アルフヘイム建国編 第1話
◆ ハイゼルEYES ◆
頑迷に我々を阻んでいた白色王剣旗が撤退していく。
あの方角は帝都だ。恐らく赤色聖杯旗も合流してくるのだろう。
それほどの事態だ。亜人の大進撃が始まったのだ。
北西……魔王とは違うのか?
亜人たちの王が魔王ではないのか?
「どうする、行く?」
「当たり前でしょう、何のために来たと思ってるの?」
「おばさんに聞いてないし。ハイゼルに聞いてるし」
「ちょっ、アンタ今、何つったぁ!?」
「認めよう、30過ぎれば、おばさんと」
「んだとコラァっ!!」
アゼクシスとグラシアが賑やかにしながらも、私の方を伺っている。
わかっている。気を使わせているのだ。弱いばかりに……心配をかける。
「行こう。大司教の想定とは異なるが、本懐には違いない」
我ら聖神教団が設立された理由、それは大陸からの亜人一掃に他ならない。
大焼却を再び。更には山岳への大崩落。人の形を模す獣たちに鉄槌を。
人々の願いは光となって我ら『六鍵』に委ねられている。
戦わなくてはならない。
弟も……戦って、そして死んでいったのだから。
「ロケナンもそれでいいか?」
華奢で小柄な上、俯いてばかりなので、何か言ったようだが聞こえない。
だが同意ではあるようだ。小さく何度も頷いている。
「よし、では行こう。中央は私とアゼクシス、両翼をグラシアとロケナンだ」
近距離戦闘を旨とする私とアゼクシス、対して女性組は遠距離戦が主だ。
他の全ての神聖魔法を失う代わりに得た、我らの光の奇跡……『聖法』。
特性を活かせば何者をも打ち破れるはずだ。
そう、魔王であれ……倒せるはずだ。倒さなくてはならない……!
「進発!」
聖印騎士団4万騎による進軍だ。
我らこそヒュームの願いの象徴、聖神の栄光を地上に齎す尖兵。
常に堂々とあり、その行軍すらも人々への教化でなくてはならない。
進路は北北東。
我らのみで当たるも良し、帝国軍との戦闘が始まっていたなら横撃するも良し。
相手は亜人の主力兵団と思しき軍……『聖法』の使用制限も必要ない。
全力だ。
我が全力をもって亜人軍を粉砕し、もって人間の尊厳を謳い上げねばならない。
それが出来なくては、どうして私は「光剣」のハイゼルでいられようか。
見えた。
あれが亜人の主力……その数、目算で12万ほどだろうか。
黄金天使の戦旗とはな。異教徒であることも当然だが。
エルフは軽装、弓と刺突剣が主武器。更に風霊系魔法に注意が必要だ。
ドワーフは重装、斧や槌が主武器。近接を強化する地霊系魔法に注意だ。
亜人の常として騎馬はいない。皆、徒歩兵だ。
帝国軍が帝都で守勢でいるのは良いとして、大公の軍もついてこないとはな。
レオノーラ伯爵は勇敢で信仰心の厚い人物と見ていたのだが。
待つか? いや、ここは勢いを大切にすべきだ。
『六鍵』が4人いて力を示さないでは、亜人討伐の教義自体が疑わしくなる。
『聖法』で損害と混乱を誘い、騎馬突撃で分断する。
一斉に耳を打つ弓鳴りの烈音。
エルフお得意の長弓矢雨だな……陣形は組まぬままに。油断か策か。
「散開!」
飛来予想地点を避けて分散する。
1万騎ずつを扇状に。私とアゼクシスは最前列で斬り込めるよう、位置を調整。
「ロケナン!」
馬上の小躯から奇跡の魔力が膨れ上がる。
対ドワーフ戦を想定して発現したと言われる『聖法』……「光砲」の準備行動だ。
両手を上げたその先に、光が集まり、集まり、球形を成していく。
大きい。あの、私が魔王戦で見た火球は……それよりもなお大きかったが。
「うわああああああ!!!」
ロケナンが吼えた。普段にないことだ。
轟音とともに放たれた大光球……それは凄まじき爆発をもって神の力を示すのだ。
ドワーフの鉱山すら崩落させるための力。それは野戦においても大いなる力だ。
だが、それは、着弾することなく爆散した!?
