魔王誕生編 第2話
◆ ウイEYES ◆
ウイは元気。
背中のリュックは凄い人から貰った。丈夫でたくさん入る。
たくさんの宝物を入れて、ウイはあっちへ歩いてる。ずっとあっちへ歩いてく。
「あ、チョーチョだ! なんでー?」
黄色のがヒラヒラした。好きだから追いかける。凄いと思う。
「あ! 果物!」
草の上に赤くて丸いのが3つもあった。なんでー?
おウチから歩くの始めてたウイ、ぽんぽん減ると、いつも食べ物が見つかる。
マンマにしよう! 果物マンマ!
「んまー! 果物マンマ、んまっ!」
んまく1つ食べた。ぽんぽん、一杯!
あと2つある。きっと誰かもぽんぽん一杯になる。2人も!
「ウイは元気! あっちへ歩く!」
凄い人が言ってた。あっちに、ウイの宝物を見たい人がいるって。
ウイの宝物、素敵だから、その人も見たいんだと思う。凄い人も素敵って言った。
でも、もしも怖くなったら、走って逃げろって言ってた。おウチに。
でもウイは元気だから、怖いことなんて、ないない!
「ふんふんうー、ふんふんうー」
歌うの好き。さびしいのなくなる。
ウイは元気だけど、ホントはちょっとさびしいかも。おウチはみんな一緒だから。
マーマル、いつもみんな一緒。みんなで家族。
ときどき、どっかあっち行って、いつまでも帰ってこない。
ウイの「とー」と「かー」も帰ってこない。冒険は素敵だから。
ウイは元気。
きっとこの冒険も素敵なことたくさんある。
凄い人も大丈夫って言ってた。
「ハジメテノオツカイミマモルセキニン」っていうのあるから、平気だって。
どんな人がウイの宝物見たいんだろ?
どれくらいあっち行ったら、その人に会えるんだろ?
きっと喜んでくれる。早く見せたい。
まだかなー。
誰かいたら、その人じゃなくても、見せるのに。
ずっと誰もいない。不思議。聞いてたのと違うなー。
怖い人とか、怖い魔物とか、冒険してると会うって聞いたことある。
でも何にもないない。
ぽんぽん減って困ることもないない。不思議。
「あ、川あった!」
ちっちゃい川だ。お魚はないないだけど、お水があるよ。
遊ぼうかな……遊びたいな……でも早く見せなきゃだし……
「ウイは、ちょっとだけ遊ぶことにした!」
ずっと潜ってないから、ちょっとお水と遊ぶ。ちょっとだけ。
でもホントはあっち行かなきゃだから、宝物増やすこと考えた。
「≪おみずだま≫」
お水にお願いして、玉になってもらった。
「≪おみずあそび≫」
何にしよっかな……お魚、亀、トゲトゲ……あ、あれにしよ!
凄い人が見せてくれた、あの素敵でカッコいいやつ。
蛇みたいだけど、お髭とかあって、もっとカッコいいやつ。
「≪おみずかたまる≫」
できた! すごく素敵にできた!
氷でもいいけど、氷にはしない。溶けちゃうから。これは溶けないカタマリ。
とっても素敵にできたから、これは一番新しい宝物。
「これも見たいかな? 喜ぶかな?」
ウイは遊び終わった。楽しかった!
早くあっちへ行って、宝物を見せたいな。お水も飲んだし、出発。
ウイは元気!
◆ アルバキンEYES ◆
白い思い出劇場も佳境だ。
散々ぱら再体験させられて気付いた。割と短期間だったんだな、これ。
2000万人もいたから何年もやりあってた気がしてたけど……1か月くらいか?
