ブルーノ旅行記
元会社員、神木孝行は思い出の地をキャンピングカーで巡っていた。
「もうすぐ、もうすぐだからな」
そう言い聞かせながら、車道を走り続ける。
「ここで最後だから」
着いたのは、孝行にとって大切な場所だった。
孝行は三人家族で、両親と共によく旅行に出かけていた。
「お母さん、あそこに犬がいるよ?」
十歳のときに出かけた先で、段ボールに入った子犬を見つけた。
「この子連れて帰りたい」
わがままの末、孝行はその犬を連れて帰った。
動物病院で診てもらった後、家の風呂で綺麗に洗った。
「お父さん、これなんていう種類の犬?」
孝行が拾ってきた子犬はブルドックだった。
「名前、何にしようかな」
しばらく考え、テレビを見て思いついた。
「お前の名前はブルーノ! ブルドックのブルーノだ!」
そう言って、孝行は青いスカーフをブルーノの首に巻いてあげた。
ブルーノは嬉しそうに尻尾を振っていた。
日曜日の朝、孝行は戦隊ものアニメを観ていた。
「ブルーノ! 頑張れ!」
テレビに向かって必死に応援していると、ブルーノが反応してワンワンと吠える。
「ごめんごめん、お前のことじゃないよ。色戦隊シキレンジャーのブルーノのこと」
孝行はブルーノを撫でて落ち着かせた。
「僕は青色のヒーローになりたいんだ。だからブルーノも、このブルーノみたいにかっこよくなるんだぞ」
ブルーノは返事をするように吠えた。
それから時は経ち、孝行は十四歳になった。
そして、両親が出張先で事故に遭い、亡くなったのもこの時だった。
親戚もいなかった孝行を引き取ってくれるところはどこもなく、児童養護施設へと送られることになった。
「ブルーノと一緒じゃないなら、僕は意地でも一人で暮らしてやる!」
絶対にブルーノを手放したくなかった孝行は、施設暮らしを拒否し続けていた。
「それなら、ワンちゃんも一緒においで」
施設の園長は、そんな孝行を、ブルーノごと受け入れた。
最初こそ馴染めずにいたが、半年も経つと孝行もブルーノも施設で楽しく暮らしていた。
「ブルーノ、散歩に行こう」
ブルーノを散歩に連れて行くのはいつも孝行だった。
散歩中、クラスメイトに会うと、ブルドックなんて可愛くないと、いつも馬鹿にされていた。
その度にブルーノは相手に向かって全力で吠え、孝行を守ろうとしていた。
「ありがとう。お前は僕のヒーローだよ」
孝行が褒めると、ブルーノは毎回誇らしげに吠えるのだった。
そこからさらに時は断ち、孝行は十八歳になり、施設を出る時がやってきた。
「今までありがとうございました。あの、お願いがあるんですけど、いいですか」
園長に挨拶をしていた孝行は、言いにくそうに話を切り出した。
「もう少しだけ、ブルーノをお願いしてもいいですか。すぐには連れて行けそうになくて、お金が貯まったら、必ず迎えに来るので」
園長は笑顔で頷き、孝行の頭を撫でた。
「ありがとう、ごさいます……」
こうして孝行は、施設を後にした。
会社員となった孝行は、一年間必死で働き、お金を貯めた。
一年ぶりに施設を訪れた孝行は、少しだけ動きがゆっくりになったブルーノを抱きかかえ、今の家へと連れて帰った。
「これからはまた一緒だぞ、よろしくな」
孝行とブルーノの幸せな日々が、また戻ってきた。
忙しない日々の中、孝行は突然の体調不良で病院を受診した。
「悪性腫瘍が、身体のあちこちに転移しています」
今まで多少の体調不良に目をつぶり、無理をして働き続けていた結果だった。
「治療は非常に難しく、手の施しようがない状態です」
医者にそうはっきり言われた孝行は、怒るでも悲しむでもなく、何かを決心した。
「僕はあと、どれくらい生きられますか」
孝行の方針を感じ取った医者は、下手な延命治療などは提案せず、一言だけ発した。
「もって半年かと」
お礼だけ言い、孝行は病室を後にした。
孝行が最初にしたのは、会社に退職届を出すことだった。
その次に、貯めたお金でキャンピングカーを買った。
そしてブルーノを連れ、自由気ままな旅行へと出かけた。
「旅行に行くのなんて、いつぶりだろうな」
助手席に座るブルーノは楽しそうだった。
「短い間だけど、いっぱい思い出作ろうな」
孝行は勢いよく、車を走らせた。
一人と一匹は、各地を巡った。
まずは温泉。
ブルーノと一緒に泊まれる宿を探し、様々な温泉を堪能した。
「個室のお風呂でごめんな、気持ちいいか?」
ゆっくり尻尾を振るブルーノ。
「お前ももうおじいちゃんだもんな」
それでもブルーノは元気に振舞っていた。
一人と一匹は、各地を巡った。
次に城。
さすがに中までは入れなかったが、全体像を写真に収めていった。
「大きいな、ブルーノ。城の中からの景色はきっと綺麗なんだろうな」
返事をするように吠えるブルーノ。
「そうかそうか、お前にもこのロマンが分かるのか」
ブルーノはぴょんぴょんと小さく飛び跳ねていた。
一人と一匹は、各地を巡った。
次に公園。
途中で見つけた公園には全て立ち寄った。
「僕は休憩するけど、お前は走ってくるか?」
孝行から離れようとしないブルーノ。
「別に我慢しなくていいんだからな」
