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魔王誕生編  第1話

◆ ???EYES ◆


 白い。

 どこまでも広がる、ただ白いだけの世界だ。

 それは全てが凍りついた、何も始まっていない空間。零の領域。


 嫌だ。

 ここは嫌だ。終わったはずだ。こりごりだ。たくさんだ。

 胸が、胸がザワザワする。喉がひきつる。震える。嫌だ。



「貴方は、どこから来たの?」

 

 この子は……そうだ、三浦佐奈。

 とち狂った奴に乱暴されそうになっていたところを、助けた。

 隠れる場所なんてないこの白さの中で、背中合わせに座る俺たち。

 背中が温かい。俺の手は血で汚れてしまって、凍ったように冷えているのに。


「そう。私は蝦夷共和国の北江戸から来たんだ」


 わけのわからないことを言うけど、その声を聞きたい。耳をその声だけにする。

 怒声も嗚咽も獣声も呻きも……嫌な音は全部弾き出す。心を護るフィルター。


「……食べた?」


 思わず振り返った。胃をひっくり返しそうな不快感をかみ殺し、睨みつけた。


「ご、ごめん」


 ここには水も食べ物も無い。在るのは馬鹿な俺たちだけ。

 昨日は、俺と佐奈と、あともう1人居た。

 名前が変わる前の副都心線―――有楽町線の池袋駅から来た奴が。


「責めてないから」


 俺たちの同類にしちゃ、いい奴だった。角川圭治。強かった。

 あいつが居なかったら、俺も佐奈も、ずっと前に殺されていただろう。

 でも、打ち所が悪かった。悪かったんだ。


「私も食べた。一緒」


 居なくなった圭治。

 俺は今、久しぶりに、飢えも乾きもしていない。していなかったのに。


「だから……責めてないよ」


 

 嫌だ。

 責めるのか。まだ責めたてるのか。

 圭治。逆なら良かったのに。俺が、俺の方が……お前に………本当に?

 

 ああ、胸を掻き毟って、濁りも汚れも何かもぶちまけてしまいたい。

 何だって俺は中も外も心も体も、全部が全部、腐っちまってんだ。

 世界はこんなに真っ白いのに。


 ここじゃ、息をするにも血が腐る。

 何をするにも糞塗れになる。何をしたって心が壊れちまう。

 世界はこんなにもまっさらで、何もかもが始まろうとしているのに。


(おぞましい世界だな)


 誰だ!


(貴様こそ誰だ。我が名を聞きたくば、まずは自ら名乗れ。無礼者が!)


 ひっ!?


(……まずは、泣き止んだらどうだ? そんなにべそをかきおって)


 え……あ……涙? 俺? 俺の涙……こんなに?


(……その、怒鳴りつけて悪かった。とにかく泣き止むがよいぞ?)



