平原騒乱編 第1話
◆ ???EYES ◆
カルパチア皇国皇都。
平原を二分する内乱の、その最初期に大火災があって半壊している。
帝国を僭称する賊徒どもの仕業である、というのが専らの噂だ。
現在は大公の軍が治安警備のために駐屯しているが、復興のための動きはない。
アタシは……違う違う、ワシはそんな瓦礫も撤去されない街路を歩く。
小太りで背の低いワシだから、のっしのっしという感じでだ。
冒険者ランバル。それがワシの名前だ。口髭だよ。ワッハッハ。
ま、中身は美少女戦士マグネシアちゃんなんだけどね?
アタシの探索用使い魔は、紆余曲折を経て、何と着ぐるみになったよ!
正直、どうしてこなった感が凄いよ。「ふもっふ」とか言わなきゃ良かった。
ポンデちゃんはヤバイよ……あの三つ編みには狂気がつまってるよ……!
正式名称は「ポンデ式強化外骨格・ランバル型」。
兄様特製の魔力物質を主材質とし、人造魔物技術の粋を集めた傑作品だ。
魔法をいつも通り使える上、斧なんていつも以上の筋力で扱えちゃう。
防御力も凄いよ。だってある意味全身甲冑だもん。柔らかいの表面だけだしね。
居住性は……まぁ……アタシは頑張れる子っていうか……ねぇ?
さて、ようやく到着した皇都、ちゃっちゃと情報収集だ。
火災にもめげずに開いてる露店へ入る。やっぱコレだよね、情緒があるよね!
「親父、休ませて貰うぞ。まずは旨い水をくれ」
「へぇ、らっしゃい」
出された水をぐいっとあおる。飲食した物は全部廃棄袋へ真っ逆さま。
一応言っておくと、アタシは兄様と一緒で、栄養薬しか摂取しないからね?
「都は初めてなんだが、何とも言えん風景になっとるなぁ」
「おや、そうでしたか。酷いもんですよ、最近は」
ここまでの経験上、街のこと話題にすると色々話してくれるんだよね。
頑張って生きている人ほど、実は言いたいこと抱えてるみたい。
で、ここの親父さん曰く。
大公は立派な御仁だが、その人であっても都の復興はままならない。
それというのも、自称帝国が攻勢を強めていて、先にも西で大きな会戦があった。
居たら居たで何をするでもない皇帝だが、行方不明でもまた大公に大迷惑。
東の荒野にはわけのわからない勢力が居座っていて、不気味。
魔王とか何とか騒いでいる連中がいるが、どうかしてる。アホらしい。
聖神教団も荒野にちょっかいをかけて痛い目にあったらしい。口ほどにない。
やはり頼りになるのはロンバルキア大公だけだ。早く復興してほしいものだ。
……とのこと。
「成程な。ワシも冒険などしている場合ではないかもしれんな」
「なら旦那、西のサイギス市を行かれちゃどうです? 大公が傭兵を募っとります」
「おお、覚えておこう。ではな、旨かったぞ」
いやー、流石は天啓を受けた私のデザイン!
こう、恰幅がいいというか、貫禄があるというか……何かタフガイなんだよね。
お金もたくさん持ってるしね。リリルから貰った宝石売ったから。
……リリル、かぁ。あの人が皇帝なんだよねぇ?
今頃、物っ凄くいい笑顔で洗濯してるだろうなー。シーツ大好きだもんね。
兄様って寝ることあんまりないのに、毎日シーツ代えにいくもんね。
「ありがとう」とか言われてピンク色になって降りてくるもんね、毎日!
あれが女子力……だ、大丈夫、ニオちゃんいるしっ!
……はっ、このランバル、作戦中に作戦を忘れた!?
なーんて。
次の店行こう、次の店。いくらでも食事できるからね。
次はちょっと高級そうな所を狙ってみた。
意図的に避けたんじゃないのってくらい火の被害がない区域の、老舗っぽいお店。
あ、皇室の紋章が飾ってある。そんじゃコレ見せようかな?
「その短剣は……近衛騎士団の方で?」
「元、と言うべきかな。辺境から戻ったばかりなのだ。色々聞けるか?」
正解だったみたい。一見さんお断りっぽい雰囲気だったからさー?
