アルフヘイム建国編 第2話
◆ クリストフEYES ◆
ふん、皮肉なもんだ。
待ちに望んだ機会が訪れたというのに、力が足りないじゃないか。
エルフどもを平原に誘き寄せての決戦……この構図こそ画策したものなのに。
エルフの王族は半ば人を逸脱している。
森の中であいつらを追い詰めたところで、まず止めをさせない。
あの時もそうだ。女王に一太刀見舞ってやったのに……もう一撃が届かない。
その一太刀のために、父も友も死んだというのに。
ここなんだ。平原であればこそ、その存在を滅ぼせる。
そのために敢えて隙をさらしてきたのに、10万を超えて来るとはな。
まさかドワーフと同盟を結ぶ器量が……いや……違う?
そうだ、違うぞ。そんな器量があるわけがない。あの女はそういう存在ではない。
「その美しい髪が欲しい」
そんな理由で姉に呪いをかけ、化け物とした女に度量などあるわけがない!
忘れんぞ、あの夜のことを。貴様の顔を。姉を……殺めた、この手の震えを!
滅ぼさなければ……貴様を滅ぼさなければ、俺は死んでも死にきれん!!
……落ち着け、帝王たる俺よ。考えるんだ。
全ての事象には原因と結果がある。この劣勢を招いた原因を考えるんだ。
ドワーフは、良くも悪くも動じない連中だ。
あいつらはあの女を崇めもすまいし、畏れもすまい。嫌悪するのみだ。
事実、エルフとドワーフの山地における諍いは五分の情勢だった。
それが収まったのは、俺があの女に深手を与えたからではないのか?
攻める力を失って守勢に回っていたのではなく、交渉していたのか?
エルフとドワーフによる対ヒューム共同戦線……いや、無理がある。
まず、あの女にそんな器量・度量がない。
アイツは同族の平民すら、道端の草花程度にしか見ない化け物だ。交渉など。
更にはドワーフだ。あいつ等はヒュームと敵対していなかった。
特に平原南部では交易関係もあったはずだ。どうしてエルフと結んで攻める?
……あの軍の指揮官は誰だ? 目的は何だ?
根本的なところで、俺は思い違いをしていたんじゃないか?
あの軍は、今までのエルフ軍と同列に扱ってはいけないのかもしれん。
事ここに至るまでの経緯も不可解だ。
何故、あの時機にサイギス市に攻め込んだ? そして地均しをしたんだ?
何故、平原北東に出現し、地均しをしたんだ?
……何故、攻めるのではなく、地均しをするんだ?
まだある。
どうして帝国軍の集結する帝都を攻める?
ドワーフ領を移動できるなら、兵力に劣る平原南部を攻め放題じゃないか!
……そうか。
1つだけ分かったぞ。
ドワーフとの交渉が難航したことは間違いないのだろうが……
サイギス市への攻撃は、我が帝国の優勢を嫌っての事だな?
地均しは従来の「国土回復」志向としてしか捉えきれんが……
その軍事行動は徹頭徹尾、我が帝国を標的としているじゃないか。
あの軍は、フランベルク帝国を滅ぼす目的で組織されたもの。
……そういうことか、そうなんだろう、エルフの女王よ!!
◇ WORLD・EYES ◇
大会戦。
後世にそう記録される平原北西での戦い。
帝国側の陣容は以下の通りである。
横列の左から順に、黒色道化旗、青色貨幣旗、赤色聖杯旗、白色王剣旗。
それぞれが15000の兵力だ。両翼の黒と白は騎兵が多い編成となっている。
その壁の後方に、紫色帝王旗。これは1万騎総騎兵という編成だ。
以上。
それに対し、エルフ・ドワーフ連合軍の陣容は以下の通りである。
2万からなるドワーフ隊が3隊、互いに間隔をあけて横に並ぶ。
その隙間からは、それぞれ3万からなるエルフ隊が並ぶ。
エルフ隊は前列後列で武装に違いがある。剣士系が前へ、弓・魔術系は後ろだ。
最後方、エルフ隊を左右に睥睨するように、混成軍3万。そこが本陣だ。
全体としては、ドワーフ隊を底辺とする三角形を形成している。
以上。
戦域全体を見渡せば、帝国軍が倍する連合軍に包囲されつつある状況だ。
しかし幾つかの要素が、初期展開において帝国を利することとなる。
1つ、平原における戦術はヒュームに一日の長があること。
1つ、連合軍は規模・構成において不慣れな点が否めず、行動が緩慢なこと。
1つ、騎馬が歩兵に対し優位であること。
即ち、フランベルク帝クリストフは大胆な戦術でもって連合軍を翻弄した。
まずは連合軍の意図を受ける形で、正面からぶつかる。
敵右翼2万には黒が、敵中央には青と赤が、敵左翼には白がそれぞれ相対した。
後方からの弓・魔法の援護がある以上、そのままであれば両翼から崩れただろう。
また、それが連合軍の狙いでもある。
しかし、唯一数で優位に立つ場所があった。中央である。
青と赤とが連携して両端を攻め、やや薄くなったその中央の中央へ……
紫色の騎馬軍が雄叫びと共に突撃したのだ。帝王自らの吶喊である。
もともと騎士として戦い、騎馬隊を率いて軍功を重ねた彼である。
その突破力は凄まじいの一言に尽きる。2万は中央から血を流しつつ裂けた。
青と赤も連携して前進し、混戦は後方援護すら無効化して、中央は傾いた。
