平原騒乱編 第3話
◆ アルバキンEYES ◆
「なあ、お前らよ。あれはどういうことなんだ?」
眼下を見下ろす。
ここ最近見慣れた風景が……そして日増しに規模を大きくしている風景が見える。
ウイが走ってるなー。追いかけられてるのはコボルトか。増えたな、コボルト。
っていうかマーマル何人いるんだ? 城登ったり、石巨人登ったり、走ったり。
おー、アレは獣人ってやつか? 猫、犬、狐、狸。ニオと違って獣比率高いね。
ちっちゃいのがやたら飛んでるが……妖精か。本物の。
「あーアレ! あれはリリル幼稚園だよー」
「ゴメン、意味がわからない。リリル……何だって?」
「幼稚園。保護されたのの中で、ウイちゃんの遊び相手的な子たちを集めた集団だよ」
「……他にもいるのか?」
何を今更的な視線を感じる。
え、何? 俺が乗り遅れてる感じなの?
「主よ、何も避難所ばかりが魔王城へ詣でる手段ではないのですよ?」
「待て。何だその、頭を哀れむような物言いは」
「背面の施設を視察に行かれますか?」
行ってみた。
うわー。何だこれー。
いつからウチは「アルバキンさんの魔物王国」になってたのー。
練兵場。灰色驃騎兵に混じって蜥蜴人が走ってるよ?
んん? ちょっと待て、あれ、「塵の森」にいた連中じゃねーか!?
「不死属性エノク騎士団を滅ぼしたことで臣従を申し出てきました」
「あいつらより弱いなら要らないじゃん……」
「調練次第で露払いくらいにはなりますよ。水兵としても利用できます」
おっと蜥蜴皇帝が最敬礼してきたよ。
何か尻尾が直立して痙攣してるけど? ああ、そう、あれ感動してるの……
まあ、何だ……頑張れ。
それで? あそこの農場で耕作してる連中は何なんだ?
大人サイズの獣人……それにあの珍妙な熊のような、砂色のパンダみたいのは?
「あれは大熊猪鬼です」
おい、プークって、おい。
あれ黄色かったら色々危ないな……砂色はギリギリのラインか……
いや、そうじゃなくて。どうしてそんなのがああしている?
「猪鬼の亜種ですが、温厚で畑作を好み、森の隠者とも言われています」
「なら森で畑耕してりゃいいじゃん……」
「近年、虫系魔物の被害が多いようです。退治できる我々のもとで耕したいそうで」
「……獣人は?」
「ヒュームやエルフからの逃亡奴隷、もしくは逃亡家畜ばかりですね」
奴隷という言葉が出たか……家畜もこの場合同義になるわけね。
いかにもな話だ。戦乱や無秩序は被差別階級や隷属者を産む。
俺の居た頃の日本は「女性が強い」という時代だったが……平和の賜物だよな。
他にも。
建築現場でげっ歯類系のチビ亜人が激しく木を製材していたり。
薬草類の栽培場で巨大茸に手足生えた奴が水遣りしていたり。
どいつもこいつも、俺が見ているとわかった途端に激しいリアクションをする。
何だろう……小学校の授業参観ってこんな感じ? 親目線的な意味で。
より張り切るというか……げっ歯類なんて削りすぎて慌ててたし。
「よし、大体わかった……結論すると全然わからん!」
「何から説明いたしましょう」
「1つだけ教えろ。どーしてこーなった?」
脱力感を拭い去れない俺に、クリリンは妙にカッコよく微笑みやがった。
「主が魔王であらせられるからです」
クリリン君のご高説に曰く。
魔王とは何物にも囚われず、それゆえに何物をも許容するもの。
あらゆる価値を創設する始まりの1人にして、既得権の大破壊者。
何もかもを作り出す、何もかもの敵にして何もかもの味方、それが魔王。
魔王はどんな新秩序を示すのか。
マーマルを保護した。それは既存弱者の救済を示唆している。
ヒュームの大軍勢を壊滅させた。それは迫害される小勢力の解放を示唆している。
荒野から動かない。それは従うか否かという問いかけ。礼拝者を待つ大きな姿勢。
「既にして君臨しておられるのですよ、貴方様は」
「……引き篭もって研究していただけなんだが?」
「この世界に存在していたでしょう? それだけで……」
クリリンの視線につられて、魔王城を見渡した。
それぞれが自分らしく、誇らしく在ろうとしている。別に怯えちゃいない。
強いて言うなら、俺にカッコつけようとしているのか?
それとも、自分で自分をカッコいいと思えるように、俺を利用しているのか?
