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EP5. 七分間の戦い

特急「北海」編成図

荷物車/機械室 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - 普通車 - グリーン車 - 食堂車 - 個室グリーン車

⇐至札幌(1号車側)                      (8号車側)函館⇒

函館市 函館方面本部


 函館方面本部の三階にて、大熊は函館駅から入手した映像を転送していた。八雲警察署の長万部交番に一報を入れ、データを転送する。


「よし、これで頼まれてたことは終わりだな。まったく大変だったぞ」

 そう呟き、彼はこれまでの出来事を振り返る。まずは署内での人集めから始まり、佐伯とともに事件調査に当たっていた数名を招集した後に函館駅に向かった。その後も監視カメラの映像を管理している鉄道会社の職員が受け渡しを渋ってきたり、データ転送に時間を要したり等、様々なことがあった。

 椅子に腰掛け一息ついた大熊は、念の為長万部交番に連絡を入れる。


「こちら函館方面本部の大熊だ。今そちらに監視カメラの映像データを送った。確認を頼みたい」

『こちら八雲警察署所属の韮崎です。映像データは......はい。確かに確認しました』

「もう一〇分ほどしたら、その映像データを取りに来る男が現れるはずだ。「佐伯」と名乗ったら、そのデータを渡してくれ」

『「佐伯」ですね......了解しました。USBメモリに移してお渡しします』

「ああ。よろしく頼む」

 長万部交番の韮崎巡査に引き継ぎを済ませ、大熊は息をつく。ひとまず、これで彼のできる仕事は終わりだ。窓の外を見やると、朝から続く猛吹雪がガラスを打ち付けていた。


『これで事件が解決すると良いんだが、時間がなかったせいでこちらも映像を把握できていない......』

 不安げに話す彼の目は、吹雪の奥を見つめていた。


・・・・・・


6号車 車掌室


 暫くして、化粧室から宮﨑が戻った。特急「北海」九号の車掌室では、車掌の大森が長万部駅の停車準備を、佐伯は映像データを受け取るために交番まで走ることになるため、地図を見てルートを確認していた。


『列車を降りたら改札口まで走り、改札を抜ける。ロータリーを左に曲がり、暫く走る。五つ目の丁字路を左に曲がり、路なりに走る...』

「あの......佐伯さん。一体何をするつもりなんですか?」

「長万部駅の停車時間のうちに、交番に送られてきた函館駅の監視カメラの映像を走って受け取ってきます」

「えっ!あの、長万部駅の停車時間って......」

「七分ですね」

 大森が即答する。車掌と言うだけあり、列車の運行ダイヤはすべて把握しているらしい。


「繰り返しになりますが、長万部駅の停車時間は七分だけです。これがギリギリですよ、佐伯さん」

大森が心配そうに言う。

「わかっています。その七分間で必ず戻ります」

 佐伯の声には焦りがなかったが、その目は鋭く光っていた。


・・・・・・


 列車はみるみるうちに減速していき、長万部駅のホームに滑り込んだ。佐伯は一度だけ車掌室の時計をみやり、列車が完全に止まる前に車掌室からホームに降り立った。そのまま改札口に向かって走り、札幌までの切符を改札に投入して途中下車する。人が降りてくるはずのない列車から人が降りてきたことに、長万部駅の駅員は驚いた表情をしていた。


 駅の外に出ると、左に曲がって深い雪の中を走り出す。交番は駅のすぐ近くのはずだが、吹雪の中では距離が予想以上に遠く感じられた。しばらくして再び左折し、線路沿いを走り続ける。雪の重さと冷たさで、足が鉛のように重く感じた。駅を出て三分ほどで、古ぼけた建物が見えた。入口に向かい、引き戸を勢いよく開ける。


「探偵の佐伯です!」

 息を切らせて飛び込んできた佐伯の額には、吹雪だと言うのに丸い汗が浮かんでいた。ズボンの膝まで雪が染み込んでいて、彼が深雪の中を走ってきたことを物語っていた。

「函館本部の大熊さんから連絡があったはずです!」

「あなたが佐伯さんですね?話は伺っていますよ」

 カウンターに立ちながら話す彼は、「韮崎」と書かれた警察手帳を見せ、机のPCからUSBメモリを引き抜いた。


「こちらに、監視カメラの映像データが入っています」

「ありがとうございます、では!」

 手短に礼を言うと、彼は再び吹雪の中に飛び込んでいった。走り出してすぐに彼の姿は見えなくなり、入口の引き戸には雪が打ち付けるばかりだった。


・・・・・・


 目的のデータを手に入れた佐伯は、再び線路沿いを走りだした。帰りは行きのときに踏んだ足跡をたどることができるため行きよりも数段楽だと踏んでいたのだが、降り積もる雪で足跡が掻き消え、再び深雪の中を走ることになった。冷たい空気が肺に流れ込み、喉がかすれる。