支配人っぽい人が接待してくれたよ。以下、そこでのお話。
先帝の長子リヴァルヒン様が急逝されてからというもの、皇国は悪くなるばかり。
現皇帝は資質に欠ける。貴族たちを束ねられず、政治は腐敗・停滞し、今や内乱。
フランベルクなど元は男爵の家柄。軍功を理由に爵位を伯まで上げたのも現皇帝。
それに増長した伯は遂には帝王を名乗る始末。物の道理も恥も知らない若造だ。
ロンバルキア大公の行動は、あるいはこの火急時には必要かもしれない。
求心力、実力ともに現皇帝の比ではない。フランベルクの勢いに対抗できる。
東に魔王軍なる勢力があるなどという噂は、正に人心の荒廃ここに極まれり。
大公による早急なる大乱平定が望まれる。
以上、そんな感じ。
リリルってば人気ないね……ロンバルキア大公ってのは人気あるねー。
皇都は大公国の勢力圏内だから、こんなもんなのかな?
ちなみに皇都の前にはフランベルクの街にも行ったんだ。
そこでの話をまとめると、以下の感じ。
帝国こそは皇国に代わる新時代のヒューム統一国家となるべき。
英雄フランベルク帝はエルフ討伐に先立って内憂を断つ。
皇帝を傀儡として権力を欲しいままにしていた者共を討て。
既得権益にしがみ付く旧世代の支配層は我々の剣で切り裂くべし。
皇帝は魔境方面へ行方不明中につき、第五師団が鋭意捜索中。
魔王軍などという勢力は存在しない。盗賊と魔物が徘徊するのみである。
皇帝を保護し、その血統を尊んで帝室に入れるべし。
聖神教団については誤解を解くべく今も交渉中。動揺すべきでない。
以上、何か怖いくらいの勢いがあったかな?
あと聖神教団の教会にも行ってみた。まぁ、凄く教会っぽかったね。
詳しく話を聞ける雰囲気じゃなかったけど、少し面白い話もあった。
「光剣に集いし十二使徒」っていうのが、最新のお説教で語られてたんだ。
これってアレだよね? 兄様ご親征の時に逃げてった人たちだよね?
悪魔の軍勢と戦って打ち破った的な内容で話されてたよ。光の栄光を示した的な。
まぁ、確かにフォルナは個人的に負けちゃったよね。生きてるけどさ?
何でも、あの騎士は「光剣」のハイゼルっていう聖人みたいな人なんだって。
光剣……兄様の話だと、あれ、闇属性だけど……教会的に聖人でいいのかな??
で、お説教の最後には皆してお祈り捧げるわけだけど……これがね、怪しいわけ。
正面の神像ってのに祈るんだけどさ、これ、祈ると魔力消費するんですけど!
気付かないくらい僅かだけど、明らかに吸引される感覚があったよ。
もっと真面目にお祈りしたらもっと吸われるのかも。アタシ、形だけだったし。
あの光の術には魔将が絡んでるって話だし、要注意だよね。
ここまでの政治的なお話もひっくるめて、全部報告しなきゃ!
「よぉ、アンタだよ、アンタ。ちょっと待ってくれないか?」
……とか思ってたのに、何か絡まれたよ?
4人の男と1人の女。全員が冒険者風に武装してるけど……違うっぽいなぁ。
足運びがね、上品過ぎ。フォルナよりもジステアに似てる感じ。騎士だなー。
「さっき、あの店から出てくるところを見てな。話を聞きたい」
あー、はいはい。そーゆーことね。
フランベルク関係者で間違いなし。どうしよっかな?
「……この人数を前に動じもしない、か。元近衛ってところだろ、アンタ」
「まさかな。時代が変わったようだ。お前のようなおしゃべりが工作員とは」
「なっ、なに!?」
あ、やばい。話聞いてなかったから、適当にカッコつけちったよー。
ちょっと緊張状態になっちゃった……ヒュームってホント、野蛮だよねえ?