想定の半分も進まぬうちの爆発だ。
敵を襲うべき衝撃が、熱が、我々に向かう!
見た……私は見たぞ、光球を貫いた一条の烈光を!
「くっ、グラシア!」
示すまでもなく「光雨」は発動準備に入っていたようだ。
混乱し、たたらを踏む我々の中で、グラシアは敢然と第二波攻撃を放ってのけた。
「滅びなぁっ!」
彼女から無数の光線が放射状に放たれた。
それらは皆、空に弧を描きながら亜人の軍勢へと迫る。全てを貫く光の矢雨だ。
亜人を大小の区別なく駆逐するために発現したとされる『聖法』だ。
しかしそれをも防がれた!?
亜人の軍勢はまるで大きな泡の中にいるかのようだ。
その表面は虹色に光り、着弾の度に烈光を閃かす。
目が痛くなるほどの明滅。強く、連続する!
無傷。
馬鹿な……そんな馬鹿なことが……!
「ゴミが生意気なんだよ!」
光輝一閃、泡が切り裂かれた。アゼクシスの「光刃」だ!
剣でもなく槍でもない、ただ斬撃のみを生じさせる……即斬の奇跡。
「邪魔だオラッ!」
さらに一閃。十数匹の亜人が一度に両断された。
両の手で二撃、それがアゼクシスの連発限界だ。しかし、十分に隙ができた。
「全軍吶喊! 我に続け!!」
心の中で大神殿を想起する。その最奥……秘密の祭壇へと意識を向けていく。
光の大蔵につながる自分を念じ、導管を意識し、その結束を調整していく。
光、あれ。
右手に生じるは何物をも断つべき、我が「光剣」。
予定の被害を与えられていない以上、最初から全開で行く必要がある。
出力最大……唸れ、そして断ち斬れ!
「はああああぁぁ!!」
一振りで5匹、返す刀で更に5匹。
自らを槍の穂先と設定し、ただ真っ直ぐに敵陣を切り裂いていく。
脆い。やはり油断だったか。先の「泡」を頼んでのことか?
む、正面が開いただと!?
その先には……あれは……あの姿は……!
ま……魔王?
無形の衝撃。
全身がそれぞれに捻られ、視界は天地不明、奇妙な疾走感を感じて……激突。
即座に遠のきかけた意識を必死に維持する。
何だ……何が起こった?
視界は右半分が地面、左半分では何者かたちの足しか見えない。
全身に特に痛みは……いや、違う。これは痛みを脳が拒否しているだけだな。
ゾッとする予感がある。これは……五体満足でいる保障がないぞ?
激しく明滅する光がある。「光雨」か?
そうだ、戦闘はどうなっているのだ……私も立たなければ……足はあるのか?
戦わなければ……ああ、アゼクシスの声が聞こえる。戦っている。
私も、立つんだ。断つんだ。
何? 何だ……ハイロウもいるのか? そうか、まだいたのか……そうか……
◆ レオノーラEYES ◆
いつだって現実は予定外だ。準備通りにいった試しがない。
それでも職責を果たすのが貴族であり、軍人であり、この私というもの。
「伯爵、聖印騎士団はあのまま単独で敵主力とぶつかる意図です」
「狂気の沙汰だが、何しろ『六鍵』がいる。勝算があるのかもね」
狂信的無謀だったら目も当てられないけれど。
どちらにしたって、ここで私たちが崩れては生還できないだろう。彼らは。
「右翼前進、左周りにドワーフ勢を中央へ押し込む! 接近すれば矢は来ないわ!」
今私たちが相手にしているのは、恐らくサイギス市を消滅させた連中だ。
白色王剣旗が去り、聖印騎士団が去ったその後で現れた。
平原北東の1軍、平原北西の本軍に続く、現状では第3の軍となる。
予想以上に敵は多い……これは従来の規模を遥かに超えている。
本当に、ヒューム同士で争っている場合じゃないわね。
これはもはや侵略戦。奴ら、一気に平原を獲るつもりみたい。
「騎兵は何をやっているの! どうしてこうも矢が来る!」
頑強なドワーフを壁として、後方からエルフが射撃を重ねてくる。
手堅く嫌な攻撃ね。後方へ回らせたはずの騎兵が上手く機能していない……音か!
