なぜに君は帰らない
第一王子セドリックが主催した、春の庭園お茶会。
王宮のバラが咲き誇るテラスには、王子の妃候補とされる高位貴族の令嬢達が大勢招かれていた。
華やかな歓談、洗練されたマナーの応酬、令嬢達は笑顔のまま牽制し合っていた。
やがて夕刻の鐘が鳴り響き、宴は無事に閉幕を迎えた。
「セドリック殿下、本日は誠に素晴らしいお茶会をありがとうございました」
「皆様、楽しんでいただけたようで何よりです。気をつけてお帰りくださいね」
一礼して去っていく令嬢達……
馬車の車輪の音が遠ざかり、賑やかだったテラスに心地よい静寂が戻ってくる。
セドリックはふうと息を吐き、給仕長に「片付けを」と指示を出そうとした。
だがテーブルの端の席に、ぽつんと一人……まだ座っている令嬢がいることに気づいた。
地味な薄桃色のドレスに身を包んだ、子爵家の令嬢クラリスだ。
彼女は紅茶のカップを両手で包み込み、庭園のバラを眺めている。
(……ん? 案内漏れかな?)
セドリックはにこやかな王子様スマイルで、優しく声をかけた。
「クラリス嬢。本日はお越しいただき、ありがとうございました」
「……こちらこそ、素晴らしいお茶会でございました、殿下」
クラリスは立ち上がり、ゆっくりとお辞儀を返した。
これで帰るだろう……そう思ったセドリックだったが、彼女は再び椅子に座り直した。
(……んっ?)
セドリックは首を傾げた。
「あの……クラリス嬢? またいつでも遊びに来てくださいね。本日はこれにて……」
「はい、殿下のお庭はいつ見ても見事でございますね」
(……帰らない……なぜだ、なぜに君は帰らない!?)
セドリックの頭が、迷走し始める。
すっかり他の令嬢も侍女達も去り、馬車も出払っている。
このままだと彼女は王宮に居残りになってしまう。
「……クラリス嬢、一つ伺っても?」
「はい、何でしょう殿下?」
「……なぜ、お帰りにならないのですか?」
直球で尋ねると、クラリスは大きな目をぱちくりと瞬かせる。
「あの……実は、帰れない理由が二つございます」
「ふたつの理由?」
セドリックが尋ねると、クラリスはモジモジしながら話した。
「一つ目は……実は、私をお茶会に連れてきてくれた姉の馬車が、私を忘れて先に行ってしまいまして……」
「お姉様、妹さんを置いて帰っちゃったの!?」
思わぬ事態に、セドリックは思わず「それは災難だったね……」と苦笑いした。
「そうか、それなら王宮の馬車を出しますよ。……で、二つ目の理由は?」
するとクラリスはうつむき、ドレスの裾をギュッと握りしめる……
そして、意を決したようにセドリックの目をまっすぐに見つめた。
「二つ目は……本当は、忘れられたわけではなく、私がわざと乗り遅れたからです」
「えっ?」
「私……殿下のことが、ずっとお慕い申しておりました。でも、今日のお茶会でも大勢の華やかなお嬢様方に囲まれていて、私なんかじゃお話しすることすら出来なくて……」
クラリスの声が少し震えている。
「だから……馬車を見送ってでも、最後にお一人になった殿下に『お茶会、とても楽しかったです』って、直接お伝えしたかったんです。……ご迷惑でしたでしょうか……?」
これはアプローチだろうか……
しかし計算高さは一切なく、純粋で一途な想いが、夕暮れに照らされた彼女の頬から溢れ出ていた……
セドリックは一瞬呆気に取られ……ぷっ、と吹き出してしまった。
「……殿下!?」
「あはは、ごめんごめん! いや……まさか『馬車に置いていかれたフリ』をしてまで、僕と話すタイミングを狙っていたなんて思わなくてさ」
セドリックは腹を抱えて笑ったあと、どこか愛おしそうな目でクラリスを見つめる。
今日一日、作り笑いと社交辞令で疲れていた心が、彼女の素直で少しおバカ(?)な一生懸命さによって、嘘のように軽くなっていくのを感じていた。
セドリックはクラリスの前に歩み寄ると、手を差し伸べた。
「困ったな。そんな可愛い理由を聞かされたら、もう君を帰したくなくなってしまうじゃないか」
「えっ……!?」
「クラリス嬢。……いや、クラリス」
セドリックは彼女の手を取り、優しい笑顔をみせる。
「今日の『居残り』の罰として……冷めてない温かい紅茶をもう一杯、僕と2人だけで付き合ってくれるかい?」
目をぱちくりと瞬かせ「は、はい喜んで……!」とうなずくクラリス。
(なぜに君は帰らない?)
その問いの答えは、セドリック王子の人生にとって、もっとも愛おしい「未来の妻」との出会いの合図となったものだった。




