平原騒乱編 第2話
◆ アゼクシスEYES ◆
「どういうことなんだ! 答えろアゼクシス!」
ハイゼルが大きい声出す。元気になったのか?
けどここ、一応神殿だから、あんまり元気出し過ぎてもどうかと思う。
「どうして戦わずに戻ってきたか、答えろと言っている!」
「あー……怒ってる?」
「当たり前だ! 大公との約定違反だぞ。皇都も帝国の手に落ちたではないか!」
そうか、怒ってるか……何に怒ってるんだ?
怒ったってハイロウは生き返らないし、逃げてきた事実も消えないんだけど。
「光剣に集いし十二使途」とかお寒いよね……あんま言うとハイゼル泣いちゃうよ。
「大司教の命令、だけど?」
「何だと!? どういうことだ……戦略が変えるのか?」
「今から報告行くけど、来る?」
ついてくるらしい。
神殿の廊下をのんびりと歩いていく。何もかも白い空間だと思う。
寂しい風景だよね。白とか黒とかは簡単なんだ。色は多いほうがいい。
ここは大聖堂。
聖神教団の本拠地。平原南東部、海を見下ろす崖上にある。
崖下の街はいい。あそこは多彩だ。どうして一緒にしようとしないんだろうね?
「よくぞ戻った、光刃の」
「ん、光輪さん」
奥の執務室、上司のお出迎えだ。
聖神教団・大司祭で『六鍵』の筆頭、「光輪」のカーディフ。
もういい歳だってのに、いつ見ても逞しいおっさん。朝から焼き肉いけそうだ。
「おや、光剣までどうしたのだ?」
「……まずはアゼクシスの報告を聞くべきでしょう」
「ふむ、その通りだな」
余裕ないのに律義だよね、ハイゼルって。
あー……そうか、余裕ないんだな、ハイゼルは。怖かったもんね、そりゃ。
可哀想だな。何とかしてやりたいな。
「おい、ほら、報告しないか、光刃の。待っているのだが」
「あー、うん。アゼクシス麾下10000騎、問題なく到着した」
「うむ、ご苦労だった。急な命令ですまなかったな」
「ん、いいよ」
急なのはいつものこと。どうせ前もって言われても忘れちゃうし。
この神殿は好きじゃないけど、我慢できないほどじゃないし。
「さて、話を聞こうか? 光剣の」
「アゼクシスを一戦もなく戻した理由をお聞かせ下さい」
「無駄を省いただけだ。戻さなくとも一戦もしなかっただろうしな」
「な、どういうことです!」
「おいおい……我らの敵はヒュームではないだろう? どうしたのだ、光剣の」
あー、やっぱりハイゼルは気にしちゃってるな。あの戦いのこと。
逃げ出したくなかったのは、ハイゼル。
戦いたかったのは、ハイゼル。
怒鳴りつけたい相手も、ハイゼル。
怖くて、辛くて、悲しくて、居てもたっても居られないんだね。ハイゼルは。
「魔王軍は、どうすんの?」
オレが聞くとハイゼルがビクッとした。ホント、可哀想だよ。
おっさんもわかったかな? 長いため息。
アンタがそれやると、竜が火吹いてるみたいだ。見たことないけど。
「いずれは滅ぼす。今はまだ時期尚早だ」
「オレ、滅ぼすために戻されたのかと思ってた」
「2万で勝てぬ相手だ。4万で勝てる道理もあるまい。そのためには……」
机上の大陸図にチェスの駒。
上下に黒白はっきり分かれてたけど、おっさんが色々動かした。
おー、西でも黒有利かー。白やばいじゃん。
「帝国の力が必要だ。もう少し事態が進めば、大公国は城塞に寄るのみとなる」
ぽんぽんと駒を動かすおっさん。
ふーん、女傑さんはやられる予定なの。ゴルさんは殺しても死ななそう。
「我らが最終局面の鍵となる。そこで提示するのだ、全ヒュームの敵をな」
「……大公の助命も併せて、総力戦を仕掛けるのですか。魔王軍に」
「その通りだ。戦後も視野に入れると最も効果的な方策だ」
あー、なるほど?
ちょっとわかりにくくなった。やめようかな、考えるの。
「信義も何もない策ですね」
「信義で勝てる相手でもなかったのだろう、光剣の」
あーあー、睨めっこしちゃって。
ハイゼルも真面目過ぎるけど、おっさんも大人げないとこあるよね。
肉食うのもいいけど、野菜も食べなよ。血気盛んな大司教ってどうなの。
「いーじゃん、魔王倒せれば。オレも倒したいし」
って言ってみた。本音だしね。
「珍しいな、光刃がやる気ある発言をするとは」
「だって魔王でしょ。倒さなきゃ。理由も色々あるけど、なくても倒すよ」
人間だからね。魔王に立ち向かう義務? そーゆーのあると思うよ。
ハイゼルのためとか、ハイロウの仇とか、そーゆーのもあるけど。
魔ってのは、何に敵対しても我欲のみを追求するって意味だろ?
王ってのは、何をも受け止めて「それがどうした」って笑うやつだろ?
