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「シャドウメタルだぁ? 聞いたことねえ魔族だな」

「天使の姿をしている貴様こそどこの怪人だ? 俺が知らないということは、ドクター・ヘドロの作ったレギオンの隠し球といったところか?」


 あれだけの威力で羽根を飛ばすなど、どう考えても人間とは思えない。

 俺の脳裏に、レギオン内部にて人体改造などを行っていたドクター・ヘドロという老人の姿が浮かぶ。

 ドクター・ヘドロはその思想こそ狂ってはいたものの、間違いなく天才の部類に入る男であり、組織内の怪人や数々の超兵器。更には俺や、シャイニングマンといった改造人間を生み出した男である。

 おそらくは地球上にて唯一、人体を改造し、怪人へと生まれ変わらせることのできる男。それがドクター・ヘドロ。

 しかし、その老人はイビルダークとの決戦の前に己の体を改造し、怪人となってシャイニングマンの前に立ちはだかり、討たれたはず。

 となると、目の前のこの天使の姿をした男は、シャイニングマンに討たれるよりも前にドクター・ヘドロによって作られ、隠されていた怪人なのではないだろうか?

 それが最初に出した俺の予想だった。


 だが、その予想は外れているだろう。

 何故ならば、目の前に立つ天使の全身をスキャンしても、内部構造どころか素体成分の一つもわからないからだ。


 もし、ドクター・ヘドロの手が入った怪人であるならば、全てが新しい成分により作られることなど有り得ない。

 万が一それが実現できていたとしても、これだけの力を持つ怪人を己やイビルダークが討たれるまで遊ばせておく必要がない。


 では、この天使は一体何者なのか?

 こいつが俺に対して言う魔族という言葉。

 天使と魔族。見覚えのない異常な力を持つ不可思議な相手。

 わからないことだらけだ。

 

 だから俺はカマをかけることにしたのだ。

 ドクター・ヘドロとレギオンの名を出し、反応を見て予測を立てる。

 ドクター・ヘドロもレギオンも世界中に名を轟かせる悪の代名詞。人に危害を加えるものであるならば、その名を聞けば多少なりとも何らかの反応を示すはず。

 しかし、天使は俺の思いもつかなかった反応を見せた。


「……ざけてんのかテメエ? 天使をよりによって怪『人』だぁ? いつからニンゲンは俺たち天使と同じ場所に立ってやがると勘違いしたんデスかねー? しかもドクなんちゃら? そいつが作った? クソが……クソがクソがクソが! テメエは俺だけじゃねえ……俺らの主たる神をも侮辱した!! テメエは……ブッ殺す!!」


 そう言って怒りに震える天使。

 脳裏に響く警告音が一層大きな音で鳴り響く。

 どうやら、俺は知らない内に相手の逆鱗に触れてしまったようだ。

 しかし天使に魔族だけでもわからないというのに、更には神ときたか。どうしたものか。


「ひっ……」


 そんなことを考えていると、小さな悲鳴が後ろから聞こえた。

 先ほどの黒髪の女の悲鳴だろうか。

 

「だが、確認している暇は……なさそうだな!」


 怒れる天使が僅かに身をひねった瞬間、風切り音と共に無数の羽根が飛来する。

 それらの内、自分と自分の背後にいる女に当たる軌道のものだけをシャドウブレードによって的確に打ち落とす。


「死ね! 死ね! 死ねぇっ!!」

『警告。駆動限界時間まで残り5分』


 天使の怒号と羽根を叩き落とす音に加え、耳障りな警告音とはまた違った響きの電子音が脳裏に響く。

 通常であればこの程度の事で体内のエーテルが尽きることなどありえないのだが、今の俺は満身創痍といっても過言ではない状態。

 むしろ5分も動けることが幸運なのかもしれない。


(とは言え、このままというわけにもいかんか)


