魔王討伐編 第1話
◆ クヴィク・リスリィEYES ◆
ヒュームもエルフも、たまに突飛なことをする点で似ています。
神聖エノク王国の暴挙しかり、この度のアルフヘイム建国しかり。
どちらも共通点がありますね。
絶大な力の所有者と、その力の使用者の乖離。
ヒュームは既に在りし魔将の力を利用しました。
エルフは力ある存在を創るところから始めたようですね。
光主アルテイシア。あれは一種の人造魔物と見ていいでしょう。
先日運び込まれたアレの記憶を解析してみましたが……
《雷竜天昇》と《光熱泡容》。
どちらも極めて大規模な形で発動していました。桁外れの魔力行使です。
それこそ我が主と匹敵する程の魔力……自然発生するものではありません。
主は後天的にその力を得ました。
事実、初めて対面したときに比べて、今は更に強大な存在となっています。
魔王とは「成る」ものであって「生まれる」ものではないのですから。
一方、光主はというと……
後天的にそれだけの力を得る方法がないのです。
「塵の森」以上の魔境は無く、エルフを皆殺しにしても尚、主の業に届きません。
そもそもそういった負の力ではないようです。明らかに正の力の行使。
何より、この世界に雷竜は1匹も居ません。魔界においてすら生息していません。
つまり、その力は全て先天的なものである、ということですね。
他方、エルフの女王の娘という発表にも無理があります。
何故ならエルフの女王は寿命無き半精霊。その身の殆どを星気で構成する者。
子を成すことなど不可能な存在です。ならば「創った」ということです。
生命の創造。
それだけならば錬金術を卓越することで可能な技です。
しかし、あれだけの魔力や属性を賦与するとなると話は別。超常的な技術ですね。
あるいは竜族の助けがあったと見るべきか。
あるいは尋常でない触媒・犠牲を払ったと見るべきか。
あるいは想像を絶する高みにある錬金術師がいると見るべきか。
……あるいは、その全てか。
いずれにせよ看過できない存在です。
アルフヘイムが光の国を謳う以上、闇と炎の魔王である主に敵対するは必定。
あらゆる事態を想定して準備をしなければなりません。
この際、通常戦力はさして問題ではないですね。
超越した魔術師としての両者の対決、それを少しでも有利にする必要があります。
主の力を疑うわけではありませんが……
ドラゴン戦以降、主は自らの戦闘力を錬磨していません。
魔法研究は専ら重力系の探究であり、その目的は私でも伺い知れません。
しかし従来のような攻撃力・防御力を目的としていないことは明らかです。
その必要がないほどに強大となってしまったこともありますが……
主は、戦うことに倦んでいる?
それに対して、光主の魔術の在り様はあからさまに軍事目的です。
あれほどに効率よく敵集団のみを屠る術、他に聞いたこともありません。
であれば当然、対個人戦闘においても用意があると見るべきでしょう。
戦うことを軽視した後天的天才と、戦うために生まれた先天的天才。
そういう視点で見たとき、私は一抹の不安を覚えるのです。
繊細複雑な絵画を幼児の力任せな一筆が壊してしまうように……あるいは、と。
アルフヘイムは勿論の事、エルフ領の調査が必要かもしれません。
光主の正体を詳らかにしなくては。
そして挟み込むのです、策を。力の所有者と使用者の乖離、その間隙へと。
「よー、いるかよクヴィクー」
「……トジフォ、前線の警戒はどうしたのです?」
「どうしたもこうしたもねーっつーの、超戦ったっつーの」
早い。アルフヘイムの尖兵だとすれば早すぎる。
「どういうことです?」
「エルフちゃんたちが来てさー、会うなり神聖魔法飛ばしてきやんの。ないわー」
「規模は?」
「10人ちょい? とりあえず10人分にはなった感じ?」
「……使者か偵察か、どちらにしても今は死者ですか」
「チビが上手いこと言ってるー、うーけーるー」
馬鹿が戦端を開くのは歴史の常ですか。
弁明の使者を立てるとしても人がいない。
私か御姫か……私の場合、魔将ですから話す前に滅ぼされかねません。
さりとて御姫でも危険でしょうね。何しろ、自称魔王の妹ですし。
「どーすんだ?」
「……放っておきましょう」
戦争勃発までの期限が切られただけのことです。
使者か偵察かで少し変わりますが、その帰りを待つ期間。
帰らないことで対策を考える期間、追加の調査にかかる期間。
軍を派遣するまでには、まだ時間が掛かる……貴重な準備期間としての時間が。
「主のところへ報告に上がりましょう。今は居室にいるはずです」
「うは! やったやった、久々の寝室! 準備してきたし! バッチリだし!」
「……魔炎殿に燃してもらった方がいいでしょうか」
「燃えてきたああああ!!」
さぁ、企みましょう。時間は有限です。
全てを推察し、心抉り魂を嬲る、そんな滅亡を用意して見せましょう。
主に敵対したものに不幸を。凋落を。破滅を。
私こそは「破滅の囀り」、クヴィク・リスリィなのですから。
◆ キュザンEYES ◆
何ということだ……
アルフヘイム建国、更には魔王領への侵攻可能性だと!?