だから、人間は魔王を倒さなきゃ。
色んなこと我慢して、譲り合って、受け止めきれなくて、泣くのが人間だもの。
倒さなきゃ、魔王は。認めたら人間なんてやってらんない。
「オレが倒すよ。絶対。これ宣言だから」
ハイゼルもおっさんも、ビックリしてる。でもわかるんでしょ? 人間だもん。
だから、おばさんが駆けこんできて言った言葉は、残念だった。
『六鍵』の、「光雨」のグラシアおばさん。呼んでないよ。
「大変よ! サイギス市が亜人にやられたわ!!」
あーもー、亜人とか、どーでもいーじゃん……何明るい所へ出しゃばってんの。
耳長も髭太も妖精も小犬も虫も何もかも斬り裂いてやるよ。オレの「光刃」で。
オレは魔王と戦いたいんだ。邪魔するな、ゴミども。
◇ WORLD・EYES ◇
時を少し遡る。
平原西部の要衝サイギス市は、その時、帝国の勢力圏だった。
帝国の誇る第二師団「白色王剣旗」を中心とした軍が駐屯していた。
女傑として勇名を馳せるレオノーラ伯爵と互角に渡り合い、遂には退けたのだ。
損害もあり消耗もすれども、意気軒昂。戦意高揚。
サイギス市の歓楽街では、そこかしこで戦勝記念の乾杯が叫ばれていた。
連日のお祭り騒ぎも収まり始めた……そんな夜半のことだった。
市は全外周を高い城壁で囲っているが、その西側が、全て崩壊した。
全てだ。ただの一度で、全てが雪崩をうって瓦礫へと姿を変じた。
轟音と震動、そして吹き付ける暴風。地震と嵐の共演だ。
市内は大混乱となった。
着の身着のままで逃げ惑う人々は、しかしそれが天災でないと知ることとなる。
ずんぐりむっくりの体躯を狂猛な鎧と戦斧・戦槌で武装した……ドワーフ軍。
すらりとした細身で耳は長く、軽装と弓・刺突剣で武装した……エルフ軍。
4種の人間族のうちの2種、聖神教で言うなれば強き亜人2種の連合軍である。
夜目が利く彼らは灯を消して回る。不利だ。
家も壁も何もかも、後に支配することを省みない破壊にさらされる。不利だ。
高所から放った矢は暴風に翻弄され、そもそも高所にいられない強風。不利だ。
何より、その夜の駐屯軍は普段にないほどの油断を晒していた。
強敵に勝利した高揚、市内に駐屯できる安心、しばらく戦闘は起きない判断。
駐屯直後であればまだ抵抗できただろう。
しかし、疲れを自覚し戦気を緩めてしまった、正にそんな夜だったのだ。
多くの騎士が、兵士が、その本来の力を発揮することなく死んでいく。
たて続く崩壊・崩落が、防ぐ者たちにのみ被害を生んでいく。
帝国軍は早い段階で「避難」を選択したが、それは英断であっただろう。
それは市を攻めるというより、市を廃墟にする工事のような奇襲だった。
全てが均されていく。
まるでそこに街があること自体を否定するように、小屋1つ残さず、平坦に。
帝国軍は住民を護りつつ後退していく。
エルフ・ドワーフ連合軍の猛追は最初だけで、次第に弱まり、遂には止んだ。
傷病兵を含む大量の非戦闘員を抱える帝国軍に、反撃の力など残っていなかった。
彼らは泣く泣く、夜の平野を落ちのびていく。
背後に街の崩壊する音を聞きながら……悔しさに涙を流しながら。
後日、再攻撃軍の編成を待たずして送り届けられたものがある。
崩壊に巻き込まれ、助けることもできず放置してきた人々だ。
数にして数十人。それは巻き込まれた人々の内の極少数に過ぎない。
感謝は……できるのだろうか。大憤怒の前に、感謝は維持できるものだろうか。
サイギス市は、消え去ったのだ。
帝国と大公国とが鎬を削りあったその街は、文字通り、消されてしまったのだ。
跡には瓦礫が広がるだけ。人々の営みは否定され、亡きものとされたのだ。
ドワーフもエルフも、西の山岳へ去った。
共同して戦い、共に去ったのだ。
その事実がまた、平原に大きな衝撃をもたらす。
エルフとドワーフによる対ヒューム共同戦線の樹立。
歴史的にも大きな意味をもつそれは、平原に廃墟を作ることで狼煙を上げたのだ。
◆ アルバキンEYES ◆
ふーむ、凄いこと仕出かしたね、こりゃ……
「おお、大したもんじゃな」と、ポンデ。
「全くです。想像もしませんでした」と、クリリン。
「でしょ? でしょ? 運が良かったよー」と、マグ。
俺はその取得物を抱えてみて、矯めつ眇めつ鑑賞、感想を口に出した。
「やるな、ヒューム。侮れんじゃないか!」
技術狂者3揃えと共に何をやっているかというと、神像研究会。
聖神教団が本尊として祭る神像を、マグが持って帰ってきたのだ。
ヒュームお定まりの戦乱に巻き込まれて帰還が遅くなったマグ。
ものはついでと方々に足を伸ばしていたらしく、偶然にも放置された教会を発見。
戦争の混乱に乗じて、火事場泥棒的にいただいてきたのだ。この神像を。
その理由も聞き、色々と皆で分析・解析していたわけだが……こりゃ凄い。
対象範囲にいる者の星気に作用し、魔力を吸引する作用がある。
しかも負の感情に特に作用するってのが面白い。伊達に魔将絡みじゃないな。
つまりね、祈った人間の負の想念ごと魔力を吸い取るんだよ、この像は!
