ドラゴン討伐編 第1話
◆ 有馬勤EYES ◆
結論から言おうか?
俺はエルフに転生した。
ここは地下60階層からなるダンジョンの最下層。
魔術師の住居だったとみられ、実験場だの研究室だの宝物庫だの、まぁ色々ある。
特に図書室が重要だ。
言語の習得に始まり、広範な知識の獲得、そして魔法の習得に全力を費やしている。
肉体トレーニングも毎日欠かしていない。
食事は栄養薬を飲むだけだ。仕組みは未解明だが無尽蔵に湧くからな。
日本人だったときの名を、有馬勤。
中3の冬、俺は塾をさぼって副都心線池袋駅のホームでオカルト辞典を精読していた。
勉強しろっつーのな。ちゃんと。それは贅沢な時間だろうにさ。
そんな、現実見えてねー阿呆の頭ん中に、その声は聞こえてきた。
「汝、夢幻の世界の住人たらんことを欲するか?」
幻聴だったらどんなにか良かったろうな。でもそれは『罠』だったんだ。
神だか悪魔だか知らねーが、その『罠』に、俺は嬉々として飛び込んじまった。
欲する欲する、俺は夢幻の世界の住人になりたいですってな。
異世界への召喚キタコレとか思うか?
まあ、確かに、気づいたら真っ白の世界にいたよ。
見渡す限り、人、人、人だったけどな。
皆して同類だったみたいで、どいつもこいつも、夢見がちな夢子ちゃんばっかりだった。
不安よりも期待でワクワクしちゃってさ、その癖、キョドキョドして指示待ち族なのな。
で、次の指示ってやつが地獄の始まりだ。
「生き残った1人のみを転生させるゆえ、疾く、殺しあうがよい」
きっかけは餓えと性欲かな?
1人でも死んだら、後はもうエスカレートしていくだけだったよ。
最後に聞いたんだが、何と2000万人のクソガキによるバトルロワイヤルだぜ。
色んな国の奴がいたな……俺の知る地球にゃ存在しない国の出身者もいた。
よくわからんが、平行世界だの裏地球だの色々あるんだろ、どうでもいいが。
食事? 聞くなよ。
死んだり殺されたりしながら減っていって……
どんくらいやってたか、気づいたら勝者になっていた。
最後の2人の決闘なんてねーよ。
俺はその時、怪我と餓えでぶっ倒れてたからな。
同じく倒れてた大勢の中で、一番長く息をしていられたってだけなんだろ、きっと。
「そなたの願いは成就した。思うままに生きよ」
1999万9999人の残骸を見渡しながら、俺は誓ったよ。
この声の主……神だか魔だかわからんが、絶対にこいつを殺す。消滅させてやる。
記憶を絶対に保持して、この理不尽の首謀者に、必ず復讐してやる! 必ずだ!!
んで、俺は転生した。
樽に沈むホルマリン漬けみたいな幼児としてな。
後からわかったことだが、ある種の人造人間を培養する施設らしい。
俺の他にも大小幾つかの樽があったが、中身があったのはもう1つだけ。
小学2~4年生くらいの女の子が眠るように沈んでいた。まあ、そんなもんどうでもいい。
何より、俺が浸かってた青い液体が重要だ。
へその緒がなかったことから推察していたが、こいつは完全栄養食足りうる代物だった。
最初に述べた俺の主食というわけだ。ちなみに無味無臭で生温かい。
幼い体を酷使して探索した結果、そこが無人・無音・無窓の場所だとわかった。
出口として四畳半ほどの玄関から登り階段があるが、その先の鉄扉は固く閉ざされていた。
玄関の他にも様々な部屋があったが、全体として少し埃っぽかった。
急務は情報収集であり、保護者どころか他人もいない状況では、読書するより他にない。
未知の言語を覚悟したものの、過半数の本に書かれた文字はアルファベットもどきだった。
文法は主語+目的語+動詞という形式のようで、英単語使った日本語という第一印象。
挿絵つきの辞典を見るにつけ、単語の差異も隔絶したほどのものでもない。
猛勉強した。
いや、今もしている。
だってこれは生きるために必要であると同時に、復讐の爪を研ぐ行為でもあるから。
正確な発音は不明だが、何年もしない内におおよその文意はとれるようになった。
その段階でわかったことは、ここが「イリンメル」という魔術師の住居だということ。
そいつの魔法で構築された60階層の地下ダンジョン、その最下層。
居住スペースであるこの階層以外にはモンスターやら罠やらが満載らしい。
1階層の平均的な面積は、図面から察するに数万平方メートル。東京ドーム1個分か。
書斎で見つけたダンジョン設計図集は、ある意味じゃ公式攻略本ってわけだ。
ちなみに、階段の先の鉄扉には《施鍵》の魔法がかけられているそうな。
さらには、その扉の先には下位ながらドラゴンが鎮座しているそうな。
笑えるほどに理不尽な話だ。
だってそうだろ?