 どうやら天使の羽根はまだ尽きることが無いようで、今も無数に飛来してくる。

 ならば。


「シッ!」

「チィッ!」


 小さい気合の声と共に腕の振りを調整し、飛び来る羽根の一つを天使の頭めがけて打ち返すと、天使は憎らしげに舌打ちし、翼を微かに曲げてそれを防いだ。

 その瞬間、羽根の猛攻が僅かに緩む。


 恐らく、0.1秒にも満たない刹那の隙。

 だが、それは俺にとっては万の時間にも匹敵するほどの充分すぎる隙。


「ダークカッター!」


 左手を振り、言葉と共に生み出した闇の刃を天使へと投げつける。


「んなもん……なぁっ!?」


 己の羽根を防いだ時と同じようにそれを防ごうと翼を曲げた天使の目が驚愕に見開かれる。

 何故なら、俺の打ち出したダークカッターがその軌道を大きく変えたためだ。

 ダークカッターは威力は先ほどの羽根と大して変わりはない。だが、天使の羽根と大きく違う点。

 それは、俺の思考による自在操作。


「クソッタレが!!」


 正面からではなく、背後から迫り来るダークカッターに対し、思わず天使の意識が背後へと向く。


「んな豆鉄砲当たるかボケ!」


 そう怒鳴るように言う天使は、先程までよりも大きく翼を動かしあっさりとダークカッターを防いだ。


「小細工しやが……あ?」


 再度天使の目が大きく見開かれた。今度は瞳の中まで実によく見える。

 そこにあるのは驚愕、焦り、困惑といったものがごちゃまぜになった色。

 きっと、何が起きたのか理解ができないのだろう。


 確かにこの天使は強い。

 力だけで言うならば、俺やシャイニングマンを上回るであろう。

 だが『それ』だけだ。

 

 早さが足りない。判断力が足りない。経験が足りない。覚悟が足りない。

 そして何より、決して負けられないという意思が足りない。


「ガハッ!」

「俺の勝ちだ」


 俺は、するりと天使の右の肩口から入り、左の脇腹へと抜けた血に濡れるシャドウブレードをひと振りし、血の塊を吐き出す天使へとそう告げたのだった。




「俺の名はシャドウメタル。貴様を倒す者の名だ。その身に刻んで滅ぶがいい」


 シャドウメタル。それが私の前に立ち、私を守り戦う黒い鎧の戦士の名前。


「シャドウ……メタル……」


 これまで生きてきた17年間で一度も耳にしたことのない名前が私の口から呟きとなって漏れる。


 彼が私の助けを聞き、『任せろ』と言った後に激昂した天使の恐ろしい程の殺気に、私は確実に死んだと思った。

 だが、その死はいつまで経ってもやってこない。


 彼の右手に輝く黒い剣。シャドウブレードという名のその剣は、私の目では捉えきれないほどの速度で迫る天使の羽根を容易く撃ち落とした。

 天使の羽根を容易く弾く。それだけでも驚くべきことなのだが、更には見たところ刃こぼれ一つしていないという恐るべき強度を持った剣のようだ。

 一体、あの細い刃はどれだけ硬く、そして鋭いのか。私には到底想像もつかない。

 放心しながらそんなことを考えていると、シャドウメタルという名の戦士は天使へと不可思議な問いかけをした。

 それを聞いた私の背筋に悪寒が走る。


(何てことを……)


