アルフヘイム建国編 第3話
◇ WORLD・EYES ◇
アルフヘイム光国。
旧フランベルク帝国領に代わる形で建国された国家である。
旧帝都を首都とし、政体としては絶対君主制だ。
主権は光主アルテイシアにあり、それを円卓会議が補佐するという形式である。
円卓会議には12の席が用意されている。
エルフ、ドワーフ、マーマル、ヒュームの4種族に3席ずつの割当だ。
それらの上位に、精霊席、龍王席と呼ばれる相談役のための席がある。
下位には、非固定席として、5席ほどの亜人のための席がある。
今、その会議室には10人の出席者がいた。
エルフの代表として3人、ドワーフの代表として3人。
亜人からはコボルトが1人、インセクターが1人。
龍王席には白銀の装いの偉丈夫が1人。
そして光主アルテイシアが玉座に鎮座し、計10人である。
「ふむ……やはり空席が目立ちますね。御母上はどうされましたか?」
龍王席に座る男が光主に話しかける。重く響く低音声だ。
彼こそは龍王八仙の長、「天のエイエン」。龍大公とも呼ばれる男である。
「要請はしたのですが、我は精霊王にあらず、と……」
「あれほど風の精霊王に近い御人であれば、本日の相談役くらい担えそうですが」
「その分、期待しておりますので、どうぞよろしくお願いいたしますね?」
「ははは、応えて見せましょう」
絵になる、とはこの2人のことを表現する言葉なのだろう。
そこには信仰心すら抱かせる景色がある。黄金の姫と白銀の騎士の語らい。
詩才のない人間ですら詠いたくなるその中で、老エルフは咳払いをしてみせた。
盲目なのか、それとも豪傑か。
「光主、御前に準備は整いましてございます。お声を」
「わかりました。では皆さま、只今よりアルフヘイム円卓会議を始めます」
光主の宣言を受け、会議は始まった。
その内容は多岐に渡る。
国是の確認に始まり、現状の確認を経て、中長期の政策を前提とした短期政策。
出席者にとってはほとんどが確認作業のようだ。速やかに決議されていく。
時に笑いも起こり、その度に老エルフの咳払いが場を諌めた。
光主の臨席と、先の戦勝……高揚するなと言う方が、無理な話なのかもしれない。
そこには光があった。
明るく照らされた今と、約束された未来とが輝いていた。
さもありなん、この場には栄光と光輝との化身たる女神が御座す。
アルフヘイム光国、光主アルテイシア。
エルフを統べる女王エスメラルダの愛娘。
輝ける美貌と博愛の持ち主であり、この世に並ぶものなき甚大な魔力を振るう。
その属性は光と風。
閃光は敵を消滅し、暴風は敵を翻弄する。他方、癒し労う力でもある。
彼女に不可能はない。
長らくエルフを苦しめていたヒュームの傲慢……それを彼女は正してみせた。
背徳的な術を破り、人馬族を貶める蛮挙を掃討し、頑迷な城砦を浄化した。
それらは教育だ。愚かなヒュームへ目覚めを促す、誠意の叱責だ。
見よ、平原南部に篭ったヒュームを。
彼らが暮らすべき本来の土地こそが、そこなのだ。その広さなのだ。
この平原北部は、その半分を森へと回帰させなければならない。
残る半分は、失われた人馬族を偲ぶための墓標となろう。
在るべき形を。
アルフヘイムはまずそれを普及する。
大陸に再びの秩序を。在るべき形で。
そしてその先にこそ、アルフヘイムの理想が輝くのだ。
円卓会議こそはその栄光の金字塔となるだろう。集え、この叡智の議場へ!
ヒュームもいずれ時が来れば、招き入れられるだろう。
彼らのための席は既に用意されているのだ。
今は辛くも思うだろうが、熟考し、自らを省みて、やがてはこの席へ!