どちらにせよ、自分を惨めに感じないってのは、いいことだよな。
まぁ……ダンジョンの地下ではお目にかかれなかった風景かもな。確かに。
あそこはまだ世界ですらなかった。森だって同じだ。『白』なんて論外だ。
そうか。
魔王城で目覚めてからの俺は、初めて、この世界に存在していたのか。
生きとし生けるものの1人として、世界の1部分として、生きていたのか。
魔王として……というのが些か不可解だがな。
魔王城の主として魔将に傅かれて在ったんだから、まぁ、魔王だわなぁ。
俺は……アルバキンは……そうか……
俺は魔王アルバキンとして、ここに立っているんだな。
「……それだけで、世界は動くのです。新しい形へと姿を変えながら」
「そうか。ならば仕方ないな」
邪魔にならないなら、いいだろう。
邪魔をしないなら、俺を利用して自らの存在意義を問い直すことを、許可する。
これは恩とは違うかもしれないが、仇であるわけもない。
助ける気はない。養ってやるつもりもない。
寄りかかるならば殺す。自惚れるなら滅ぼす。
だから生きてみるといい。
自分なりの方法で俺にカッコをつけつつ、誇らしくな。
「だが、しかし!」
「何か懸念がありますか?」
「あの旗は何なの? いつの間に作ったの? あれが魔王軍の旗なの??」
敷地内のそこかしこに翻り、誰しもが目をキラキラさせて見上げる旗がある。
赤地に金で飾られ、メインは黒い猛禽。
そいつは蹴爪に竜を組み伏せ、片翼で何かを庇い、片翼を勇ましく広げている。
わー、あれが魔王の象徴かー。かっちょえー。誰あれ?
「主が研究室から出てこないので、毎日のように討議して決めたものです」
「はぁ!?」
「次点は、主がウイを後ろから抱き締めてご満悦な笑顔、というものでした」
「はあああぁぁっ!?」
駄目だ……やっぱり、こいつら、よくわからん……
◆ ゴルトムントEYES ◆
前線司令官なんてやるもんじゃないね……後悔の男爵、42歳。未だ独身。
砦の窓から眼下の眺めを見る。まだ戦える。戦いたくはないけども。
「何を黄昏てるのかしら、男爵。同じ敗戦の将にしては余裕が御有りのことで」
「やー、お疲れさん、伯爵。西は大変だったみたいだねぇ」
レオノーラさん怒ってるねぇ。橙色の一本結びがほつれてるよ。お疲れみたいだ。
ま、そりゃそうだよねぇ……西部戦線は酷いもんになっちゃったからね。
押されつつも敵主力を罠にはめる目前までいったのに、中央陥落でご破算。
再攻略を念頭に迎撃・妨害工作を用意していたのに、サイギス市自体が消滅。
重要拠点の消失により西部戦線全体の戦略も見直さなきゃならない。
「ウチはとりあえず守戦任務だからね。攻めれないでしょ、教団があれじゃあ」
「それはそうね……でもどういうつもりかしら、教団は。まさか裏切り?」
「裏切れるほど仲間じゃない気もするけど。でも西は出張るんじゃない?」
「エルフ・ドワーフ連合軍、ね……」
レオノーラさんには悪いが、今の状況は悪いものじゃない。
決定的になりつつあった西部戦線は、サイギス市の消滅によって振り出し。
しかも教団さん曰く亜人連合軍の登場によって、聖印騎士団は俄然やる気になった。
そのやる気が西に向かうとして、帝国もそれを止める名分がない。
好機だよねぇ。
西部を立て直しつつ、いっそ帝都を目指しちゃえばいい。
教団は平原外周を戦気旺盛でかき乱すだろうから、いくらでもやりようがある。
「正直なところ、ヒューム同士で争っている場合じゃない気がするわ」
「そりゃあそうさ。けど、正直に生きられないんだから、仕方ない」
「……フランベルク帝が? それともロンバルキア大公が?」
「人間が、さ。どこぞの魔王さんとやらの気持ちがわかるよ」
ヒュームも、エルフも、ドワーフも、内に外にと争うことが常態となっている。
いつ誰が敵となるのか戦々恐々として、軍事が財政に占める割合が大きすぎる。
フランベルク伯爵は南部を「前線を知らない怠慢」と罵ったものだけど。
けどねぇ……君は政治経済、ひいては平和を知らなさすぎるよ。
単純なものは脆い。もっと複雑に、意味のありもなしも混在としてこそなんだよ。
キレちゃったら駄目だよ。わかりにくいことの価値、懐の深さを知らなきゃ。
「で? どうわかるというのかしら。待っているのだけど?」
「ん? ああ……妖精人の正直さは貴重だからね。護りたくもなるだろうって話」
「正直さ、ねぇ……それって男爵がお嫌いな単純さとは違うのかしら?」
「そりゃあ違うさ。単純な奴は打たれ強い。正直な奴は打たれ弱い」
「それって戦争の話? それとも日常の人間関係の話?」
「どちらでも。どちらかにしか通じないものは屁理屈でしょ、伯爵のお嫌いな」
局面によって人の性質は変わるのだけどね。
レオノーラは基本的に「正直でありたい単純な御人」だ。軍人向き。
一時的に混乱したり弱気になっても底力がある。根は打たれ強いのだから。
俺は違う。「腹黒く複雑な怪人」だ。そんな俺だからマーマルの価値が見える。
見えないでしょう、レオノーラには。割り切ると残らないからね、妖精人は。
魔王は……俺側の人間かな? そもそも人間ですらないのか?
