カルパチア崩壊編 第1話
◆ マグネシアEYES ◆
起きた! 兄様が起きたよ!
凄いよ、本当に特別な出来事だったんだ、ウイちゃんが来たことは。
お目々くりくりで、髪の毛ハネハネの、このちっちゃい子は天使だよ!
兄様も物凄く感謝していて、貰ったペンダントを片時も離さない。
漆黒の装いの中に透明な龍……夜空に浮かぶ満月……ううん、銀河かな?
ウイちゃんもそれを見るたびに凄く嬉しそう!
そういえば、もう1つ、兄様が新しく所持することにした物があるんだ。
黒い金属のボール。
アタシが目覚める前に敵を封印した物らしいんだけど、それを大事にするみたい。
陣槍の穂先に絡める形で、鎖やなんかと一緒にくっつけた感じ。
もともと武器として使ってたわけじゃないから、いいのかな?
でね、でね?
兄様にお城の案内をしたんだけどさ?
「何と言うか、相応しい言葉が思いつかないな……マグだろ、よくぞやってくれたな」
だってさあああ!!
嬉しいよ、頑張った甲斐があったよぉっ!
まず人造石巨人だけど、これへの拘りが始まりだったね。
最高の城を造るのは最高の巨人、というテーマでデザインを考えまくって……
天啓があったのよ。アタシじゃないアタシも協力してくれたって感じ?
大きいの。2つ目で重々しく丸っこく。名づけて「最巨」。
中くらいの。1つ目で角々してて脚太く。名づけて「陸大陸」。
小さいの。1つ目で丸っこく丸っこく。名づけて「圧貝」。
どれもクリリンが「こういう想像は無かったですね」と驚くレベルの出来だよ!
その工業労働力としての性能も想像以上。ま、そこはクリリンの力だけど。
いや、実際のところ、あのクリクリは凄いよ。
このお城造りに関しては、もう、本気を通り越して超本気だった!
「着眼点が奇抜」という微妙な評価の元、アタシに色々アイデア出させてさ?
それをとんでもないクォリティに仕上げてく……少し狂気入ってたね!
宮殿の地下とか、三城独立の理由とか、アタシも全部把握できてないもん。
でも、そこで負けないのがアタシ。
付与魔術は無理でも、元素魔法はこっちの領分じゃーって奮起。
地霊にお願いにお願いを重ねて、最後は力ずくで、大量の地霊召喚に成功したよ!
まぁ、少しクリリンにも手伝ってもらったけど。
日常の内政向きなんだよね、クリクリは。本質的にさ?
あ、ちなみに3つの城の命名もアタシ。これも天啓なんだ。
いやー、限界を超えたってゆーか、才能の迸りを感じたね!
愛かな? やっぱり愛のなせる奇跡なのかな!?
次は何を説明しよう……あ、とりあえず最優先で造ってる美音城についてかな!
◆ アルバキンEYES ◆
どん引きだ……なんつー城だ、こりゃあ……!
長過ぎる白い夢から目覚めた俺。
その直後から色々あったわけだが……今はマグにあちこち案内されてる最中だ。
「でね、これが主砲! 高出力の魔力弾を地平線まで一斉射撃だよ!」
待て。どんな城だ。っていうか主砲って何だ? 城じゃねーのか!?
そもそも、ツッコミどころが多すぎるんだよ、この風景は。
まずね、俺の目の錯覚じゃなけりゃね? モビルなロボットが歩いてるよ?
それほど詳しくないけどさ、あのデカイの、サイコ何ちゃらだろ?
あれはリック……何とかだし、えらくマニアックなのもいやがる。
しかも何だ、この3つの出城の名前は。
出城が3つもあるくせに城壁なしとか、その時点でぶっ飛んじゃいるが……
白馬城って、連邦の木馬なんだろ?
美音城って、頭に「ある」がつくんだろ?
灰狐城……これだけは元ネタわかんねーが、どうせ何かあるんだろ!?
やっと普通の世界へ出てきたと思えば、ロボアニメネタ……どういうことなの……
詳しく聞きたいけど……マグ、何徹してるか知らんが目が怖い。逝っちゃってる。
一応、キュザンと一緒で俺と何がしかリンクしちゃったのかもと推測はしてるが。
……ああ、そうだ、キュザンも何とかしなきゃなんだ。
とりあえず息苦しくなく、極限まで封印を弱めたけどさ……脳がうるさい……
(ん? どうした、何か言ったか?)