 私だって天使は憎い。どれほど悪意ある言葉を投げかけたとしても後悔などしないであろう。

 だが、私などでは到底考えもつかないような侮蔑の言葉を彼は天使へと平然と投げつけた。


 天使は人であり、誰とも知れぬ者に作られた。


 そんなことを天使を目の前にして自分が言ってしまったらと考えただけでもゾッとする。

 天使とは神の作り出した人とは次元の違う構造をした生物であり、その力はどんな文献や物語にも想像を絶するほどのものだと記されている。

 忌むべき、唾棄するべき存在でありながら、同時に恐るべき存在。

 それが天使。


 そんな存在を彼は侮辱したのだ。


「……ブッ殺す!!」


 天使の口から天獄より響くような怒号が発せられる。

 あれだけ恐ろしいと感じた先ほどの殺気など比べ物にならない重圧が私を襲った。


「ひっ……」


 思わず喉から小さな悲鳴が漏れ出し、同時に失禁したことにより自分のショーツが濡れていくのがわかった。

 こんな場所で失禁してしまうなど、常であれば羞恥で頬を赤らめもするのだろうが、その時の私にそのような余裕などなかった。

 カチカチと歯が鳴る。全身が恐怖に震える。いっそ意識を失いたいのに、度を超えた恐怖はそれすらも許してくれそうにはない。


 どんなに違うと上辺で言おうとも、天使と私とは捕食者とただの食料であるのだと魂の奥底にある何かが言っているのだろうか。

 悔しい。何もできない。なのに、歯を食いしばることも、恨みを浮かべた瞳で睨みつけることもできない。

 怯え、涙を流すことしかできない。


 しかし、私の目の前の赤い布をはためかせる黒い戦士は違った。


「だが、確認している暇は……なさそうだな!」


 言うが否や、視界を埋め尽くしその身を貫かんとする天使の羽根を尽く撃ち落としていく。


「死ね! 死ね! 死ねぇっ!!」


 怒れる天使の怒号も、色濃く死の色の乗った羽根による猛攻も続く。

 だが、それら全てが黒い剣によって切り伏せられていく。


(綺麗……)


 今この時、こんなことを考える私は狂ってしまったのかもしれない。

 だとしても。そうであったとしても、私の目に映る光景は美しかった。

 白で埋め尽くされた世界を黒と赤が切り裂いていく。

 くるくると踊るように。それでいて苛烈に。激しく。

 私の周りは天使の羽根により破壊され尽くしていた。だが、黒い戦士の後ろだけは、まるで世界から切り取られたかのように何一つ壊されることなく、私自身も傷一つ付くこともない。

 言うなれば、ここは黒い戦士の作り出した聖域のようでもあった。


「シッ!」


 私の目には何が起きているのか判別すらできないが、黒い戦士が何かをしたのか、天使の顔が憎々しげに歪んだ。


「ダークカッター!」


 瞬時に黒の戦士の手から小さな黒い矢が飛び出す。


「んなもん……なぁっ!?」


 天使も私も、驚愕に目を見開く。

 黒い矢は恐ろしい速度で真っ直ぐ飛び出したかと思うと、ぐるりとその軌道を変え、天使の背後へと回り背中へと襲いかかっていったのだ。

 私の知るどのような魔法にも、あれだけの速度であれだけの変化をするものなどない。

 もしあんなものがあったとするならば。そしてそれを自在に扱うことのできる魔導師がいるのであれば、この世界の戦いというものが一変してしまうかもしれない。

 人には決して反応しきれない恐るべき矢。だが、天使は人ではない。


「んな豆鉄砲当たるかボケ!」


 後ろを振り向きさえもしない。ただ翼を僅かに動かしただけ。

 それだけで黒い矢を弾き飛ばした。

 そんな攻防に一瞬目を奪われた私は、更に驚愕した。

 

「え?」


 目を奪われたといっても、ほんの瞬き一回分程度だろう。

 たった一瞬。瞬きの間に。

 