 走る傍ら、佐伯は懐から懐中時計を取り出し時間を確認した。時刻は特急「北海」九号が長万部に到着した時刻からすでに五分が経過しており、それを確認した佐伯は足を早める。


『間に合うかどうかはギリギリ...といったところか。ただ、交番の韮崎巡査が協力的だったため、データ受け渡しが迅速に済んだのは良かったか』

 息も絶え絶えな状況であっても、佐伯の心境はひどく冷静であった。そのまま走り続け、出発の三〇秒前になった頃に長万部駅の改札から再入場、出発の一五秒前に車掌室をその目に捉えた。その時には大森が発車のための安全確認を行っており、佐伯に気づいた大森は急げと言うかのように手を降った。そのまま走り続け、佐伯は出発の五秒前に車掌室に戻ることができた。寒さと息切れで、大森と宮﨑からの問いかけには、発車して暫く経つまで答えることができなかった。


・・・・・・


6号車 車掌室(長万部駅停車中)


「佐伯さん、大丈夫なんでしょうか......」

 不安げな表情で宮﨑が問う。無理はないだろう。佐伯の考えていることは、数時間一緒にいる私達ですらわからない部分もあるのだから。だが、とっさの判断で監視カメラの映像を手に入れるチャンスをつくるあたり、腕前は確かなのだろう。


「まあ......正直不安ではあります。ですが、きっと大丈夫ですよ。」

「......なんでそう言えるんですか?」

「根拠はないですけど、なぜかそんな気がするんですよ」

 会話もそこそこに、大森は車掌業務に戻る。長万部では進行方向が変化するため、その旨の放送を行い、発車準備を始める。七分の停車時間があるとはいえ、車掌にとっての七分は短いものである。諸々の準備を行っていると、すぐに時間が経ってしまうのだから。


・・・・・・


 少し前に佐伯を信用していると話した大森だったが、発車二分前を過ぎても佐伯が戻ってこないことに不安を覚えつつあった。


「遅いですね、佐伯さん」

 宮﨑も同じことを思っていたらしく、佐伯が戻ってこないことを心配していた。

「そうですね......できることなら戻ってくるまで待ちたいのですが、佐伯さん一人のためにダイヤを乱れさせるわけにはいきませんし......」

 話しているうちに、とうとう発車まで一分を切ってしまった。この時間になると、大森はホーム上の安全確認のために車掌室から出なくてはいけなくなる。ドアを開け、ホイッスルを片手にホームを見やる。佐伯はいまだ訪れる気配はない。


 発車まで三〇秒を切り、宮﨑と大森は本格的に焦り始める。

「大丈夫ですか!?佐伯さん戻ってきませんよ!」

「お願いだ佐伯さん、早く戻ってきてくれ......!」

 各々が言葉を口にし、大森は発車に備えるためにホイッスルを咥える。すると、少し離れた改札口から佐伯が姿を現した。そして車掌室の方向を見やり、全速力でこちらに走ってくる。宮﨑は安堵の表情を浮かべ、大森は佐伯を急かすように腕を振る。それに応えるかのようにスピードを増した佐伯は、発車の五秒前に車掌室に滑り込んだ。その瞬間、大森がホイッスルを吹き鳴らし、列車は長万部駅のホームを離れた。


 こうして、長万部駅での七分間の戦いは幕を閉じた。


・・・・・・


1号車 簡易車掌室


 1号車。ここには荷物室と機械室の他に簡易的な車掌室があり、その中の椅子に腰掛ける影があった。

「佐伯涼介......あいつのせいでめちゃくちゃだ。だが、慌てることはない。小樽まで持ちこたえれば、俺の......勝ちだ」

 独り言をつぶやく彼は、窓枠の縁を指で小刻みに叩いていた。


次回: EP6. 違和感

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