だが……
罪無く、出席の資格に何ら欠けること無き3席が、空だ。
マーマル。
心幼く無知で、身体小さく非力な人間種。
大陸に争いの絶えぬ歴史が、彼らの弱きを許さず、彼らを片隅へと追いやった。
今こそ、このアルフヘイムこそが、彼らの復権を果たすべき場所であるのに。
招聘されたマーマルたちは、誰一人、留まろうとしない。
所詮は水の属性人ということなのだろうか。
流れ、服わない妖精人……彼らは半ば海の民だ。
海。大陸とは摂理を異にする世界。
光も風も届かないその奥底には、地上と隔絶された文化があるという。
「戦乱がマーマルを臆病にしたこともありましょう。時間がかかります。しかし……」
老エルフが口ごもる。光主は可愛らしく小首を傾げた。
「しかし、何ですか?」
「……既に、自らの主を戴いていることが問題かもしれません」
「まぁ……マーマルに君主がいるのですか?」
「君主と言うべきか、何と言うべきか……」
らしくない迷いを見せる老エルフに、会議はざわつき始めた。
場を制したのは、それまで何一つ話さず、ただ追従の笑いを重ねていた者だった。
「まおーさま」
コボルトである。
忽ち集まる視線に恐れをなし、椅子の下に頭を突っ込んで震え出した。
追求はない。それはそうだ。コボルトにまともな会話能力などない。
ないというのに、しかし、口にしたのだ。それを。
「魔王、か……」
龍王席から響く声は、呟いたにしては場に響き渡りすぎる。
「大公様はご存知なのですか? その……魔王なる者を?」
「愚にもつかない噂だけは。しかし妻が気にかけております。その者を」
今度こそ会議はざわめきを高めた。
龍王の妻もまた龍王。即ち「地のバゼタクシア」のことだ。
その千里眼とも言われる才知は誰もが畏怖するところのものだ。
その彼女が気にかける……ならば噂は真なのか?
東の荒野に在って、絶大なる魔力で魔物の軍を束ねるという、その者。
実在するのか……魔王は。
「魔王……ですか……」
晴天の果てに立ち上る雨雲を見通すように、光主の眼は東を向いた。
それは予感?
いずれ来る対決の時を見据えた、時の流れすら貫き通す眼差し?
しかし、その時、魔王は東に居なかった。
◆ アルバキンEYES ◆
いやぁ……感慨深いものがあるな。
ローブの奥から周囲をキョロキョロする。
日本人だった俺から見て、異国情緒溢れる夜の繁華街だ。
ヨーロッパ来たみたい。海外旅行したことなかったけど。
皆見てるか? 俺は、皆の死の果てに、本当に転生してたらしいぜ。
いつかそっち行けたら、話せたなら、きっと伝えるからな。この風景を。
ここは大陸南部の東岸、海辺の街だ。
俺は転生して初めて人家を見たのだ。道を、街を、平和に暮らす人々を。
あるんじゃないか……ここにも、こういう風景が。
訪問目的は物騒だけどな。
崖上の大聖堂とやらの奥の奥、魔将ワット・バッスリーを強奪するためだ。
北の方で大きな戦があったようで、今スカスカなんだとさ。大聖堂。
どうやって来たかって?
最短距離に決まってるじゃないか。直線だよ。海を斜めに一直線。
黒鳥は・楽しからずや・海の青・空の青にも染まず飛び去る、ってな按配だ。
そういえば。
海側から街が見えてくると、何とも言えない感慨があって驚いた。
長く飛んでるとさ、空間があんまり広く自由で、錯覚するんだよ。
海とか綺麗なの最初だけ、後は飛ぶための「障害物」に見えてくる。
こんなに俺は自由なのに、あの青い壁にはぶつかると死ぬんだ的な?
それからすると、海辺に見えた街は良かった。
複雑なことが想像できるんだ。家一軒あれば、家族と生活と日常が想起される。
知識があれば海でも山でも同じように思えるんだろうけど、ないからね。
ああ、意味のあるゴチャゴチャがある。あれは障害物なんかじゃない。
降り立つことも悪いもんじゃない……なんて。不思議な感慨だった。
(鳥も飛び続けるわけではない。刀もまた鞘に収まる。大事なことだぞ、これは)
こういう話好きだよな、キュザンは。
最初は煩かったお前さんだけど(な、何だと!?)いや、今は違うって話!
貴重な話し相手だと思ってるんだよ。
俺を「魔王様」扱いしないのって、お前さんきりだもんな。
(私はお前を見届けることにしたのだ。魔王と呼ばれる、只の泣き虫をな!)