「こちらへ従ってもらおう。抵抗すれば碌なことにならないぞ、おっさん」
「そこの露店で一緒に飯を食うぐらいはしてやる。それ以外は面倒だ」
「話にならんな……おい、拘束しろ」
あーもー。
さっきのお店で長居できちゃったのは失敗だったかー。
背後から男2人が近付いてくる。前には3人。やれやれ、やるかー。
「《岩石散弾》」
さっきから話してた男の顔をバシャッとした物にしちゃう。
振り向きざま、1人のお腹に斧を叩き込む。もう1人にも剣を抜かせない。
柄にかけたその手を、上から握って押さえる。で、斧を一撃。あと2人。
「《土石拘束》」
1人の足元から地面製の手を生じさせ、がっちりと両足を確保。
もう1人が斬りかかってきたから、踏み込んで腕を受け止める。斧で叩けば終了。
「あ、ああ……!」
「フン、女が残ったか。偶然に感謝するんだな」
動きが遅かったからだね。足元が隙だらけだったよー。
「《地面陥没》」
地面に穴を開けて、まだちょっと生きてるのも含めて、4人を落とす。
「《土砂変化》」
埋めちゃいます。人通りないところでも、やっぱり迷惑だしね。
「うわあ、ああああ!」
ちょ、泣かれても困るし。仕掛けてきたのそっちだし。
もう貴方は敵なんだから、アタシは何してもいいんだよ? それを今更さー?
うるさいからさっさと済まそう。敵ならコレ使ってもいいわけだしね。
荷物の中から小箱を1つ取り出す。
中に入っているのは、兄様の下僕魔物の内の1匹、「解影」ちゃん。
影系魔物の一種で憑き物系。犠牲者の星気を食べることで記憶を奪う。
今回の潜入探索用にわざわざ新たに下し、持たせてくれたものなんだ。
「なに、死にはせん。ものの考え方を忘れるだけだ」
箱から吹き出た黒い煙が、意思を持って、女の耳から侵入していく。
ちょっと時間がかかるけど、これしとけばクリリンが記憶解析できるんだよね。
さ、これが終わったら一度帰ろう。魔王城へ!
◆ クリストフEYES ◆
俺はクリストフ。フランベルク帝国の帝王だ。
無能な連中の中にあって唯一の人間を自負している俺だが、些か困惑している。
皇太子の暗殺、対エルフ戦線の軍功独占、帝国樹立と全て順調にきたのだが。
「では、皇帝はまだ生きているというのか?」
東の荒野へと逃亡した皇帝。あの美しくも愚かな女。
多大の犠牲を払ってなお行方も知れないが、既に死んだと見ていたのだ。
荒野に潜む謎の勢力……第五師団を全滅させた憎むべき侮れん敵。
巷の噂では、魔王軍などと言われているらしい。笑殺できない存在感がある。
現に多くの諜報員が帰還せず、今や静観するよりなくなっているのだから。
それがあの女の手勢のはずがない。その器もなければ、荒野に篭る理由もない。
野垂れ死ぬか、無残に殺されるか……何れにせよ生きているわけがなかった。
「はい。皇都へ潜入していた部隊が襲われました。皇帝の手の者と思われます」
「どうしてそうなる? 論理に飛躍があるぞ」
「元近衛騎士と名乗っていたようなのです。市中で情報収集もしていました」
大臣の話を聞いても、やはり納得ができない。
皇帝が存命、しかも手勢を残しているとすれば、荒野の怨敵は皇帝勢力となる。
ならばなぜ皇都を奪還しない?
第五師団を唯の1人も残さず皆殺しにするほどの軍だ。数も質も計り知れない。
その正体も不明だが、それさえ前面に出せば平原の勢力図など激変するだろう。
まず、大公国がその存在理由を失う。
皇帝の求心力の無さ、皇国執政府の腐敗・怠惰を糾弾したのは俺も同じだが……
帝国として独立した俺に対し、大公は皇帝の権威自体を否定したわけではない。
皇帝が強力な軍勢を率いて再登場したなら、それに従うのが筋となる。
そして俺の命を狙うだろう。
第五師団についても真相が暴露され、その脅威に寝返る騎士・貴族も多かろうな。
一大会戦となるか、各地での一斉戦闘となるか……どちらも帝国に不利だ。
せめて聖神教団さえこちらに引き込めれば違うのだが。
「……いや、やはり無理がある。皇帝の手の者なら他に情報収集手段があるしな」
「その男、かなりの使い手だったようです。斧と地霊系魔法を使うとか」
「何人やられたのだ?」
「5人でかかり、瞬く間に4人が殺されたとのこと。生き残った1人も……」
「ああ、言葉も話せない状態らしいな。しかし5人がかりだったとは……」
「連絡員も助勢できないほどの、圧倒的な戦闘力だったとのことです」
助勢せずさっさと逃げたのは正解だな。
魔法戦士の類は強者となったときに超人的ですらある。
多くの英雄がそうであったし、あのイルマットもそうだったか。
しかし、地霊系というのは珍しいな。
ヒュームにとっては火霊系が最も効率良く、効果的で、使い勝手も良いのだが。
「そんな豪傑があの皇帝の配下……いよいよ信じられんな。再調査せよ」
「かしこまりました」
どうにも解せない。
皇帝の消息も含めて、荒野絡みは全てが釈然としないぞ!
