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ブルーノ旅行記

作者: 畝澄ヒナ
掲載日:2026/09/29

元会社員、神木孝行(かみきたかゆき)は思い出の地をキャンピングカーで巡っていた。

「もうすぐ、もうすぐだからな」

そう言い聞かせながら、車道を走り続ける。

「ここで最後だから」

着いたのは、孝行にとって大切な場所だった。


孝行は三人家族で、両親と共によく旅行に出かけていた。

「お母さん、あそこに犬がいるよ?」

十歳のときに出かけた先で、段ボールに入った子犬を見つけた。

「この子連れて帰りたい」

わがままの末、孝行はその犬を連れて帰った。


動物病院で診てもらった後、家の風呂で綺麗に洗った。

「お父さん、これなんていう種類の犬?」

孝行が拾ってきた子犬はブルドックだった。

「名前、何にしようかな」

しばらく考え、テレビを見て思いついた。

「お前の名前はブルーノ! ブルドックのブルーノだ!」

そう言って、孝行は青いスカーフをブルーノの首に巻いてあげた。

ブルーノは嬉しそうに尻尾を振っていた。


日曜日の朝、孝行は戦隊ものアニメを観ていた。

「ブルーノ! 頑張れ!」

テレビに向かって必死に応援していると、ブルーノが反応してワンワンと吠える。

「ごめんごめん、お前のことじゃないよ。色戦隊シキレンジャーのブルーノのこと」

孝行はブルーノを撫でて落ち着かせた。

「僕は青色のヒーローになりたいんだ。だからブルーノも、このブルーノみたいにかっこよくなるんだぞ」

ブルーノは返事をするように吠えた。


それから時は経ち、孝行は十四歳になった。

そして、両親が出張先で事故に遭い、亡くなったのもこの時だった。

親戚もいなかった孝行を引き取ってくれるところはどこもなく、児童養護施設へと送られることになった。

「ブルーノと一緒じゃないなら、僕は意地でも一人で暮らしてやる!」

絶対にブルーノを手放したくなかった孝行は、施設暮らしを拒否し続けていた。

「それなら、ワンちゃんも一緒においで」

施設の園長は、そんな孝行を、ブルーノごと受け入れた。


最初こそ馴染めずにいたが、半年も経つと孝行もブルーノも施設で楽しく暮らしていた。

「ブルーノ、散歩に行こう」

ブルーノを散歩に連れて行くのはいつも孝行だった。

散歩中、クラスメイトに会うと、ブルドックなんて可愛くないと、いつも馬鹿にされていた。

その度にブルーノは相手に向かって全力で吠え、孝行を守ろうとしていた。

「ありがとう。お前は僕のヒーローだよ」

孝行が褒めると、ブルーノは毎回誇らしげに吠えるのだった。


そこからさらに時は断ち、孝行は十八歳になり、施設を出る時がやってきた。

「今までありがとうございました。あの、お願いがあるんですけど、いいですか」

園長に挨拶をしていた孝行は、言いにくそうに話を切り出した。

「もう少しだけ、ブルーノをお願いしてもいいですか。すぐには連れて行けそうになくて、お金が貯まったら、必ず迎えに来るので」

園長は笑顔で頷き、孝行の頭を撫でた。

「ありがとう、ごさいます……」

こうして孝行は、施設を後にした。


会社員となった孝行は、一年間必死で働き、お金を貯めた。

一年ぶりに施設を訪れた孝行は、少しだけ動きがゆっくりになったブルーノを抱きかかえ、今の家へと連れて帰った。

「これからはまた一緒だぞ、よろしくな」

孝行とブルーノの幸せな日々が、また戻ってきた。


忙しない日々の中、孝行は突然の体調不良で病院を受診した。

「悪性腫瘍が、身体のあちこちに転移しています」

今まで多少の体調不良に目をつぶり、無理をして働き続けていた結果だった。

「治療は非常に難しく、手の施しようがない状態です」

医者にそうはっきり言われた孝行は、怒るでも悲しむでもなく、何かを決心した。

「僕はあと、どれくらい生きられますか」

孝行の方針を感じ取った医者は、下手な延命治療などは提案せず、一言だけ発した。

「もって半年かと」

お礼だけ言い、孝行は病室を後にした。


孝行が最初にしたのは、会社に退職届を出すことだった。

その次に、貯めたお金でキャンピングカーを買った。

そしてブルーノを連れ、自由気ままな旅行へと出かけた。

「旅行に行くのなんて、いつぶりだろうな」

助手席に座るブルーノは楽しそうだった。

「短い間だけど、いっぱい思い出作ろうな」

孝行は勢いよく、車を走らせた。


一人と一匹は、各地を巡った。

まずは温泉。

ブルーノと一緒に泊まれる宿を探し、様々な温泉を堪能した。

「個室のお風呂でごめんな、気持ちいいか?」

ゆっくり尻尾を振るブルーノ。

「お前ももうおじいちゃんだもんな」

それでもブルーノは元気に振舞っていた。


一人と一匹は、各地を巡った。

次に城。

さすがに中までは入れなかったが、全体像を写真に収めていった。

「大きいな、ブルーノ。城の中からの景色はきっと綺麗なんだろうな」

返事をするように吠えるブルーノ。

「そうかそうか、お前にもこのロマンが分かるのか」

ブルーノはぴょんぴょんと小さく飛び跳ねていた。


一人と一匹は、各地を巡った。

次に公園。

途中で見つけた公園には全て立ち寄った。

「僕は休憩するけど、お前は走ってくるか?」

孝行から離れようとしないブルーノ。

「別に我慢しなくていいんだからな」

ブルーノは孝行に撫でられて嬉しそうだった。


一人と一匹は、各地を巡った。

次に森。

せっかくのキャンピングカーを活かし、キャンプをして過ごした。

「大丈夫か? 疲れてないか?」