はっはっは。今更効かねーし。白い黒歴史見られたら怖いもんねーし。
それにキュザンだって涙ぐんでたの知ってるし。嗚咽だったしー?
(な、ななな、なにゅおっ!?)
はい、脳内お喋りはここまで。
今から警戒態勢に入るから、集中乱すなよ。俺はまだ死ねないんだから。
礼拝用なのだろう、長い階段を登っていく。
巡礼者が年配だったら死ねる長さだ。時間的に誰もいない……だから分かる。
見られている。
おいおい、気付くの早くね?
大聖堂の方からだ。誰だか知らんが、気をつけろよ?
それ以上、視線に魔力を込めてみろ……《邪眼》と見なすぞ。
照準照射と判断した瞬間に殺しちまうぞ?
気をつけろよ、ヒューム!
……おっとと、こっちが《邪眼》使いそうになってどうする。
最近の俺じゃ、それこそ一睨みで殺しかねん。自重自重。
軍を向けてきた以上、教団は既に俺の敵。いずれは殺すとしても聴取が先だ。
正面の大扉は閉じている。
それが閂を外す音も高らかに、観音開きに開いていく。雪風に開けさせました。
うーん、いかにも教会だ。
バージンロード的な中央を進む。お、神像発見。
人はいない。さっきの奴は逃げたか……奥へ、そして地下へ。
いよいよ事情を知っているっぽいな。案内してくれるなら話が早い。
本当に無人だな。
全体的に真っ白で、あまり好きにはなれない建物だ。あそこみたいでさ。
彫刻類や調度品も面白みに欠ける……ウイの落描きの方が奇想天外で面白い。
逃げられるとも思うまいに、どこまで案内してくれる気だ?
おやおや……隠し扉の類も開けっ放しかよ。招いてるつもりか?
奥の奥、地下の地下。
ここまで来るとわかる……これは魔将だ。魔将がいる雰囲気だ。
あの扉の先か。
開く。
居た。
白衣の男だ。中年、オールバック。厳ついね。
何やら嬉しそうに立っている。偉そうな感じだ。
「お前が魔王か……なるほど、角や翼があるわけではないらしい」
そいつの背後に目当てがあった。
年代物の魔法施設。その中枢だな。全体像はもっと大規模だろう。
円形に並ぶ5本のオベリクスと、その内側で明滅し、ゆっくりと回転する魔方陣。
「北の光主に手足をもがれ、東の魔王に頭を潰される運命か、我ら教団は」
魔将ワット・バッスリー。
魔界で悠久の時を運用され続けた魔方陣……
それ自体で突破を果たした存在だ。極めて特殊な魔将だな。
「私など眼中にも無し、か……嫉妬を感じるのは何故かな。世界は手厳しい」
ん? 男が何か喋っていたようだ。
死にたいなら死になよ。もう生きる望みも無いって顔してるぜ、あんた。
何に絶望したんだ? そうなっちまったら、もう御終いなの知ってるか?
