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日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う  作者: 宮原 ワタル
第2章:対等の契約

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8話:魔法オタク、ギャルと契約を結ぶ。


「……できた方が、良くない?」


 僕からの疑問に、先輩は特に口調を変えなかった。

 それでも、ほんの少しだけ言葉が重い。



「もちろん、そうなんですけど……先輩が言ってた、〝夢〟って、なんだろう……って思って」


 問いかけるように目を向けると、先輩は「あー」と言葉にしながら少しだけ視線を落とした。

 その様子に何か重い事情があるのかと、ワタワタと慌てて弁明する。


「あ、あぁいや!言いたくないなら全然大丈夫なんですけど……!」


 しかし、先輩は首を横に振った。


「んーん。るっきーには、言っておいた方が良いと思うから、大丈夫」


 先輩は水を一口飲んで、一息つき、そのまま視線を落としたまま、口を開いた。




「私ね、教育学部に行って、学校の先生になりたいんだー」

「先生……」

「うん」


 先輩の声が、ふっと震えた。ゆっくりと自分の手のひらを見つめながら、吐き出すように言う。


「先生になるには……魔法の技術が、絶対にいるの。……知ってる?教員試験を受けるには、ニ級魔法資格が六つ以上、もしくは一級魔法資格がニつ……どっちかは必須なんだよね~」

「それは……」


 息を飲む。元々学校の先生という職業がエリートであることは知っていたが、そんな条件があることまでは知らなかった。

 正直……かなりハードルの高い条件だ。教育学部が文系最高峰と呼ばれるのも、これが理由なのだろうか。


「担任の先生も……もう、諦めた方が良いって、言ってた」


 それでも、と言わんばかりに、先輩は微かに笑ってみせた。



「私……夢を諦めたくないんだ。……たとえ無理だったとしても、最後まで、立ち止まりたくないの」


 だけど、その笑顔の奥には、強がりと悔しさが滲んでいるのが、はっきりとわかる。

 どうやって励まそうかと頭を悩ませた瞬間、真っ直ぐに僕を見る先輩と目が合った。


「そんなときに、るっきーと会えた。……希望が、見えたの」

「……!」


 その言葉の響きに、胸の奥が少しだけ熱くなる。その視線に込められた期待に、何かを返したくなる。



───何か、今できることは……あっ。……いや、流石にか……?



 心の中で何度も問いかける。


 もしかしたら、驚かれるかもしれない。もしかしたら、嫌がられるかもしれない。

 どうしても人間関係の経験が足りない僕には、こ(・)れ(・)ぐらいしか思いつかなかった。でも、「希望が見えた」と、そう言ってくれた先輩にはもっと安心して欲しかった。



 深く息を吸い、覚悟を決める。まっすぐ先輩を見つめ、考えを声に出す。


「やっぱり先輩は、運が良いですよ」

「……え?」

「これでも、魔法オタクを自負してるので──」


 軽く息を整え、手の甲に魔法陣を浮かび上がらせながら片腕を伸ばす。

 空気が一瞬きゅっと引き締まり、何もない空間が波打つように揺らいだ。手首から先が光の膜にすっと吸い込まれていく。


 そのまま目的のものを掴んで、腕を引き抜いた。取り出したものを、先輩に手渡す。



「これ、見てください」

「ファイル?……って、これ」


 中身を見た瞬間、先輩の表情が、目に見えて固まった。

 薄手のファイルが開かれると、そこには去年取得した【一級属性魔法士】と、一昨年取得した【一級空間魔法士】の証明書。


「これ、全部るっきーの?」

「は、はい」


 そのまま無言でページを捲る先輩。数ページに渡って、二級以下の魔法士の資格証明書が十数枚ほど並んでいる。




「えっと……先輩?」

「……自慢?」

「あ……ち、違います!」


 思わず声が裏返った。



───マズった!やっぱり、コレを見せるのは違ったか!?



