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カルパチア崩壊編  第2話

◆ ランベラEYES ◆


 私はランベラ。

 皇室付き魔術師の筆頭であり、魔術師ギルドの特別研究顧問。

 わかる? 頭で勝負する仕事なのよ。足も手も下っ端の仕事なのよ。


 それが何?

 全く、あの馬鹿のせいで!


 苛々が突き上げてくるけれど、陛下の手前、おくびにも出せない。

 私たちは今、散在する岩石のうちの1つ、その影に身を潜ませている。

 そう遠くない距離に追撃部隊の斥候がいるはず。動けないわ。



 事の始まりはありがち。

 大局の見えない馬鹿な男たちの、皇国を分断する規模の権力争い。


 大陸中央部を領土とするヒューム統一国家・カルパチア皇国。

 その北辺にあってエルフ領との最前線を任されていたフランベルク伯爵。

 左遷じゃない。本人も望んでのこと。皇国きっての用兵家だしね。


 その伯爵様が俄かにご乱心。独立を宣言して帝位を自称するときた。

 数度に渡る討伐軍も散々に負けちゃって、北部丸ごとフランベルク帝国。


 挙国一致でどうにかしなきゃならないのに、その旗頭までご乱心。

 南部を大きく領有するロンバルキア大公、まさかの皇室批判開始ときた。

 聖神教団まで丸め込んで、南部を大公国として半独立だものね。


 宙ぶらりんになった皇室。

 どちらも陛下の御身は喉から手が出るほど欲しいみたいだけどね。

 帝国は「妻」として、大公国は「象徴」として。

 エノク王国滅亡後の混乱を統一したカルパチアの血筋は重いわ。やっぱり。


 都も危ないってんで逃げ出す羽目になったけど……

 当てにしていた領主たちは揃って面従腹背の輩ときた。北か南かはともかく。

 賢しらに「陛下の御為」とか言っちゃって、笑止千万よね。



 さて、と。

 現実逃避はここまで。どうにかして状況を打破しないと……


 「塵の森」への進路は絶たれてる。

 あの英雄気取りの馬鹿騎士・イルマットのせいで。

 ジステアに私の使い魔託されたってのに、あいつ、真っ直ぐに東へ逃げるから……

 こっちの意図もろバレじゃない!

 案の定、回り込まれちゃったわよ。速度が違うんだから撹乱しなさいよね!


 今も全っ然進路変えてないし……いっそ全滅しないかしら、あいつの部隊。

 いざとなったら使い魔自爆させて口封じね。勿体無いけど、使い魔が。


「何か来るよー」


 フォルナが大剣に手をかけた。

 「狂戦士」の異名を持つ、カルパチア最強の戦士。私の懐刀。唯一の友。

 彼女は最後の最後の切り札だ。魔境に通じる戦力としては彼女しかいない。

 手に持つ大剣……魔剣アリオク。

 超重量のそれは、持つものに魔神の筋力と、鬼神の凶暴性を与えるという。


「見つかってるっぽいー」


 土煙が近づいてくる……騎馬の集団だわ。遂にこの時が来たわね。

 フランベルクか、ロンバルキアか……え? どちらでもない??

 指揮官らしき黒い騎馬と、その手勢らしき灰色の騎兵が100騎ほど。

 軍旗もなければ、武装のどこにも家紋の類が無い。


「貴様ら、どこの手の者だ! 所属を言え!」


 シャリが声を上げた。前面に立ち、正体不明の集団を睥睨している。

 お堅い性格だけど腕は確か。それこそ、陛下の護衛を1人で担う程の近衛だ。

 けど……気圧されている? え、何なの?


「ヒュームの王はいますか?」


 シャリの詰問などどこ吹く風。

 逆に問うてきたのは身なりのいい少年だ。従者だろうか。


「我々は王にのみ名乗ります」


 人間……ではない? わからない……この私が把握できない!?

 そもそもどうしてこの場所がわかったわけ?