◆ クヴィク・リスリィEYES ◆


 主が意識を失ってより、そろそろ2ヶ月が経ちます。

 100万の書から一言一句を寄せ集めるような私の研究でしたが……情けない。

 幾つかの推論を立てることしかできていません。


 主原因「魔力の大空白」に伴う諸問題。

 ただでさえ強大な魔力を更に伸長させ、一方で継続的な大魔力消費。

 それによって生じた「回復されない魔力」が以下の問題を起こす。


 1つ。魔力的「飢え」がとてつもない強さで魂を収奪、自滅的負荷がかかる。

 1つ。魔力的「虚ろ」が精神の衰弱を惹起、心が内向きに病む。

 1つ。魔力的「疲れ」が魔力行使を強制停止、連鎖的に自我が閉塞する。


 以上。どれも主が強すぎるがゆえのこと。

 実際、主の魔術師としての実力は空前絶後の領域に達しようとしています。

 その要因を挙げていくなら、それはもはや伝説。


 計り知れない「非業」は、主の魂を巨大な規模とし、血色に染め上げました。

 ドラゴンの打倒は、主の魂に森羅万象の理を付加、超生物への道を開きました。

 そして、更なる成長を促したのが……「塵の森」。


 主により創られ、主の魔力をもって戦闘する「灰の騎兵団」。

 それは紛うことなき主の分身。

 彼らが敵の血から得た星気アストラルは、業は、全て主に集約されます。


 1カ月余りもの間、休み無く、彼らは屠り続けました。

 様々な系統の、それぞれの上級種や最強種を、群体・軍隊として殺めました。

 屍の山と血の河とを、瘴気満ちる森に拵えたのです。


 更には、最後の相手が不死属性アンデッドなる神聖エノク王国騎士団とは。


 ヒュームによる多種族の完全征服を成し遂げた、業深き太古の国家、エノク。

 その業の極みとしての魔境侵攻。全滅と不死属性アンデッド化は当然の帰結です。

 報われることも救われることもなく、悠久の時を行軍する騎士団……その宿業と非業。


 それをすら、余すこと無く、よろず全てを受容したのです。主の大器は!


 ある意味において、主は人の形をした「塵の森」とすら言えるのかも知れません。

 いや、違う……それでは生ぬるいですね。

 「無限の業を宿す者」「竜殺し」「人の形をした魔境」……それらを纏めるならば。


 魔王。


 ……ああ、なんだ、たどり着いただけじゃないですか。

 出会ったその日から見せてくれていた彼岸へ、今、届いただけじゃないですか。


 ふふふ……うふふふふ……


 世界よ、御覧なさい!

 大いなる力が、伝説が、正にこの瞬間にも産まれようとしています!

 歴史よ、記録しなさい!

 ここまでは既にして在り得ました。ここからは全てが新たなる出来事!


 予言しましょう。

 何かが、強固にして既存なる何かが壊れますよ?

 主は飛躍を前に力を蓄える金翅鳥王。

 世界を覆う翼を振るわんとする、その前夜の雛。

 割れるのです。産まれ飛び立とうとするその瞬間に、卵の殻は破れる運命。


 待てば、いい。

 私は、私たちは待てばいいのです。主という魔王の誕生を。その瞬間を。



◇ WORLD・EYES ◇


 潮騒とカモメの鳴き声が聞こえる浜辺に、楽しそうに遊ぶ声がある。

 子供たちだ。年の頃は3歳から6歳くらいか。

 裸足で走る子らが抱えているのは、手のひら大の、黒いトゲトゲした物だ。


 競うように駆けていった先には集落がある。

 枝や葉で雨露をさえぎるだけの粗末な家……家のようなものが少数、並んでいる。

 板すら使っていないのだ。風も自由に通り抜ける有り様は、家というよりは巣か。

 

