EP7. 個室
特急「北海」編成図
荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車
⇐至札幌(1号車側) (8号車側)函館⇒
佐伯の発言を聞いた大森は深刻そうな顔で考え込んでいた。その後、重苦しい表情で口を開いた。
「......確かに、それは可能でしょう。車掌は多目的室の鍵を所持していますから。ですが、福田車掌が私に検札を頼んでおいて、その上で個室グリーン車に訪れる理由はなんですか?それに、普通車の検札中だった福田車掌が個室グリーン車に行くには、ここの車掌室を経由する必要がありますよね」
「その通りです。福田車掌の行動にも疑問は残りますし、彼がどうやって大森車掌に気づかれずに個室グリーン車に移動したのかも、まだわかりません」
『調理員の下田の証言から、福田は森駅の停車前に大森の目をかいくぐって個室グリーン車に侵入したことになる......森駅停車前の大森の様子を詳しく知る必要があるな』
「大森さん。森駅の停車前に、あなたは何をしていましたか?」
「えっと......指令所から停車指示を受けた後に、車掌室のカーテンを閉めて停車準備を始めました。」
「なるほど......ん?カーテンを閉めていたんですが?」
「はい。業務中の旅客対応はできませんので、一時的に窓のカーテンを閉めるんですよ」
「そうか......おそらく、福田車掌はその隙をついて車掌室の前を通過したんでしょう」
「あ、なるほど!」
宮﨑が相槌を打つ。福田の動きが段々と鮮明になってくる中、佐伯は考えを巡らせる。
『だが、まだ疑問は残る。そもそも、なぜ福田は個室グリーン車に向かう必要があった?それに、下田の証言が正しければ、福田は個室グリーン車を出た後に車掌室に戻るはず。そして、福田は私が車掌室に来て暫く立ってから「普通車側」から現れた。だが、私含め中澤も、福田が二回も車掌室側から出てくるのを見ていない......なら、彼はどうやって普通車を経由せずに荷物車側に移動した?』
一度考えを切り上げ、佐伯は二人に声を掛ける。
「とりあえず、謎を一つ一つ解き明かしていきましょう」
その言葉に二人は深くうなずき、佐伯の言葉を待つ。
「まずは、福田車掌がどうやって乗客に見られずに荷物車の方へ移動したのか、これを考えましょう」
その言葉に、車掌室の中に静寂が広がった。佐伯と大森が考察を始めた時、宮﨑が声を上げた。
「あ、佐伯さん」
「なんでしょう?」
「森駅の発車直前なんですが、一つ不自然なことがあったんですよ」
「不自然なこと?」
「車掌室の扉が凍っていなかったんですよ。あの吹雪の中を通ってきたのに、大森さんが安全確認をするために扉を開けようとしたら、すんなり開いたんです」
「確かに......鷲ノ巣信号場での短い停車時間でも、扉は凍りついていましたよね」
宮﨑の言葉に、大森が不思議そうな顔で頷く。一方の佐伯は、この証言に解決の糸口を予感していた。
『函館から森までの道は、徐行運転を強いられるほどの猛吹雪だった。それなのに扉が凍っていないとなると、誰かが氷を剥がしたか、その扉を利用したか......そうか!』
「二人共、福田車掌の行動経路がわかりました」
「「えっ!」」
二人は驚いた表情で佐伯を見つめる。佐伯は落ち着いた声で考察を述べる。
「福田車掌は多目的室を使用して大森車掌をやり過ごした後、おそらく一度車掌室に戻っています」
その言葉に、大森は頷く。
「そうですね。それでその後、福田さんは荷物車に向かったんですよね」
「はい。その経路が重要になってきます」
佐伯は一拍置いた後、口を開いた。
「おそらく、福田車掌は車掌室の扉を開いて外に出て、森駅のホームを経由して荷物車方面に向かったんでしょう」
「でも、それならどうやって福田さんは車内に戻ったんですか?」
「おそらく、荷物車からでしょう。あそこには簡易車掌室がありますから」
宮﨑の疑問に、大森が推測を述べる。一つ目の謎が解けた後の車掌室は、幾らか雰囲気が明るくなっていた。
「では、次は二つ目の謎です。福田車掌が個室グリーン車で何をしていたのか、について考えましょう」