俺は……たくさん見たよ、そういう顔。
「私が復活させし、神聖エノク帝国の秘術……その全てを記した書がコレだ」
大事そうに持っていた本を、表紙なんて撫でて名残惜しそうにしながら、置いた。
後で拾っておくよ。クリリンにも読ませよう。大事にするさ。
「さて……他に整理するものがないというのも、些か物寂しいが」
白いローブから両の手を出す。ごつい手だ。
「人間の義務を果たそう。光輪のカーディフ、参る」
後背の魔方陣が光を強めた。
突き出された腕から光の輪が乱出した。《魔力壁》で逸らす。
飛び散ったそれらは、俺を中心に大きな輪を描いて滞空した。溶けて混ざる。
万力のような力が俺を締め付け始めた。
これは……斥力か。内側へ斥力を放つ大光輪というわけだな。
輪の大小強弱で、束縛や圧殺といった用途があるのだろう。
だが、俺には通じない。
《重力遮断》はあらゆる引力・斥力を無効にする。
重力系は最重要研究テーマなんでな。攻めるも守るも得意なんだ。
《魔力看破》、《魔力壁》、《重力遮断》と使った。
この光の輪が消失したとき、もう1つの魔法で殺そう。敵よ。
「《虚数点》」
任意の小空間を極細重力偏差によって捻じ曲げ、空間ごと消去する暗黒魔法だ。
《虚数封殺》の小規模版だな。中級魔法だし。
上半身をそっくり失って……残った下半身はゆっくりと倒れた。
あまり血も広がらない。心臓も消失したからだ。それでも血の匂いはする。
いつだって殺すことは陰惨だ。死は生と対照的に過ぎる。
さて、と。
本を手に取りさっと目を通す。成程ね。大体は予想の範囲内だ。
技術的な創意工夫は、後で検証してみればいいだろう。
ではやるか。
魔将ワット・バッスリーよ。
汝に命ずる。我に従え。常に我の側にあり、忠誠をもって仕えよ。
◆ ゴルトムントEYES ◆
いやー、凄い時代に生まれたもんだ。
アルフヘイムとはまた、何とも大きな夢物語を掲げたもんだよ、エルフは。
あれだけの虐殺をしといて理想郷の提唱とは、傲慢ここに極まれりだよねぇ?
ドワーフの意図は予想通りだったね。
彼らはやはり我々との取引継続を望んでいる。お得意さんだもの。
我ら大公国……今となってはヒューム最後の国家となったわけだけどね。
そもそもドワーフとヒュームは文化的に補完関係にある。
彼らからは鉱山資源と冶金技術が、我々からは農産牧畜生産物と繊維紡績技術が。
他にも細かな分野に至るまで、互いに補い合って文化を営んでいるんだ。
エルフは魔法の力に頼って自給自足。経済概念も薄いよね。
ドワーフの狙いは1つ、ヒュームの亜人排斥へ掣肘を加えること。
この数十年は聖神教団が台頭していたからね。
彼らの教義はエルフとの戦争負担に苦しむ民に広く浸透して……過激になった。
煽りを食らったのはドワーフだ。聖神教が国教になるや交易大縮小だもの。
さりとて戦争を仕掛けるわけにもいかない。兵力的にも、事後処理的にも。
渡りに船だったんだろうね、今回のエルフの大望は。
光主とやらはエルフで、しかもエルフ女王の娘ときた。
どう考えたって首謀者はエルフ・パルミュラ王権。ドワーフは付き従っただけだ。
むしろ第三者としてエルフとヒュームの仲裁に立つこともできる。
平身低頭、ヒュームはドワーフとの交易を大拡大することになるって寸法だ。
しかも。
本日耳にした重大事件、即ち「聖神教団大司教の暗殺」だよ。凄いね。
教団は隠そうとしているけど、無駄無駄、尋常な殺され方ではなかったようだ。
光主の差し金かな?
それとも……魔王の手の者かな?
教団は敵を作りすぎたね、結果的に。
聖印騎士団は初めに魔王と、次に光主と一戦を交えている。
その結果が連敗および騎士団壊滅なのだから、何とも締まらない話さ。
さてさて、大公様はどうするのかな?
とりあえず静観したわけだけど、この後もそうさせてもらえるかな?
次の争いは、ほぼ間違いなく、アルフヘイムと魔王軍との間に勃発する。
魔王はどうだか知らないが、少なくともアルフヘイムは魔王を受容できまい。
相手の価値がわからなくとも、それはそれで上手く付き合うのが大人だけど……
無理でしょう? 光主さんとやら。許容できないでしょう?
建国という結果に至るまでの経過がそれを物語っている。
あんた、もしくはあんた等は、子供じみているよ。
他に幾らでもやりようがあったはずだ。その国是を掲げるのなら。
もっと犠牲を抑えることができたはずだ。それだけの力を持つのなら。
こういう経過を踏んだあんた等は、間違いなく、虐殺者で独裁者で独尊主義者だ。
上手く乗せてやろうよ。
上手に潰し合わせよう、光主と魔王を。
この大陸に現れた2つの規格外を、噛みあわせて、笑って見ていよう。
それはきっと見応えのある神話だと思うよ? 臨場感のある神話さ。
その間に蓄えようや。ヒュームは。
力を。