「言いたかったのは、その……!先輩が言ってた条件、全部……もう、満たしてる人が、目の前にいるっていうか……!」


 言い訳する僕を見て、先輩は「ぷっ」と小さく噴き出して笑った。

 その笑みは、さっきまでの固い顔をそっと溶かすような、柔らかな笑顔だった。


「んっ……ごめん。からかっちゃった」

「んなぁ……」


 そのまま、そっと視線を落として。ぽつりと、呟くように言った。


「私の師匠は、とっても、頼りになるってことだね~」

「そ、そういうことです!はい!」


 セーーーーーーーフ!

 心の中で盛大にガッツポーズを決めた。安心した瞬間、肩の力がすっと抜け、どっと疲れが降りてくる。



 安心できたところで食べ進めようとスプーンを持つと、楽しそうにファイルを見る先輩の肩に、キラキラとした光が浮いているのが視界に入った。


「妖精……」

「……?どこ~?」

「あ、先輩の肩に……」


 先輩が肩に手を持っていくと、妖精はその手にぴょんっと飛び乗り、じっと先輩のオムライスを見つめていた。


「もしかして、これ食べたい?」

「……!」


 妖精が全身を使って頷くのを見て、先輩は微笑みながら手ごとお皿に持っていった。そのまま、夢中でバクバクと食べ始める。


「……オムライス食べる妖精なんて、初めて見たよ~」

「まぁ……〝世界で一番自由な生き物〟なんて言われてるぐらいですし……」

「千年前の人たちが見たら、ビックリしちゃうねぇ~」

「たしかに」


 相槌を打ちながら、改めて妖精を見つめる。

 たしかに、口の端に米粒をつけて、もぐもぐと食べ続けるその姿は、千年前に神聖視されていた存在には、とても思えなかった。



「そもそもさ~。こんなに人がいっぱいいるところに妖精がいるのも、珍しいね~」


 すると、妖精の頭を指先でちょんちょん、とつついていた先輩が、ふと思い出したように口を開く。


「あ、多分……僕のせいかもです」

「るっきーの?」

「はい……。僕の魔力の動かし方ってちょっと特殊なんですけど……それが、妖精的には好きな波長ぽくて」

「はぇぇー」

「虫が花に寄ってくるみたいな感じで、気づいたら結構近くに寄って来てるんです」

「なるほどー……?」


 少し考えたあと、先輩は遠くを見る目になり、ぽつりと結論づけた。


「……やっぱり、るっきーの魔法は非常識、ってことはわかったかも~」


 くすくす笑いながら、先輩は再び妖精へ視線を戻す。

 しばらくその様子を眺めていると──


「よーせーさんがオムライスたべてる!」


 突如、横から元気な声が聞こえてきた。

 思わず振り向くと、そこには幼稚園児くらいの女の子。


 左隣には女の子と手を繋いだ女性、その反対側にはトレーにソフトクリームを三つ乗せた男性がどこか困った顔で立っていた。

 その男性の顔にはどこか見覚えがあり──というか、仁志宮先生である。


「……仁志宮先生?」

「げっ……」


 思いきり露骨に面倒くさそうな顔をして、じり、と一歩後ずさった。


「なんでこんなところに……」

「俺の台詞だよ。こっちは家族でお出かけ中。ほら、どう見ても休日のパパだろ」


 先生はトレーを奥さんに渡しながら、苦笑まじりに肩をすくめる。

 娘さんは目をキラキラさせてこちらを見ていたが、奥さんに宥(なだ)められた後に手を引かれ、テーブル席へと向かっていった。


「お前が魔学関係以外で休日に家出てるなんて思わねぇって……ん?」


 そう言って、ふと先生の視線が僕の目の前──つまり先輩のほうに向かい、そして固まった。

 一瞬だけ沈黙が流れるも、次の瞬間、ニヤッと口元を緩めて耳打ちしてきた。


「な~~るほどぉ……これは、デート中に邪魔しちまったか?」