長くても2か月だな。考えてみりゃ、何年も生存できる環境じゃなかったぜ。
見るべきものは見たし、考え直すべきは考え直した。
色々なものを整然と見渡せている気がする。自分の中の全体も詳細も良く見える。
無理、してたんだなぁ……俺は。
肩に力入りまくってたんだな。色々な物に蓋をして、憎悪を免罪符にして。
なんつーか、若かったぜ。余裕なさすぎ。
外界は理不尽なくらい余裕なしなんだから、内面くらい余裕あった方がいいだろ。
さて、とぉ……そろそろ解決しなきゃなあ。
もうじき「白」も閉幕だろう。その前にやっとかなきゃならんことがある。
おーい。
(む、何だ。先刻自らの腕を食した割には、余裕があるではないか)
そーゆー夢を見ただけさ。今の俺にとってはな。
ってか、お前さんも相当のもんだ。こういうの慣れてるのか?
(修羅場という意味ならば、それにりにはな。おぞましさは不慣れだ。不快極まる)
そりゃ悪かった。完全に巻き込んでるからなぁ。
(お前のせいでもあるまい)
いや、それがさ……過去はともかく、今の状況は俺のせいだと思う。
(どういうことだ!?)
お前さ、こうなる直前の記憶って、どんな感じだ?
(む……ぼんやりしているが、息苦しかったような……)
その前だ。何でそんな風になったか、覚えてないのか?
(それは……むぅ……いや、隠したところで事実は変わらんか……)
あ、覚えてるっぽいn(私はとある魔術師と戦い、敗れたのだ!)
ああ、うん、それg(実に強力な魔術師だった! 恐らくは「竜殺し」だぞ?)
そう、そうね。だ(敵ながら見事! その配下もかなりの実力者たちであった)
ちょ、ま(惜しむらくは! 戦いの切欠が、その、割と些細なものでな……)
お(正直に告白しよう! ただの口喧嘩だったのだ、本来ならば!)
(その時私は手負いでな……焦り、疲れ、気がたっていたのだ。悔やまれる)
……そうか……それでいて、直撃を避けられたってのか。
(うむ。間一髪だったが。あの戦闘は避けられるものだったと、今にして……む?)
俺だよ、俺……って、うわ、何だこれ凄く詐欺っぽい!?
(どうしてあの状況を!? ま、まさか、魔術師の側にいたあの子供……なのか!?)
うわ地味に痛い勘違いだよ、天然怖いよ……そりゃ醜態晒しまくりだけど……
でもちげーって、魔術師の方だって。魔術師。《火竜咆哮》使った方。
(んなっ、なっ、なあっ……)
いや、さっきから言おうとしてたよ? そこは覚えといてよ?
ついでに言っとくと、お褒めに預かり光栄でした。俺も戦ったの後悔してます。
(な……なんだとおおおおおおおぉぉぉぉぉおおお!!???)
わぁ、凄い声ー。次の「波」が砕けて消えたよー。
(き、きさ、貴様貴様、あ、あの時のっ)
そうなの。隠してたつもりはないんだけど。
とりあえず落ち着いてくれると助かる。きちんと謝りたいので。
(あ、謝るだと!?)
そう。
正直なところ、問答の時の嘘は謝る気はない。あれは駆け引きだったから。
感情的になった点も、鯉口切ったそちらにも非があると思うから、謝れない。
(……)
けど、《火竜咆哮》は悪かった。明らかに過剰攻撃だった。
そちらに殺意がないことは、何となくわかってたのにな……済まなかった。
(……わ、私は……)
《魔鍵封印》の発動も、必要以上に苦しめる意図で行ったものだ。
その後の尋問もあわせて、謝罪する。本当に済まなかった。
封印については早急な解除を約束する。まずはここから解放されなきゃだが。
(……)
現状についても、恐らくは封印が原因しているんだ。
魂を半凍結されたお前さんは、俺の魔力のみを呼吸しているからな……
しかも、尋問のために意識をつなげたりもしてたわけで。その影響だと思う。
俺の混濁した意識・魔力に引きずり込まれた、ってのが推論だ。
重ねて、謝罪したい。済まなかった。気持ち悪いもんも見せたし。
お礼も言わせてくれ。
お前さんが居てくれたお陰で、気が狂わずになんとかなった。
お前さんの助言で、自分と世界とを見つめ直す切欠を得られた。
ありがとう。叱られ、諭され、宥めてもらったことを忘れない。
お前さんの(きゅふあっ!)
