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なぜに君は帰らない

作者: くろのか蝶
掲載日:2026/11/06

 第一王子セドリックが主催した、春の庭園お茶会。


 王宮のバラが咲き誇るテラスには、王子の妃候補とされる高位貴族の令嬢達が大勢招かれていた。

華やかな歓談、洗練されたマナーの応酬、令嬢達は笑顔のまま牽制し合っていた。


 やがて夕刻の鐘が鳴り響き、宴は無事に閉幕を迎えた。

「セドリック殿下、本日は誠に素晴らしいお茶会をありがとうございました」


「皆様、楽しんでいただけたようで何よりです。気をつけてお帰りくださいね」


 一礼して去っていく令嬢達……

馬車の車輪の音が遠ざかり、賑やかだったテラスに心地よい静寂が戻ってくる。



 セドリックはふうと息を吐き、給仕長に「片付けを」と指示を出そうとした。

だがテーブルの端の席に、ぽつんと一人……まだ座っている令嬢がいることに気づいた。


 地味な薄桃色のドレスに身を包んだ、子爵家の令嬢クラリスだ。

彼女は紅茶のカップを両手で包み込み、庭園のバラを眺めている。


(……ん? 案内漏れかな?)


セドリックはにこやかな王子様スマイルで、優しく声をかけた。

「クラリス嬢。本日はお越しいただき、ありがとうございました」


「……こちらこそ、素晴らしいお茶会でございました、殿下」

クラリスは立ち上がり、ゆっくりとお辞儀を返した。


これで帰るだろう……そう思ったセドリックだったが、彼女は再び椅子に座り直した。


(……んっ?)


セドリックは首を傾げた。

「あの……クラリス嬢? またいつでも遊びに来てくださいね。本日はこれにて……」


「はい、殿下のお庭はいつ見ても見事でございますね」


(……帰らない……なぜだ、なぜに君は帰らない!?)

 セドリックの頭が、迷走し始める。



 すっかり他の令嬢も侍女達も去り、馬車も出払っている。

 このままだと彼女は王宮に居残りになってしまう。


「……クラリス嬢、一つ伺っても?」


「はい、何でしょう殿下?」


「……なぜ、お帰りにならないのですか?」

直球で尋ねると、クラリスは大きな目をぱちくりと瞬かせる。


「あの……実は、帰れない理由が二つございます」


「ふたつの理由?」


セドリックが尋ねると、クラリスはモジモジしながら話した。

「一つ目は……実は、私をお茶会に連れてきてくれた姉の馬車が、私を忘れて先に行ってしまいまして……」


「お姉様、妹さんを置いて帰っちゃったの!?」


 思わぬ事態に、セドリックは思わず「それは災難だったね……」と苦笑いした。

「そうか、それなら王宮の馬車を出しますよ。……で、二つ目の理由は?」


 するとクラリスはうつむき、ドレスの裾をギュッと握りしめる……

そして、意を決したようにセドリックの目をまっすぐに見つめた。

「二つ目は……本当は、忘れられたわけではなく、私がわざと乗り遅れたからです」


「えっ?」


「私……殿下のことが、ずっとお慕い申しておりました。でも、今日のお茶会でも大勢の華やかなお嬢様方に囲まれていて、私なんかじゃお話しすることすら出来なくて……」


 クラリスの声が少し震えている。

「だから……馬車を見送ってでも、最後にお一人になった殿下に『お茶会、とても楽しかったです』って、直接お伝えしたかったんです。……ご迷惑でしたでしょうか……?」



 これはアプローチだろうか……

しかし計算高さは一切なく、純粋で一途な想いが、夕暮れに照らされた彼女の頬から溢れ出ていた……


セドリックは一瞬呆気に取られ……ぷっ、と吹き出してしまった。


「……殿下!?」


「あはは、ごめんごめん! いや……まさか『馬車に置いていかれたフリ』をしてまで、僕と話すタイミングを狙っていたなんて思わなくてさ」


 セドリックは腹を抱えて笑ったあと、どこか愛おしそうな目でクラリスを見つめる。

今日一日、作り笑いと社交辞令で疲れていた心が、彼女の素直で少しおバカ(?)な一生懸命さによって、嘘のように軽くなっていくのを感じていた。


セドリックはクラリスの前に歩み寄ると、手を差し伸べた。

「困ったな。そんな可愛い理由を聞かされたら、もう君を帰したくなくなってしまうじゃないか」


「えっ……!?」


「クラリス嬢。……いや、クラリス」


セドリックは彼女の手を取り、優しい笑顔をみせる。

「今日の『居残り』の罰として……冷めてない温かい紅茶をもう一杯、僕と2人だけで付き合ってくれるかい?」


目をぱちくりと瞬かせ「は、はい喜んで……!」とうなずくクラリス。




 (なぜに君は帰らない?)


その問いの答えは、セドリック王子の人生にとって、もっとも愛おしい「未来の妻」との出会いの合図となったものだった。



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― 新着の感想 ―
幸せでしたね(*^ω^*) 爽やかにハッピーエンドで気持ちの良い作品でした。 (*´∀`*) クラリスが全てを正直に話したことが何よりでしたね。 変な駆け引きや算段のある令嬢達より好感ありますからね。…
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