 その村とも言えない場所に、彼らの親が待っているのだろうか。

 いや違う。彼らは親子なのだ。

 マーマルという種族の平均寿命は30歳。

 10歳で成人しても、見た目は5歳ほどだ。見た目の通り小さく、華奢で、幼い。


 世界は彼らを「妖精人」と呼ぶ。

 人間よりも妖精に近いとは言いようだ。愛し慈しむための言葉ではない。

 自分たち人間よりも劣等であり、人間の内に数えるのも馬鹿らしいという意味だ。

 妖精人……本当は「幼生人」と言っているのだから。


 先程の小さき者たちは、集落の端へと到着していた。

 既にワイワイガヤガヤと賑やかな集団ができている。笑顔で合流したのだ。


「驚愕。それ珍味。好物」


 集団の中心にいる1人が言う。

 比較対象がマーマルゆえ大きく見えるが、彼も少年といった外見だ。

 大きなクッションのような帽子が印象的だ。眠そうな目だが、驚いたらしい。


「1つ賞味希望。お代は如何ほど?」


 帽子の少年の前はまるで玩具箱のような様相を呈している。

 大小様々の魚、大小様々の貝殻、亀の甲羅……その辺りはまだいいとして。

 奇妙な形の枝、顔として見ようと努力すれば見えないこともない石、虫の死骸……

 ガラクタと評してしまうべきか。

 それぞれを持ってきたらしい小さき者たちは、誰も誇らしげに笑顔なのだ。


「無料は恐縮。せめて何か……」


 少年はどうやら歓迎されているようだ。

 背に置いた空籠、小さき者たちの顔に一様にして付着している果汁……

 手土産に果物か何かを配ったのだろうか。見ればまだ食べている者もいる。


 マーマルに贈答するものは稀だ。

 彼らに貨幣文化はなく、等価交換という発想もない。理解できないのだ。

 無欲なのか善良なのか、自分たちからは求めない一方で、相手の求めには応じる。


 大きな魚を獲ったとしよう。

 「釣る」という文化もない彼らは、小槍で素潜りをする。重労働だ。

 その成果を、素敵な食事を約束する幸運を、「くれ」と言ったらどうなるか。


 くれるのだ。

 自分の成果を誰かが欲しがる、それを「褒められた」として喜ぶのだ。

 その成果で相手も喜ぶのだと、どちらも喜ぶ大幸運だと、渡してしまうのだ。

 海水に濡れた髪で、小さな満面の笑顔で。


 だから、ヒュームもエルフもドワーフも、彼らに贈答しない。

 する必要がないからだ。必要のないものは定着しない。


「発想の転換。僕の魔法、ご照覧」


 少年は手のひらを上にして、両手を広げた。上を見上げる。

 釣られて一斉に上を見る小さき者たち。素敵な魔法が始まった。


 最初に現れたのは七色の光。

 それがくるくると彩る中を、桃色の亀が、金色の魚が、黒トゲトゲが踊る。

 子鹿が、狸が、狐が、猫が、犬が、猿が、鳥が、大熊猫が、羊が、龍が。

 次々に現れては舞い踊る。滑稽にしてはいるが、元は幽玄な舞踊か。


 大歓声だ。

 動物の名を連呼し、知らぬ動物については何だ何だと尋ねあう。

 手を叩いて囃し、足を踏み鳴らし、小さき者たちもまた踊っているかのようだ。


 最後に現れたのは小さき者自身の幻影だ。

 人形のような彼らが、輪になって踊り、花吹雪を巻き起こして閉幕した。


 大興奮だ。

 早速やってみようと、少年を中心に手と手を取り合い、輪になって踊る。

 それも予想外であったか、驚き、しかし笑顔になる少年。


 そこには笑顔だけが、満開の花畑のように咲き誇っていた。



◆ ???EYES ◆

 

 これは夢なのか?

 そうだ、現実のわけがない……現実であってたまるか!

 

 無限大の零。果て無き静止。極まりの白。


 戻るわけがない。

 いや、待て、戻っているのならチャンスじゃないのか!?

 そうだ、そうだろう! 探せ! あの声を!


(何だ、興奮して……私なら側にいるであろうが)


 お前じゃねーよ。っていうか、お前誰だよ。何でここにいる。


(なっ……いや、怒鳴るまい。泣かれても困るからな)


 泣かねーよ! くそっ、嫌味じゃないっぽいのが逆に心を抉るぞ……!


(む。気をつけろ、また「波」が来るぞ)


 ああ……次はどの記憶だかな。全部悪夢だから、どれでも大差ねーが。


(確かにな。しかし……貴様、何者かは知らんが、何とも因果な男だ。不憫極まる)


 アンタも大概だけどな。誰だか知らないが、巻き込んでるようですまない。

 なんつーか、その、悪いついでだが……また泣き叫んじまったら……


(わかっている。今更だ。泣く子には勝てん)


 くっ! こ、これが羞恥ってやつか……マジで夢なら早く覚めろ畜生……


(来たぞ!)




(……落ち着いたか?)


 ああ、色々悪いな。今のはちょっとやばかった。若ぇな、俺も。


(どういうことだったのか、今1つ、私にはわからないのだが)


 ……なぁ、アンタ、周りから空気読めないって言われたことないか?


(ふ、愚問だな。私以上に空気を読み、操る者などおらんぞ。精霊王にも負けん)


 意図的なら滅殺ものだが、多分天然だな……精霊王ってのも天然……ん?

 精霊王だ? それってのはつまり、風の精霊王か……??


(先程の説明はしてもらえんのか?)


 え? あ、ああ……大した話じゃねーさ。

 佐奈って女がいたろ? アイツが俺の背中を刺したんだよ。持ってた骨で。


(しかし、あの女はお前が助け、守っていた女だろう? どうしてそうなる?)