「小細工しやが……あ?」


 黒い戦士は天使の懐にいた。

 まるで、突然どこかから現れたかのように。それどころか、最初からそこにいたと言われれば信じてしまうかもしれない程の速さで。


 不思議と私の目にも、それからの黒い戦士の動きがわかった。

 ゆっくりと、そうなることが当然だと言わんばかりに、黒い剣が天使を袈裟懸けに斬り倒す。

 黒い戦士が首に巻いた赤い布が揺れ、同時に天使の口と傷から大量の血が吹き出す。


「ガハッ!」

「俺の勝ちだ」


 口から血を吐く天使を前に、淡々と己の勝利を口にする黒い戦士。

 ここでようやく私は黒い戦士の正体がわかった。


 黒き鎧を身にまとい、黒き剣によって天使を切り伏せる。

 幼い頃、何度も何度も魔神父様にせがんで読み聞かせてもらった物語。

 シャドウメタルと名乗るあの御方の正体は、その中にいつも書かれていたではないか。


「魔神様……」


 天獄より現れた天使の軍勢を討ち滅ぼし、神を封じた我らの救いの父。

 魔王すら従え、魔族と人に信奉される猛き剣の王。


 それがあの方。シャドウメタル様なのだと、愚かで弱い私はようやく気付いたのだった。




「テメエ……何しやが……ゴフッ!」


 膝を付き、悪態とともに血の塊を吐く天使を見下ろす。

 あの一瞬の中、俺が何をしたのか。

 天使の意識を背後にずらしながら体内の加速装置を使い、脳と体を高速化させて懐に飛び込んだのだ。

 天使や背後の女からすれば、俺は瞬間移動したようにも見えたかもしれない。


「簡単な手品だ」

「っざけやがって! ゴホッ! ガハッ!」


 どうせ説明しても理解できないだろうから手品だと言ってやった訳だが、思った以上に天使を怒らせたようで、顔を赤くしながら血を吐く。


「その傷では助からん。今、楽にしてやろう」


 己のしたこと、これからすることに後悔などない。

 後悔するには俺の手はあまりに汚れすぎている。

 しかし、命の火が消えようとしている者に長い苦痛を味あわせる趣味もない。

 そう考えた俺が、シャドウブレードを天使の首に振り下ろさんとしたその時。


「やれ! テメエら!」

「!?」


 血を吐く天使が叫ぶ。

 すると、いつの間に現れていたのか、俺と天使と女の周りを醜悪な顔をした白い人型の何かが包囲していた。


「きゃあああっ!」

「チイッ!」


 背後の女から悲鳴が挙がる。

 そこへ視線を向けると、のっぺりとした顔に耳まで裂けたような口をし、手に槍を持つ羽を生やした白い不気味な生き物が三匹ほど今にも女へ襲いかからんと向かっていた。


「戦場で油断するとは俺らしくもなかったな……ハァッ!」

「ギィィイイイイッ!?」

「シャァアアアアアア!!」

「ケケケケケケケケ!!」


 加速により一気に近付き、女へ襲いかかろうとしていた化け物を一匹切り伏せ、残った二匹に対峙する。


「何者だこいつらは!?」

「て、天使の下級兵だと思われます魔神様!」


 女へと庇いながら問いかけると、そんな答えが返ってきた。

 魔神とやらが何のことかわからんが、それはまあ後でいい。

 今大事なのは、こいつらが天使の下級兵とやらだということだ。切り伏せた時の手応えの無さからして、レギオンでいうところの戦闘員のようなものだろう。


「戦闘員風情が俺に勝てると思ったか!」


 向かってくる化け物を次々と切り伏せていく。

 しかし。


「クッ! ぞろぞろと!」


 最初は10体ほどだった下級兵だとかいう化け物は、背中の羽をはためかせて次から次に降りてくる。

 事切れた化け物は光の粒となり虚空へと消えていくため正確な数は分からないが、最初にいた10体など等に越えただろうに、その数は減っていないどころか増えているようにも感じる。


『警告。駆動限界時間まで残り3分』


 残された時間が少ない事を、容赦なく電子音が告げる。


(このままではマズイか)


 剣を振りながら打開策を考える。


(俺一人ならば手立てはあるが……)


 ちらりと化け物たちに怯える女を視界に映す。


「ひぃっ!」


 小さな首飾りを掴んで必死に何かに祈っている姿からして、この女の戦う力は皆無と言っていいだろう。

 かと言って、今の俺の状態では庇いながら包囲網を抜けるのも難しい。


(となれば……アレを使うか? エーテルが持ってくれればいいが)


 無理なことを行おうとするよりも、他の手立てへと思考を切り替えた俺に、頭の上から怒声が聞こえた。


「おいクソ魔族! これでも喰らってくたばりやがれ!」


 見上げると、先ほど切りつけた天使が口や傷から血をボタボタと流しながら、こちらへと両の掌を向けていた。

 その手のひらの先にあるのは。


「キャンプファイヤー……という訳ではなさそうだな」


 巨大な火球。

 冗談混じりに言ってはみたが、スキャンして得た情報から、火球の持つ威力が先ほどの羽根などとは比べ物にならないものであることがわかる。

 しかも、今なお少しずつ大きくなっていき、比例して威力も上昇している。

 どうやらこの付近一帯ごと焼け野原にするつもりらしい。

 