「はぁ……いっそのことエルフたちと帝国を挟撃できれば早いわね」
「……さらっと凄いこと言うよね、伯爵は」
「エルフが南下して尚、帝国の槍が南を向いていたらの話よ」
「それでも怖いけど。滅ぶよ、平原北が」
「今みたいな状況よりはわかりやすいでしょう? まぁ、無理な話だけど」
ほら、やっぱり開き直ると強い。敵に回したくないよね。
「とりあえず、教団の動きと合わせられるように準備することにするわ」
「それがいいね。大公も教団への合力なら否とも言わないだろうし」
「じゃあ、いずれまた。男爵も戦いなさいよね」
「帝都で合流するくらいの気持ちで、戦っておくよ」
「さらっと凄い事言うのね。それじゃ」
去っていくレオノーラにヒラヒラと手を振る。
凄いも何も……それくらいしか勝てる見込み無いの、分かってる?
今回は色々ご破算になったけど、あのまま流れてたら降伏論出てたよ。絶対。
トリスティア婆さんが上手い落とし所を見つけちゃうよ?
徹底抗戦派の筆頭になるだろうレオノーラは死罪、俺は爵位剥奪の上追放かな?
追放になったら……そうだなぁ……東へ行ってみるのも面白そうなんだよねぇ。
◇ WORLD・EYES ◇
聖印騎士団、動く。
サイギス市消滅に激怒した聖神教団は、エルフ・ドワーフを含む亜人の粛清を宣言。
同市の復興を南北両陣営に要求するとともに、報復のための軍事行動を開始した。
現状における教団の全軍、即ち聖印騎士団4万騎を同市跡へ。
率いるのは『六鍵』の内の4名だ。
「光雨」のグラシア、「光砲」のロケナン、「光刃」のアゼクシス。
そして、今や新たなる聖人の呼び声高い、「光剣」のハイゼルだ。
兵站を築きつつ合流を果たさんと追う大公国軍。指揮官はレオノーラ伯爵。
それらを西部進攻と位置づけて迎撃に来た帝国軍。第二師団「白色王剣旗」。
聖印騎士団を挟んで両軍が南北に睨み合うという、奇怪な状況が生まれた。
宿命なのか、両軍の均衡は再び外事によって乱される。
エルフ・ドワーフ連合軍が再び現れたのだ。
場所は平原北東、軍事的空白地帯である。
警備部隊を蹴散らしたエ・ド連合軍は村・街・牧場・田畑を潰しながら西進する。
帝国は即座に切り札を切った。
即ち帝都防衛の第一師団「黒色道化旗」を北上させたのだ。
同時に東部駐屯の第四師団「青色貨幣旗」にエ・ド連合軍を追わせる。
それぞれが担っていたのは「帝都の防衛力」と「東の荒野への警戒」。
それらを軽んじてまで重きを置いたのだ。エ・ド連合軍の殲滅に。
第三師団「赤色聖杯旗」は皇都にあって全方位に睨みをきかせる。
そして、第二師団「白色王剣旗」は動かない。
亜人討伐を大義名分に動こうとする聖印騎士団を牽制し、動かせない。
今、帝都は無防備なのだ。これ以上の北進を許せば致命傷となりかねない。
突破すら辞さない構えの聖印騎士団。虎視眈々と隙を伺う大公国軍。
それらの絶対阻止を明言し、馬防柵や軽砦さえ築き出す帝国軍。
そして、そんなヒュームの自縄自縛を嘲笑うかのように、それは現れた。
平原の北西部から。
総勢10万を超す、エルフ・ドワーフの連合軍本隊である。
奏でられる軍楽は管楽器を主とした流麗さにして、勇壮というよりは荘厳。
地の唸りのような、腹に響く太鼓の音も鳴る。重厚にして、やはり荘厳。
見よ、その旗印を。
白地に碧色を装飾し、黄金翼の天女が万物を慈しむかのように諸手を広げる。
それは何を象徴するものか。再び見よ、その10万の軍勢の中心を。
女神がいた。
白い霊木と霊妙なる蔦草で作られた神輿に鎮座するは、輝ける美の具現者。
光を放つような黄金の髪が豪奢に波うち、白磁に薄桃色を仄めかす肌は繊細絶妙。
人間の顔形の究極はここにあり、後はその亜流に過ぎないと感じさせる美貌。
万の色彩を封じ、それでも押さえきれない煌きが躍動するかのような双眸。
少女が女へと成長する、その神妙なる刹那に留まる奇跡的調和。
エルフ・パルミュラ王権の女王エスメラルダ……ではない。
彼女こそはエルフ・ドワーフ連合軍の象徴にして、女王の唯一の娘。
エルフは勿論の事、ドワーフの忠誠を受け、更には龍の加護をも受ける光の姫君。
光と風の姫神子、アルテイシア。
後世に「魔王討伐者」と尊称される英雄の登場である。