いや、何でもないから。約束した通り、俺の「独り」を尊重してくれ。
(おお、わかっているとも。しかしまぁ、何とも珍妙な城塞があったものだ……)
激しく同意しつつ、マグの得意げな説明に笑顔で頷く俺。
さっき、思わず言っちゃったからね。「よく『も』やってくれたな」って。
悪いこと言っちまった……涙ぐんでたもんな、マグ。
悪気があってのことじゃないんだし、俺の前世の記憶かもだし、責めてどうする。
一風変わってても、俺のために建ててくれた城塞だ。
どんなとこであれ住めば都。ここを拠点に、まずは図書館巡りでも……なんて。
そんな風に考えていた時期が俺にもありました……クリリンの言葉聞くまでは。
「ここが魔王城の中枢、瘴気変換動力炉です」
なに? これ?
え……魔境の瘴気を仕入れてるの? 大気中からも地下からも?
そんで? ああ、なるほど……発電ならぬ発魔力してるのね? 邪悪な感じで。
あ、うん、そうか……人造魔物や城の付与魔法に供給してると。魔力を。
凄いなぁ……凄く逝っちゃってるなぁ、クリリン……その病気流行ってるの?
わかっちゃったからね。
さっきマグが逝ってた……もとい、言ってた主砲ってやつ?
あれ、冗談じゃないんだね。本当に砲撃しちゃえるんだね、この動力で。
うわぁ……俺、本格的に軍事力持ち始めちったよ……っていうか魔王城て。
いつの間に魔王なんだ、俺は。ここを拠点にお姫様でも攫えってのか?
はっはっは、まーさかぁ? そんで勇者に襲いかかられるってかー?
「殿、ウイの連れてきた騎士が気付きましたぞ」
ドンキがやってきた。
こいつ、俺が目覚めた日、うるさかったよなぁ……本性とキャラ違いすぎる。
「そうか。適当に帰ってもらえ」
「面談を希望しておりますが、いかがいたしましょう」
「え? 何だそりゃ……忙しいんだけども」
色々立て込んでるんだ。
ニオもふりタイム終わって、マグの案内終わって、今はクリリンの案内中で……
この後は「灰の騎兵団」をドンキと調整しなきゃだし、ウイの相手もしたいし……
あー、あと、何といってもキュザンだよ。今の状態は想像以上にうざい。
何とかして、本人の意向を尊重しつつ、脳内に平穏を得るべく研究しなきゃ……
「主が接見するには及びません。私が会見しましょう」
「あー……まぁ、一度だけ会おうか。ウイが助けた奴だしな」
ウイ……あのマーマルの子は、俺にとって掛け替えのない存在だ。
白い世界から帰還する間際、たった1つだけ俺が後悔したことがある。
全てを覚悟して、調律して、決裁した俺に迷いや弱音は残るはずもない。
しかし、本当にたった1つだけ、残しておきたくとも残せなかったものがあった。
涙だ。
再びの白を体験するまで、実は泣き続けていたらしい、俺の心。
その涙は弱さからじゃない。哀悼だったんだ。1999万9999人への哀悼。
没入する気はないが、捨てていいものじゃない……けれど捨てざるをえない。
アイツを滅ぼす至上目的へ最適化していく過程で、どうしても削られちまう。
ところが、それが在ったんだ。
目を開いたとき、俺の胸の上にはそれがあった。
純粋で、無垢で、混じりっ気なしの思いやりに満ちた、透明のそれ。
もう二度と流せない、見ることも叶わないと思った……それは「涙」に見えた。
俺の中に無くなってしまっても、いつも、俺の首からはそれが下がっている。
見たければ見られる。触りたければ触れる。いつでも祈れるんだ、まだ。
だからウイは大切だ。
あの子はきっと、俺にとっての最大級の幸運で、得難い奇跡なんだ。
そんなウイが助けたらしい、幸運仲間だ。その女騎士は。
考えてみりゃ、人間……ここ風に言うならヒュームか……会うの初めてだしな。
一度くらい会ってみてもいいだろう、きっと。
◆ ジステアEYES ◆
緊張で舌が張り付くなど、何年ぶりのことか。
先触れがあった。もうじきここへ、この恐るべき城塞の主が訪れる。
人、だろうか?
扉の大きさからして大怪物ということもあるまいが、天使や悪魔ならありそうだ。
ここは尋常の場所ではない。死後の世界と言われても納得してしまう。
ウイが訪問してくれなければ、むしろ死後だと確信しきっていただろう。
外を見れば巨大な石鬼が練り歩き、足元を妖精が走りまわっている。
聖神教の経典にある地獄そのものだ……花壇があるのは判断に困るが。
ガチャリ
来た! 跪き頭を垂れる。傷がひきつる。
相手は城塞の主であるだけでなく、命の恩人でもある。礼を失したくない。
「初めに言っておくが、貴女が助かったのはウイのお陰だ。感謝ならウイへ」
人の声……男の声だ。だが何という美しい響きを持つ声なのか!
深く、耳奥から胸へと至り、そこに波紋を刻むような……警戒しろジステア!
