序章‐狂った歯車‐
世界は、
不可解で、
不明瞭で、
不親切で、
不平等で、
不公平で、
不思議で。
無価値で、
無感情で、
無機質で、
無意識で、
無防備で、
無気力で。
だからこそ、
世界は素晴らしく、
世界は残酷で、
世界は……素敵だ。
「や、あ……うっぷ」
吐き気が襲う。
何もかもが信じられないこの世界。
信じるな。
認めるな。
これは現実ではない。
ゲームの世界。
非現実。それだけだ。
だから。
この目に焼き付いている光景は。
全て嘘であり、幻であり、無なのだ。
こんなの嘘だから。大丈夫。
そう言い聞かせるたびに、襲うのは恐怖。
「母さん……父、さん……」
鮮血で染め上げられた視界。
強い鉄の匂いが鼻の奥まで漂い、吐き気を誘う。
投げ出された四肢。
だらしなく開いた口からは今だとくとくと鮮血が流れ続けている。
えぐられた肉。そこから放たれる腐臭。
目は明後日の方に剥き出しにされていて。
毛穴、鼻など問わず、穴と思われる穴から血が噴き出している。
肉の塊。血の塊。赤い塊。
それだけ。もうそこに人間と思われる要素は全くない。
だから、怖くない。
「コレ」は、人間じゃないんだから。
人間じゃないって事は、お母さんやお父さんじゃないということだ。
そうだよ、だから、大丈夫。
認めるな。信じるな。現実から目を背けろ。もうこれは非現実の世界。
信じるべき世界では、ない。
「認めろ。これはお前の愛しい愛しいお母さんとお父さんだぜ」
そう言いながら、嗤う男。
歪んだ口元、頬に流れる鮮血。
……嗚呼……そうだ、この男が……
この男がぁああああああああ!!!!
「そんな目で見るなよ。可愛い顔が台無しじゃねーか」
嗤う。
嗤う。
憎たらしい顔で。
憎い顔で。
死ぬほど憎い顔で。
ワタシハ、コノオトコヲ、コロサナクテハイケナイ――……
「ああああああああ!!」
駆ける。
その手に、ナイフを携えて。
光に反射し不気味に輝く鋭利な物を携えて。
駆ける、駆ける。
狙うは男の心臓ただ一つ。
しかし。
男は……冷静に……嗤った。
いとも簡単に私の手にあるナイフを叩き落とす。
そして、そのまま突っ込んできた私を抱きとめた。
「俺を……殺したいか」
耳元で囁かれる言葉は甘く。甘く。甘ったるく。
まるで蜜のように耳の奥までを絡め取る。
「殺したいよな。なら……殺せ。俺を。殺してみせろ」