そこだけを見れば連合軍に倍しているのだ、帝国軍は。
それだけでは終わらない。
救援しようとした左右のエルフ隊へ、帝王は隊を5千ずつに分割して当てたのだ。
猛烈な勢いをそのままに、5千が3万を撹乱する光景が2箇所に生まれた。
退き際も鮮やかだ。
最後方の3万が動くと見るや否や、即座に転進、両翼のドワーフ隊の後方へ。
善戦していた黒と白とを援護すると共に、痛撃を与えて引き下がる。
中央も十分に壊滅と言える打撃を与えた青と赤が下がる。
距離を開けて両軍が再び相対したとき、その損害の差は明らかなものだった。
帝国側が5千名ほどの被害であったのに対し、連合のそれは2万を超えた。
その殆どはドワーフであり、連合は前線力を大いに削られたのである。
確かに、大会戦の初めにおいて、帝国軍は連合軍に勝利した。
しかし、それだけだ。それだけだった。
その終わりについては……壊滅的な敗北が、帝国の命運を断つのである。
◆ クリストフEYES ◆
よし、緒戦を勝ったぞ!
やはり平野での機動戦は奴らに有効だ。連中の連携も隙だらけだ。
エルフが未だその真価を示していないところに不気味さはあるが、な。
あいつ等の最も恐ろしい所は、その魔力にある。
小規模な魔術応酬はあったが、大規模魔術が一度も振るわれなかった。
先の聖印騎士団壊滅の原因は大規模魔術、そう見て間違いない。
敵の本陣の3万が動けば、それが来るだろうな。
動き続けることだ。
全軍を一所に留めず、常に移動させ、混戦に持ち込まなくてはならない。
ただの混戦では数で負ける。機動力を維持しつつの混戦でなければ。
鍵は騎兵だ。平原で戦うとはどういうことか教えてやる。
む?
敵陣に動きがある……何だ?
両翼を広げに広げて……我々を半包囲しようというのか、今更?
……違う!
正面、敵中央に出ているのは敵本陣だ!
まさかこの距離で? いや、それは流石に無理だろう。できるなら最初から……
ん……耳が痛い……何だ?
何が……まさか……まさか!!
◆ アルテイシアEYES ◆
「《雷竜天昇》」
ヒュームの軍の中心へ、私の持つ最高の魔法を発動させました。
たちまち巻き起こる大気の大渦と、目くるめく神雷の乱舞。
天に突き刺さります。光と風の魔力が創り出す、大いなる裁きの御柱です。
「全軍前進です。逃げるものはそのままに、抵抗する者は倒してください」
あの吹き飛んだ中に、母上様を傷つけた者はいたでしょうか?
いたのなら少し残念です。何故そんなことをしたか問い、謝罪させたいのです。
躾にくいと聞くヒュームでも、反省の機会はあるべきでしょうから。
「姫様、ヒュームは篭城するようです」
「では、それが終わるまで待ちましょう」
私たちはこの地からヒュームを退去させなくてはなりません。
城を寄る辺とするならば、それがいかに浅慮な自信かを教えてあげましょう。
「それでよろしいでしょうか?」
御二方に伺います。
エルフ軍の指揮官モスコミュー侯爵と、ドワーフ軍の指揮官ブリガンダイン大将。
私は全軍の総指揮官ですが、何事も御二方のご意見を尊重しています。
陽動作戦も御二方の立案された作戦ですし、先の異教騎士団への対応もそうです。
敵の過ぎたる力……あの、光輝く謎の暗黒魔法に対してのみ力を振るいました。
今回も何もせず見ているはずでしたが、戦術というものも過ぎたる力とのこと。
自らの滅ぼしたケンタウロス族を模して戦う様も不遜極まるとか。
ならばきっと、あの大きなお城も過ぎた物でしょう?
やはり、その通りのようです。
ここ辺りまではそもそも森が広がっていたのです。
忌まわしき「大焼却」によって、ヒュームの罪によって在る土地。そのお城。
全てのエルフが忌むその悪夢の楔を、今、浄化しましょう。
この私、アルテイシアの力によって。
「《光熱泡容》」
お城を包むように、光の半球膜を形成します。
これは《光壁泡容》とは違い、内部のものに有害な魔法。
遮ることのできない透過光が、生物に致命的な加熱を行うものです。
少し時間がかかりますが……はい、もうそろそろ良いように思います。
「済みました。後は良いように」
皆が行きます。
このヒュームの業の象徴のような城塞都市は、解体され、造り直されます。
血を洗い流し、穢れを清め、新たなる姿へと生まれ変わるのです。
大陸の調和を取り戻すための象徴へと。新国の首都へと。
アルフヘイム。
神話に語られる、太古の妖精の国。その国名。
そこでは全ての種族が平等に暮らしていたといいます。
人間族のみならず、精霊も、亜人も、誰もが調和し、平和を謳歌していた国。
私はこの地に、その楽土を蘇らせなければなりません。
そのためにこそ、この世界に生を受けたのです。
そのために在るのです、私は。私のこの力も。
……ヒュームは増長しすぎました。
古代エノクが自らの業の深さに滅びたというのに、何の反省もしていません。
同族殺しを重ねた挙句に統一されたヒュームは、再びの愚行を繰り返します。
森であるべき土地に居座り、エルフを殺し、果ては母上様にまで傷を!
