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EP6. 違和感

特急「北海」編成図

荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車

⇐至札幌(1号車側)                      (8号車側)函館⇒

 長万部駅を発車した特急「北海」九号の車掌室で、USBメモリを握りしめた佐伯は椅子に腰掛け、息を落ち着けていた。すぐにでも映像を確認したいが、息切れがひどく少し休むことになった。


「佐伯さん、大丈夫ですか?辛いのであれば、8号車の多目的室を開放しますが......」

「いえ、大丈夫です......それよりも、映像を確認しましょう」

 大森の提案を断り、佐伯、宮﨑、大森の三人は監視カメラの映像を確認していた。USBメモリを宮﨑のもつノートパソコンに接続し、発車の五分前である一四時五五分からの映像を凝視する。パソコンのモニターには、今乗車している特急「北海」九号が停車しているホームが映っている。


『寄居の証言が正しければ、個室グリーン車の前に杉浦が現れるはずだ』


 その思いを胸に映像を見ていた三人だったが、列車が発車した後でも杉浦と思しき人物が現れることはなかった。

「いませんでしたね、杉浦様に似た方......」

「そうですね......」


 宮﨑と大森は肩を落とした。これだけ頑張って手に入れた情報が全く役に立たなかったことが何よりもショックだった。二人が肩を落としている傍ら、佐伯は一人考えていた。

『函館駅の監視カメラに杉浦と思しき人物は映っていなかった。となると、杉浦は列車内にいるはずだ。でも、どこに......?』

「佐伯さん、これからどうしましょう?」


 宮﨑が不安げな声を上げる。大森も声には出さないものの、不安げな雰囲気が漂っている。

「そうですね、杉浦さんと思しき人物が映っていないとなると、別の可能性を考える必要があります」

「別の可能性?」

「はい。杉浦さんは、おそらくこの列車内にいます」

「列車内?」


 宮﨑が聞き返す。佐伯はそれに頷きで答え、彼の考えを話す。

「私は列車内をよく見回りましたが、杉浦さんと思われる人は発見できませんでした。ですが、私が探していない箇所が二つあります」

「探していない箇所...ですか?」

「はい。それは、1号車、荷物室と、8号車の個室グリーン車です」


 その言葉に宮﨑は納得したような表情を浮かべ、逆に大森は神妙な面持ちで佐伯に話しかける。

「ですが、荷物室は旅客が入れないように渡り板が設置されていませんし、個室グリーン車は私が検札をした限りでは異常は見当たりませんでしたよ?」

「その検札時を思い返してみてください。なにか、違和感はありませんでしたか?」

「違和感......」


 佐伯の問いかけに、大森は顎に手をおいて考え込む。そして、しばらくした後に「あっ」と声を上げた。

「あの時、確かに違和感を感じました!」

「それはどんなことでしたか?些細なことでもいいですよ」

「まず、杉浦さんが予約されていた個室の鍵が閉まっていた点です。通常であれば、予約が入っている個室の鍵は開けておくことがマニュアルに示されているので、鍵は開いているはずなんですが......」

「なるほど、他には?」

「あと、これは関係ないかもしれないんですが......食堂車の調理員たちが、変な目で見てきたんです」

「変な目、とは?」

「なんというか、噂をするような目でした。居心地が悪くて、すぐに車掌室に戻ってきたんですけど」

「なるほど......」


 一通り聞き終えた佐伯は、自らの仮説を組み立てていく。

『大森の言動から察するに、車掌は個室の鍵を開閉することができるのだろう。そして、調理員たちの視線......これは、調査の必要がありそうだ」

「大森さん、食堂車の休憩時間は?」

「丁度今の時間帯ですね。もう少しすると夕食の仕込みが始まるので、忙しくなりますよ」

「わかりました。少し食堂車に聞き込みに行ってきます」

 そう言うと、佐伯は足早に車掌室を後にし、食堂車の調理室に向かった。


・・・・・・


7号車 食堂車


 狭い通路を歩きながら、佐伯は考えを巡らせていた。

『鍵が閉まっていた理由は単純なミスなのか、それとも意図的なものか。調理員たちの視線が、その「意図」と関係している可能性も考えられる』


「CLOSED」と書かれた札が掛けられている扉を開け、佐伯は食堂室に入る。誰もいない雑然とした空間の中で、車端部の調理室には活気が感じられた。調理室の前まで歩き、扉をノックする。