……は?
(し、舌を噛めるのだな、この状況でも……いや、違う、そうじゃなくて!)
お、おう。器用な奴……
(キュザンだ! 私の名前は! お、お前は、何というのだ!)
キュザン、か……わかった。覚えた。
俺の名はアルバキン。
有馬勤ってのは、もう過去のもんだからな……アルバキンこそが俺の名だ。
(そうか、アルバキンか……ふっ)
く、くくく……
(はははは!)
あっはっはっは!
(ふふ……何とも馬鹿馬鹿しい話だな、アルバキンよ)
全くだな、キュザン。たったこれだけのことかよ。殺そうとまでしたってのに。
(名乗りあうことすら出来なかったのだな、あの時の我々は……)
この白い世界じゃあるまいし、何を無闇に殺気立ってたんだろうなぁ……
◆ マグネシアEYES ◆
「遠からず主は目覚めるでしょう。私はそれを迎える準備をします」
5日前、そう宣言したクリリン。
あんにゃろが最初にしたことといえば、アタシに魔法特訓をさせることだった。
「ほら、また歪んでます。雑な性格なんですから、せめて集中してください」
「し、失礼ね! 歪んでないし!」
「目も悪いのですか……はぁ……大丈夫、御姫は強い子。もう少し頑張れます」
「ばっ、馬鹿にしてえええええええぇっぇ!!!」
特訓しているのは《土砂石化》と《岩石変化》。
土を石にして、石を直方体とか円柱とかに変形して……お小言をもらう作業だよ。
「そんな言うなら、見本見せてよ!」
「私は精神魔法しか使いませんので、これは御姫の仕事です」
「自分にできないことやらせてんの!?」
「私には私にしかできない仕事があります。例えばこのような……《魔力付加》」
クリリンが触れた円柱に光が宿った!
うわ、凄い、魔法アイテム作るときの魔法じゃん……精神魔法だったんだ、それ。
それに、《魔力壁》以外を使ってるとこ初めて見たかも。
「授業の一環として教えておきますか……御姫、精神魔法とは何属性でしょう?」
「そ、そんなの常識じゃん……無属性でしょ」
「正解です。だから霊性については6属性をなるべく偏らせないことが肝要」
「あ、そっか」
だから元素魔法が使えないのね、クリリンってば。
むしろ《魔力壁》しか使えないのかもって思ったことも、あったりなかったり。
「更に言えば、霊性自体を弱体化した方が精神魔法の威力が強まります」
「そうなんだ……え、じゃあさ、霊性自体が超強い兄様って、精神魔法苦手?」
「ええ。例えば《魔力壁》を比べたなら、私の方が強力強固ですよ」
そうなんだ……かなり意外かも。
どんなに魔力が強大でも、属性の法則からは兄様でも逃れられないかー。
霊性って属性防御力でもあるわけだから、これ弱めるのってかなり危険だし。
敢えてそれやってるクリリンって、マニアックだよね。
「クリリンにしか出来ない仕事はわかったとして……結局、何すんの?」
「推察力も弱い……残念な脳……」
「いいから! 嫌味はいいから! アタシのやる気のために教えなさいよ!」
クリリンはぽつりと、けど物凄く嬉しそうに、こう言った。
「魔王城」
わわ、物凄くラスボスの拠点っぽい!
でもカッコいいかもしれない……この城塞跡を大改装しようってことでしょ?
そっか、アタシにやらせたいことがわかったかも!