 《魔力隠蔽》をかけておいたのに……こちらの《魔力看破》も通じない!


「そこの魔術師。次に何か魔法を使ったら敵対行動と受け取りますよ?」


 まるで天気を話題にしているかのような口調で……今、私は警告された。

 殺すと言われたのだ。わかる。次の瞬間にも殺せるのだと、窘められたのだ。

 フォルナが庇うように立った。


「ほぉ、魔剣アリオクですか」


 一目で看破してくる!


「破戒司祭ダニエルが召喚術と錬金術とを駆使して作り上げた一振りですね」


 え……何? そんな由来、聞いたこともない。この私が。


「低位とはいえ魔獣を封じて核としていますから、人間には些か危険な品です」


 こいつ……いや、こいつら、まさか……!


わたくしがヒュームの王、カルパチア皇国皇帝、リンペリールです」


 へ、陛下! 危険です! こいつらは人間じゃない……ただの魔物でもない!

 シャリ、馬鹿、アンタ黙ってなさい! 馬を降りろだの何だの、そういう相手!?


「そうですか。我々は魔王軍」


 え……今……何て?


「魔王は騎士ジステアの願いを聞き入れ、保護の手を差し伸べられました」


 冷静に……沈着冷静になりなさい、私!

 こいつは、そう、アレだ。今なら推測できる。私を感知し、私に感知させない力。

 ヒューム最高の魔術師である私を歯牙にもかけないこいつは……魔将なんだ。

 物語世界の存在……魔将。あの黒騎士もそう?

 だとするなら、魔将を配下とする者は、なるほど、それが魔王でなくて何だ……


「どうしますか? 受けますか? それとも断りますか?」


 何てことなのかしら。

 超人的な解決方法を求めて魔境を目指した私たち……それが果たせないと思えば。

 目の前には、正に人を超えた存在、魔王の尖兵が返答を待っている。


 これは僥倖? それとも破滅への罠?

 どちらにせよカルパチアは終わる気がするわ……それとも、もう終わっていた?


 灰色の騎兵たちの刃には血がこびりついている。

 その赤色がやけに鮮明で、私にはそれが皇国の終焉を告げる印のように思えた。



◆ アルバキンEYES ◆


 ヒュームの女帝御一行様は無事に保護されたようだ。

 これで願いは叶えた。ついでに「灰の騎兵団」も実戦調整ができたな。


 今回の探索行。

 ドンキとクリリンに灰色驃騎兵グレイユサール100騎で向かわせたわけだが……

 遭遇したヒュームの騎兵は合計で1500騎余り。全て好戦的、全て殲滅済み、と。 

 ……ちょっと血生臭すぎる。ヒュームは随分と戦争が好きなんだな。物騒だ。


 収まるのかな、この状態は。

 このままじゃウイが家に帰ると言い出したときに困る。

 そもそもウイの村は大丈夫なのか? どうもマーマルって難民的で心配だ。

 歴史上マーマルが国家を形成したことはないようだが、さりとて保護もなしとは。


 ……治安を保障できないかな?


 自立して生活している以上、こちらの考える「豊かさ」を押し付けるのは失礼だ。

 マーマルの日常を尊重し、それを守るくらいのことは恩返しの範疇だろう。

 暴力を止め、収奪を禁じ、安心して楽しく過ごしてもらいたいものだ。


 監視塔を設けるとか、騎兵団に巡察させるとか。ま、後でクリリンに相談だな。

 さて、次にやるべきなのは……


(で? ヒュームの王など保護して、どうするつもりなのだ)


 こいつだよ。ようやくだよ。あの騎士と面談してから妙に煩いんだ。

 やれ、エルフとヒュームとは犬猿の仲であって知らぬ方が非常識、とか。

 やれ、大陸における平原と森林の構成比率は公平性に欠ける、とか。

 やれ、強大な力を持つ者は安易に争いへ関与すべきでない、とか。

 

 はー。脳内に学級委員長だか教師だかが居座ってる気分だ。

 いや、何せ心がつながってるところあるから、悪気ないのはわかるんよ?