「ヒ……ヒヒ! いいんだぜえ逃げても? 荷物抱えて逃げられるってんならよぉ!」

「……チッ!」


 思っていた以上に知恵が回る天使に向けて舌打ちを飛ばす。

 残念ながら天使の言うとおり、化け物に囲まれ、女を守っている今の状態での脱出は先ほど考えていた通り難しい。


「出来ねえよなァっ! キヒヒッ! バカが! 足でまといの家畜に情なんてかけるから死ぬんだボケェ!」

「私の……せいで……?」


 天使の言葉に女がうなだれ、その後、涙を溜めつつも強い意志の宿った瞳で俺を見上げ口を開く。


「魔神様、私を置いて逃げてくださいませ。私などのためにあなた様が犠牲になってはいけません。どうか……どうか……」


 いいように強者に踏みにじられ、助けを請い、そして犠牲になることを選ぶ。

 以前の俺であれば鼻で笑うような行動。

 だが俺は、シャイニングマンに、弟に教えられた。


「女」

「は、はい!」


 人の強さを。美しさを。尊さを。


「飯を作るのは得意か?」

「は……めし……? え? お食事ですか? ええと、一応、簡単なものであれば……」


 こうして呑気に話しかけている最中にも化け物は俺や女へと襲いかかり、空の上では恐ろしい力が膨れ上がり、今にも牙を剥かんとしている。

 しかし、化け物へと剣を振るい、空の上の天使を睨みつける俺のマスクの下の表情は笑顔だった。


「そうか。これが終わったら美味い飯を頼む。腹が減ってかなわん」

「は、はあ……え? でも、私は……」

「問題ない。すぐに終わる」


『警告。残存エーテル量、残り僅か』

『警告。破損状態高。衝撃に耐えられない恐れがあります』

『警告』

『警告』

『警告』

『警告』


 鳴り響く警告音。

 そんな中にあっても剣を振るう手は休めぬまま、着実に、そして確実に体内に残されたエーテルを集中させる。

 急激な負荷により悲鳴を挙げる邪魔な警告音をシャットダウン。警告を発する為のエーテルすら集める。


「ハアアアアアアアアアッ……」


 水の流れのように静かに。火が燃え盛るように激しく。


「キヒヒャハハハハハハハハハハハハ! 死ねええええええええええええええっ!」

「駄目っ! 魔神様逃げて!」


 俺めがけて炎の塊が墜ちてくる。

 しかし、それは遅すぎる。弱すぎる。

 俺を殺したければ、その三倍は早く、巨大な炎を持って来い。


「あ?」

「ギキッ!?」

「魔神……様?」


 天使も、化け物も、女も、俺から放たれる力の奔流に動きを止める。


『システム起動完了。神殺し、発動します』

 

 俺以外の世界が止まる。


「ゴッド……」


 受けてみよ、我が奥義。


「ブレイカアアアアァァァァァァッ!!」




 天使は勝利を確信していた。

 決して浅くはない傷ではあるものの、この程度であれば天界に戻れば治療することは容易い。

 この見たことのない魔族は思った以上に手ごわい。このまま戦えば敗北はしないまでも更に深手を負ってしまう可能性がある。

 しかし、相手は所詮、地を這う虫けら。

 地表を焼き尽くす神の炎の前では塵芥に等しい。


「ざけんな! っざっけんな!」


 ならばこれはなんだ?


「おい……おい! どういうこったよ! あぁ!?」


 天使の疑問に答えるものはいない。

 あるのは、地上にいた下級天使兵を巻き込み、巨大な炎を押し戻さんとする黒い光だけ。


「俺様は天使だぞ!? クソ魔族もクソニンゲンも食っちまう存在だぞ!?」


 徐々に、徐々に。


「嘘だろ……おい嘘だろ!?」


 炎の塊は黒い光に押し負け。


「嫌だ……嫌だああああああああっぎゃあああああああああああああっ!!」


 天使を飲み込み、空に一筋の黒い線を作り出した。




「ハァッ……ハァッ……」


 背を向け、肩で息をする魔神様を前に、私は呆然としていた。

 魔人様より放たれた巨大な黒い光は周囲の下級天使兵を飲み込み、更には空にいた天使すら討ち滅ぼした。

 魔人様が何をしたのか? どうやってあれだけの魔法を詠唱もなしにあの短時間で放つことができたのか? 周りの下級天使兵は残らず黒い光に飲まれて消えたというのに、何故私は無事なのか?

 謎は次から次へと泡のように浮かぶが、何一つ答えは出ない。

 ただ一つわかること。


「フゥー……おい、女。無事か?」

「……はい……はいっ!」


 今、私は確かに。


「そいつは……良かった。じゃあ……飯……を……お……?」

「魔人様!? しっかりして下さい魔人様!! 魔人様!!」


 生きている。

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