最弱最強の外科医
魔法名:鏡花水月『鏡に映る者を殺せば、現実のそいつも死ぬ』
異世界に転生してから、結衣はただ一つだけ変わらなかった。――自分が「最弱」であること。ステータスは全て最低値。
剣を握れば手が震え、魔法を唱えようとすれば魔力が枯渇して倒れる。
ギルドの受付嬢にすら「もう冒険はやめた方が……」と本気で心配されるレベルだった。それでも結衣は、毎日森の入り口で薬草を摘み、小銭を稼いで生き延びていた。
白衣のようなローブを羽織り、髪をポニーテールにまとめ、いつも小さな手鏡を首から下げている。
それは転生時に唯一持っていた「宝物」だった。
「今日も生き延びられた……よかった」
そんなある日。魔王軍の先遣隊が王都近郊の村を焼き払い、魔王城への道を切り開いていた。最前線に駆り出された冒険者パーティーは全滅。
英雄も、賢者も、聖女も、魔王の爪痕一つ残さず屠られた。そして最後に残ったのは――
たった一人、震える足で魔王の玉座の間にたどり着いた、結衣だけだった。
「…………え? 私?」
玉座に座る魔王は、漆黒の鎧を纏い、六枚の翼を広げ、圧倒的な威圧感を放っていた。
その存在値は、結衣の100万倍を超えると言われていた。
「お前が……最後の人間か。笑わせるな
」魔王が指を鳴らすだけで、空気が裂け、結衣の身体が吹き飛ばされそうになる。それでも結衣は、ゆっくりと首から手鏡を取り出した。
「鏡花水月――」
小さな呟き。瞬間、世界が反転した。結衣の周囲に、半透明の巨大な鏡面が無数に展開する。
それは空間そのものを「鏡の中」と「鏡の外」に剥離させる、因果逆転の領域。魔王の瞳がわずかに揺れた。
「……何だ、これは?」
鏡の中の魔王は――
翼が折れ、鎧が錆び、魔力が霧のように薄れ、膝をついていた。
まるで瀕死のゴブリンのように。一方、現実の魔王はまだ威厳を保っている。
だが、その顔に初めての困惑が浮かぶ。
「お前は……何者だ?」結衣は静かに答えた。
「ただの、最弱の女医です」
そして、手鏡を魔王に向けた。鏡の中の虚像――弱りきった魔王の首に、結衣はそっとメスを当てる仕草をした。現実では何も触れていない。
触れる必要などない。因果共有。鏡の中の虚像が死ねば、本体も死ぬ。シュッ……という、ほとんど聞こえない音。鏡の中の魔王の首が、音もなく落ちた。次の瞬間。現実の魔王の巨体が、糸が切れた人形のように前のめりに崩れ落ちた。血の一滴も流れない。
ただ、因果が断ち切られただけ。玉座の間に、重い沈黙が落ちる。結衣は手鏡を胸に抱きしめ、ぽつりと呟いた。
「……終わったんだ」
周囲にいた生き残りの兵士たち、貴族たち、冒険者たちは、呆然とその光景を見つめていた。最弱と呼ばれた少女が、
たった一振りで魔王を屠った。誰も理解できなかった。
誰も反論できなかった。ただ一人の少女だけが、静かに微笑んだ。
「これで……やっと、みんなを診てあげられるね」
白衣の裾を翻し、結衣はゆっくりと玉座の間を後にした。最弱の女医は、今日も最強だった。そしてそれは、永遠に変わらない。
結衣
魔王
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