 一本気なのも嫌いじゃないさ。でも煩いもんは煩いんだよなー。


(おい、アルバキン! これは重要な問題なのだぞ。わかっているのか!?)


 重要も何もないって。だって俺、国家権力とか興味ないもの。


(お前になくとも、向こうが無視できんのだ! ここは城塞なのだぞ!)


 ここは誰の所有物でもないだろ、廃墟だったらしいぞ?

 住まず、管理しない僻地をもって領有を宣言する奴がいたなら、そりゃ妄想だ。

 妄想を道理として通すのが権力ってもんだが、俺はいかなる権力も認めていない。

 天地に線引きなんてない。アルバキンを縛れる法もまた、ないってこった。


 ついでに言っておくとだな、キュザン。

 俺の兵は先程ヒュームの兵を殺したが、先に害意をもって行動したのは向こうだ。

 ヒュームだろうがエルフだろうが、俺は先制攻撃をする気はない。

 しかし反撃は相手の殲滅をもってこれに当たる。容赦する気もない。


 わかるか? しっぺ返しの理屈だよ。

 俺は友好的な相手に対しては笑いかけるゆとりがある。

 しかし敵対的な相手を宥めすかす余裕はないんだ。


 勘違いしないで欲しい。俺は、俺の力の行使権を誰かに譲渡する気はない。

 この力はある目的のためだけにあるからだ。アルバキンはおもねらない。


 マーマルの保護を考えるのは何故かわかるか?

 同じ理屈だよ。キュザンを解放しようとしたのも同様だ。

 アルバキンを助くる者は、アルバキンに助けられる。そういうことだ。

 

 恩には恩を、仇には仇を。


 それ以上もそれ以下もない。ぶっちゃけるとだな、興味がないんだよ。

 アイツにつながらない諸々のことは、正直、どうでもいいんだ。

 だから、この理屈だけで十分なんだ。

 アイツ以外の誰かをどうこうしようなんて、んな暇なこと考えてらんないんだよ。


 はー。

 わかってもらえた?


(……アルバキン、お前は、お前には『それ』しか……『それ』しかないのか?)


 ああ、ないね。

 アルバキンというエルフは『それ』のために産まれ、生きているんだ。

 無暗に争う気はないが、障害があれば一撃で排除する。邪魔はさせない。

 

 だからさ……ま、心配しなさんな。

 間違っても、俺はヒュームに肩入れしてエルフと争うなんてことしないさ。

 

(なっ、それは……)


 キュザンが心配してるのはそこだもんな。エルフに肩入れしてんだろ?


(……わ、私は)


 いいって。

 俺はキュザンがどんな背景を持っていようと、何にも気にしないんだから……



◆ クヴィク・リスリィEYES ◆


 さぁ、面白くなってきましたね。

 現世界に出るのも久々ですが、大陸は今まさに動乱期を迎えているようです!


 保護したヒュームから≪記憶知得≫で収集した情報によれば……


 大陸の勢力図は基本的に以下の通りです。

 中央には大平原。これをヒュームのカルパチア皇国が領有。

 北部および北西部の山林地帯。これをエルフのパルミュラ王権が領有。

 西部および南西部の山岳地帯。これはドワーフ各部族の勢力圏。

 東部は北半分が陸地で、そこを更に北を大森林、南を荒地と分化。

 東部の南半分は海。マーマルの村は海岸沿い、特に北岸に集中。以上ですね。

 

 古代に神聖エノク王国が森を大焼却したため、領土としてはヒュームが最大です。

 それを恨むエルフは再三に渡り平原侵攻を企て、慢性的な抗争状態。

 一進一退の歴史を刻んできたヒュームとエルフですが、ここにきて変化が。


 まず、エルフは専守防衛に徹して、平原へ攻め込まなくなりました。

 他方、ヒュームは内乱状態へ突入。カルパチア皇国は南北に分断されています。

 平原北部はフランベルク帝国、平原南部はロンバルキア大公国という名称です。

 ドワーフは沈黙。こちらも慢性的であったエルフとの諍いを停止しています。


 陰謀の匂いがしますね?