まるで傍らに見通せない暗がりがあるような気分だ……不安を煽る。
投げ入れたものは帰ってこず、下手に探ると化け物すら飛び出してきそうだ。
魔王軍……とは言いえて妙な話だ。
「……まずは南だ。先だって確認した方針通りにな」
「ははっ」
「西部戦線の優勢は重畳。併せて中央にも攻勢を強めさせよ」
皇都になど興味はなかったが、そこを押さえることで見えるものもありそうだ。
「第三師団を増強として当てろ。向いているだろう」
フランベルク帝国第三師団、またの名を「赤色聖杯旗」。
僧侶も多く、教化・支配確立に適した軍だ。聖神教団も横槍を入れにくかろう。
東部については、引き続き第四師団「青色貨幣旗」を駐屯させるよりない。
失敗は許されない。
平原の支配権の確立。
これができなくては何にもならない。
森を焼き、あの耳長どもに己の存在を悔い改めさせなくてはならない。
その上で皆殺しだ。そうでもしなければ奴らの罪は清算できるものではない。
眼を閉じれば、今も俺を包む思い出たち。
父よ、姉よ、友よ……暖かかった全ての者たちよ。照覧あれ。
俺は約束を守るぞ。
ヒュームの総力をもって、あのエルフの女王を、火炙りの刑台へと送ってやるぞ!
◇ WORLD・EYES ◇
フランベルク帝国軍、猛攻の時である。
帝王クリストフの命を受けて第三師団「赤色聖杯旗」が中央を南下。
ロンバルキア大公国の戦線を突破し、更に南進、遂に皇都はその所有者を代えた。
大きな要因となったのは、聖印騎士団の退去である。
聖神教団は独自の兵力として60000の騎士団を擁する。その名を聖印騎士団。
しかし今、その兵力は大きく減じられていた。先の第二滅事のためである。
それでも皇都近くには信徒慰撫のための10000騎が駐屯していた。
『六鍵』である「光刃」のアゼクシス率いる騎士団である。
大公との約定でもあったであろうその軍が、戦わずして撤退したのだ。
慌てたのは大公国軍である。
本来ならば頼もしい援軍がいるべき方向からも敵襲を受け、敗走した。
被害が大きくならなかったのは、率いていた者の手腕であろう。
ゴルトムント男爵。
社交界においては風采の上がらない人物だが、その軍才は手堅く隙が無い。
時を同じくして西部戦線においても動きがあった。
帝国第二師団「白色王剣旗」がサイギス市の攻略に乗り出したのだ。
そこには大公国の精鋭、即ち女傑レオノーラ伯爵率いる軍が駐屯している。
互いの精鋭同士の直接対決は戦術面では互角、しかし戦略面での差が勝敗を決した。
中央の戦局変化によって、大公国側の補給線が圧迫されたのだ。
サイギス市の孤立を避けられないと見たレオノーラ伯爵は、同市の退去を決定。
帝国側も市の確保を優先した結果、始まりに比べ粛々と戦闘は終結したのだった。
平原に出現する、フランベルク帝国の優勢。
それは思わぬ勢力の参戦を招くことになるのだと、両者ともに気付いていない。
平原の混乱を望む一大勢力……エルフ・パルミュラ王権である。
ヒュームの宿敵である森の民は、思わぬ時機に、思わぬ方角から、思わぬ場所へ。
平原の騒乱は拡大していく。