どうしてそうなる……いや、なるべくしてなるのか……だか、それにしたって!
(落ち着けよ、キュザン。攻めて来なけりゃ戦いにはならんさ)
攻め寄せてくるに決まっている!
アルテイシアは優しい娘だが、果敢で曖昧さを残さない性格だ。
ましてや父上が側にいる。理想を掲げた以上は中途半端な行動を取らせない……
だが早過ぎる!
父はまだあの大魔導師を見極めていないはずだ。
母も同意の上のことなのか? こんな性急な遣り方、まるで……
(なあ、帰るか?)
えっ!?
(アルフヘイムってのを支援する立場なんだろ、キュザンたちってさ?)
支援……そう、なるのか。
だが魔王軍と、お前と敵対させることは本意ではない!
私はお前をまだ見極めていないのだ!
(いや、だってもう敵みたいなんだけど。ウチのが問答無用で攻撃されているし)
そ、それは不幸な事故だ!
不死属性や魔将を見たら、大抵のエルフは思わず……その……
(思わず攻撃しちゃうか。物騒だ。なら魔王の俺も問答無用じゃないの?)
いや、お前は基本的にはエルフなのだろう?
そう言っていたではないか、エルフとしてこの世界に産まれたと。
ならば、話す余地はあるはずだ。アルテイシアもまたエルフなのだから。
それにお前の本願はアルフヘイムとの対決ではないだろう?
(エルフで魔王とか余計に怒らせる気がする。ま、どうでもいいけど……)
待て! 踏みとどまってくれ!
考えるのを止めないでくれ! 興味を失わないでくれ! 頼む!
お前の察するとおり、私と私の家族はエルフに協力する立場にある。
エルフの女王エスメラルダも良く知るし、アルテイシアとも親しい。
だが、私は、アルバキン……お前のことも知ると自負しているのだ。
……私を使者に立ててくれ。
必ず、この無益な争いを回避してみせる!
(封印は解くよ。帰るといい。ただし、俺の使者としてではなくね)
どういうことだ? 私が信用できないのか!?
(信用も何も、俺はキュザンの背景を知らないんだからさ)
そ……それは……だから、戦いが始める前に放逐すると……?
(いや、落ち込むなし。お前さんの立場が悪くなるようなことは出来ないだけ)
そんなこと! このままでは立場が悪いのはアルバキンだろう!
(俺の立場は変わらない。周りが勝手に騒いでるだけ)
お、お前は……また……?
(そ。降りかかる火の粉は払う、それだけ。邪魔は困るんだ。忙しいから)
だ、だが……それでは……
(戦いたいのは向こうだろ? 先に仕掛けたのも向こう。そうだろ?)
う、む……そうかもしれぬが。
(この上、俺の研究の邪魔をするようなら……後はわかるだろ?)
……。
(帰って、まぁなるべくなら、もう来ないでくれ。戦うことになっちまうからさ?)
◆ フルイEYES ◆
フルイは龍王。
この世界のドラゴン、蜥蜴もどきたちを導いてあげている存在。
龍王八仙が中女、火のフルイ。今日はとても機嫌がいいんですの。
「ですから! アルバキンは自ら魔王と名乗ったわけではないのです!」
「人物とは周囲からどう見られるかが大事なのだ。魔王であることは変わらない」
「だからといって排斥するのですか!? なんと無体な……!」
「口を慎め、キュザン。お前は報告すら終えていないのだぞ」
久しぶりに帰ってきた姉上が、父上と口論をしています。
うふふ……もっとやると良いのですわ。
これって修羅場というものでしょう? 姉上の心を射止めたのはどんな男かしら?
「事は急を要するでしょう! まずはアルフヘイムの蛮行をお諌め下さい!」
「蛮行、と申したか……正気か?」
「正気の怪しいのはそちらでしょう! あの娘にああも人殺しをさせて……!!」
まぁ、大気が唸りをあげ始めましたわ。
御二人とも風を上手に扱いますものね。どんな戦いになるかしら?
「そこまで」
あらつまらない。母上が止めてしまわれましたわ。
「二人とも歳と立場を弁えることじゃ。我らの目的も忘れてはならぬ」
「「……」」
あらあら、意地を張っちゃって。重症ですわ。
父上はアルテイシアを、姉上はアルバキンとやらを応援したいのですね?