先の奇妙な暗黒魔法もそうです。
闇属性など正に業の象徴であるのに、それをああも堂々と振るう。
しかも使い手が大軍の先頭に立つ者であるなど……古代エノクの再来です。
まずは躾が必要です。
叱り、諌め、時には痛みをも与え……
何をしたら悪いのか、きちんと教えなければなりません。
森羅万象の理を理解し、その業と向き合い、その身を弁える日が来たなら……
その日こそが、ヒュームがアルフヘイムへ迎え入れられる記念日となるのです。
ああ、遥かなるアルフヘイム。それは黄金の国。
ヒュームよ、今はまだわからなくても仕方ありません。
考えなさい。自らの来し方行く末を思いなさい。省みなさい。
私アルテイシアは、いずれ来る黄金の日々を思い、待ちましょう。
◆ クリストフEYES ◆
ここは……地獄だ。
民たちの悲鳴が、嗚咽が、苦悶の声が聞こえる。
帝都の破壊される音が、敵の軍靴の音が、民の倒れる音が聞こえる。
ここは……俺の、俺たちの帝都だったのに。
「馬は! 馬はどうした!」
「無理だよ、厩なんてもう近づけない!」
「なら荷車だ! 荷車でいい、捜すんだ!」
「水ならあったよ! これだ!」
ああ……お前たち……お前たちもボロボロだろうに。
俺は、俺にいたってはボロボロどころの話じゃないのだろう?
俺は今、どんな姿なのだ? 四肢の内、1つでもついているのか?
目が見えない。匂いもわからん。身体の感覚などない。口も動かん。
ただ音だけが……世界が崩壊するような音だけが、この俺に響いている。
一撃だ。
緒戦の勝利を確信した直後の、あの一撃だ。
突如巻き起こった、あの大竜巻。あれが魔法だというのか。
全てを巻き込み、吹き上げ、雷が生き物のように無数に襲いかかる。
あれが……攻撃魔法だと? 数万の将兵を一撃で殺すあの天災以上の天災が?
ならば……その術者は、神じゃないか。
俺が助かった理由……神の思し召しでないとすれば、部下の犠牲のお陰だ。
宙を舞い、雷に襲われながらも、俺は誰かに護られていた。
落下したときも、偶然……いや必然だ……誰かが俺のための下敷きになった。
それでも半死半生の俺を、同じく半死半生の誰かたちが、運んだ。城へ。
その城もまた地獄だった。
城を包む見えない光……血を、体液を沸騰させて破裂していく誰かたち。
俺の目も、そのとき濁って、見えなくなった。
その最後に見たものは……俺に向かって駆け寄ってくる誰かたち。
師団の生き残り、城の女官、大臣、爺や、小間使いのガキども……
どうしてそうしたのかはわからない。
だが、誰かたちは、俺を中心にして「肉の壁」を作った。
どいつもこいつも、五体満足な奴なんていなかったはずなのに。
俺に折り重なるようにして死んでいく、その誰かたち。
力尽きても、爆ぜても、その身を俺に重ねていく……その誰かたち。
俺は生き残った。
その後も生き残れたのは、今声の聞こえる誰かたちのお陰だ。
地獄に違いなかったろう城へ駆けつけ、俺を見つけ出し、運び出した誰かたち。
今も恐らく移動しているのだろう。苦しそうな息遣いが聞こえる。
俺は……何故、生きている?
無数の誰かたちに守られて生き残った俺は、どう生きればいいのだ?
声すら発することの出来ぬ身で、どうやればいい?
どうやれば、俺は、報いることができるのだ。
「よし、他の連中も集めろ! 一気に抜けるぞ!」
「食いもの探しにいった連中が戻ってないぜ?」
「……さっき、市の方に矢が降ってた。上から狙ってやがったんだ」
「そうか……うん、行こう。行かなきゃ!」
どこへ行こうというんだ、お前たち?
俺は誰かたちのものであり、お前たちのものだ。
お前たちは俺をどうしたいのだ?
「どっちへ行く? 近くの村じゃすぐ狙われるぞ?」
「南へ出て大公国へ……行くか?」
その言い方……何だ、もう決まっているのか。
お前たちが俺を連れて向かうのは……ああ、そうか……そうだな、それがいい。
神の力に対抗するのなら、それがいいだろう。その通りだ。
「東だ。俺たちは……魔王軍へ亡命する!」




