をもって接触したことに敬意を表し、言葉をもって返す、と彼は言いました」
「何と、何と言ったのだ!?」
エルフの将軍が身を乗り出しました。
ちょっとビックリしました。
「軍をもって我が領に踏み入ったこと、相応の首をもって詫びよ、と」
「その剣で……か」
「はい。そうだと思います」
「詫びて見せれば無事に帰してやる、という脅しだな」
「恐らくは……」
「3万の軍を前に独り、自らの佩刀を預けて、か……敵ながらやるのぅ」
ドワーフの将軍まで加わって、何やら真剣に話しています。
不思議な光景です。どうしてそういうことになるのでしょう?
話がずれている、という以前の問題です。
「我が領、と彼は言ったのですね?」
「は、光主様」
「では彼が魔王ということで相違ありませんね?」
「え……あ、はい、恐らくは」
「わかりました」
ならば何をか議論する余地がありましょう。
我らは魔王を討伐するために来たのです。
「《高出力光線》」
魔王ならば滅ぼすべし。
◆ イリンメルEYES ◆
少し寝ていた、か。
絶え間なく続く水のせせらぎを聞く……あれは牢の音。
2人の龍王による金剛強度の水牢結界。捕らわれてもう何年なのか。
私はイリンメル。
「塵の森」の大魔導師にして、錬金術を極めたる者。
そして虜囚。龍王八仙に捕えられたる者。
薄目を開く。いる。
水牢を構築する龍王の1人、「沢のクアート」。
儚げで象牙細工を思わせる白い顔に、流水のように黒髪が長く長く垂れる。
ふ、ふふふ……うふっふふふふふはっ、はははははははは!!
いっやー、癒されるわー!!
前々から思ってたんだよね、和風もいいよねって!
でも、どうしてもこう、ファンタジー世界との融和性っていうの?
そういうのがピンと来なくてさー、あと一歩を踏み出せなかったっていうね!
「あの、イリンメル様……」
「違う! 約束と違うから返事しないもん! 寝たふりするもん!」
「……い、イリンメル、お、お姉ちゃん」
「うひょうっ、なぁにかなあああっぁぁ!?」
飛びつこうと思ったのに、後ろに保護者いますた。
わー、エイエンのおっちゃん、相変わらず超渋面だよー。ウケるんですけど。
中学んときの担任思い出すんだよね。うぷぷ。
「聞きたいことがあるのだ」
「だが断る」
「なっ、まだ何も聞いていないではないか!」
「いっつもいっつも、同じことしか聞かないじゃん。言っても納得しないしさー」
この素敵軟禁生活の唯一の苦み、それがエイエンの永遠にくり返す質問。
やれ、貴様の世界の枠を超えた着想の源は何か、とか。
やれ、貴様のいう別世界とは何番目の世界か、とか。
やれ、貴様は神としか表現のできぬものを知っているか、とか。
何度答えても納得しねーんだよな、このおっちゃんはさー。
ワッタシの着想の源は「萌え」だし「新ジャンル」だし「厨二病」。
平成の日本は世界でナンバー1のオタク天国だし。
神ってのはあらゆる所にいるんだよ。SSでも絵師でも、レイヤーでも歌い手でも。
どこの世界でも一緒だよねー。
こーゆーおっちゃんは人生損するんだよ、華やかさを知らずにさー?
「今日は違うことを聞きにきたのだ!」
「あ、怒鳴った? 捕らわれの女の子相手に? 今怒鳴ったの?」
「う……いや、その……すまん。声が大きかったなら謝る。だから、頼むから」
「はいはい、許したげるよー。海のように広い心でー」
「……頼むから、その、聞かせてほしいことがあるのだ」
エイエン必死だな! ぷげら!!
こいつって何かロリコンっぽくて苛めたくなるんだよね! 近親憎悪?
あ、違うや。ワッタシは広角打法だし。色々オッケーだし!
「お前が拾ったというエルフの赤子について聞きたいのだ」
「ほほぅ?」
意外や意外。
本当に違うこと聞いてきた。何だ、新しいことも言えるんじゃん。
しかもアレのことかよ。放置状態だし、ちょっと気になってるんですけど?
「どういった子なのだ、彼は」
「どうもこうも、最初から話すと結構長いよ?」
「聞かせてくれ」
「んー、どうしよっかなー」
「イリンメル、お、お姉ちゃん、お願いします」
「話そう話そう、超話そうとも! お膝おいで? ね? お膝ぁっ!!」
お膝は駄目だった。でも話したよー。
あれは随分前、もう200年位前じゃないかな? 正確に分かんないけど。
エルフ領の山林地帯で薬草探ししてたら、拾ったんだ。
森を流れる小川の上流から、草籠に乗っかって、赤子が流れてきたから。ついね。
でもビックリしたよ!
だってその子、何にもないんだもん! え? あー、説明難しいな……
息もしてるし、五体満足だし、将来有望な美形なんだけどさ?
属性無し、魔力無し、器無し、加護無し……天賦のものが何にも無しなのよ。
凄くない?
それってさ、この世界に「存在していない」ってことだよ?
「在る」ための何もかもが何にも無い……魂なんて宿る余地もないよ、勿論。
赤子の形をしているだけの「無き者」、そんな感じだったんだ。超ビックリ。
美形なだけに勿体ない話よねぇ……でも拾ったのも縁だしさー。
何とかしてやろうと思って、自宅の培養装置に入れたのよ。空いてたし。
まぁ、その……入れただけになっちゃったんだけどねぇ。
いやいや、そりゃ、ワッタシ自身の自信作を鋭意作成中だったってのもあるよ?
でもでも、ワッタシをとっ捕まえたのあんた等だし!
じゃなかったら帰宅したし! そしたら……まぁ、少しは弄ったかもだし!
え、何でパルミュラ王城へ来たのかって?
ぶー、ほらまた同じ質問じゃんかよー、だから言ってんじゃんか!
エスメラルダに聞きに来ただけだっての。
「どうして捨てちゃったの」って。
何度もそう教えたじゃん。意味がわからんって言うんでしょ、ほらー。
だからさぁ?
協力して2体創ってあげたのに、勿体ないでしょって意味だよ!
ほら、アルテイシアちゃんみたく美人になるはずじゃん、その子だって。
もともと、兄妹として創ったんだしさー?