「……建材はいいとして、労働力足りなくない?」
「人造魔物を使います」
「灰色驃騎兵じゃないでしょ? 兄様いなくて作れるの?」
「戦闘用は無理ですが、作業用なら容易いものです」
そういえば、もともとクリリンの知識だもんね、人造魔物って。
となると材料を何にするかだけど、魔力転換物質は絶対無理。
あれは兄様の桁違いの魔力があって初めてできること。兄様はやっぱり偉大!
……石だなぁ、やっぱ。
それってつまり、アタシがデザインするのかな?
「全て理解した! よーし、気合入ってきたよー!」
「重畳。ならば、わかりましたよね?」
ドカン、バコン、グシャッ
クリリンが石棒で、アタシの作品群を粉々にしていく……わー、容赦ないねー。
それに《魔力付加》って凄いね。同じ石のはずなのに、強度差半端ないよ。
「訓練再開です。規模、精密性、そして効率を高めてください」
「わかったけど、やっぱ腹立つよね! やる気満々だけどさ!」
やるともさ!
兄様が目覚めた時、そこにアタシ謹製のお城が広がってたら……やばい、燃える!
どうせなら門番とかも人造魔物で作ってさ?
管弦楽団……は無理でも、鐘とか鳴らしたりー、庭園を豪奢に作ったりー?
夢が広がってきた! 兄様、楽しみにしててね!
空前絶後、前代未聞のお城を、アタシは造るぞおおおぉぉぉ!!
◇ WORLD・EYES ◇
山野を進む風変わりな4人がいる。
騎乗した高貴な身なりの者と、その馬の轡をとる騎士。
魔術師の杖をつく者と、身の丈以上の荷物を平然と背負う戦士。
その全てが女性だ。更には美人揃いである。
ここは大陸東部。
大陸中央部の肥沃さに比べ、土地は乾き、荒れ、魔物も多い土地柄だ。
最果てには悪名高き「塵の森」。そこから流れ込む瘴気も万事を病ませる。
東進するにつれ人里は疎らとなり、やがては途絶える。
そんな荒廃を行くのだ。この4人は。
何の目的があってのことか……その一歩一歩が人界を遠ざけるというのに。
「ランベラ、どうしましたか?」
不意に、馬上の女性が魔術師風の女性へ問う。
「……陛下に隠し事はできませんわね」
苦笑して、答える。
「陽動の部隊が追撃隊との戦闘に及んだようです」
「犠牲は?」
「少数。もともと数が違いますので、遅滞戦術をとりつつ別方向へ誘導しています」
「そうですか……どちらの追撃隊なのですか?」
「旗と武装はフランベルク帝国軍ですね。中身はどうだかわかりませんけど」
魔術師は使い魔の目を通じて物を見る。やはり彼女は魔術師のようだ。
轡をとる騎士の表情は険しい。荷物を持つ戦士は……欠伸をしていた。
「逃げ切れますか?」
それは陽動部隊のことか、それとも自分たちのことか。
「そのための近衛騎士団、そのための私です。ご安心を」
4人は逃亡者であったか。
人の世界から追われ、その歩みを人外の世界へと進めていく。
彼女らはどこへ逃げようというのか。既に村1つないというのに。
魔術師は、今度こそフードの奥に隠して、ため息を漏らした。
彼女には見えているのだ。
既に半減し、騎士団長すら失い、それでも任務を果たそうとする騎士団の姿が。
(まさかここまで追い詰められるなんてね……この私としたことが、まったく)
懐に隠した、最後の頼みの綱をそっと触れる。
カルパチア皇室に伝わり、魔術師ギルドが厳重に保管を任されていた秘宝。
「地竜笛」。
大魔境「塵の森」の奥に住まうという、伝説の大魔導師・イリンメル。
その住まいへと生きて辿り着くために必要な、唯一無二の魔法アイテムだ。
皇国の始祖が大魔導師本人より与えられたという。2人の友誼の証として。
(本人がいようがいまいが、とにかく拠点さえ手に入れば……そうすれば……)
主従は進む。
人外魔境へ、人の世の理を超える解決を求めて。