ブルーノは孝行に撫でられて嬉しそうだった。
一人と一匹は、各地を巡った。
次に森。
せっかくのキャンピングカーを活かし、キャンプをして過ごした。
「大丈夫か? 疲れてないか?」
前のようには走り回らなくなったブルーノ。
「きっと、森林浴してるんだよな」
ブルーノは気持ちよさそうに寝ていた。
一人と一匹は、各地を巡った。
次に川。
キャンプをしていた森での食料調達のため、魚を獲りに出かけた。
「ブルーノ、無茶はするなよー!」
元気よく魚をくわえるブルーノ。
「お前、よくやったな!」
孝行とブルーノはびしょ濡れになりながらじゃれ合った。
一人と一匹は、各地を巡った。
次に繁華街。
昼は露店で買い食い、夜は街並みを見ながら散歩した。
「あんまり食べたら体に悪いからな、お前はちょっとだけだぞ」
悲しそうに鳴くブルーノ。
「お前には、長生きしてほしいからな」
ブルーノは少しだけ首を傾げていた。
一人と一匹は、各地を巡った。
時には立ち止まって、思い出話にふけった。
キャンピングカーの天井を開けて、星空を眺めていた。
「僕がいなくなっても、元気に過ごすんだぞ」
孝行に寄り添うブルーノ。
「この青いスカーフが、お前を守ってくれるからな」
そう言って、孝行はブルーノのスカーフを整えた。
「僕はさ、お前だけが心残りだよ」
悔しさを笑ってごまかす孝行。
「頑張れば頑張るほど、お前を守れると信じてたのに、どうしてこうなっちゃったんだろう」
孝行は思い切りブルーノを抱きしめた。
「長生きしたいとか、そんな贅沢なことは言わないからさ、もう少しだけ、ブルーノ、お前と一緒にいたいよ、お願いだから……」
孝行の体調は悪くなるばかりで、ブルーノも弱っていくばかりで、お互いに疲弊していることはすでに分かり切っていた。
それでも旅を続けなければ、何もかもなくなっていくような気がした孝行は、最期が来るまで耐え続けた。
一人と一匹は、各地を巡った。
疲れても、心が折れそうになっても、諦めそうになっても、晴れの日も、雨の日も、立ち止まりながらも、確実に前へ進んだ。
行先は決まっていない、家に戻ることももうない。
後ろに道は存在しない、後戻りは許されない。
孝行は何かに囚われるように、旅を続けていた。
「ブルーノ、楽しいか?」
助手席に座るブルーノからの返事は、時間が経つほど少なくなっていった。
「ごめんな、こんな旅に付き合わせて。お前ももっと、余生を静かに過ごしたかったよな」
孝行の顔は、前と比べて明らかにやつれていた。
「行きたい場所があるんだ。そこに着いたら、少し休憩しような」
そこからは静かに、ただ静かに走り続けていた。
元会社員、神木孝行は思い出の地をキャンピングカーで巡っていた。
孝行とブルーノが出会った場所を通り、両親といった旅行先も全て回った。
「もうすぐ、もうすぐだからな」
孝行自身とブルーノにそう言い聞かせながら、車道を走り続ける。
「ここで最後だから」
着いたのは、孝行とブルーノにとって大切な場所だった。
公園前にキャンピングカーを停める。
「この公園、よくみんなで遊んだよな……」
孝行は虚ろな目で窓から外を見つめる。
「少し休憩したら、園長に挨拶しに行こうな……」
寝ていたブルーノは体を起こし、孝行の顔を覗き込む。
目をつぶった孝行の顔を舐め、体を揺する。
何回か吠えても、孝行から反応はない。
ブルーノは堪らず、車のドアを開けて飛び出した。
見知った道を走り続けるブルーノ。
ただ一直線に、目的地を目指して。
そして、知り合いを見つけて吠えかける。
「あら、ワンちゃん?」
ブルーノの姿を見たその人は、はっとした。
「そのスカーフ……もしかしてブルーノ?」
返事をするように吠えるブルーノ。
「どうしてここにいるの? 孝行くんは?」
ブルーノはその人の服の裾をくわえ、一生懸命引っ張る。
「そっちに孝行くんがいるの?」
再び走り出したブルーノをその人は追いかけた。
後日、ネットニュースにある記事が載っていた。
『キャンピングカー内で男性の瀕死体発見。数時間後、病院にて息を引き取る。』
『第一発見者、児童養護施設○○こども園の園長に話を聞いた。』
『「数年前にうちにいた子なんです。卒園してからはいくらか支援してくれていて、連絡もこまめにくれていたんですけど、半年前から音沙汰無くなってしまって、心配していたんです」』
『「でも、入園時に一緒にいたブルドックのブルーノが急に現れて、その子が連れて行ったはずだったんですけど、ブルーノが何かを伝えてるような気がして、気になって付いていってみたらこういうことに……」』
『「青いスカーフですぐブルーノだって気づいたんです。あの子たちは本当に仲良しだったので、ブルーノもすぐに天国について行っちゃったんだと思います」』
『男性は末期がんで、半年前から愛犬ブルーノとの旅行の様子を日記に綴っていた。』
『その日記の最後の文章を載せておく。』
『愛してるよ、ブルーノ』
作者の畝澄ヒナです。
短編ばかり書いている、自称小説書きです。
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