「はーい」気の抜けた声を上げて扉は開き、割烹着姿の女性が現れた。

「すみません、探偵の佐伯と申します」

「探偵......?」


 大方車掌あたりだと思っていたのだろう。怪訝な表情を浮かべて聞き返す。奥で休憩していた数人の女性たちもこちらを見た。

「森駅での車内放送でもあった通り、この列車内の乗客が一人行方不明となっています。事件解決のため、情報提供にご協力いただけますか?」


 最初に扉を開けた女性はゆっくりと頷き、他の調理員にも呼びかけた。全員が扉の前に集まったところで、佐伯は調理員たちに声を掛ける。

「発車前から今まで、何か不自然な点や、違和感を感じたことはありませんでしたか?」


 佐伯の言葉に、各々は考え込むような素振りを見せた。数分経った頃、最初に扉を開けた女性がおずおずと手を挙げた。下田と名乗った彼女に対し、佐伯はメモ帳とペンを取り出す。

「えっと、その......車掌さんたちの動きが、不自然だったんです」

「変だった、とは?」

「はい。この列車には車掌が二人乗務されていることはご存知ですか?」


 佐伯が頷きで返すと、下田は話を続ける。

「私が見た限りでは、福田さんが個室グリーン車に行って暫く経つと、大森さんが個室グリーン車に向かっていきました。それで、そのすぐ後に福田さんが車掌室側に戻っていきました。それで、最後に大森さんが焦った様子で車掌室に戻っていったんです」

「なんですって?」


 下田の思わぬ証言に、佐伯は一瞬自分の耳を疑った。だがすぐに疑いを取り払い、考察を始める。

『福田が個室グリーン車に出入りしていた?だが、大森は福田に個室グリーン車の検札を頼まれていたはずだ。それに、先程の証言が正しければ、福田と大森は途中ですれ違っているはずだ。もしすれ違っていたとしたら、大森がそれを報告しないのはおかしい......』


 思わぬ証言に困惑しながらも、佐伯は冷静に状況を分析して質問を投げかける。

「そのとき、福田車掌と大森車掌は何か話していましたか?」

「それも不自然なんですよね。普通すれ違ったら挨拶くらいはすると思うんですけど、全く話し声が聞こえなかったんです」

 他の調理員たちからも同意の声が上がる。

「私も見たわ。二時間前くらいだったよね」

「そうそう。不自然だったわ」

「わかりました。ご協力ありがとうございます」

 どうやら、この調理室にいた全員が目撃しているようだ。


 そう言い、佐伯は食堂車を後にした。

『大森車掌に話をする必要がありそうだ』

 そう考え、車掌室に戻る足を早めた。


・・・・・・


6号車 車掌室


 食堂車から戻った佐伯は、車掌室の椅子に腰掛けた。宮﨑が、佐伯に問いかける。

「佐伯さん、なにか分かりましたか?」

「はい。有力な証言が得られましたよ」

 笑みを浮かべる佐伯に、宮﨑と大森は安心したような表情を浮かべる。今度は大森が佐伯に対して問いを投げる。


「それで、何が分かったんでしょう?」

「大森さん。あなたは、森駅の停車中に個室グリーン車の検札に行かれましたね?」

「......?はい、そうですが......」

 質問の意図がよく分かっていない様子の大森に、佐伯は調理員が話したことを伝える。

「その前に、福田車掌が個室グリーン車内に出入りしていたようです」

「「えっ!?」」


 佐伯が発したその言葉に、大森と横で聞いていた宮﨑は驚きの声を上げた。大森は、驚き半分、疑問半分といった表情で佐伯に問う。

「で、でも、個室グリーン車に向かうときに福田車掌とすれ違うことなんてありませんでしたよ?」

 その言葉に佐伯は頷き、仮説を組み立てていく。

『大森のこの驚きよう......どうやら本当に福田とすれ違っていないようだ。下田の証言の時系列的に、福田は大森が個室グリーン車内で検札を行っている最中に車掌室側に歩いていったということになるが......』

 下田の証言を時系列順に整理したところで、佐伯の思考は行き詰まってしまう。福田がどうやって大森から隠れ、車掌室側に歩いていったのかが、どうしてもわからなかった。


『考えろ......どんなに小さなことでも、解決の糸口になり得るはずだ......列車内を熟知している大森の発言に注目するんだ......』

 佐伯は、頭の中でこれまでの大森の発言を思い返していた。森駅発車直後から、長万部での七分間までを思い出してみても、目ぼしい発言は見つからない。だが、長万部駅を発車した直後の会話を思い返しているときだった。


『......まてよ。大森は、息を切らせていた私を心配して、8号車の多目的室の使用を勧めてきた......まさか!?』

「......これは私の考えにはなるのですが......」

 暫く考えた後に発した佐伯の言葉に、二人は耳を傾ける。そして彼は、真実に迫る。


「福田車掌は、多目的室に潜んでいたのではないでしょうか?」

 車掌室の窓には、純白の雪景色と、ぼんやりと浮かぶ山々が映っていた。


次回: EP7. 個室

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