 俺が弱かったからだろ。

 徒党組んだ連中に狙われたからな。2つのプレゼントでおもねろうとしたんだよ。

 自分の身と、俺の身と……その2つさ。


(わからんぞ?)


 っとに、天然はよぉ…………膣と肉。以上終わり。理解できた?


(な、何と愚かな……!! お、お前は、何という……どうして平然と……)


 平然としてねーって。さっき、誰かさんに厳しく鎮めてもらったっつーの。

 ……でも、まぁ、随分と昔の出来事だからなぁ。そろそろ平然としたいもんだ。

 案外成長してねーんだな、俺は。

 避けて……たかなぁ、考えることを。


(あの後はどうなったのだ?)


 うん、アンタ、確かに空気操るよね。思うままだよね。空気読め。

 ……殺したよ。佐奈を。

 反射的に人1人殺せるくらいには、もう殺してたからな。


(そうか……その後で、あの徒党に勝利したのか)


 いや、逃げた。追っても来なかったよ。放っておいても死ぬと思ったんだろ。

 それに、そもそもあいつらは佐奈が目当てだったんだ。

 可愛かったし、あの段階じゃ貴重となった処女だったしな。


(おぞましい……心底おぞましい世界だ……)


 状況がさ、悪かったんだよ。

 あそこは過程がどうあれ1人しか生き残れない世界だった。

 俺の記憶を見聞させといて何だが、それぞれの場面だけで判断しないでくれ。

 「原因」と「結果」がそもそも間違ってるんだ。

 「経過」の中身が絶望的になっちまうのは、やっぱしょうがねーよ。


(こどく、という言葉を知っているか?)


 孤独?

 いやまぁ、知りたかないが、孤独こそ我が人生って感じだぞ。


(誤解するな。虫の毒と書いて「蟲毒」だ)


 呪いか何かだっけ?

 壺だか箱だかにたくさんの毒蟲を放り込んで、閉じ込め……て……


(そうだ。喰いあわせ、生き残った1匹に怨念を凝縮させる邪法だ)


 おい、待てよ……ちょっと待ってくれ……俺は……俺たちは、まさか……


(ただの類似には思えん。何者の仕業かは推測もできんが……)


 アイツだ! あの声のやつ!

 「生き残った1人のみを転生させるゆえ、疾く、殺しあうがよい」

 そう言い捨てた、アイツ……!!


 俺は、俺たち1人1人は、それぞれが毒を持つ1匹の虫けらだったってのか!?


 いや待て、落ち着け。

 仮にそうだとして、狙いは何だ?

 何のためにそんなことをする必要がある。


 魂の孤独……いや、「魂の蟲毒」なんてことをして、何を望む?


(……大丈夫か?)


 ああ、問題ない。むしろ今までで一番元気なくらいだ。

 頭が驚くほどクリアーだ。自分が何者なのかがよくわかる。スッキリした。


 「自分」とは、周囲と異なるものだ。

 独自の利益を追求し、そのために周囲と対立状態にあるものだ。

 何かを「敵」と定義するとき、そうする理由が「自分」を明確にする。 


 「敵」は鏡だ。

 曖昧なら、こちらも曖昧になる。

 明確なら、こちらも明確になる。


 俺は今、理解しつつある。

 この世界に転生したその理由を、出自の意味を、俺は初めて推察した!


 わからないこともあるが、それは当然だ。

 わからないことをわかろうとする努力、それこそが人生だろう。

 少なくとも、俺にはそうだ。

 欲求の欠乏と充足との連続が生物のさがとするならば、

 俺にとっての欲求は「不明の解明」に他ならない。これこそが人生だ。


 憎むだけでは駄目なんだ。

 捨てる必要はない、動機なんだから……しかし、感情は智を曇らせもする。

 研ぎ澄ませ、先鋭化しろ、致命的な刃となるんだ。


 アルバキンであることを調律するんだ。

 2000万人分の心を束ね、拠り合わせ、何をも貫く針に仕立て上げろ。

 極めた一突きこそが奇跡を起こす。何者をも殺すんだ。


 そのために……今は省みるのも良いだろう。

 いい機会だ。向き合おう。思い出そう。泣こう。叫ぼう。嘆こう。憎もう。


 そして生きよう。生きるんだ。

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