そういう気持ち、フルイは大事だと思いますわ。
龍王八仙、その数えてきた悠久の時間。
龍王八仙、その力ゆえ世界の調停者たるべき立場。
そしてその目的は、我らの世界を滅ぼした存在への対抗。
大きすぎる思いは今を冷ましてしまいます。
小さな情熱をもって今を生きることも大事、フルイはそう思いますの。
「まず確認しておくがの、アフルヘイムはもはや我々の手を離れておる」
父上も姉上も納得がいかないという顔ですわ。
その執着心こそ情熱。素敵な病ですわね。後になれば後悔もありますけれど。
「エルフも同様じゃ。我らは守護者にあらず。思い入れなどあってはならぬ」
流石は母上。
道理を語らせたら右に出るものの居ない御方ですわ。
父上も姉上も、自分の情熱をさも道理のように語るのはいただけません。
何事も分別をつけることが見苦しくなく生きるコツです。
ですから、こう主張すべきですわね。
娘よ、父はアルテイシアたんが可愛くて可愛くて仕方ないのだ!
父よ、娘はアルバキンしゃまをお慕い申し上げているのです!
……これですわ。何て情熱的なのでしょう!
「円卓会議への出席も次回は我。お前様は本来の役目を果たすが良かろ?」
「う……む」
かの大魔導師を見極めることが、父上のお役目。今現在は。
気乗りしないのもわかりますけどね。いつも翻弄されていますし。
大魔導師イリンメル……何故かフルイと通ずるところを感じるのですけれど。
「キュザンも早く報告せい。魔王アルバキンについて知ることを全て、の」
そして語られたのは、姉上の無茶で無謀な、それでいて情熱的な物語。
黒い化け物が群れ集う、「塵の森」上空の戦い。
地上へ退避したる後の、森の中の激しく休み無き戦い。
かの大魔導師の拠点である地下迷宮への探索行。
そこで出会った恐るべき魔術師。彼の放ちし竜幻魔法。
上級暗黒魔法による封印。そして……「白」の体験。
その内容たるや、父上と母上までもが身を乗り出すものでしたわ。
「何ということだ……魂の蟲毒……何と禍々しき邪法!」
「その規模、効果、性質。どれをとっても彼奴めを感じるの」
フルイも同感ですわ。
まるで神の如き所業……ただただ壮絶な、世界の理の外側にある何某か。
「……1つ気になることがある」
父上が厳しい顔をしています。最近は見なかった、いつもの、本来の表情。
残念……もう熱病は醒めてしまったのかしら?
「その者は、エルフの男なのだな? そして地下迷宮の最下層に目覚めた、と」
「……はい。そう申していました」
あらあら、姉上はまだ患ってますわね。
父上はもう龍王の顔をしていますのに、姉上は女の顔です。情熱的ですわ。
「大魔導師が話していたのだ。自分は人造人間を作っているが……」
流石と言うべきでしょうね。
現状、彼女は世界最高の錬金術師です。
その絶技は世界をすら左右する領域……生命の創造も容易いのでしょうね。
同様に、エルフの女王・エスメラルダもかなりのものですね。
龍王の助力があったにせよ、それだけの器を創造したのです。
アルテイシア……彼女の天才は父上をも魅了するほどだったのですから。
「同時に、拾ったエルフの赤子も育てているとな」
「どちらが魔王かえ?」
「拾い子の方だ。魔王が男ならばな」
「人造人間の方は女子か」
「もともと『しろろりめいどふく』なる装いをさせる少女を創造していたらしい」
私もよくは分からんが、と父上が困惑気味に言います。
大魔導師は頻繁に意味の分からない言語を使うゆえ、仕方ありませんわね。
フルイのことも「やんでれよびぐん」とか言っていましたけど、何のことやら?
「アルバキンが捨て子……」
姉上、本当に恋しているみたいですわ。
胸を締め付ける何かがあるのでしょう?
それは情熱、またの名を情熱、強いて言うなら情熱ですわ!
「解せんな」
「お前もそう思うか。私も気になって仕方が無いのだ」
両親して難しい顔をしていますが……何でしょう?
エルフが子を捨てても、その子が魔王になっても、別に変な話では……あ。
気付きました。
エルフ、それは風の精霊の加護を受けた人間種。
更には、知られてはいませんが光の精霊の加護もあるのです。
光と闇。
ヒュームは神として特別視しているようですが……眷族無き単一精霊に過ぎません。
それでも健気に崇拝して光属性も扱うようですが、元々、ヒュームは闇に属します。
四大属性ほどの強い加護ではありませんが、確かに加護はあるのです。
エルフとマーマルには光の加護が、ヒュームとドワーフには闇の加護が。
だからこそ、変です。
魔王の使う魔法は闇と火。それは彼がヒュームであることを示唆します。
エルフの典型であるアルテイシアとは正に真逆の存在。
こんなことって……あり得るのかしら?
「……大魔導師の話を聞かねばならん」
「我はエスメラルダと話そう。どうにも無関係とは思えんしの」
面白くなってきましたわ。
姉上の思い人、魔王アルバキン……ちょっと見に行ってこようかしら?