「ち、ちがいまっ!?」


 慌てて否定すると、今度は先輩のほうが少し首を傾げた。


「…………えっと……?」

「あ、すまんすまん。俺はこいつが入ってる魔学部の顧問の仁志宮だ。邪魔しちまってすまないな」

「いえ……。あ、姫道です。月葉の、二年です」


 先輩が礼儀正しくぺこりと頭を下げると、先生は軽く右手を挙げた。


「……そういや、真戸」


 ふいに先生の声のトーンが一段下がる。


「お前、そろそろ本気でヤバいっぽいぞ?昨日、佐々山先生にまた言われた」

「えっ」

「『真戸くん、進級ギリギリですよ』、だってよ」

「……え、赤点はギリギリ切ってないですよ?」

「だからだよ。高等部は一教科でも赤点取ったら、その時点で留年確定なんだって」

「……最小限、努力はします」

「最大限頑張るんだよ!よく教師の前でそれ言えたなおい」


 苦い顔でため息をつきつつ、僕の頭をガシガシと掴む。


「ま、邪魔したな。そっちも楽しんでくれ。──ほんと、頼むぞ」


 最後にもう一度視線をこちらに向けて、やや意味深に言い残すと、先生は家族の元へと戻っていった。

 その背中を見送って、僕はそっと息をつく。


「……るっきー」

「あ、すいません先輩……急に先生と話しちゃって」

「それはいいんだけどー。……それより、赤点ギリギリってほんとー?」

「うっ……魔学関係以外はまぁ、はい。マシな教科もあるんですが……」


 僕が頷くと、先輩は手を顎に当てながら、「んー」と小さく唸りながら思案顔になる。


「丁度、いーね」

「……はい?」


 先輩が小さく笑いながら、すっと僕のほうを見た。




「私、勉強……教えれるよ」

「え?」

「魔法は出来ないけど……これでも、他の成績は結構良い」


 そう言いながら先輩は、自分の前髪を指でくるくると巻いた。

 誇らしげというより、少しだけ照れ隠しのような仕草だった。


「るっきーは魔法、私は勉強。お互い、教え合うの……丁度よくない?」


 そう言いながら先輩は、どこか自分に言い聞かせるような声音だった。


「なんでもいいから、対等にしたい。貰いっぱなしは、やだ」


 僕は少しだけ息を飲んだ。

 昨日も思ったことだが、見た目とのギャップに、心臓の奥が少しざわつくのを感じる。

 だからこそ、否定するのはなんとなく違う気がして。そのうえで、なにか言わなきゃいけないような気もして、僕は口を開いた。



「……わかりました。じゃあ、〝契約〟ってことで」

「契約?」

「お互い、得意なことを出し合う、見返りありの関係です」


 ちょっとだけ冗談っぽく言ったつもりだったけど、先輩は真面目に頷いた。


「ん、いーじゃん。そっちの方が、気楽だし~」

「気楽なんですか……?」

「多分、私がお願いしたらるっきーは何でもおっけーしてくれそうだから」

「そんなことも無いと思いますが……」


 僕の言葉は意に介さず、先輩はこちらの顔をじっと覗き込んでくる。

 いつの間にか距離が近くて、香水ではなく、シャンプーのような柔らかな香りがした。


「……ちょっと、ずるいよね」


 その言葉の意味を、僕はうまく掴めないまま、会話は終わってしまう。

 しかし不思議と気まずさはなく、むしろ澄んだ空気が流れている気さえする。

 昨日までの、一方通行の〝お願い〟とは違う、お互いにとっての〝契約〟。その小さな言葉のやり取りだけで、たしかに何かが動き出した──そんな気もした。


 妖精は満腹になったのか、いつの間にかお皿の上でグッスリと眠っている。

 その寝息は、昼下がりの喧騒の中で、やけに穏やかに響いていた。


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