魔法を習得し、ドラゴンを倒す。
RPG風に言うなら、それが俺のスタート地点だってんだからな!
付け加えるなら。
このダンジョンには通行手形とも言えるマスター・アミュレットとやらが存在するんだが、
そいつは1個しかない上、イリンメルさんとやらが所持したまま絶賛外出中だ。
俺が這い出してきてからこっち150年以上戻らないのだから、帰宅予定もないのだろう。
そう、書斎にある魔法仕掛けの太陽運行模型が正確なら、それくらいの歳月が過ぎた。
最初2~4歳くらいだったから、今や160歳くらいか。
あ、ジジイになっちゃいないぜ?
何しろエルフだ。今の俺の身体は、日本人で例えるなら高校生くらい。ピチピチだ。
そうじゃなきゃ篭らない。
それに時間を忘れるっていうのは慣れてるんだ。2000万人戦でさ。
ドラゴンを倒すという、最初の1歩を踏み出すための1世紀半。
俺の手に入れた最大戦力は魔法だ。
何しろ習得に必要な資料・機材は揃っている。
この世界の魔法には以下の4種類7属性が存在する。
まず地・水・火・風の4大精霊と契約する元素魔法。
光を司る聖神の加護を受けて発現する神聖魔法。
闇を司る邪神の加護を受けて発現する暗黒魔法。
自らの魔力を無属性に編み上げる精神魔法。以上だ。
複数種の魔法を習得することもできるが、制約もある。
元素魔法は4大精霊間の相克から2種としか契約できない。
神聖魔法は洗礼を受け禁則を守る必要があり、それが他種の魔法使用を大きく制限する。
暗黒魔法は精霊、神聖ともに併用を許さず、その上習得条件が極悪。ほぼ失伝している。
精神魔法は理論構築さえできれば誰にでも使用できるが、威力・効果は他に比べ極小だ。
俺が力として選んだのは暗黒魔法だ。狙いは2つある。
まず、魔法技術体系で唯一「召喚術」を含むからだ。
魔界から下僕を招聘して使役するそれは、自らの安全と打撃力との両立を可能とする。
ゲームじゃないんだ。正面きって魔法合戦、負けたら死亡なんて冗談じゃない。
矢面に立たず、手駒を消耗品として駆使して、ダンジョンを踏破する……それが狙いだ。
儀式に必要な材料はごまんとある。貴重品だろうが何だろうが、倉庫にな。
弱い魔物から順に試しているが、今のところオーバーキルの勢いで支配・屈服させている。
悪徳・悪行の類がその条件になっているから、まぁ、俺は素養抜群なのだろう。
……皆の死が、今、俺の力となっている。
もう1つの大きな狙い。
暗黒魔法には「世界の壁を超える影響力」というものが、根幹理論にあるからだ。
召喚術もその一例に過ぎない。重力が闇属性である点からも期待ができる。
確か重力ってのは超次元的に効果を及ぼす力だったはずだ。転生前の最新科学理論では。
元の世界に帰るためじゃない。
アイツ……俺たちを罠にはめやがった糞野郎の正体を探り、滅ぼす力を欲するからだ。
ダンジョンから脱出したいのもそのためだ。
奴の情報を集め、奴の正体を暴き、奴へ至り、奴を打ち砕く。
俺にそれ以外の存在意義なんてない。
召喚・契約と平行して闇属性の攻撃術、防衛術も習得を続けている。
特に防衛術だ。
隠れること、逃げること、防ぐこと。どれ1つ欠けても俺には致命的に思える。
併用可能な精神魔法についても、ダンジョン攻略に便利そうな辺りへ力を入れている。
開けること、探ること、記すこと。これらも脱出の成否、ひいては生死を分かつだろう。
余談だが、魔法に用いられる特殊言語は、何と日本語に類似していた。
カタカナもどき、ひらがなもどき、漢字もどき。
どれも画数が10倍になって難解化していると思ってもらうと近いかもしれない。
初級詠唱は現代語風、中級詠唱は古文風、上級詠唱は漢文風とでもいったところか。
元素魔法、神聖魔法、暗黒魔法、そのいずれも変わらない。
唯一、精神魔法だけは趣が違う。
何というか……数学的というか……因数分解的な理屈が必要となる。表現が難しい。
その一方。
武装についてはあまり選択肢がなかった。
何しろ魔術師の住居だ。
宝物庫はほとんど博物館的様相を呈していて、実用性に欠けるものばかり。
それでもかき集めたのが金属製品は以下の物だ。
サーベル1振り、ロングスピア1本、ダガー2本、チェインメイル1領。以上。
後は布製品と装飾品だな。
服やマントのサイズからして、イリンメルさんとやらは今の俺と似たような体格らしい。
しかし、まぁ……
基礎体力こそ限界まで鍛え上げているが、武芸の心得があるでなし、近接戦闘は無謀だ。
ましてや初戦の相手はドラゴン様と内定している。近寄るだけで死ねるぜ。
精神魔法≪魔力感知≫によれば殆どの品に魔法がかかっているようだが……詳細不明では。
ふむ。
頃合いか。
更なる戦力的飛躍のため、また1つ危険な橋を渡ることにしよう。
魔将を召喚する。
魔将とは、魔物が何がしかの突破を経て昇格した、畏怖すべき存在だ。
その能力は様々だが、高度の知性を有し、人語を解すことは共通している。
上位ともなるとドラゴンどころではない戦闘力であり、支配どころか瞬殺されてお終いだ。
だから、下位のものを召喚する。
目星はつけてある。
戦闘力は魔将中最弱とされるも、その博識・狡知にて中位よりも恐れられる奴だ。
「問われるままに答えるもの」「王の肩にありて首を喰らう鳥」「破滅の囀り」。
魔将クヴィク・リスリィ。
見る間に代わる無数の人相を持つ、魔界の司書長ともされるデーモンだ。
屈服させてやる。
そしてその知識を我が物とし、俺は次の段階へと準備を進めるのだ!