 この状況はエルフ・パルミュラ王権とやらに都合が良過ぎます。

 怨敵ヒュームは内乱で忙しく、ドワーフもまた仕掛けてこないという状況。

 何を準備しているのかはわかりませんが、時間を稼いでいるようにも見えますね。


 内政か、外交か、はたまた魔術か?


 内乱が早期決着しないようなら、ヒュームは存亡の危機かもしれません。

 そういった意味では、先の戦果は滅亡を助長したとも言えますね。

 カルパチア皇国の正統権力者を獲得させなかったのですから。


 うふふふ。


 戦記ですね。軍記物です。

 しかし従来通りの展開になるとは思わないことです!

 今、この場所には、それらを塵芥のようにしか見ない御方がいますよ?

 それでいて、歴史はその御方を中心に動きだそうとしています。


 魔王とは、その意思や意図に関わらず、魔王であってしまう存在なのです。

 山がその身を風景に隠せないように、地が万物を曳きつけてしまうように。

 高きもの、重きものは、在るがままが既にして君臨しているのです。


 さて。

 そうではない者のお呼びにも応じてあげましょうか。

 ヒュームの王。あいや、皇帝でしたか?

 いただきで在らねばならない生を生きる弱き者。

 渡すものもありますし、少し話してみても面白いかもしれません。


「おや、ジステアではありませんか」

 

 中央宮殿から美音城へつながる廊下で、ウイ様とジステアが遊んでいます。

 いや、いささか語弊がありますか。

 正確には、跪く姿勢のままのジステアを山に見立て、ウイ様が登山しています。


「どうしました?」

「魔王様に拝謁の栄誉を賜りたく、ここに畏まりてございます」

「不可能です。人間がそう容易くお会いできる御方ではありません」

「拙ではなく、我が主、カルパチア皇国皇帝であっても叶いませんでしょうか?」

「はい。ウイ様が助けた者ですらもう機会はないのです。ましてや只の人間などは」


 名前を呼ばれてか、小さき奇跡人がトコトコと寄ってきました。


「ウイ、まおーサマに会いたいなったけど、ダメダメか?」

「いえいえ、大歓迎ですとも。宮殿の居室におられますが、1人で行けますか?」

「ウイは元気! 冒険しながら、まおーサマのあっち、行ってくる!」


 元気に駆けていきます。

 主に愛され、魔王の祝福を一身に受けている子ですね。

 振り返れば、諦観に悔しさを振りかけて仕上げたような、歪んだ笑みの騎士。


「お話があるなら私が聞きますよ。丁度、渡したい物もあるのです」

「……陛下に先触れて参ります。失礼いたします」


 ヒュームの価値観からすれば、憮然とすることの連続かもしれませんね。

 自らの依って立つ権威が通じない巨大な存在が、妖精人・・・には恭しく。

 品性強欲なるヒュームらしい、自己中心的な考え方です。


「この度は此方へお運びいただき、ありがとうございます」


 ほぅ……向かい合う形で椅子を置く、という形を整えましたか。

 何ともいじましいですね。短時間で随分と「外交」を作為したようです。


「お話しするのは荒野以来ですね。何とお呼びすれば?」

「……リンペリールとお呼び下さい」


 ふふ。威儀を整え序列を尊ぶヒュームには、些か手厳しかったですか?

 けれど立派に踏みとどまり、応じ、隙を窺ってみせるのです。ヒュームの王よ。


「では、リンペリール。まずはお話を伺いましょうか」


 その発する言葉次第では、魔王軍は最初のあぎとをヒュームへ向けますよ?

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