その言葉を堺に、車掌室は再び静寂に包まれた。静かになった部屋の中、佐伯は考えていた。
『今までの福田の行動から推察するに、彼は大森車掌を含めた他人に知られたくない何かを個室グリーン車内でしていたのだろう。だが、一体何を......』
先程の謎とは違い、この疑問は簡単に解決しそうにはなかった。一通り頭を悩ませた後、宮﨑が遠慮がちに口を開いた。
「......一度、杉浦様の個室に行ってみませんか?」
「...そうですね。ずっとここで考えていても何もわかりませんし」
その言葉に佐伯も同意し、ペンと手帳を手にとって椅子から腰を浮かせる。隣に座る大森は、テーブルに置かれた各駅の到着時刻表を見る。
「私も行きます。次の倶知安までは、まだ時間がありますから」
推理に夢中で気づかなかったようだが、列車は再度徐行運転を行っていた。再び山間部に入り、窓に打ち付ける雪も激しさを増しているようだった。その言葉に佐伯は頷き、三人は車掌室を後にした。
・・・・・・
8号車 デッキ
一度車掌室を後にした三人は、8号車の個室グリーン車を訪れていた。食堂車を通過したところで、佐伯が大森に声を掛ける。
「一度多目的室を見せてもらってもいいですか?」
「ええ、いいですよ」
快く了承した大森は、デッキ部分に設置された「多目的室」と書かれた扉に近づき、鍵を開ける。扉が開くと、佐伯は中には入らずに室内を観察する。
『床が半乾きの状態で濡れている......誰かがかなり前にここを利用したのか』
「床が濡れていますね」
隣で部屋を覗く宮﨑が声を上げる。それに佐伯は頷いて話す。
「この部屋の鍵を開けられるのは車掌だけなので、おそらくここを利用したのは福田車掌でしょう」
「......やっぱり、福田さんなんでしょうか」
隣の大森が神妙な顔つきで話す。
「いまのところ、その可能性が高いと思われますが、まだわかりません」
佐伯は至って落ち着いた声で返す。一通りの調査を終えた佐伯は、一度デッキ部分に戻る。
「多目的室は見ましたので、次は杉浦さんの部屋に行きましょうか」
二人の顔が引き締まる。佐伯も体が緊張するのを感じながら、8号車の扉を開く。
・・・・・・
8号車 個室グリーン車
扉を開けた先には、カーペット敷の落ち着いた空間が広がっていた。通路が片側に寄っていて、片方には窓、もう片方には部屋の扉が設置されている。
通路を歩き、一番奥のデッキ付近まで来ると、「杉浦様」という紙が貼られた扉があった。三人の間の空気がより一層引き締まる。
「......大森さん、解錠できますか?」
「...はい」
緊張した面持ちの大森は制服のポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。鍵を九〇°まで回すと、「カチリ」と音がし、扉が開いた。佐伯は高鳴る鼓動を抑え、扉をゆっくりと開けた。
「「「............」」」
室内には、杉浦の私物と思われる物は何一つ残っていなかった。座席のシートカバーはきれいに整えられたままであり、人の痕跡を感じない室内に薄気味悪さを覚えた。三人は室内に足を踏み入れ、杉浦の痕跡を探し始める。
「......なにもないですね」
「そうですね......ん?」
宮﨑とそんな会話をしつつ部屋を見回していると、薄暗い部屋の隅に大きめのスーツケースが置かれているのが目についた。それに気づいた三人は、スーツケースのそばに近づく。
「...スーツケース?」
「みたいですね。なんでこれだけ......」
「一旦移動しましょう。ここでは観察しづらいですし」
宮﨑と大森がそのような会話を交わす中、佐伯はスーツケースを部屋の中央に移動させる。その際、スーツケースがとても重く感じた。
「...重いな」
独り言をつぶやき、スーツケースを中央部に移す。開口部にはダイヤル錠が設置されていたが、どうやら鍵は開いているようだった。
「...開けてみましょう」
二人が唾を飲む中、佐伯は二つのチャックを下ろす。完全に下まで下ろし、口を開くと、中から大きな物体が転がり出てきた。それを三人は目で追う。
首元から血を流した、スーツを着た中年男性の体だった。
次回: EP8. 倶知安駅