経典に曰く、悪魔とはその美声をもって人間を誑かす、だ!
「こ、この度は……私を保護し、休息の安全をいただいたことに感謝いたします」
「おお、そう来たか」
ちらりと靴が見えた。ローブか何かの裾も見える。
やはり人間……もしくは人間の姿をした何かのようだ。
「はっは! 靴ばかりジロジロ見られるのもこそばゆいな」
「あ、いえ、これは失礼を……!」
「いや、冗談だよ。礼を言いたいだけならもう去るが、まだ話があるのか?」
「お許しいただけるならば」
「いい度胸、と言ったら悪役過ぎるか。寝台に座るといい。面談にもなっていないよ」
喉が鳴らないように唾を飲み込んで、声の主を見た。
自分の目が意思とは無関係に見開かれるのがわかる……そこには神がいた。
いや、神の姿など知らない……しかし、美しすぎる美を前に、他の言葉がない。
「今度は顔か。礼儀正しいんだが、不躾なんだか、判断に困る騎士さんだ」
「あ、わ、いやその、とんだご無礼を……!」
「話があるなら早くしてくれ。暇じゃないんだ」
そうだ、何をやっているんだ私は……これは稀なる好機かもしれないんだ!
正体がわからないとはいえ、力があるのなら、それを貸してくれるのなら……!
決死の思いで再び見やり、紡ごうとした言葉がまた止まる。
流麗な黒髪から両脇に伸びたそれは、長い耳。
「え、エルフ……」
「何だヒューム、とでも言おうか?」
城塞の主がエルフならば、ここはエルフの城なのか!?
馬鹿な……奴らは北部から北西部が勢力圏のはず。北東部へ進出してきていた?
もしもそうなら、とんでもない!
フランベルク伯め、帝王など僭称している暇はないだろう!
このままでは皇国北部は……!
「気に入らんな」
し、しまった! 城塞の主がこちらを見ている。まるで汚物を見るかのようだ。
「名乗らず、人を種族で見て敵視し、俺の時間を無為に喰い荒している」
身体が振動する。ふ、震えているのか私は!?
これは冷気……いや、むしろ熱い……だが怖気が凄まじい! 吹き付けてくる!
「同じ対応を返そうか。これがヒュームか、と。唾棄すべき種族だ、と」
何も言葉が出てこない……恐怖もある。しかしそれだけではない。
激しい後悔が喉を詰まらせている。
このような神々しい存在に対して、私は今、種族全体の名誉を貶めている。
身一つの愚昧・矮小さで、陛下を含む「ヒューム」そのものを辱めているのだ!
「お許しください!」
私はその足元へ身を投げ出していた。我知らず泣いていた。
傷が開き、血も流れ出てくる。だからどうした。私は謝罪せねばならない!
「たび重なる失礼も、愚かさも、全て私、ジステアという個人の失態!」
額を石畳へ打ち付ける。砕けるなら砕けてしまえばいい。そんな思いで。
「唾棄するは私に。お気が済まぬとあれば死を賜ります。ですが、どうか……」
どうか、陛下だけは……ヒュームの命運を一身に担う、尊き陛下のことだけは!
懇願し、更に頭を打ちつけようとして……止められた。
いつの間に現れたのか、黒衣・赤髪の少女が、私の肩を押さえている。
「許す。許すから、そんなに自分を傷つけないでくれ」
ああ……良かった……私じゃない、私はどうでもいい。
陛下の名誉が守られた。それが嬉しい。
「俺は、その、世捨て人みたいなものだったから、世情に疎くてな……」
城砦の主は言う。
エルフとヒュームとが争っているとは知らなかったということを。
自分はエルフかもしれないが、既存のエルフの勢力と何ら関わりがないことを。
「貴女はウイが助けた人だ。俺もまたウイに救いを得た人間。それでいいよな?」
「はい……はい!」
「俺は魔術師アルバキン。話を聞こうか、騎士ジステア」
話そう。自らの窮状を、有りのままに。
利用しようなどと考えては駄目だ。違うんだ。
ただ素直に話して……そして赤心で頼もう。
どうか、陛下の御身をお守り下さいますように。ウイが導き会わせてくれた人よ。
◆ ニオ・ヨエンラEYES ◆
アルバキン、起きた。
アルバキン、泣く、止めた。
ニオ、びっくり。
強いアルバキン、もっと強く。これ突破。
魔物なら魔将、アルバキンなら、何? きっとまだ、先ある。
どこまで行く? アルバキン、どこまで飛ぶ?
血の風、吹いてる。たくさんの死、アルバキンを遠くへ、飛ばす。
でも、飛び続ける鳥、いない。
いつか降りるとき、どうする? 落ちる? 堕ちる?
ニオ、護る。きっと護る。死んでも、護る。それがニオ。