「本隊から遊撃として騎兵を抽出せよ! 馬に耳覆いをつけること!」
風霊系魔法で指向性の轟音を発生させるものがあると聞く。
騎馬隊の、あの近づく前に乱れる様子は疑わしい。エルフなら可能性もある。
「行って! 蹴散らしてきなさい!」
気前のいい数を送り出した。これで中央本隊は総前衛の有様ね。
ドワーフは遅いが下がらない。物凄い圧力で前進してくる。
ならば……圧し掛かる先を無くしてやるわ。
「中央を開けるわよ。左右に展開して挟撃をかける。各隊用意!」
敵に長所を発揮させず、こちらの長所を発揮して戦うことこそ肝要。
歩兵主体ではあるけれど、ドワーフ相手になら機動戦もどきもできる!
「は、伯爵! 大変です!」
「所見不要! 正確に事実を報告しなさい!」
「聖印騎士団はもはや壊走した模様! 多数がこちらへ逃亡中。敵追撃あり!」
「な……なんですって……」
早すぎる。殆ど一当てにやられたってことじゃない……『六鍵』でしょ?
しかも追撃って……何で帝都方面へ逃げないの!?
「挟撃作戦中止! 後方は騎兵に任せて、歩兵集結! 横陣三列!」
ジリ貧だけど時間を稼がなきゃならない。
逃げてきた騎士団を回収するための戦線を構築しなきゃ……!
「は、伯爵!!」
「報告は正確にって……!?」
中央を突破された?
目の前に迫る血みどろのドワーフ。大きく振りかぶったその大斧を……
「遅い!」
抜き打ちに柄を両断し、髭面に膝蹴りを叩き込む。
ひるんだ所へ逆手で刺突。捻って内部を破壊する。絶命。追撃もなし。
突出した単独兵か……中央が押されている証拠ね。
「横列陣、急げ! 槍を揃えろ! 怯むな!!」
◆ ゴルトムントEYES ◆
いや、酷いことになった。
いきなり赤色聖杯旗が皇都を退去するから、何事かと思えば……
エルフ・ドワーフ連合軍による大侵略、とはね。
後世はこの出来事をどう記すのだろう。後世にヒュームが存続しているとして。
大公も「聖印騎士団の救援」とか無茶なことを言うよ。
彼らがいる場所、帝都よりも先なんだけども?
まぁ、現在は第一から第四までの師団が帝都防衛という有様だけどね。
この段階でも姿を見せないとなると、第五師団の全滅ってのは真実だったかぁ。
つまりは、帝国軍はほぼ全軍でもって迎撃するわけだね。
エ・ド連合軍本隊に数で負けてるけど。更に北東からの別働隊も合流してるし。
……俺が合流しないと、落ちるかなぁ。帝都。
問題はレオノーラだね。
相変わらずの貧乏くじというか、教団の敗残兵抱え込んで防戦中だ。
相手はサイギス市を消滅させちゃうような連中の上、敵の増援もあったようだし。
よく保てるよね。俺なら逃げちゃう状況だもの。
ふーむ。
ヒューム的な視点で考えるなら、レオノーラ見捨てて帝都合流だな。
大公の命令的には、帝都見捨ててレオノーラに助勢か。
ここは……少しでも近い方から行くか。
「というわけで、助けにきたよ」
「どういうわけか知らないけど、助かったわ!」
あーあー、酷い状態だなこりゃ。特に聖印騎士団の傷病兵が酷い。
怯えきっちゃってまぁ……神聖魔法を使える奴が幾人かいるだけましか。
「ウチのが支えるから、左翼下げていいよ。ありゃ限界だ」
「流石に見抜くわね。そうさせて貰うわ」
しぶとく耐えてきただけあって、敵の消耗も大きい。勝ちは間違いなし。
どう勝つかだね、こうなると。
敵本隊に合流させるか、それとも殲滅すべきか、もしくは援軍を呼ばせるか。
「逃がしましょう」
「滅ぶかもよ?」
「先は上が考えることでしょ?」
「ご尤も」