◆ クヴィク・リスリィEYES ◆
何百年ぶりかの召喚。
魔法陣に照らされつつ立ち上がった私は、胸に湧き起こる愉悦を楽しんでいました。
ああ、またしても矮小・無知なる玩具で遊べるのです!
誰しも持って生まれた器というものがあるというのに。
それをわきまえず、欲にかられて躍るものたち!
何ていじましくも滑稽な道化なのでしょう!
私は彼らで破滅を物語る劇作家。
最後は崖から真っ逆様なのですから、できるだけ高い崖へ、できるだけ激しい歩調で!
ふふ、実に久しいこの機会。興奮するなというほうが無理ですよ。
「汝、クヴィク・リスリィに命ずる。我に従え。常に我の側にあり、忠誠をもって仕えよ」
……ほぅ?
乞うでも願うでもなく、命ずるときましたか。更に忠誠を強いてくるとは。
これは私としたことが初めての経験となりますね。
無知からくる無礼……でもなさそうです。
魔法陣周りの拘束陣は精密強固にして、しかも私の能力を的確に妨害しています。
術者自体の魔力は……はっは、これはお話にならない!
他に術者や護衛がいるでもなし、いやはや、嘲笑を抑えるのも難しいほどです!
「もう一度だけ命じる。我に従え。常に「はっはっは!」」
いや失敬、抑えきれませんでしたよ。
「威勢が良いのも結構ですが、まずは名乗られては「跪け!」」
爆発。
いいや違う、これは、魔力の解放!?
今やこの空間は尋常でない大魔力によって息も詰まるほどに満たされています!
何という量、何という密度、何という質!!
暴風のように吹きつけ、同時に蜜のように粘りつくこれは……私をして怖気るほどの怨嗟。
まるで呪詛の血を溶岩たらしめて、それを強引にかき乱す鍋に放り込まれたような……!
「まさか、≪魔力隠蔽≫を使っていたとは……」
「問答無用。最後にもう1度だけ繰り返す」
私は既にして、その声を頂く気持ちで聞いていました。
この魔術師は尋常の者ではありません。
魔王。
古の伝承に語られる超越者。森羅万象を飲み込む者。破界者。神喰らい。
正確には……それらに至ることのできる、可能性の申し子。鳳雛。
今ならその器が見えるのです……彼の魔力は魔法陣すら崩壊させているのですから。
「我に従え。常に我の側にあり、忠誠をもって仕えよ」
「謹んでお仕え申し上げます。いついかなる時も主のために在ることを誓約致します」
「認める。では始まりの三褒を下す」
おお、古式にある臣下への命名下賜の儀です。
暗黒魔法の秘儀はもはや失われたと言われていましたが、この私がその栄誉を賜るとは!
「初めに汝の象徴を定める。本とせよ。書名はオカルト辞典。万の知識をもって我を助けよ」
「ありがたき幸せ。いかなる知識をも詳らかにいたしましょう」
「次に汝の人型を定める。クヴィク・リスリィに因み……クリリンと名乗り、側仕えよ」
「ありがたき幸せ。平時、戦時、どちらにおいても知をもってお仕え致しましょう」
「最後に我が真の名を聞く栄誉を与える。我が名は……」
そこで我が主は、少し宙を見つめた後、極上の笑みを浮かべてこう仰りました。
「我が名はアルバキン。有馬勤だ。我が名において在り、励むがよい!」
◆ アルバキンEYES ◆
いや焦った。
手順はともかく、名前考えてなかったのは間抜けだった。
咄嗟に考えた名前……アルバキンってのは我ながら気に入ったけど、く、クリリンは……
ま、まあ、いいか。俺の名前じゃないし。
口達者相手には勢いが大事だからな! 何気に発音して会話とか初めてだったしね!
うん、とにかく支配が出来て良かった。良かったなぁ。