そりゃ祭られるわ、これ。
祈ってる奴は、ちょっと疲れるけど気分スッキリして御利益気分。
祈らせた奴は、吸引した魔力を「銀行」に貯めといて、必要な時に利用できる。
便利だわー。
これがあの光る剣だったり、光るバリヤーだったりしたわけだな。
個人のキャパシティーと関係なく魔力使えるんだから、そら強力だわ。
でもこれ、オーバーテクノロジーじゃないか?
ヒュームの文化を見る限り、これ開発できるとは思えないんだけど。
魔将を召喚するってのも無理あるだろ。あの軍勢なり見る限りじゃさ?
「神聖エノク王国、かもしれません」
「ん? それって随分昔のヒューム国家だよな。ここも元はその遺跡だろ?」
魔王城は城塞の廃墟に建築されたもの。
その廃墟ってのは、それこそ草むした、兵どもが夢の跡だったようだ。
「王国中興期に大規模な魔力実験があったという記録があるのです」
クリリンの話によると……
今は無き神聖エノク王国ってのは、相当に高い魔法文明を持っていたらしい。
それこそ平原においてはケンタウロス族を絶滅させ、エルフの森を大焼却する程に。
他にも、圧倒的な力を背景とした暴挙は枚挙の暇がないくらいとのこと。
例えば「塵の森」への大規模遠征もそれに当たる。全滅したけどね。
それでもあの森に丘陵地帯を作り上げたってんだから凄いよな。
……火、だな。火の精霊王ぐらい召喚したのかもしれん。
まあ、いい。とりあえず魔力実験の話だ。
王国中期に一地方の都市群、住民全てが失われるほどの事故があったのだそうだ。
詳細は伝わっていないが、神の怒りに触れただの、人が塩の柱になっただの……
それ、もしかして「魔将の召喚」じゃねーの? ってこったな。
確かになぁ……塵も積もればってやつだ。
大量の人間の生気・星気を丸ごと触媒に使えば、かなりの力だ。
それでもって魔将ワット・バッスリーを召喚および支配したっていう仮説だな。
その後はこの神像で方々から魔力をかき集め、大規模な魔術行使に用いた……
それこそ、火の精霊王辺りを召喚して、森を焼いたりしたのかもな。面白い。
どこの世界も同じだな。
人間ってのは生物として弱体なくせに、創意工夫でとんでもないことをする。
核の力しかり、魔法の力しかりってこった。
「聖神教団とやらは、つまるところ、神聖エノク王国残党ってことか」
「そうかも。お説教もさ、物凄くヒューム至上主義だったもん」
マグの口から語られる、そのお説教の数々。
どっかで聞いたような話ばかりだね、どうにも。
答えを押し付けたがる奴らと、答えを貰いたがる奴らとで、需給完結。
憎んだり蔑んだりする相手を用意してもらって、一緒に敵対して、僕らは仲間。
全ての不幸の原因は自分たちの外にあるとして、選民思想の完了。
滅んでしまえばいい。
答えを追求していく気概のない奴らなど、死ねばいい。
安心することを目的に敵を作る奴らなど、くたばればいい。
自らを省みることもなく居直る奴らなど、殺されてしまえばいい。
……いっそ滅ぼしてやったら面白いか?
いや、それほど暇でもない。有馬勤ならいざ知らず、俺はアルバキンだから。
どうでもいい……本当にどうでもいいんだ。邪魔さえしなければ。
って、そう心配そうにするなよ、キュザン。
居心地の悪い心で申し訳ないけど、俺自身は割と余裕なんだからさ?
「ま、いいさ。思惑はどうあれ魔将の支配権を奪うだけのことだ」
「彼らの本拠地が怪しいですね。大聖堂という施設があるようですし」
「調べておいてくれ。最終的には俺が行く」
人間相手ならともかく、仮にも魔将絡みだからな。
最悪の場合、ワット・バッスリーを滅ぼすくらいのつもりでないと。
「よーし! ランバル再び、だね!」
「張り切ってるところ悪いが、マグ、お前はダメだ」
「え!?」
「光剣だの何だの、複数名いたら対処できないだろ?」
「あ、あうー……」
「方法はクリリンに任せる。下僕が必要なら言え。魔将の居所に目星をつけろ」
「承りました、お任せを」
この件はそれで良し、と。
次はもう1つの懸念事項を話し合おうじゃないか。
目下のところ、俺を最も困惑させている問題をな。
「なあ、お前らよ。あれはどういうことなんだ?」