小刻みに押して、確実に数を削っていく。こういう戦い方はウチの十八番だ。
損害があるなら大勝なんて要らないって風潮だからね。俺の部下たちは。
にしても、しぶといね敵も。
これはアレだね。よっぽどな大将がいるね、敵の本隊に。
やだなぁ……心酔とか信奉とかって、全肯定で単純だから、強いんだよね。
ま、それならそれで、やりようもあるけどさ。
「ねえ、騎馬隊に旗多めに持たして、帝都方面へ走らせてよ」
大仰にして何度も往復させる。一種の示強の計だね。
ほら、目に見えて動揺してる。あんたらのお役目って基本的に陽動だもんね。
本隊に合流する機会は作ってあげるから、ほら、お帰りよ。
適度に締め付けて、退路を開けてやって……最後は強めに一当て。
そうそう、いい子だ。さっさと大将んとこへどうぞ。
俺たちも一端退くからさ。お荷物抱えてるし。すぐには追わないから。
「……よし、これで一息つけるわね」
「お疲れさん」
「一度本当に退くわ。大公の指示を仰ぎましょう」
「それはいいけど……いないの?」
「ん?」
「六鍵の人、4人とも?」
「2人戦死、1人捕虜、最後の1人は直近の者と殿ですって」
「はー、そりゃまた。道理で連中が腑抜けちゃってるわけだ」
「そうね。自分たちの崇拝対象を犠牲にしてまで逃げてきたんだもの……辛いわね」
これはいよいよ拙いね。
教団の実戦部隊はこれで壊滅。そうせしめるだけの力がある、敵の本隊には。
ただでさえ帝国は倍する敵を相手にしなくちゃならないのに……絶望的だ。
滅ぶよ、本当に。
このままじゃヒュームが滅ぶ。
この状況を生じさせる前提条件を崩さなきゃ駄目だ。
その度量が大公にあるかどうか……もしもないなら……その時、俺は?
◇ WORLD・EYES ◇
エルフ・ドワーフ連合軍による大侵略。
それは2つの陽動を経て本隊の帝都侵攻へと至った。
帝都を背に展開するフランベルク帝国軍総数、約7万。
対するエ・ド連合軍総数、約15万。
空前の規模による大会戦が行われようとしている。ヒュームに極めて不利な形で。
先だって行われた聖印騎士団4万による攻撃は凄惨を極めた。
3倍の相手に突撃した彼らは、その最初に2つの衝撃的現実を見た。
1つに、奇跡の術である「光砲」「光雨」が通じないという現実。
1つに、団の指揮官かつ象徴である「光剣」が倒され、捕らわれるという現実。
奮戦したのは「光刃」だった。
「光剣」配下の騎士も併せて2万近い騎士を縦横に突撃させた。自らも斬った。
実際、彼らの猛攻は5千以上の被害を与えたのだ。その槍で、「光刃」で。
その「光刃」もまた討たれる。
「光剣」同様、有無を言わさぬ強力無比な魔術を受けた。即死だった。
それはそうだろう、彼の上半身は文字通り蒸発したのだから。
後は殲滅戦だ。
元より数が違う。動きを鈍らせた寡兵の生き残る余地など無かった。
再びの「光砲」も砲撃前に爆発させられるという、最悪の結果となった。
撤退を指示したのは「光雨」だ。
戦意を喪失した者たちの尻を叩き、馬の本能のままに、ただ駆けさせる。
生きよ、とにかく生きよと。生きて伝えよ、この敵の恐るべきを。
自らは踏み止まり、やがて「光雨」も死んだ。
彼女を殺めたはエルフの刺突剣。その持ち主の喉を貫手で貫き、道連れにして。
この帝国滅亡の危機、ひいてはヒューム未曾有の危機にあって……
平原南部、即ちロンバルキア大公国はどう動くのか? 否、動けるのか?
静観。
その決定が下るのは、大会戦が決着を見ようという、そんな頃だった。