前のようには走り回らなくなったブルーノ。

「きっと、森林浴してるんだよな」

ブルーノは気持ちよさそうに寝ていた。


一人と一匹は、各地を巡った。

次に川。

キャンプをしていた森での食料調達のため、魚を獲りに出かけた。

「ブルーノ、無茶はするなよー!」

元気よく魚をくわえるブルーノ。

「お前、よくやったな!」

孝行とブルーノはびしょ濡れになりながらじゃれ合った。


一人と一匹は、各地を巡った。

次に繁華街。

昼は露店で買い食い、夜は街並みを見ながら散歩した。

「あんまり食べたら体に悪いからな、お前はちょっとだけだぞ」

悲しそうに鳴くブルーノ。

「お前には、長生きしてほしいからな」

ブルーノは少しだけ首を傾げていた。


一人と一匹は、各地を巡った。

時には立ち止まって、思い出話にふけった。

キャンピングカーの天井を開けて、星空を眺めていた。

「僕がいなくなっても、元気に過ごすんだぞ」

孝行に寄り添うブルーノ。

「この青いスカーフが、お前を守ってくれるからな」

そう言って、孝行はブルーノのスカーフを整えた。

「僕はさ、お前だけが心残りだよ」

悔しさを笑ってごまかす孝行。

「頑張れば頑張るほど、お前を守れると信じてたのに、どうしてこうなっちゃったんだろう」

孝行は思い切りブルーノを抱きしめた。

「長生きしたいとか、そんな贅沢なことは言わないからさ、もう少しだけ、ブルーノ、お前と一緒にいたいよ、お願いだから……」

孝行の体調は悪くなるばかりで、ブルーノも弱っていくばかりで、お互いに疲弊していることはすでに分かり切っていた。

それでも旅を続けなければ、何もかもなくなっていくような気がした孝行は、最期が来るまで耐え続けた。


一人と一匹は、各地を巡った。

疲れても、心が折れそうになっても、諦めそうになっても、晴れの日も、雨の日も、立ち止まりながらも、確実に前へ進んだ。

行先は決まっていない、家に戻ることももうない。

後ろに道は存在しない、後戻りは許されない。

孝行は何かに囚われるように、旅を続けていた。

「ブルーノ、楽しいか?」

助手席に座るブルーノからの返事は、時間が経つほど少なくなっていった。

「ごめんな、こんな旅に付き合わせて。お前ももっと、余生を静かに過ごしたかったよな」

孝行の顔は、前と比べて明らかにやつれていた。

「行きたい場所があるんだ。そこに着いたら、少し休憩しような」

そこからは静かに、ただ静かに走り続けていた。


元会社員、神木孝行は思い出の地をキャンピングカーで巡っていた。

孝行とブルーノが出会った場所を通り、両親といった旅行先も全て回った。

「もうすぐ、もうすぐだからな」

孝行自身とブルーノにそう言い聞かせながら、車道を走り続ける。

「ここで最後だから」

着いたのは、孝行とブルーノにとって大切な場所だった。


公園前にキャンピングカーを停める。

「この公園、よくみんなで遊んだよな……」

孝行は虚ろな目で窓から外を見つめる。

「少し休憩したら、園長に挨拶しに行こうな……」

寝ていたブルーノは体を起こし、孝行の顔を覗き込む。

目をつぶった孝行の顔を舐め、体を揺する。

何回か吠えても、孝行から反応はない。

ブルーノは堪らず、車のドアを開けて飛び出した。


見知った道を走り続けるブルーノ。

ただ一直線に、目的地を目指して。

そして、知り合いを見つけて吠えかける。

「あら、ワンちゃん?」

ブルーノの姿を見たその人は、はっとした。

「そのスカーフ……もしかしてブルーノ?」

返事をするように吠えるブルーノ。

「どうしてここにいるの? 孝行くんは?」

ブルーノはその人の服の裾をくわえ、一生懸命引っ張る。

「そっちに孝行くんがいるの?」

再び走り出したブルーノをその人は追いかけた。


後日、ネットニュースにある記事が載っていた。

『キャンピングカー内で男性の瀕死体発見。数時間後、病院にて息を引き取る。』

『第一発見者、児童養護施設○○こども園の園長に話を聞いた。』

『「数年前にうちにいた子なんです。卒園してからはいくらか支援してくれていて、連絡もこまめにくれていたんですけど、半年前から音沙汰無くなってしまって、心配していたんです」』

『「でも、入園時に一緒にいたブルドックのブルーノが急に現れて、その子が連れて行ったはずだったんですけど、ブルーノが何かを伝えてるような気がして、気になって付いていってみたらこういうことに……」』

『「青いスカーフですぐブルーノだって気づいたんです。あの子たちは本当に仲良しだったので、ブルーノもすぐに天国について行っちゃったんだと思います」』

『男性は末期がんで、半年前から愛犬ブルーノとの旅行の様子を日記に綴っていた。』

『その日記の最後の文章を載せておく。』


『愛してるよ、ブルーノ』

作者の畝澄ヒナです。

短編ばかり書いている、自称小説書きです。

この作品を読んでいただき、ありがとうございます。

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よろしければ、他の作品も読んでいただけると嬉しいです。

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私自身も肺に腫瘍があったので、孝行に思いを重ねながら読みました。「お前には、長生きしてほしいからな」「僕がいなくなっても、元気に過ごすんだぞ」「この青いスカーフが、お前を守ってくれるからな」という言…
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